Virtue Signaling その10

Virtue Signaling その10

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 

第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その6


道徳性の個人差の問題.ミラーはまずビッグファイブを吟味した,続いてメンタルヘルス障害,一般知性も考察する.
 

メンタルヘルス的特徴

 

  • ほぼすべての重大なメンタル障害は利己性を増強させ,道徳的徳・性的魅力・社会的地位を減少させる.これは鬱,統合失調症,サイコパスに顕著だ.そして多くのパーソナリティ障害,例えばパラノイド,ナルシシスティック,境界性障害は反社会的行動と相関する.
  • メンタルな障害の兆候は他者からの社会的,性的拒絶につながる.そして重篤な障害は性的魅力の低減を通じてほぼ常に繁殖成功を低下させる.
  • 重篤なメンタルな障害は道徳的徳を破壊するが,しかしそれはほかのもの(教育,雇用,ヒトとのつながり,衛生など)もすべて破壊する.ではより程度の軽い障害,例えばパーソナリティ障害は特に性的魅力を大きく毀損させるのだろうか.どうも多くの障害はそうであり,症状に大きな性差があることも合わせ,性淘汰が関与している可能性が高いだろう.(アスペルガー症候群,ナルシシスティック,境界性障害について,それぞれ性差があること,そしてどのように性的魅力を失わせるかの説明がある)
  • これらのパーソナリティ障害はみな長期的配偶に関する性的魅力を失わせるが,ポピュレーションの一定割合が症状をもつ.これらの障害を親密な関係構築への影響の視点から調べることは,道徳的徳や悪徳,そしてその配偶選択を通じた起源への理解につながるだろう.

 

知性

 

  • 知性は道徳的な結合価(valence)を持つ概念だ.だからこそIQは常に熱い論争の的になるのだ.
  • 知性が人間生活のほぼすべての領域での実行能力そして学習能力を予測することは確立された事実だ.そしてリサーチャーは知性を最もよく表す指標はg因子であると認めている.
  • あまり注目されていないのは高い知性は道徳的だと考えられる行動傾向(例えば他者のニーズに感情的に敏感であること,誠実に行動すること,運動と食事に気をつけて健康を保つこと,幸福な結婚生活を送ることなど)とも相関していることだ.そして知性は多くの形態の社会的経済的芸術的な成功とも相関する.これらの知性と道徳の相関は,知的な男性や女性が長期的配偶相手として魅力的である1つの理由だろう.逆に知性が低いことは多くの非道徳的行動傾向(殺人,レイプ,薬物中毒,怠け癖など)と相関がある.
  • そして多くの長期的スタディや遺伝的スタディは知性とこれらの傾向が単に相関しているのではなく,知性がこれらを引き起こす,あるいは遺伝要因が知性と行動傾向に共に影響を与えている関係にあることを示している.
  • 知性は道徳的徳自体ではないと考える人もいるだろう.知性が高いとそういう行動を見せる傾向があるだけだと.しかしではそもそも「道徳的徳」とは何だろうか.それは道徳的行動を予測するような個人差次元ではないのか.もし親切さがやさしい行動を予測する道徳的徳なら知性もそうだと考えるべきだ.
  • 知性の擬道徳的地位を受け入れるべきもう1つの理由は最近の徳倫理学と徳認識論の収斂現象だ.伝統的な認識論は特定の概念システムの評価を一貫性を持つ基準を通じて行おうとする.これに対して徳認識論は真の信念は知的な徳の行動(偏らず,認識的責任を持ち,知的勇気を持ち,合理的で認知的に複雑なエージェントの行動)から生まれると考える.
  • 徳認識論の最も好む記述レベルは,特定の行動ではなく,「個人」だ.これは徳認識において個人差の強調に結びつく.そしてこの個人差は知性リサーチャーが百年前から計測に成功していたものだ.このように知性は,性的に魅力的で,徳倫理学と徳認識の交差するところにある擬道徳特徴なのだ.

メンタルヘルスの障害がないことは遺伝的な欠陥が少ないというシグナルになるだろう.それが道徳的行為を通じて露見しやすいとするとこの議論は納得できる.性差があるところもこの議論に整合的だ.
知性の議論はやや微妙なところだ.確かに知性も集団内でかなりの分散がある.自然淘汰だけならもっとユニバーサルであってもいいのかもしれないとするとこれが性淘汰にかかるハンディキャップシグナルとして機能していてもおかしくはない.道徳的な結合価があるという指摘も興味深い.いろいろ考えさせられる.

Virtue Signaling その9


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

 

第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その5

 
ミラーは求愛において様々なテストが行われているが,それは道徳的にどうかという視点でかなり統一的に説明できるものであることを主張し,実際に重視される「優しさ」は動物の給餌求愛に極めて似ていると指摘した.
次は,「これがテストであるなら,集団間に成績に分散がある必要がある」という部分に移る
 

道徳的特徴,あるいは擬道徳的特徴の個人差心理学

 

  • 心理学で最もよく調べられている個人差のいくつかは道徳的,あるいは擬道徳的側面を持つ
  • これらにはパーソナリティ,メンタルヘルス,知性における個人差が含まれている.このような遺伝性のある個人差は道徳的な結合価(valence)を持ち,望ましい特徴は性的に魅力的だ.これらの特徴は関連している.それは抽象的な条件が重なっているからというわけではなく,同じような遺伝的変異,発達上のエラー,神経的な異常により影響されるからだ.

 

パーソナリティ

 

  • 近時のパーソナリティ研究はビッグ5モデルの圧倒的な影響化にある.このなかで誠実性(conscientiousness)と調和性(agreeableness)は長期的配偶相手として特に重視されており,性淘汰である道徳的徳である可能性が高い.
  • 誠実性には約束を守る,コミットメントをリスペクトする,悪習に染まらないなどが含まれる.勤勉性,自己コントロール,責任感などを包含する.そして感情的成熟,ロマンティックな相手となる可能性,向社会性の結びつき,正直,信頼性などと関連する.さらに健康的な生活習慣,薬物中毒へのなりにくさなどとも関連する.これらは多くの社会的性的なドメインにおける徳目になる.
  • 調和性には暖かさ,親切,同情的,非攻撃性が含まれる.博愛,道徳的伝統へのリスペクト,社会的関係の安定性平和性と関連する.調和性の低さはパーソナリティ障害と相関し,攻撃的,傲岸,ナルシシスティック,共感の不在と関連し,性的関係において望ましさを下げる.特に良い親,良いパートナーとしての評価に関連するのだろう.
  • 残りの外向性,神経性,開放性は道徳的な評価が曖昧で,同類配偶的に働く.性淘汰は特に方向性を与えずに分散を大きくする方向に働いただろう.

 

  • では誠実性と調和性というパーソナリティは道徳の進化に本当に関連するのだろうか.
  • 道徳哲学者たちは最近パーソナリティ心理学に対する社会心理学からの批判(個人か状況か論争)を再発見した.社会心理学者の関心は「安定したパーソナリティなど存在しないのではないか,それはバイアスのかかった社会帰属システムの反映に過ぎないのではないか」というところにあった.一部のリサーチャーは社会心理学は安定したパーソナリティが存在しないことを見いだしており,徳倫理学は成り立たないと主張した.
  • 残念なことに徳倫理学者たちはこの批判に対して実証的に反論しなかった.しかし,リサーチは通文化的にパーソナリティに信頼性,安定性,遺伝性があることを示している.

 
道徳性のディスプレイが有効であるためには(ちょうどメスの配偶選択において,美しいオスやくすんだオスなどの様々な美しさのオスの中からより美しいオスが選ばれるように)集団間にその分散がなければならない.道徳性の個人差があるとするならそれは性格,パーソナリティの部分に現れるだろう.ミラーはここからビッグ5モデルの中に道徳性を当てはめようとしている.さらにこれはある程度安定した個人差になるので,道徳哲学的には徳倫理学と相性が良いということになると考えているようだ.
 

訳書情報 「危機と人類」

危機と人類(上)

危機と人類(上)

危機と人類(下)

危機と人類(下)

 
以前私が書評したジャレド・ダイアモンドの「Upheaval」が「危機と人類」という邦題で邦訳出版された(嬉しいことにKindle版同時発売だ.今後もこういう扱いをしてくれる出版社が増えるといいと思う*1).
ダイアモンドの最近の取り組みである比較歴史分析を「危機の克服」に応用しようという試みで,テーマも興味深いが,それぞれ採り上げた歴史的危機事例の状況に迫力があって大変面白い.特にフィンランドやオーストラリアの危機についてはあまり知らなかったこともあり大変面白く読めたところだ.日本も明治維新と現在の危機という部分で2度にわたって採り上げられており,日本人読者としてはいろいろ考えさせられるところもある.ダイアモンドファンには嬉しい一冊だろう.


私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/07/11/215051
 

Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change (English Edition)

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続いて文明の崩壊を扱った「文明崩壊」.このあたりから比較歴史という視点が鮮明になる.

文明崩壊 上巻

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文明崩壊 下巻

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Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed

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改訂版

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed: Revised Edition

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農業革命以前のヒトの世界を描いた「昨日までの世界」.私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20130512/1368355423
The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

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昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来

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昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来

昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来

 
歴史の自然実験についてのアンソロジー 私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20101228/1293536050
歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド,Jared Diamond,ジェイムズ・A・ロビンソン,James A. Robinson,小坂恵理
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 単行本
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Natural Experiments of History

Natural Experiments of History

  • 作者: Jared Diamond,James A. Robinson
  • 出版社/メーカー: Belknap Press of Harvard University Press
  • 発売日: 2010/01/15
  • メディア: ハードカバー
  • 購入: 1人 クリック: 21回
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*1:残念なことに上下巻合本版は今のところないようだ.串刺し検索を考えると是非対応して欲しいところだ

書評 「海鳥の行動と生態」

海鳥の行動と生態―その海洋生活への適応

海鳥の行動と生態―その海洋生活への適応

 
本書は海鳥についての専門書.出版は2010年と少し古いが,先日ペンギンのシンポジウムを聞いて興味が湧いたので読んでみたものだ.ここで海鳥とは主たる採食場が海である鳥類のグループ(ペンギン,アホウドリ,ミズナギドリ,ウミツバメ,ペリカン,ウ,カツオドリ,ネッタイチョウ,トウゾクカモメ,カモメ,ウミスズメなど350種ほど)を指す.構成は進化と生態,生理機能,分布と採食,繁殖と適応戦略,海洋環境変化となっている.
 

第1部 進化と生態

 
まず鳥が恐竜起源であることに触れ(恐竜そのものであるという踏み込んだ記述にはなっていない),飛行を支えるメカニズム(胸郭部の構造,翼と羽毛,気嚢)を解説したあと,水中への適応を説明する.鳥類で水中生活への進化は独立して5回以上生じていること,飛行能力を持ち続けることのトレードオフ(水中採餌に適応した上で飛行能力を持ち続けるのは身体メカニズム,エネルギー効率的に高いコストがあるのでしばしば飛行能力を喪失するように進化するが,餌探索上のメリットが大きい場合には喪失しないと考えられる)について説明がある.
 
ここから生態についての解説がある.餌の種類(動物プランクトン(カイアシなど),マイクロネクトン(オキアミなど),ネクトン(浮魚,イカなど),底魚,潮間帯生物)とそれを捕る海鳥の対応関係,採食方法(空中突入,表面突入,飛翔表面ついばみ,着水表面ついばみ,海底潜水,追跡潜水(足こぎ型,羽ばたき型),空中餌略奪,残飯漁り)が詳しく紹介されている.潜水プロファイルなども添付されていて楽しい.そこから世界全体の餌消費量の推計(年間7000万トンと推計される.捕食性大型魚類,海獣類,ヒトの漁業に続く大きさになるそうだ),陸上生態系に与える影響が解説されている.
 

第2部 運動機能と生理

 
第1部でも少し触れられていた潜水と飛行についてさらに詳しい解説がある.飛行(羽ばたき,滑空)と潜水(水中羽ばたき,足こぎ)の組合せの運動モードによって翼の形態などが機能的に収斂していること,水中羽ばたきを行う鳥は大胸筋と小胸筋のバランスが典型的な鳥と異なること,飛行や遊泳にはエネルギー効率的な速度(最大距離速度,抵抗係数最少速度などの詳細は楽しい)があって,多様な鳥でほぼ一定であること,滑空にもサーマルソアリングとダイナミックソアリングのモードがあること,編隊飛行の効率性の検証は難しいが一定の証拠があることなどが解説されている.最近データロガーで詳しくわかるようになった潜水運動の詳細は特に詳しくて面白い.体重あたりの潜水能力が最も高いのは意外にもウミスズメだそうだ.潜水時の酸素保有と水中の酸素消費の問題も詳細に議論されている.この両者から単純な示される潜水限界を超えるために,潜水徐脈(潜水中に心拍を下げる),部分的体温低下などの生理的メカニズムが進化している.また水中羽ばたき方式と足こぎ方式の比較,ウミスズメ類での空中羽ばたきと水中羽ばたきの比較,このトレードオフへの適応,潜水時の浮力と保温を巡るトレードオフへの適応も詳しい.
 

第3部 海上分布と採食行動

 
まず分布の調査方法が説明される.そして分布については(1)大規模スケールでは海鳥の分布は緯度帯よりも大スケールの水塊や海流と関係している(2)熱帯域では少なく高緯度になるにつれて増加する傾向がある(3)大洋の中心から東西特に東の縁に向かいにつれて密度が増大する傾向がある*1(4)中規模スケールでは海流と海底地形という海洋景観が(餌生物の密度に絡んで)分布に影響する.特に潮目などの海洋前線が重要(4)100メートル程度の小規模スケールでは餌生物の密度と海鳥の分布に関連はない(海鳥は数キロメートル以上のもっと大きいスケールで餌生物の分布を把握,記憶し,その中で探索して採餌するため)と説明されている.
続いて餌の探索行動が解説される.アホウドリの探索経路や潜水する鳥の潜水行動が採り上げられている.バイオロギングのデータから見えてくる姿は興味深い.どのような感覚系を用いているか(500メートルという暗闇で採餌するキングペンギンのデータを見ると,おそらくかすかに差し込む光の中の魚の影を見ているようだというのは面白い),個体変異などが取り扱われている.
またここで行動生態学の最適採餌理論がどこまで当てはまるかということが議論されている.いろいろな例があげられているが,シジュウカラの採餌行動などのモデルが単純に当てはまるわけではない.それは遠くまで採餌に行くために移動コストの大きさ,餌荷重のコスト,胃容積の上限,採食環境のパッチ性の複雑さなどの要因が加わるためだ.本書では潜水についてのモデルが提示され,また情報センター仮説の当てはまりについても議論されている.著者は海鳥の最適採餌戦略について今後の課題としている.様々な条件を取り込んだ海鳥の最適採餌モデル作成が必要だということだろう.
 

第4部 繁殖と適応戦略

 
ここではまず長命でゆっくり繁殖するという海鳥の特異的な生活史戦略が解説されている.海鳥は総じて長命だ.40グラムしかないコシジロウミツバメの最長寿命は43年もある.クラッチサイズは小さく,卵重量が大きく,抱卵期間と育雛期間が長く,ヒナはゆっくり成長する.
大型の海鳥ではヒナの給餌要求を操作的に増やしても給餌を増やさない傾向にある,それは長期間巣を空け遠くまで採餌に行くという生態から,給餌速度はトリップ長に左右され,短期的に給餌を増やしてその年の繁殖成績を上げるより次の繁殖期までの生存率を保つ方が有利になっているからだろうとしている.実際に繁殖地から遠くで採餌する種ほど給餌頻度が低く年間雛生産数が少ない傾向にあるそうだ.
一方海鳥の雛側は多くのエサをもらった場合には骨格や筋肉に投資せずに脂肪にため込む傾向がある.これは給餌間隔が不安定であることへの保険としての適応,また巣立ち後すぐに餌を取れるようにならないので巣立ち後の栄養不足に備えての適応という2つの仮説がある.多くの研究者は後者の要因が大きいのではないかと考えているそうだ.
このほか海鳥によって早成性だったり半早成性だったりする理由(採餌場までの距離,捕食リスク,巣立ち後の死亡率など),繁殖開始年齢が遅い理由(採食効率の上昇について年齢効果が大きい),毎年同じペアで繁殖する傾向の理由(抱卵や育雛の際の協調性の重要性)などが議論されている.
 
続いて海鳥の特徴である長距離採餌への適応が議論される.採餌トリップが長距離だったり短距離だったりする理由(効率性と飢餓リスクのトレードオフの解決),自分のための餌と給餌のための餌が異なるか(異なる場合もそうでない場合もある),ペンギンの胃油,雛の耐飢餓適応,長距離渡りと脂肪蓄積などが扱われている.
 

第5部 海洋環境変化と海鳥

 
まず餌資源の変動が与える影響が概説される.餌資源が減少したときには繁殖成績が先に減少し,成体の死亡率の上昇は最後になり,かなり餌資源が減少しないと生じない.質の高い餌(浮魚)が減少すると質の悪い餌(底魚)にスイッチし,繁殖成績が低下する(ジャンクフード仮説)と考えられているが,検証はまだ十分ではないとされている.餌資源の変動と繁殖時期により繁殖成績が上下するという説(マッチミスマッチ仮説)については具体例がいくつか紹介されている.
次に海鳥の個体数決定要因が扱われる.密度依存的要因としては餌資源の競合,営巣場所の競合などが説明されている.密度非依存的要因としては長期的気候変動による餌資源量がある.
 
続いて人間活動の与える影響が扱われる.まず漁業が餌資源を漁獲する影響が取り上げられる.実際にペルー沖ではカタクチイワシの漁獲が海鳥の繁殖成績に影響を与えているようだ.捕鯨はクジラの餌資源消費量を減らすので逆に海鳥にプラスの影響がある可能性がある.また一部の海鳥は漁業活動によって廃棄される餌に依存している.ただしこの場合餌の質の低下による悪影響もあり得る.
次に人間が直接に海鳥に悪影響を与えるケース.まず食糧や羽毛資源としての利用がある.現在は漁業による混獲が無視できない.次に外来天敵の導入,特に営巣場所の島嶼部へのネズミやネコの侵入の影響が大きい.最後に海洋汚染がある.保全を考える場合には生活史からいって繁殖成績よりも成鳥の年間生存率を上げる取り組みの方が効果的だとコメントがある.
 
最後の環境モニターとしての海鳥の利用が解説されている.海鳥は観察しやすく,海洋生態系の変化を探知するのに極めて便利なモニターになる.ここでは選られる様々なデータが概説されている.アデリーペンギンの過去一万年の卵殻化石からその餌資源の変動を捉えたリサーチ(アデリーペンギンは1万年前に魚からオキアミに大きく餌スイッチしたようだ)は面白い.また海鳥は生物濃縮を起こすので海洋プラスチック汚染のモニターとしても有用であることが指摘されている.ただし餌の選択性やサンプリングバイアスには注意する必要があることも指摘されている.
 
 
以上が本書のあらましで,海鳥についての様々な側面を一度に知ることができる便利な本になっている.各章に挟まれたコラムではリサーチ方法や様々な苦労が綴られていて読み物としても面白い(結構えぐいリサーチ手法も紹介されている.餌を調べる胃洗浄法とかメタボリックを調べる強制遊泳とか外科手術で取り付ける食道センサーとかはなかなかの迫力だ.クチバシの角度を記録するセンサーロガーとか巣内に仕込む重量ロガーなども面白い.しかし海鳥リサーチに革命を起こしたのはやはりデータロガーであり,その興奮も語られている)また各ページの上部の柱のところには各章で異なる海鳥のイラストが添えられていて楽しい.著者の思い入れが伝わる充実した一冊に仕上がっている.

*1:なぜ東の縁で密度が高いのかについては興味深いところだが,残念ながら解説されていない

Evolinguistics Symposium 「Concepts and Categories」 その2


 

シンポジムの後半はチョムスキーとの共著論文で知られるフィッチの講演から.チョムスキーの最近の考えに対してどう反論していくかという観点からのものになる.
 
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Animal concepts, Disentangling Communication and Cognition W. テカムセ・フィッチ

 

  • 最近の議論のテーマの1つは,チョムスキーたちによるヒトと動物のあいだのコミュニケーションのギャップは進化的な説明へのチャレンジだという主張だ.
  • 今日はこれに対して言語進化の生物学的アプローチ,ヒト言語の特異性,その前駆体(precursor)について話したい.

 

  • <言語進化の生物学的アプローチ>
  • 生物学的な手法としてはまず(種間)比較がある.どのような動物がコンセプトとシグナルをどちらの方向で使っているか,使えるかを見るものだ.例えばヴェルヴェットモンキーにはヘビ,ワシ,ヒョウの警戒コールがある.しかしそれ以外のもの例えば樹木とか巣などについては信号を持たない.
  • 異種間で共有されている可能性のある言語の基礎としてはシグナル,意味論,統語論がある.そしてその上にヒトの特異的能力がいくつかあって言語が可能になっていると考えている.(イメージの図示あり)

 

  • <ヒト言語の特異性>
  • 言語と(ヒト以外の)霊長類のコミュニケーションは何が違うのか.
  • コール使用とコール解釈はある程度共有されている.しかしコール構造が異なっているようだ.
  • 組合せ可能性と創造性が問題になる.特に後者は霊長類にはほとんど証拠が無い.
  • 音声学習は動物で何度も独立に進化している.統語論と意味論を考えるには組合せ可能性が特に重要だ.霊長類においてサイン言語学習などの実験がいくつかある.その結果はすごく簡単な統語論のみ学習できる(〇〇を頂戴,私をくすぐってなど)というものだ.
  • それを超えているのがヒトの言語となる.これについてはデンドロフィリア仮説と呼ばれるものがある.それはヒト言語の種特異性はライン構造からツリー構造を推論できるところにあるというものだ.
  • これに関連した新しいマカクを用いた実験がある.abc→cbaという逆転操作を訓練してabcd→dcbaができるようになるかを見るものだ.これをマカクにできるようにするには2年かけて5000~10000試行が必要になる.しかしヒトの3~4歳児はデモンストレーションを見ただけでできる.ものすごく大きな量的な差があるのだ.
  • これについての(至近的な)説明にはブローカスープラレギュラリティ(Broca's & Supra-Regularity)仮説がある.
  • ではこの前駆体は何なのだろうか.この能力が進化するための淘汰圧は何だろうか

 

  • <認知前駆体の探索>
  • ここにチョムスキーの不人気な仮説がある.言語の特異性はマージにあり,最初のアドバンテージは純認知的なもので,そののち変化がないというものだ.
  • ではこれをどう検証(あるいは反証)すればいいのか
  • これには意味論と語用論が関係する.
  • 動物の認知にフォーカスし,統語論的意味論的な前駆体を探索する.この際にはグールドのいう外適応の概念が役に立つ.
  • 概念と意味についてのメンタリストモデルを考える.木の陰に猫が入り込んだのを見た人が言語でそれを伝える.受信者は木の陰のネコをメンタルにイメージする.これが意味だと考える.多くの哲学者は意味は頭の中ではなく外にあると反対するだろう.しかしメンタリストだけがそこにいるのだ.
  • そう考えると動物の認知に意味論の共有基礎があることがわかる.動物にもカテゴリー,感情,プラン,ゴール,ルールがあるのだ.これらは言語に先立っている. 

 

  • 階層性の前駆体の候補はいくつかある.空間の表現(〇〇はどこにあるのか.〇〇に行く道など),道具使用や道具作成(ニューカレドニアカラスの例),社会認知,心の理論だ.
  • 特に心の理論は興味深い.これは認知的には難しく(誰が何を知らないのかのところが難しい),階層性がビルトインされている.
  • 心の理論は見つめること(gaze)を通じて実験できる.他個体が見ていたということを他個体が知っていると解釈できるからだ.
  • ポリネリはチンパンジーの前に餌と目隠しした人と口を隠した人を用意し,チンパンジーがどちらに餌をねだるかを調べた.それはチャンスレベルだった.ポリネリはこの結果を持ってチンパンジーには心の理論がないと結論づけた.
  • しかしブライアン・ヘアは野生のチンパンジーは誰かに餌をねだったりしないことからこの結論に疑問を持った.そして競争的文脈で優位個体が餌を隠している場所を見ているかどうかという形で実験し,チンパンジーの劣位個体はこの課題をこなせることを示した.
  • ポリネリは納得せず,この結果の解釈は(優位個体の)邪悪な視線から逃れているだけだと解釈できると反論した.
  • ニッキー・クレイトンは,アオカケスを用いて餌を隠すところを他個体が見ていれば,その他個体がいなくなるとすぐに餌の隠し場所を変えるという結果を示した.またワタリガラスを用いて他個体が見ているのではなく,覗き穴があって,他個体の声が聞こえる条件でも同じように餌の隠し場所を変えることを示した.これは邪悪な視線とは無関係であることを明確に示していた.これでポリネリは降参した.
  • チンパンジーやワタリガラスには他者の視点に立って物事を理解する心の理論があるといっていい.

 

  • すると階層性の前駆体候補には空間認知,道具使用,心の理論の3つがあることになる.

 

  • 本日の結論としては(1)言語はサブコンポーネントに分けて調べる方がいい(2)サブコンポーネントごとに前駆体を探索して進化史を推測できる(3)概念の階層性統語論には前駆体があるということになる.

  

Q&A

 
Q:社会認知の前駆体性については証拠が少ないのではないか
 
A:子どもの発達段階との相関性があるという主張はある.しかしこれはあまりうまくない説明かもしれない.心の理論についてはシェイクスピアを読むと実感できる.子どもにとっても「パパがどう考えているか」などは重要になる.ここで社会認知が言語に寄生しているという可能性もある.言語なしでは複雑な社会認知が難しいのかもしれない.
 
 
階層性の前駆体は心の理論が有力ではないかという趣旨に受け取れる話だった.これは私の直感的印象に近い.もっとも道具使用と心の理論とどちらがよりありそうかということを検証するのは難しそうだ.
続いては言語学者のゲントナーの講演.

Metaphor, abstraction and language change デドレ・ゲントナー

 

  • 概念には身体性(embodiment)が強いものと弱いものがある.強い身体性概念は感覚運動系由来のものになるが,弱い身体性概念には多くの抽象的な概念が含まれる.
  • この感覚運動系由来の概念から抽象的概念には連続性がある.そして多くの抽象概念はリレーショナルなものだ.今日はこのあたりを考えていきたい.

 

  • 抽象概念の1つの例は「肉食」だ.何か直接感覚運動系とつながっているわけではない.
  • このような抽象概念の切り分けは言語で異なる.単純な空間的関連性の概念であっても,例えば英語でin, on, overで表す概念をオランダ語では1つの語で表す.これは動作に係る動詞も同じだ.ただしその多様性は概念のドメインごとに異なる.多様性が高い方から例を並べると,空間→コンテナ→身体部位→色彩になる.
  • 要するに関連性の概念は世界にあるのではなく作られるものだということになる.

 

  • また関係性がオープンのものからクローズドなものまでにも連続性がある.これもオープンなものから例を並べると,固有名詞→リレーショナルな名詞→動詞→前置詞→機能語になる.
  • 動詞や前置詞は語と世界の指示(reference)だけでは意味を捉えられない.リレーショナルな言葉の理解には世界との指示(reference)だけでなく意味論のシステムが必要になる.
  • これが語獲得の過程でまず名詞から獲得していく理由になる.

 

  • リレーショナルな概念はしばしば非常に抽象的で,多くのものがアナロジーやメタファーから作られている.
  • アナロジーは普遍的で新しい推論技法であり抽象性を導き語の拡張をサポートする.
  • その際に鍵になるのが構造マッピングだ.あるもののツリー構造を解明し,それを抽象化して,アナロジーとして別の現象に当てはめる.構造を比較する.その際には深い構造ほど好まれる.また当てはめ対象に欠けている構造を補完することもある(推論技法).例をあげよう.「ウォラップ社はタイヤ部門を売り払った」と「マーサはジョージと別れた」が比較されると,その深い意味(回収した資本を別の部門へ再投資する)と(もっといい男とつきあう)の類似性に光が当たるのだ.
  • アナロジーやメタファーは直接的な比較からより抽象性が高いものまで連続的にある
  • 時系列的には,これらは最初2つのものの直接的な比較から始まり,だんだん抽象化していく.そして繰り返し使用されるにつれて別の意味を帯び,慣用句になる.そしてさらに意味が拡張されていく.比較から始まってカテゴリーになっていくのだ.
  • この最初の段階(直接的な比較)では直喩は隠喩より素速く理解されるが,最後の意味が拡張された段階では隠喩の方が素速く理解される.
  • そして最後にはもともとの意味は忘れられる.新しい比較→慣用メタファー→デッドメタファーとなる.デットメタファーの例は「ブロックバスター」だ.これは元々壁を壊すもので高性能爆弾の意味だったが,今では映画などのメガヒットを指し,爆弾という意味は忘れられている.
  • こういう意味の変遷を調べるのは言語歴史学と呼ばれる.サンクチュアリというのは元々聖なる場所という意味だ.英語のこの用法は14世紀から16世紀にかけてみられる.そして16世紀に最初の比較用法が現れ,17世紀にメタファーとしての用法が現れる.
Q&A

 
Q:動物にメタファーの前駆体はあるか
 
A:Noだ.トマセロはチンパンジーにはリレーショナルな概念はないといっている.
 
言語学者の話を聞く機会はあまりないので大変楽しい講演だった.
 
 

General Discussion 岡ノ谷一夫

 
プラグラムでは一般討論の時間がとられていたが,ここまでのトークが押してしまったために時間切れ.
岡ノ谷からは,これから駒場構内のイタリアントマトでレセプションを行うので,そこで議論をしよう,興味深い論点は「指示(reference)とは何か」「感覚運動系から抽象へ」「統語論,アナロジーの創発」あたりではないかとコメントがあってお開きになった.所用ありレセプションには参加できなかったが,なかなか楽しいシンポジウムだった.
 
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