書評 「Enlightenment Now」

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

本書はスティーブン・ピンカーによる「The Better Angels of Our Nature(邦題:暴力の人類史)」に続く大作.前作で世界の暴力の減少傾向とその要因を考察したピンカーには進歩や科学嫌いのインテレクチュアルから様々な批判が寄せられた.ピンカーはテーマをさらに広げ,暴力以外の観点でも世界は良くなっていることを示し,それは理性に基づく科学とヒューマニズム的価値観,そして過去の人々の努力によって我々が享受しているものであることを本書で示そうとしている.そしてこの理性と科学とヒューマニズムは18世紀の啓蒙運動に始まるものということで本書のタイトルは「今こそ啓蒙運動」になっているのだ.
 
序言では本書は「現在世界は悪い方向に向かっており,それはキリスト教精神とモラルを侵食するグローバル化が原因である」という見解が徹底的に間違っていることを示すために書かれたとある.これはトランプ政権にもある考え方だが,本書はブレクジットやトランプ当選以前から構想されている.そして反動的な思想信条を持つものだけでなく,進歩を認めない冷笑的なインテリも本書が徹底的に批判する対象になるのだ.
 

第1部 啓蒙運動

 
続く第1部は「啓蒙運動」と題されている.この世界を良い方に向けている力をまず説明しようという趣旨だ.
 
第1章では18世紀の啓蒙運動「the Enlightenment」とは何だったかが振り返られている.それは人間についての理解への探索であり.「理性(合理主義)」,「科学」,「ヒューマニズム」,「進歩」の4つのテーマが絡んでいる.理性は正しい知識を求めて科学の方法に至った.それは人々を迷信の世界から解き放つ.さらに科学は人間の理解を深め,その理解はすべての個人の幸福が重要だと考えるヒューマニズムに結びつく.それは世界から奴隷制,残虐な刑罰などの野蛮な習慣の廃止を実現させた.それこそ進歩なのだ.さらに啓蒙運動は繁栄を合理的に考察し,交換市場が双方に利を生むことによりその源泉となるという理解から協調的商業を推奨し,戦争を栄光のためでも神のためでもなく,いつか解決すべき実務的問題と捉え,それは「平和」につながった.
 
第2章ではこの啓蒙運動「(定冠詞なしの)Enlightenment」を21世紀の理解からもう一度基礎付けしようというピンカーの野心的な試みになる.そのキーテーマは「エントロピー」「進化」「情報」になる.エントロピーから始めるのは面白いところだ.
エントロピーは放っておくと物事が瓦解していくことを示している.しかし開放系ではエネルギーを取り込み,秩序を創り出すことができる.そして進化は機能的デザインを創り出す.そして情報についての理解はなぜ脳が知性を持つことが可能かを教えてくれる.ピンカーはこれらから以下の理解が得られると議論を進める.野心的な試みで興味深いところだ.少し詳しく紹介しよう.

  • ヒトは進化の過程で大きな脳を手に入れ,認知的ニッチ,あるいは文化的ニッチ,あるいは狩猟採集生活ニッチに適応した.そこでは世界のメンタルモデルを操作し,何が生じるかを予測し,他者と協力を可能にし,言語と文化を獲得した.
  • ヒトは知識によりエネルギー獲得効率を上げてきた.農業が発明され,倫理を含む深い思索を行う余裕を持った.さらに産業革命は大きなエネルギー獲得を可能にし,貧困や疾病や飢餓からの脱出を進められるようになった.つまり我々は悲劇の中に生まれ,より良いものを苦労して手に入れてきたということになる.
  • さらにこのような理解は「宇宙に何か目的があるわけではなく,不運は誰のせいでもないかもしれない」という智恵をもたらす.それは単にエントロピーが上昇しているために,あるいは進化的なアームレースの帰結としてもたらされているかもしれない.貧困もデフォルト状態に過ぎず,富こそ説明されなければならない.
  • さらに進化的な思考は,ヒトの認知にバイアスがあり,それは(包括適応度上昇に向かって進化した以上)必ずしも我々に幸福をもたらすわけではないことを教えてくれる.
  • これらの限界を超えるために使える2つの認知的ツールがある.1つは抽象化能力で,もう1つは組合せと再帰の力だ.これにより抽象的に組み合わされた思考が可能になり,思想家のコミュニティでアイデアを共有できる.コミュニティができあがると互いの利益になるような組織化が働く.徐々にコミュニティには,「議論によって決着をつける.自分が正しいと主張するには理由の提示が必要であり,相手の信念の誤謬を指摘することは許されるが,暴力的に黙らせることは許されない」というルールを作り出していく.そのようなルール群こそが科学なのだ.
  • コミュニティの智恵はモラル感覚の上昇をもたらし,「自分が自分であること」が特権の理由にならないことが認められるようになる.そして社会はポジティブサムゲーム構造をもたらす社会契約を積み重ねていくようになる.
  • だからこそヒトの社会は多くの欠点にもかかわらず改善していくのだ.規範と制度により偏狭な心をユニバーサルな利益への関心に振り向ける.これらの規範には「言論の自由」「協力」「コスモポリタニズム」「人権」「ヒトが過ちを犯しやすいことを認めること」などが,そして制度には「科学」「教育」「民主政府」「国際機関」「市場」などがある.そしてこれらが「啓蒙運動」の主な知的遺産であることは決して偶然ではないのだ.

 
第3章では啓蒙運動を否定する思想勢力が紹介される.本書の議論の仮想敵となる.ここでは敵勢力の紹介のみになる(具体的批判は第3部に持ち越される)ピンカーは3つの敵をあげている.

  • 最初の敵はヒトは文化,人種,宗教,精神からなる有機的統合体と考える勢力,具体的にはロマン主義と宗教だ
  • 2番目の敵は個人は国家などの超個体の使い捨て可能なパーツに過ぎないと考えるナショナリズムや宗教だ.そしてこれには例えば「生態系」に至上の価値を見いだす左派運動も含まれる.
  • 3番目の敵は進歩嫌いのインテリで,人々の生活水準より文学や芸術に価値があるとし,科学技術による進歩を冷笑する人々だ.

 
啓蒙運動をエントロピーと進化と情報によって今日的に位置づけし直そうというピンカーの試みは斬新で面白い.成功しているかどうかについては意見が分かれるかもしれないが,なかなか啓発的な議論だというのが私の感想だ.

 

第2部 進歩

 
第2部は世界が実際に進歩してきたことを実証的に示す部分になる.ここで個別のデータの前に何故このような取り組みを行うのかを説明して序論としている.

  • 進歩恐怖は一部のインテリたちだけでなく普通の人々の間にも見られる.ニュースはより災厄を取り扱い,利用可能バイアスは悲観主義を生む.
  • 私はデータを提示することによりこれを乗り越えられるのではないかと考えて前著で100あまりのグラフと共に暴力減少傾向を示したが,それでも多くの人々にはなかなか受け入れてもらえなかった.
  • おそらく進歩恐怖にはもっと深い心理的基盤があるのだ.それは例えば将来のゲインを楽しむより遙かにロスを恐怖するバイアスとして現れる.
  • インテリ文化はこのような認知バイアスに抵抗すべきだが,彼等は定量的思考が苦手で,その上にマーケティング的にはこのバイアスに乗った方が得だという状況がある.そしてこのような悲観主義の蔓延はトランプ政権のような予期しない受益者を生む.
  • このような悲観主義を打ち砕くには徹底的なデータによる進歩の事実の提示が必要だ.実際に健康,長寿,豊穣,安全,自由,平等,知識,幸福感などのウェルビーイング指標のすべてにおいて人類は進歩してきている.ここからそれを見ていこう.

 
ここからピンカーは16章を費やして,様々なヒューマニズム的価値を示す指標を取り上げて,人類が啓蒙運動以降進歩していることをデータから示していく.それらはグラフでも示され,若干のアップダウンはありながらしっかりとして上昇基調をたどるという同じ形を示している.ここは本書の中心部分であり,グラフをたどりながらじっくり読むべきところということになるだろう.ここではピンカーの議論について興味深い部分を中心に紹介しておこう.
 
最初に採り上げるのは寿命,健康,食糧,富,平等,環境というある程度客観的な指標があるものを扱っている.この中では格差の拡大と環境が世界が向上しているという点から疑問視されることが多く,ピンカーの議論にも熱が入っている.

  • 18世紀の欧州やアメリカの平均寿命は狩猟採集民のそれと大して変わらない35歳程度に過ぎなかった.貧困,疾病からの大脱走の波は19世紀に始まり,今なお上昇速度は衰えを見せない.最大の要因は乳幼児死亡率の減少で,それは一人あたりの出産数の減少という効果ももたらした.
  • 人類の歴史を通じて最大の死の要因は感染症だった.19世紀に感染症のメカニズムが解明され,衛生対策などにより感染症の死亡率は大きく下がった.まさに科学による「アイデア」の勝利だ.20世紀中頃まではジェンナー,パスツール,フレミングたちは「世界の偉人」の代表だった.しかしながら進歩は悪いアイデアによって逆転させられる.陰謀論に基づく反ワクチン運動はまさに忘恩の大罪と言うべきものだ.
  • 人類の食糧事情は過去数十年で大きく改善している.マルサスの予測は大きく覆された.人々は豊かになると子どもの数を減らし,そして科学は合成肥料や緑の革命で食糧増産の道を開いたのだ.現在の反科学的イデオロギーに染まった環境保護グループは遺伝的エンジニアリングに強硬に反対しているが,これは人々を飢えさせ,科学の発展を阻害し,自然環境を毀損するものだ.
  • 世界の総生産は1800年頃まではほぼ横這い程度だったが,産業革命以降科学の応用,法による自由市場の保護,価値観の変遷が生じて爆発的な富の創造が始まった.それは現在も継続中であり,特に1980年以降共産主義の凋落と独裁体制の減少,そしてIT技術の興隆と共に途上国中心に大きな経済成長の波が生じている.

 

  • 現在しばしば「増大する格差」が問題視される.しかし多くのディストピア的批判は格差と貧困を(あるいは格差と不公平を)混同している.経済政策はジニ係数の縮小よりも富の増大を目標にし,個別の問題には個別の解決を探るべきだ.左派は格差が不幸を作ると主張するが,それは実証的には否定されている.格差は経済発展の初期に生じやすいが,それは上昇の希望を与えて人々を鼓舞する.そして途上国の発展により全世界ジニ係数は縮小し続けている.
  • 確かにほとんどの西洋国家,特に英語圏では国内での不平等は増大している.英米では産業革命以降不平等が増大し,その後緩やかに低下し.20世紀に戦争とインフレと政府の社会支出の増大により大きく下がり,1980年頃から上昇に転じている.上昇要因についてはグローバル化以外にも様々な要因が指摘されている.これは上層の所得の伸びが中層下層よりも大きくなる形で生じている.しかし中層以下の所得も絶対額では伸びていて生活水準は上昇している.そして技術の進展とグローバル化は世界中の圧倒的多数の人々の生活水準を大きく押し上げており,先進国中層の所得の伸びの低さのトレードオフがあるとしてもそれは十分にとるに値するものだ.

 

  • 主流の環境保護運動は1970年頃から科学と進歩を否定する黙示論的な擬似宗教的イデオロギーであるグリーン主義に取り込まれてしまった.彼等は技術が地球の純潔を汚すと考え,人口爆発と資源枯渇を叫び立てる.しかし近年エコモダニズム,エコプラグマティズムなどと呼ばれるグリーン主義に対抗する啓蒙運動環境主義が現れた.エコモダニズムは汚染の一部は熱力学的に不可避な結果であり,文明化はヒューマニティにとって善だと認識する.そしてこのトレードオフをテクノロジーで改善しようとするのだ.
  • そしてデータは世界の環境が1970年頃から好転し始めていることを示している(ここで示される多くのグラフは啓発的だ).これを可能にしたテクノロジーのキーは「密度」と「脱物質化」だ.
  • 温暖化は確かに大きなチャレンジだ.右派の温暖化の事実の否定論と左派の自由市場とグローバル化の否定論,そしてこれをモラルイッシューと考える態度はいずれも問題解決に結びつかない.この問題に対しては実務的に「深い脱炭素化*1」に取り組むべきだ.レスポンシブな冷却テクノロジーの利用も視野に入れるべきだろう.

 
続いてピンカーは前著の「The Better Angels of Our Nature(邦題:暴力の人類史)」で主張した世界の暴力の減少傾向についてのアプデートを5章に渡って取り扱っている.テーマとしては平和,安全,テロ,民主制,差別が扱われている.

  • 前著出版後も「長い平和」は続いている.ウクライナ,朝鮮半島では危機があったがいずれも両当事国はエスカレートさせずに矛を収めている.残る紛争地帯はナイジェリアからパキスタンにかけての一帯で,背景にはイスラム過激派とロシアのナショナリズムがある.シリアの内戦は1つの特異点を作っているが,過去の特異点に比べると小さな山に過ぎない,ジェノサイドがなくなったわけではないが被害者数は過去のものに比べると二桁小さい.この背景にはハサウェイとシャピロが論じたようなパリ不戦条約に端を発する「戦争は違法だ」という認識の広がりがある.また人々の価値観も「平和には本質的な価値がある」というものに変容した.1940年代まではロマンティックミリタリズムが重要な勢力であったのだが,それは第二次世界大戦で洗い落とされたのだ.
  • 殺人率も基本的に下がり続けている.アメリカの1960年代の小さな逆行は多くの教訓を残してくれている.それは暴力犯罪は解決可能な問題だということだ.法の執行(これにより報復の連鎖を止められる),データの基づく適切な抑止戦略により殺人率を下げることが可能なのだ.そして殺人だけでなく不慮の事故率や災害による死亡率も下がり続けている.それは技術の進展とモラルの力,そして多くの人の努力の集積によるものだ.富は命を買うのだ.
  • テロはマイナーな加害によりメジャーな恐怖を引き起こす危険要因だ.全世界的に見るとテロは紛争地帯で生じる現象であり,アメリカと西ヨーロッパのテロ被害は大きく報道されているが死者は極めて少ない.テロに対する一般的認知の上昇は世界がいかに安全なものになっているかを示すものだ.それ以外のリスクが小さいからこそテロが目立つのだ.
  • (逆行事例が大きく取り上げられるためにあまり認知されていないが)世界の民主化への動きは2000年以降も継続している.理想的な民主制の前提要件が満たされることは難しく,その幻滅からインテリは悲観論に傾きがちだ.しかし民主制とは流血なく無能な統治者をやめさせることができ最低限人々を無秩序の混乱から守ることのできそうな人に統治を任す仕組みであり,独裁などの代替案よりましだと影響力のある人々が考えればそれは保たれる.そして人権擁護を定量的に評価すると民主制は政府権力を抑制し人権擁護に効いていることがわかる(死刑廃止の動きが例にとられて詳しく分析されている).
  • インテリはしばしば「我々はなお深く人種差別的,性差別的,同性愛嫌悪的な社会に生きている」という言い方をする,しかしデータは人種差別,性差別,同性愛嫌悪も減少していることを示している(スティーヴン=ダヴィドウィッツのGoogleの検索用語データを用いたリサーチが詳しく紹介されている).そしてこれは全世界的な傾向だ.

 
次の4章はヒューマニズム的価値においては重要だがやや評価が難しい指標(知識,人生の質(Quality of Life),幸福感,実存的脅威(人類滅亡の可能性))が扱われている.できるだけ網羅的な本にしようというピンカーの強い思いがわかるところだ.

  • 教育は人類の進歩の旗艦というべきものだ.知識は積み重ねることにより深まり,健康と長寿を可能にし,富の創造の基礎になる.そして教育は迷信からの解脱,差別主義・排他主義・権威主義からの離脱の鍵になり,民主制や平和をももたらすようだ.そして人類の知識は増大し続けており,初等教育,大学教育の普及率も上昇を続け,人々は時代と共に利口になり続けている(フリン効果).
  • インテリは物質文化を享楽的でくだらないとけなしがちだ.しかしそれは偏見の上にある.真の人生の質は選択の広さで測られるべきだ.そして労働時間や家事時間は着実に減少し,余暇時間は増えている.照明や食糧を得るための必要労働時間は劇的に減少している.そして交通やメディアの発達は(インテリが言うのと逆に)対人関係の親密性について大きなメリットを与えている.技術の発達は娯楽用商品による喜びを大いに増やしているし,インテリが好む芸術や文学作品へのアクセスも容易にしているのだ.
  • 幸福はどうか.進化心理学の快楽のトレッドミル理論によれば幸せの感受性は周りの状況に応じて変化し,どこかで飽和することになる.しかしそれは物質的な環境はどうでもよいということを意味しない.進歩は幸福を無限に増大させはしないかもしれないが,目の前には減らすことのできる不幸が大量にあり,人生の意味も無限に増大させることができるのだ.そして人生満足度を調査するとそれは一国のGDPと相関し,所得の絶対水準が幸福度に効いていることを示している(確かに裕福になった満足度は数ヶ月で減退するが,完全になくなるわけではないようだ).世界中の国々は時代と共に裕福になり,人類は幸福になっているのだ.インテリは「現代人は病んでいる」と言いたがる.しかし調査はアメリカ人がここ数十年で孤独になっているわけではなくより周りの人々とつながるようになっていることを示している.自殺や鬱も傾向的な上昇は観測されていない

 

  • 進歩に対して,いやこれまでは運が良かっただけで人類は破滅の危機にあるではないかというのは定番の反論の1つだ.しかし問題は解決可能なのだ.そしてその際にはリスクと回避コストを定量的に把握して対処するのが重要だ.我々は破局シナリオを重大視する方向への認知バイアスを持っていることにも留意が必要だ.テクノロジー黙示録はしばしば声高に叫ばれるが,AIやロボットが人類を破滅させるリスクはごく小さく,それに対処できないということはあり得ない.サイバーテロやバイオテロも定量的に分析するとリスクは非常に小さいことがわかる.核戦争のリスクはリアルだが,対処不可能なわけではない(詳しく議論されている).

 
幸福の問題は客観的な指標がなく,明確な進歩を示すグラフもなく,本書では唯一やや歯切れの悪い章になっているが,ピンカーはかなり深く議論していて「幸せのトレッドミル仮説」と幸福の増大の関係の解説も含め本書第2部の中で特に読み応えがある部分になっている.また核戦争のリスクはリアルなのでピンカーの議論は詳細で真剣だ.
 
そして第2部の最後に将来の展望を置いている.

  • ここまで様々な進歩があったが,なお世界は7億人の貧困を抱えユートピアになったわけではない.では進歩が継続できる可能性についてはどう考えればいいだろうか.知識と技術は累積的に改善され,ヒューマニズムモラルも一方向を向いている.基本的には進歩を継続することは可能だと考えるべきだろう.
  • 懸念材料としては経済成長の持続性,反動的政治勢力の増大がある.まず技術進歩があれば潜在成長率はなお上昇が期待できるだろう.これと異なり確かにトランプ政権のようなポピュリズム反動政治勢力はリアルなリスクだ.1つの希望はポピュリズムは老齢者の動きだということだ.世代交代により彼等は数を減らすだろう.そしてポピュリズムに対してはまさに啓蒙運動が重要になるのだ.政治家は不必要な二極化レトリックやアイデンティティポリティクスを避けるべきだし,メディアは劇薬しか望みがないと思わせるような悲観主義をばらまくべきではないのだ.問題は解決可能であり,真実と理性を持って進歩を擁護していくべきなのだ.

 
ピンカーはこれまでの進歩を覆しかねないトランプ政権をはじめとするポピュリズムについて,まさに今こそ啓蒙運動が重要だと主張する.そしてこれは啓蒙運動擁護の第3部につながる.
 

第3部 理性,科学,そしてヒューマニズム

 
ここまで進歩を見てきて,将来にかかる暗雲を見た.最終第3部でピンカーは,暗雲を振り払い進歩を続けるために啓蒙運動を力強く擁護する.それは理性(合理主義),科学,そしてヒューマニズムの擁護になる.擁護はポピュリストや宗教家,そして主流のインテリ文化にみられる反啓蒙運動的主張に対する徹底的な批判を含んでいる.少し詳しく紹介しよう.
  

  • ハートや感情を何より重んじたり,「現実は社会構築物に過ぎない」と主張する理性の否定者は根本的な問題を抱えている.そもそも理性を否定すればまともな主張や議論ができるはずがないからだ.
  • 一部のインテリは社会心理学や行動経済学が発見したヒトの心理の不合理さを持って理性を攻撃する.しかしそもそも理性があるからこそ不合理を発見できるわけであり,そしてヒトの心理に不合理な一面があるからこそ(直感的な思考による誤謬に対抗するために)理性は重要なのだ.我々はより真実に迫れるような情報環境を整備することにより問題を解決していけるのだ.
  • 最近のリサーチは理性の最大の敵が政治的部族主義であることを示している.人々は自分の属する部族の中で疎外されないようにその部族の文化的同盟のシンボル的主張を(意識的,無意識的に)受け入れる.これは当人にとってある意味「合理的」な方策でもある.アメリカにおいて進化と温暖化の否定は右派のシンボルで,遺伝子編集と市場の否定は左派のシンボルになってしまっている.これはいわば「信念共同体の悲劇」だ.保守は知識無視の政策を推し進め,リベラルはアイデンティティポリティクスとポリコレ警察に堕している.
  • これを乗り越えるには物事をエビデンスベース(検証,予測のトラックレコード)で取り扱い,ベイジアン的に現実を理解していくことが望ましい.メディアも姿勢を改めるべきだし,教育もクリティカルシンキングやディバイアシングをもっと取り入れるべきだ.そして物事をできるだけ政治化しないことも重要だ.

 

  • 科学こそ人類史上最も誇るべき成果物と呼ぶにふさわしい.それは理性を用いてなされ,知識を積み上げ,人々の寿命,富,健康,自由を増やし続けている.
  • しかし科学に憤慨して敵視するものがいる.それは宗教家やポピュリストだけでなく主流のインテリにも見られるのだ.
  • 現在受け入れられている科学的仮説がすべて真実だというわけではない.それは科学という営みでは当然のことだ.また科学は価値を取り扱わないが,それは科学者が価値を語ってはいけないことを意味しない.そして科学者は決して純粋のアイデアの世界に閉じこもっているわけではない.実証的事実を扱いながら数学の正しさ,理論の論理性,科学の価値について日々熱中している.現代的な科学のコンセプトは哲学や論理と一緒にあるのだ.
  • そして科学の本質は2つの理想の上に乗っている.1つは「世界は理解可能だ」というものであり,もう1つは「自分のアイデアが正しいかどうかを世界に問うべきだ」というものだ.それは現実を深いレベルで理解することにつながり,その過程はベイジアン的だ.
  • グールドは2つの領域論で価値の領域に宗教を置いた.しかし教養ある人は宗教的でない意味や価値を求める.この協約は破綻していると言うべきだろう.
  • 多くのインテリはクーンを曲解し,科学を宗教や神話と同じナラティブだと見下す態度をとる.そしてサイエンススタディの学者は科学が抑圧の道具だと証明することに自身のキャリアを賭け,文明と同じぐらい古い人種差別や奴隷制やジェノサイドを科学の責任だと主張する悪魔化キャンペーンに手を貸す.これは学生のキャリア選択を歪め,根拠の曖昧な生命倫理学が科学の発展を遅らせるのにつながっている.
  • これに対しては科学と人文学の深い統合が1つの解決策になるだろう.人文学はポストモダニズムの厄災を総括し,そこから抜け出して,ヒトの科学的理解,認知科学,データサイエンスなどの知見を取り入れることにより,より高く発展できるだろう.

 

  • 人類の繁栄(寿命,健康,幸福,自由,知識,愛,豊かさ)を最大化することを善とする価値はヒューマニズムと呼ばれる.これは強いモラル的なコミットメントであり,ヒトの心に自然に生じるものではない.そして実際に宗教家,ポピュリスト,芸術家,そして一部のインテリはこれを激しく攻撃する.
  • ヒューマニズムの価値観は世俗的に擁護可能だ.まず「私が私であることが特権の理由にならない」という公平の原則を認める.次に自然淘汰によりエントロピーの増加傾向に抗して存在する知的生命体の貴重さ,その脳が生存と繁殖に結びついた様々な喜びを感じることを認める.すると(社会的生物として存在しているなかで)我々は互いの暴力に弱いから互いに傷つけないという合意が合理的目標として設定できるだろう,そして進化はその基礎である共感能力を説明できる.

 

  • ヒューマニズムへの批判はいくつかある.
  • まずそれは単なる功利主義であり,功利主義に問題(功利性の怪物を考慮すべきか,5人を救うために1人殺して臓器移植することの是非,安価に十億匹の幸せなウサギが飼えるならそうすべきか)があることは広く知られているという主張がある.これは主に義務論的道徳擁護の試みから来ている.しかし義務論的道徳もやはり問題含みであることがよく知られている.そして大筋で功利主義と義務論的道徳はそれほど相反するわけではない.さらに功利主義的なアプローチはこれまで人々の幸福の増加にとって役立ってきた.役立ってきたのには理由がある.それは理解が容易であり,異なるモラルコードを持つ人々の間で道徳的な合意をするためには極めて有効なのだ.そして歴史は多様な文化が共通の道徳的基礎を気づくときにはヒューマニズムに収斂することを示している.アメリカ憲法も世界人権宣言もその産物なのだ.
  • 次の批判は有神論的道徳,つまり宗教から来る.しかし有神論的道徳には致命的な欠点がある.神が信じると信ずべき理由はなく,仮にそれを認めても神の命令は我々の道徳の基礎にはなり得ないからだ.(ほぼドーキンスやデネットの唱える新無神論と同じ議論が明晰に述べられている)特に問題なのは(自分自身は神を信じていない)インテリたちの「信仰の信仰」的議論だ.本当に信仰が良いものかどうかはエビデンスベースで検討されるべきだ.そして宗教には良い点も悪い点もある.良い点をよく吟味するとそれは宗教がヒューマニズム的な目標を遂行しているときであることがわかる.悪い点も合わせて受け入れる必要はないのだ.(ここでも「信仰の信仰」についての様々な論点についてドーキンスやデネットの議論と同じ議論がなされている.またここでは近時アメリカで議論になっている「宗教の再興」現象が実は実体のないものであることも説明されている)
  • 有神論的道徳の悪い面はイスラム世界でより強く現出している.イスラム教に(原理主義的に)信心深い信者の比率が高いこと,聖典の記述についての偽善的解釈技術が(キリスト教に比べて)未発達であることが問題を悪化させているのだろう.インテリたちはイスラムの批判には及び腰だが,現代イスラム世界にある抑圧や女性差別や同性愛差別などの非ヒューマニズム的特徴を指摘することはイスラムへの偏見でも人種差別でもない.西洋インテリはイスラムのヒューマニズム的改革をめざすイスラム世界のインテリや行動家たちを支援すべきなのだ.
  • そしてヒューマニズムの最大の敵は権威主義,ナショナリズム,ポピュリズム,反動的思想,ファシズムの影に潜むロマンティックヒロイズムだ.この反啓蒙運動思想の代表者を1人挙げるとすればそれはニーチェになる.彼は超人による芸術的,軍事的な英雄的栄光にのみ価値を見いだし,大衆を見下した.これはまさに中二病的で,無神経かつ利己的誇大妄想的ソシオパスの主張だが,多くの芸術家やインテリはこれを支持した.そしてニーチェの「人類」は簡単に「国家」に置き換えることができる.これによりニーチェ思想はナチズムやファシズムなどのロマンティックナショナリズムに取り込まれ,現代の神権保守(シオコン)に,そしてトランプ政権にも(その参謀であったバノンを経由して)影響を与えている.この現代のニーチェ思想の亡霊たち(シオコン,ネオコン,反動ポピュリズム)の考え方は支離滅裂でむちゃくちゃだ.(どこがどうおかしいのか徹底的に解説されている)
  • だからこそ,今こそ啓蒙運動なのだ.悪いアイデアははびこりがちだ.だから理性,科学,ヒューマニズムについての擁護は常になされるべきだ.コスモポリタンな世俗的民主制の恵みは誰にでも感知できる.理性と科学とヒューマニズムは人類の状況を改善してきた.現在に問題がないわけではないが,それは解決可能なのだ.すべての障害物が社会の宿痾だと考えるのは間違いだ.そしてニーチェを追い払おう.ニーチェは鋭く真正っぽくそして邪悪だ.ヒューマニズムはイケてないかもしれないが,しかし平和と愛と理解のどこがおかしいというのか.
  • 我々は状況を改善し続けてきた.この物語は特定の部族についてではなく,人類全体,つまり理性を持ち,存続を渇望し,意識を持つものすべてについてのものだ.そしてそのために必要とされるのは生は死より,健康は疾病より,豊穣は渇望より,自由は強制より,幸福は苦痛より,知識は迷信と無知よりましであるという信念だけなのだ.

 
理性の最大の敵が政治的部族主義であるというのはまさに日々実感しているところで非常に鋭い指摘だと思われる.イスラムの非ヒューマニズム的特徴の指摘や,ニーチェの弾劾については剣呑な部分でもありピンカーの腹の括り方がわかる.
 
 
本書はピンカーによる啓蒙運動の21世紀的な擁護になる.啓蒙運動,その中核価値である理性と科学とヒューマニズムを21世紀的に再整理し,それがなしてきた人類の進歩を徹底的にデータを見せて説得する.再整理はエントロピーと進化と情報という面白い切り口でなされていて読み応えがあるし,提示されるデータは網羅的でその形状がいずれのトピックでも極めて似通っていて圧倒的に説得的だ.そして最後に進歩嫌いのインテリどもを徹底的に批判する.これらのインテリたちの態度はピンカーにとって本当に許しがたい傲慢で偽善的なものなのだろう.論旨はまことに鋭く,読んでいて大変痛快なところだ.

本書はじっくり読むことにより人類の歩んできた道を進歩という視点から深く考察できる.そして今トランプ当選やブレクジットなどの現象をどう捉えるべきかの指針を与えてくれるものにもなるだろう.全編にわたって格調高く,21世紀の名著の1つと評価されるべき書物だと思う.

 

関連書籍
 
前著 私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20130109/1357741465

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined (English Edition)

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined (English Edition)


同邦訳 私の訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20150127/1422355760

暴力の人類史 上

暴力の人類史 上

暴力の人類史 下

暴力の人類史 下

*1:カーボンプライシング,次世代型原子力発電を含む技術革新などの方策が詳しく解説されている

Virtue Signaling その10

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Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

  • 作者:Geoffrey Miller
  • 出版社/メーカー: Cambrian Moon
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: Kindle版
 

第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その6


道徳性の個人差の問題.ミラーはまずビッグファイブを吟味した,続いてメンタルヘルス障害,一般知性も考察する.
 

メンタルヘルス的特徴

 

  • ほぼすべての重大なメンタル障害は利己性を増強させ,道徳的徳・性的魅力・社会的地位を減少させる.これは鬱,統合失調症,サイコパスに顕著だ.そして多くのパーソナリティ障害,例えばパラノイド,ナルシシスティック,境界性障害は反社会的行動と相関する.
  • メンタルな障害の兆候は他者からの社会的,性的拒絶につながる.そして重篤な障害は性的魅力の低減を通じてほぼ常に繁殖成功を低下させる.
  • 重篤なメンタルな障害は道徳的徳を破壊するが,しかしそれはほかのもの(教育,雇用,ヒトとのつながり,衛生など)もすべて破壊する.ではより程度の軽い障害,例えばパーソナリティ障害は特に性的魅力を大きく毀損させるのだろうか.どうも多くの障害はそうであり,症状に大きな性差があることも合わせ,性淘汰が関与している可能性が高いだろう.(アスペルガー症候群,ナルシシスティック,境界性障害について,それぞれ性差があること,そしてどのように性的魅力を失わせるかの説明がある)
  • これらのパーソナリティ障害はみな長期的配偶に関する性的魅力を失わせるが,ポピュレーションの一定割合が症状をもつ.これらの障害を親密な関係構築への影響の視点から調べることは,道徳的徳や悪徳,そしてその配偶選択を通じた起源への理解につながるだろう.

 

知性

 

  • 知性は道徳的な結合価(valence)を持つ概念だ.だからこそIQは常に熱い論争の的になるのだ.
  • 知性が人間生活のほぼすべての領域での実行能力そして学習能力を予測することは確立された事実だ.そしてリサーチャーは知性を最もよく表す指標はg因子であると認めている.
  • あまり注目されていないのは高い知性は道徳的だと考えられる行動傾向(例えば他者のニーズに感情的に敏感であること,誠実に行動すること,運動と食事に気をつけて健康を保つこと,幸福な結婚生活を送ることなど)とも相関していることだ.そして知性は多くの形態の社会的経済的芸術的な成功とも相関する.これらの知性と道徳の相関は,知的な男性や女性が長期的配偶相手として魅力的である1つの理由だろう.逆に知性が低いことは多くの非道徳的行動傾向(殺人,レイプ,薬物中毒,怠け癖など)と相関がある.
  • そして多くの長期的スタディや遺伝的スタディは知性とこれらの傾向が単に相関しているのではなく,知性がこれらを引き起こす,あるいは遺伝要因が知性と行動傾向に共に影響を与えている関係にあることを示している.
  • 知性は道徳的徳自体ではないと考える人もいるだろう.知性が高いとそういう行動を見せる傾向があるだけだと.しかしではそもそも「道徳的徳」とは何だろうか.それは道徳的行動を予測するような個人差次元ではないのか.もし親切さがやさしい行動を予測する道徳的徳なら知性もそうだと考えるべきだ.
  • 知性の擬道徳的地位を受け入れるべきもう1つの理由は最近の徳倫理学と徳認識論の収斂現象だ.伝統的な認識論は特定の概念システムの評価を一貫性を持つ基準を通じて行おうとする.これに対して徳認識論は真の信念は知的な徳の行動(偏らず,認識的責任を持ち,知的勇気を持ち,合理的で認知的に複雑なエージェントの行動)から生まれると考える.
  • 徳認識論の最も好む記述レベルは,特定の行動ではなく,「個人」だ.これは徳認識において個人差の強調に結びつく.そしてこの個人差は知性リサーチャーが百年前から計測に成功していたものだ.このように知性は,性的に魅力的で,徳倫理学と徳認識の交差するところにある擬道徳特徴なのだ.

メンタルヘルスの障害がないことは遺伝的な欠陥が少ないというシグナルになるだろう.それが道徳的行為を通じて露見しやすいとするとこの議論は納得できる.性差があるところもこの議論に整合的だ.
知性の議論はやや微妙なところだ.確かに知性も集団内でかなりの分散がある.自然淘汰だけならもっとユニバーサルであってもいいのかもしれないとするとこれが性淘汰にかかるハンディキャップシグナルとして機能していてもおかしくはない.道徳的な結合価があるという指摘も興味深い.いろいろ考えさせられる.

Virtue Signaling その9


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

 

第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その5

 
ミラーは求愛において様々なテストが行われているが,それは道徳的にどうかという視点でかなり統一的に説明できるものであることを主張し,実際に重視される「優しさ」は動物の給餌求愛に極めて似ていると指摘した.
次は,「これがテストであるなら,集団間に成績に分散がある必要がある」という部分に移る
 

道徳的特徴,あるいは擬道徳的特徴の個人差心理学

 

  • 心理学で最もよく調べられている個人差のいくつかは道徳的,あるいは擬道徳的側面を持つ
  • これらにはパーソナリティ,メンタルヘルス,知性における個人差が含まれている.このような遺伝性のある個人差は道徳的な結合価(valence)を持ち,望ましい特徴は性的に魅力的だ.これらの特徴は関連している.それは抽象的な条件が重なっているからというわけではなく,同じような遺伝的変異,発達上のエラー,神経的な異常により影響されるからだ.

 

パーソナリティ

 

  • 近時のパーソナリティ研究はビッグ5モデルの圧倒的な影響化にある.このなかで誠実性(conscientiousness)と調和性(agreeableness)は長期的配偶相手として特に重視されており,性淘汰である道徳的徳である可能性が高い.
  • 誠実性には約束を守る,コミットメントをリスペクトする,悪習に染まらないなどが含まれる.勤勉性,自己コントロール,責任感などを包含する.そして感情的成熟,ロマンティックな相手となる可能性,向社会性の結びつき,正直,信頼性などと関連する.さらに健康的な生活習慣,薬物中毒へのなりにくさなどとも関連する.これらは多くの社会的性的なドメインにおける徳目になる.
  • 調和性には暖かさ,親切,同情的,非攻撃性が含まれる.博愛,道徳的伝統へのリスペクト,社会的関係の安定性平和性と関連する.調和性の低さはパーソナリティ障害と相関し,攻撃的,傲岸,ナルシシスティック,共感の不在と関連し,性的関係において望ましさを下げる.特に良い親,良いパートナーとしての評価に関連するのだろう.
  • 残りの外向性,神経性,開放性は道徳的な評価が曖昧で,同類配偶的に働く.性淘汰は特に方向性を与えずに分散を大きくする方向に働いただろう.

 

  • では誠実性と調和性というパーソナリティは道徳の進化に本当に関連するのだろうか.
  • 道徳哲学者たちは最近パーソナリティ心理学に対する社会心理学からの批判(個人か状況か論争)を再発見した.社会心理学者の関心は「安定したパーソナリティなど存在しないのではないか,それはバイアスのかかった社会帰属システムの反映に過ぎないのではないか」というところにあった.一部のリサーチャーは社会心理学は安定したパーソナリティが存在しないことを見いだしており,徳倫理学は成り立たないと主張した.
  • 残念なことに徳倫理学者たちはこの批判に対して実証的に反論しなかった.しかし,リサーチは通文化的にパーソナリティに信頼性,安定性,遺伝性があることを示している.

 
道徳性のディスプレイが有効であるためには(ちょうどメスの配偶選択において,美しいオスやくすんだオスなどの様々な美しさのオスの中からより美しいオスが選ばれるように)集団間にその分散がなければならない.道徳性の個人差があるとするならそれは性格,パーソナリティの部分に現れるだろう.ミラーはここからビッグ5モデルの中に道徳性を当てはめようとしている.さらにこれはある程度安定した個人差になるので,道徳哲学的には徳倫理学と相性が良いということになると考えているようだ.
 

訳書情報 「危機と人類」

危機と人類(上)

危機と人類(上)

危機と人類(下)

危機と人類(下)

 
以前私が書評したジャレド・ダイアモンドの「Upheaval」が「危機と人類」という邦題で邦訳出版された(嬉しいことにKindle版同時発売だ.今後もこういう扱いをしてくれる出版社が増えるといいと思う*1).
ダイアモンドの最近の取り組みである比較歴史分析を「危機の克服」に応用しようという試みで,テーマも興味深いが,それぞれ採り上げた歴史的危機事例の状況に迫力があって大変面白い.特にフィンランドやオーストラリアの危機についてはあまり知らなかったこともあり大変面白く読めたところだ.日本も明治維新と現在の危機という部分で2度にわたって採り上げられており,日本人読者としてはいろいろ考えさせられるところもある.ダイアモンドファンには嬉しい一冊だろう.


私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/07/11/215051
 

Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change (English Edition)

Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change (English Edition)


関連書籍

ダイアモンドの一般向け啓蒙書

まずヒトの行動を進化生物学的に考えるとどうなるかを説いたダイアモンドの最初の一般向けの本.「なぜセックスは楽しいか」という(原題そのままの)当初の邦訳書名から改題されている.

人間の性はなぜ奇妙に進化したのか

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Why Is Sex Fun?: The Evolution Of Human Sexuality (Science Masters Series)

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人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り

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The Third Chimpanzee: The Evolution and Future of the Human Animal

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ヒトの歴史について踏み込んだ本.なぜアフリカや両アメリカ大陸の文明は世界をリードするようにならなかったのかというテーマの大きさに圧倒される.

銃・病原菌・鉄 上巻

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銃・病原菌・鉄 下巻

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Guns, Germs and Steel: The Fates of Human Societies

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改訂版

Guns, Germs, And Steel: The Fates of Human Societies [New Edition]

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続いて文明の崩壊を扱った「文明崩壊」.このあたりから比較歴史という視点が鮮明になる.

文明崩壊 上巻

文明崩壊 上巻

文明崩壊 下巻

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原書

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed

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改訂版

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed: Revised Edition

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農業革命以前のヒトの世界を描いた「昨日までの世界」.私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20130512/1368355423
The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来

昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来

昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来

 
歴史の自然実験についてのアンソロジー 私の原書書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20101228/1293536050
歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド,Jared Diamond,ジェイムズ・A・ロビンソン,James A. Robinson,小坂恵理
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 単行本
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Natural Experiments of History

Natural Experiments of History

  • 作者: Jared Diamond,James A. Robinson
  • 出版社/メーカー: Belknap Press of Harvard University Press
  • 発売日: 2010/01/15
  • メディア: ハードカバー
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*1:残念なことに上下巻合本版は今のところないようだ.串刺し検索を考えると是非対応して欲しいところだ

書評 「海鳥の行動と生態」

海鳥の行動と生態―その海洋生活への適応

海鳥の行動と生態―その海洋生活への適応

 
本書は海鳥についての専門書.出版は2010年と少し古いが,先日ペンギンのシンポジウムを聞いて興味が湧いたので読んでみたものだ.ここで海鳥とは主たる採食場が海である鳥類のグループ(ペンギン,アホウドリ,ミズナギドリ,ウミツバメ,ペリカン,ウ,カツオドリ,ネッタイチョウ,トウゾクカモメ,カモメ,ウミスズメなど350種ほど)を指す.構成は進化と生態,生理機能,分布と採食,繁殖と適応戦略,海洋環境変化となっている.
 

第1部 進化と生態

 
まず鳥が恐竜起源であることに触れ(恐竜そのものであるという踏み込んだ記述にはなっていない),飛行を支えるメカニズム(胸郭部の構造,翼と羽毛,気嚢)を解説したあと,水中への適応を説明する.鳥類で水中生活への進化は独立して5回以上生じていること,飛行能力を持ち続けることのトレードオフ(水中採餌に適応した上で飛行能力を持ち続けるのは身体メカニズム,エネルギー効率的に高いコストがあるのでしばしば飛行能力を喪失するように進化するが,餌探索上のメリットが大きい場合には喪失しないと考えられる)について説明がある.
 
ここから生態についての解説がある.餌の種類(動物プランクトン(カイアシなど),マイクロネクトン(オキアミなど),ネクトン(浮魚,イカなど),底魚,潮間帯生物)とそれを捕る海鳥の対応関係,採食方法(空中突入,表面突入,飛翔表面ついばみ,着水表面ついばみ,海底潜水,追跡潜水(足こぎ型,羽ばたき型),空中餌略奪,残飯漁り)が詳しく紹介されている.潜水プロファイルなども添付されていて楽しい.そこから世界全体の餌消費量の推計(年間7000万トンと推計される.捕食性大型魚類,海獣類,ヒトの漁業に続く大きさになるそうだ),陸上生態系に与える影響が解説されている.
 

第2部 運動機能と生理

 
第1部でも少し触れられていた潜水と飛行についてさらに詳しい解説がある.飛行(羽ばたき,滑空)と潜水(水中羽ばたき,足こぎ)の組合せの運動モードによって翼の形態などが機能的に収斂していること,水中羽ばたきを行う鳥は大胸筋と小胸筋のバランスが典型的な鳥と異なること,飛行や遊泳にはエネルギー効率的な速度(最大距離速度,抵抗係数最少速度などの詳細は楽しい)があって,多様な鳥でほぼ一定であること,滑空にもサーマルソアリングとダイナミックソアリングのモードがあること,編隊飛行の効率性の検証は難しいが一定の証拠があることなどが解説されている.最近データロガーで詳しくわかるようになった潜水運動の詳細は特に詳しくて面白い.体重あたりの潜水能力が最も高いのは意外にもウミスズメだそうだ.潜水時の酸素保有と水中の酸素消費の問題も詳細に議論されている.この両者から単純な示される潜水限界を超えるために,潜水徐脈(潜水中に心拍を下げる),部分的体温低下などの生理的メカニズムが進化している.また水中羽ばたき方式と足こぎ方式の比較,ウミスズメ類での空中羽ばたきと水中羽ばたきの比較,このトレードオフへの適応,潜水時の浮力と保温を巡るトレードオフへの適応も詳しい.
 

第3部 海上分布と採食行動

 
まず分布の調査方法が説明される.そして分布については(1)大規模スケールでは海鳥の分布は緯度帯よりも大スケールの水塊や海流と関係している(2)熱帯域では少なく高緯度になるにつれて増加する傾向がある(3)大洋の中心から東西特に東の縁に向かいにつれて密度が増大する傾向がある*1(4)中規模スケールでは海流と海底地形という海洋景観が(餌生物の密度に絡んで)分布に影響する.特に潮目などの海洋前線が重要(4)100メートル程度の小規模スケールでは餌生物の密度と海鳥の分布に関連はない(海鳥は数キロメートル以上のもっと大きいスケールで餌生物の分布を把握,記憶し,その中で探索して採餌するため)と説明されている.
続いて餌の探索行動が解説される.アホウドリの探索経路や潜水する鳥の潜水行動が採り上げられている.バイオロギングのデータから見えてくる姿は興味深い.どのような感覚系を用いているか(500メートルという暗闇で採餌するキングペンギンのデータを見ると,おそらくかすかに差し込む光の中の魚の影を見ているようだというのは面白い),個体変異などが取り扱われている.
またここで行動生態学の最適採餌理論がどこまで当てはまるかということが議論されている.いろいろな例があげられているが,シジュウカラの採餌行動などのモデルが単純に当てはまるわけではない.それは遠くまで採餌に行くために移動コストの大きさ,餌荷重のコスト,胃容積の上限,採食環境のパッチ性の複雑さなどの要因が加わるためだ.本書では潜水についてのモデルが提示され,また情報センター仮説の当てはまりについても議論されている.著者は海鳥の最適採餌戦略について今後の課題としている.様々な条件を取り込んだ海鳥の最適採餌モデル作成が必要だということだろう.
 

第4部 繁殖と適応戦略

 
ここではまず長命でゆっくり繁殖するという海鳥の特異的な生活史戦略が解説されている.海鳥は総じて長命だ.40グラムしかないコシジロウミツバメの最長寿命は43年もある.クラッチサイズは小さく,卵重量が大きく,抱卵期間と育雛期間が長く,ヒナはゆっくり成長する.
大型の海鳥ではヒナの給餌要求を操作的に増やしても給餌を増やさない傾向にある,それは長期間巣を空け遠くまで採餌に行くという生態から,給餌速度はトリップ長に左右され,短期的に給餌を増やしてその年の繁殖成績を上げるより次の繁殖期までの生存率を保つ方が有利になっているからだろうとしている.実際に繁殖地から遠くで採餌する種ほど給餌頻度が低く年間雛生産数が少ない傾向にあるそうだ.
一方海鳥の雛側は多くのエサをもらった場合には骨格や筋肉に投資せずに脂肪にため込む傾向がある.これは給餌間隔が不安定であることへの保険としての適応,また巣立ち後すぐに餌を取れるようにならないので巣立ち後の栄養不足に備えての適応という2つの仮説がある.多くの研究者は後者の要因が大きいのではないかと考えているそうだ.
このほか海鳥によって早成性だったり半早成性だったりする理由(採餌場までの距離,捕食リスク,巣立ち後の死亡率など),繁殖開始年齢が遅い理由(採食効率の上昇について年齢効果が大きい),毎年同じペアで繁殖する傾向の理由(抱卵や育雛の際の協調性の重要性)などが議論されている.
 
続いて海鳥の特徴である長距離採餌への適応が議論される.採餌トリップが長距離だったり短距離だったりする理由(効率性と飢餓リスクのトレードオフの解決),自分のための餌と給餌のための餌が異なるか(異なる場合もそうでない場合もある),ペンギンの胃油,雛の耐飢餓適応,長距離渡りと脂肪蓄積などが扱われている.
 

第5部 海洋環境変化と海鳥

 
まず餌資源の変動が与える影響が概説される.餌資源が減少したときには繁殖成績が先に減少し,成体の死亡率の上昇は最後になり,かなり餌資源が減少しないと生じない.質の高い餌(浮魚)が減少すると質の悪い餌(底魚)にスイッチし,繁殖成績が低下する(ジャンクフード仮説)と考えられているが,検証はまだ十分ではないとされている.餌資源の変動と繁殖時期により繁殖成績が上下するという説(マッチミスマッチ仮説)については具体例がいくつか紹介されている.
次に海鳥の個体数決定要因が扱われる.密度依存的要因としては餌資源の競合,営巣場所の競合などが説明されている.密度非依存的要因としては長期的気候変動による餌資源量がある.
 
続いて人間活動の与える影響が扱われる.まず漁業が餌資源を漁獲する影響が取り上げられる.実際にペルー沖ではカタクチイワシの漁獲が海鳥の繁殖成績に影響を与えているようだ.捕鯨はクジラの餌資源消費量を減らすので逆に海鳥にプラスの影響がある可能性がある.また一部の海鳥は漁業活動によって廃棄される餌に依存している.ただしこの場合餌の質の低下による悪影響もあり得る.
次に人間が直接に海鳥に悪影響を与えるケース.まず食糧や羽毛資源としての利用がある.現在は漁業による混獲が無視できない.次に外来天敵の導入,特に営巣場所の島嶼部へのネズミやネコの侵入の影響が大きい.最後に海洋汚染がある.保全を考える場合には生活史からいって繁殖成績よりも成鳥の年間生存率を上げる取り組みの方が効果的だとコメントがある.
 
最後の環境モニターとしての海鳥の利用が解説されている.海鳥は観察しやすく,海洋生態系の変化を探知するのに極めて便利なモニターになる.ここでは選られる様々なデータが概説されている.アデリーペンギンの過去一万年の卵殻化石からその餌資源の変動を捉えたリサーチ(アデリーペンギンは1万年前に魚からオキアミに大きく餌スイッチしたようだ)は面白い.また海鳥は生物濃縮を起こすので海洋プラスチック汚染のモニターとしても有用であることが指摘されている.ただし餌の選択性やサンプリングバイアスには注意する必要があることも指摘されている.
 
 
以上が本書のあらましで,海鳥についての様々な側面を一度に知ることができる便利な本になっている.各章に挟まれたコラムではリサーチ方法や様々な苦労が綴られていて読み物としても面白い(結構えぐいリサーチ手法も紹介されている.餌を調べる胃洗浄法とかメタボリックを調べる強制遊泳とか外科手術で取り付ける食道センサーとかはなかなかの迫力だ.クチバシの角度を記録するセンサーロガーとか巣内に仕込む重量ロガーなども面白い.しかし海鳥リサーチに革命を起こしたのはやはりデータロガーであり,その興奮も語られている)また各ページの上部の柱のところには各章で異なる海鳥のイラストが添えられていて楽しい.著者の思い入れが伝わる充実した一冊に仕上がっている.

*1:なぜ東の縁で密度が高いのかについては興味深いところだが,残念ながら解説されていない