ローズマリー・グラント 「ダーウィン問題への再訪:どのようにそしてなぜ種は増えるのか」

ローズマリー・グラントのダーウィンフィンチについての講演がEvoSciSeminarとして公開されている.
 
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まず種の起源の有名な最終パラグラフを紹介し,生物多様性をどのように調べるのか,特に種がどのようにそしてなぜ増えるのかを調べるにはどうすれば良いかをテーマとする.ここからダーウィンフィンチの話に移る.

  • 多くの生物多様性が適応放散によって生じていることが知られている.ハワイミツスイはその良い例だが,残念なことにほとんどが絶滅してしまっている.
  • ここでガラパゴス諸島のダーウィンフィンチはとてもよいリサーチ対象になる.(1)最近の適応放散(2)島々は生態的に異なり,多様な淘汰圧がある(3)現在進行形で変化を観察記録できる.
  • ダーウィンフィンチは17種でここ100~200万年で種分化した.また環境変化がエルニーニョとラニーニャの振動で動的に動くのもリサーチの上では重要だ.ラニーニャでは気温が下がり乾燥し,植生が大きく損なわれる.

 

  • ピーターと私は最初すべての島にショートリサーチを行ってそこにいるフィンチの血液サンプルをとった.そこから2つの島(ヘノベサとダフネメジャー)を選んで1973年から長期リサーチを行った.今日はダフネ島で行ったリサーチを中心に話したい.
  • ダフネに最初にいったときには2種がいた(フォルティスとスキャンデンス).
  • 今日のテーマは種分化で,ダーウィンのモデル,稀な遺伝子流動の原因と進化的な帰結,種分化の3つのモデルについての洞察を話したい.

 

<ダーウィンのモデル>
  • フォルティス(ガラパゴスフィンチ)は中型の地上フィンチで体サイズやクチバシに多様性があった.スキャンデンス(サボテンフィンチ)はサボデンに依存した生活を送り,サボテンに鋭いクチバシで穴を空けることができ,開花時期には花粉と蜜を摂食する.
  • ダフネは完全に無人の小さな火山島で草原にサボテンがまばらに生えているのが通常の植生になる.そこに3~4ヶ月の食糧持参で長期リサーチを行った.(リサーチのやり方の詳細が説明される)

 

  • ダーウィンの種分化モデルは3ステップモデルになっている.まず本土からフィンチが最初の島に入ってくる.そこで環境に適応し,ほかの島に分散し,またそこで環境に適応する.それを繰り返し,元の島に戻ってきたときには互いに交わらない2種となるというものだ.
  • フォルティスのクチバシの大きさは経年で変化していった.1977年に大きくなり,1987年頃に元に戻り,2006年にさらに小さくなっている.1977年と2006年は干魃のあった年になる.
  • 自然淘汰が働くには変異があり,変異により繁殖に差があり,それが遺伝性であることが必要になる.この遺伝性があるかどうかを知るために親とこの間のクチバシサイズの相関を調べた.それはきちんと相関しており,遺伝性があることを示せた.
  • 1977年に生じた干魃の際には利用な可能な種子が大きなものしか残らなくなり,それを割れる大きなクチバシへの強い淘汰圧がかかった.この時には島の個体群のうち90%が死亡した.

 
このあたりはジョナサン・ワイナーが「フィンチの嘴」で短期間で報じる自然淘汰を実証したリサーチとして紹介して有名になったところだ.

The Beak of the Finch: A Story of Evolution in Our Time

The Beak of the Finch: A Story of Evolution in Our Time

ここからその後の物語になる.第3の種の侵入により適応地形が大きく変化するという興味深い実例だ.
 

  • では何故2006年の干魃時には前回と同じようにクチバシが大きくならずに逆に小さくなったのか? それは身体がフォルティスの2倍あり,クチバシが大きなマグニロストリス(オオガラパゴスフィンチ)が1983年に第3のフィンチとしてダフネに移入して定着していたからだ.わずかに残った大きな種子は皆マグニロストリスに喰われることになった.しかしそこでマグニロストリスが殻を割ったあとにこぼれる小さな粒を素速くついばむにはクチバシの小さなフォルティスが有利になったのだ.
  • これはまさにダーウィンのモデルで予測されていた現象だということができる.

 

  • 次に私たちはクチバシの大きさの変異の遺伝的な基盤を調べた.当初小さな効果のある多数の遺伝子座があるのだろうと考えていたが,実際に調べてみると非常に大きな効果がある1つの遺伝子座が見つかった.またこの遺伝子座におけるアレルの有無と干魃時の生存率も強く相関していた.
  • ここまでの結論は,環境が変化すると自然淘汰がかかり進化的な反応が生じる,そして他の種の存在が進化の方向に影響を与えることがあるということだ.

 
続いて講演は交雑の制限の詳細と,それをかいくぐる遺伝子流動を扱う.
 

<稀な遺伝子流動の原因と進化的な帰結>
  • 種間には交雑バリアがあるが,稀にそれが突破されることは広く報告されている.そしてそれにより新奇環境における適応のもとになる変異を獲得することもある(毒チョウが警告色遺伝子を交雑によって得ていることを示した研究が示される)
  • ゲノムを解析することにより交雑を検知できる.しかし自然界における種分化につながるような交雑の初期段階についてはあまり知られていない.今日はここについて話したい.

 

  • 知りたいことは,「交雑バリアとは何か,それはいかにして形成されるか,そしてそれはいかに破られるか.そして交雑による結果はどのようなものか,それは新奇環境への適応のもとになる変異になるのか,あるいは遺伝的不和合への道なのか.」ということだ.

 

  • まず交雑バリアは何か.すべてのダーウィンフィンチは同じような色をしているのでそれではない.身体の大きさ,クチバシ,囀りは異なっている.
  • メスが何をキューにしてオスを拒否するかどうかををマウント&プレイバック実験で調べた.その結果は外見と囀りだということがわかった.囀りは父親から孵化後10~40日のあいだに学習する.これは1種のインプリンティングになる.
  • ということは若い時期にメスが間違った囀りを覚えると(そして姿が似ていると)メスは異種のオスを受け入れる可能性が生じる.
  • マグニロストリスは1983年にダフネに移入したので,移入後の3種の交雑可能性を調査した.マグニロストリスは他の2種より2倍ほど大きく,囀りは3種でそれぞれで異なっている.マグニロストリスと2種間のバリアは頑健だと思われた.(囀りを誤学習しても2倍のサイズで拒否が生じると思われた)
  • しかしフォルティス(17g)とスキャンデンス(22g)は大きさが近いので,誤学習は交雑に結びつく可能性があると考えた.またダフネには毎年1~2羽のフリジノサ(コガラパゴスフィンチ)(12g)が迷い込んできて繁殖期を過ごしている.調べてみるとフリジノサ→フォルティス,フォルティス⇄スキャンデンスの遺伝子流動が見つかった.またフリジノサからフォルティスを経由してのスキャンデンスへの遺伝子流動も見つかった.(フリジノサとスキャンデンスの直接交雑はサイズが違いすぎて生じない)

 

  • フォルティスとスキャンデンスの交雑個体の生存率を調べてみると基本的に遺伝的不和合性はなかった.そして干魃時に有利になることがある.また囀りの誤学習によるバリア突端なので,交雑個体はその後も片方の種からの戻し交配を受け続けることになる.
  • フォルティスのクチバシの鋭さは1987年の干魃時に(小さな種子をついばむために)ぐっと鋭くなってその後30年そのままになっている.
  • しかしスキャンデンスにおいては.1990年以降遺伝子の流入は主にフォルティス→スキャンデンスの方向になっていて,スキャンデンス(元々クチバシがフォルティスより鋭い)のクチバシは平均的に鋭さを失い続けている.
  • そして実際にこの2種はこの30年で形態的にも遺伝的にも接近した.
  • クチバシの鋭さの遺伝子を調べるとやはり効果の大きな1遺伝子座が見つかった.
  • この間スキャンデンスのオスはフォルティスとの雑種のメスとも交尾できるので(オスであることが)有利になり性比がオスに偏った.
  • (この戻し交配系列を含めた)スキャンデンス個体群はクチバシが鋭いものと鈍いものが存在するようになった.ゲノム解析をするとクチバシが鈍くなったスキャンデンスは核常染色体ゲノムもミトコンドリアゲノムもフォルティスに大きく近づいていた.しかし(性染色体である)Zゲノムはクチバシの鈍いスキャンデンスも鋭いスキャンデンスや30年前のスキャンデンスと近い結果になる.
  • 遺伝的不和合性の変化はZ染色体が主導するといわれているので,これはフィンチの種分化において社会的なバリアが遺伝的バリアに先行することを示していると解釈できる.

 
このあたりまでは2007年のグラント夫妻による著書「How & Why Species Multiply」で書かれていたことが元になっている.
私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entries/2009/11/27,訳書情報はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20170106/1483699369

 
ここからその後のリサーチの話になる.
  

<新しい系統の形成>
  • ここで新しい系統の話をしよう.
  • 1981年にプライスがダフネのすべての鳥を調べた.するとフォルティスによく似た形態で超重い(28.5g)鳥を見つけた.そして囀りは独特だった.遺伝子解析をしたところ,それは遠く離れたエスパニオール島にいるコニロストリス(オオサボテンフィンチ)が迷い込んできたものだった.
  • 彼は間違った土地で間違った囀りを持ってナワバリを確保していたが,繁殖期の最後に連れ合いをなくしたフォルティスのメスと交尾することができ,複数の交雑個体を残した.(これらは全てトラックされて遺伝子解析されている)息子はすべてこの鳥と同じ囀りをさえずった.その後干魃時にほとんどは死に絶えたが,F3のある兄と妹のペアが残り,近親交配で多くの子孫を残し,さらに子孫達の近親交配でその子孫が残った.これらの子孫達はすべて大きく同じ囀りをさえずった.
  • この個体群(ビッグバードと仮に名づけている)は体サイズもクチバシサイズもフォルティスともコニロストリスとも異なる独自の分布を持っている.クチバシは大きく固い種子を砕くのにマグニロストリスと同じぐらい効率的だが,体サイズはマグニロストリスより小さいので,干魃時にはマグニロストリスより有利になることが期待できる.
  • この新しい系統は今のところ新種のように振る舞っている.形態的に独自の分布を持ち,囀りも独特だ.もちろん近交弱勢の影響がこれからでるかもしれない.あるいは遺伝子流入を受けて遺伝的多様性を獲得するかもしれない.この個体群がこれからどうなるかは種分化についての洞察を与えてくれるだろう.

 
 

  • 私たちが1973年に上陸したときにはダフネには2種がいるだけだった.この間何度かの干魃を受け,今は3種とこの種のようなビッグバード個体群という4タイプが存在する.スキャンデンスは形態を変えた.
  • 種分化についていえば,ダーウィンモデルのような新しい移入系統との交雑バリアが観察できた.また遺伝子流動により形質が変化すること,社会的バリアが遺伝的バリアに先行することの観察例を得た.そして新しい系統になり得る実例も観察できたことになる.

 
この最後の話はとりわけ興味深い.本当に新種になってしまうのかもしれないと思うと大変スリリングだ.このあたりは,私は未読だが夫妻の最新刊に書かれているようだ(目次を見るとビッグバード系統について書かれていることがわかる).
 

 

From Darwin to Derrida その20

 
ヘイグによる本書は第3章に入ってミームを扱う.まずは「gene(遺伝子)」をミームとして分析する.
 

「遺伝子ミーム」その2

 

  • オランダの植物学者だったウィルヘルム・ヨハンセンは1909年にダーウィンのpangeneを省略した形でdas Gen(複数形はdie Gene)をドイツ語に導入した.これは多義的で曖昧なAnlageという語を置き換えようとしたものだ.

  • ヨハンセンはさらに1910年のアメリカ博物学協会での講演で単数形のgeneを英語として用いた.彼の意図は「どのような個体の特徴も真の遺伝的要素であるという考え」を問題にすることだった.
  • メンデルの法則の再発見により「個体の特徴がすべてその子孫に受け継がれるわけではない.祖先の特徴も子孫の特徴も(そこから発達が生じる)それぞれの接合子の性質によって同じように決まる.つまり個体の特徴は2つの配偶子が接合子に合体したことへの反応なのだ.そしてその接合子の性質は親や祖先の特徴によって決まるわけではない」ということが明らかになっていた.ヨハンセンは遺伝型と表現型の区別という重要な概念を提唱したのだ.
  • ヨハンセンの視点に立つと,「個体の特徴が遺伝する」というのは時代遅れの語彙により引き起こされる誤解だということになる.そこで彼はgene(遺伝子),genotype(遺伝型)という用語を(さらにphenotype, biotypeなどの用語も)提案したのだ.そして「gene」は他の用語と組み合わせて使いやすい短い単語であり,(遺伝の)単位,要素,アレロモルフ(対立遺伝子)の表現としても使えると考えた.

 
ヘイグの分析は’gene’の起源から始まっていて面白い.ヘイグはgeneというのはダーウィンのパンジェネシス説のpangeneが省略された形が始まりだとしている.ダーウィンのパンジェネシス説(pangenesis)で祖先から子孫に遺伝的特徴を伝える粒子はジェミュール (gemmule) と呼ばれていたと思っていたので少し意外だ.この提唱時に提唱者のヨハンセンの頭にあったのは遺伝型と表現型の区別であり,(観察できるのは表現型だけであり)遺伝子は表現型から推測できる抽象的な概念だったということになる.
 
パンジェネシス説はダーウィンが大著「家畜と栽培植物の変異」の中で詳しく説明している.現在邦訳がない*1のが残念だが,これを読むと膨大な観察と隔世遺伝の実例などから遺伝が粒子的であることを確信していたダーウィンがそれを理論化しようとしてパンジェネシス説を提唱していることがわかる.(ダーウィンは融合遺伝論者だったと書かれている書物があるが,これをきちんと読んでいないための誤解だと思う)大変残念なことに一部の観察例をみて獲得形質の遺伝があり得ると誤解してしまったダーウィンは,それをも説明するためにこのジェミュールが血液に乗って身体中をめぐっている(だから獲得形質が遺伝にフィードバックされうる)という仮説を構築してしまった.もし(観察例を誤解せずに)獲得形質の遺伝がないと考えていたら,どこまで真相に近い仮説を提示できたかと考えるとこの誤解は大変に残念なことだと思う.


 

  • ここから「gene」という用語は特筆すべき歴史を持つことになった.(genotypeやphenotypeも世に広まったが,biotypeはそうならなかった).しかし「gene」自体にはごくわずかな情報しかふくまれていない.ミームとしての「gene」の成功には,ヨハンセンが考えたとおりに使いやすい短い単語だったこと,そしてそれがアイデアや概念のセットを代表するようになったという歴史的偶然が大きく働いているだろう.それらは高いミーム適応度をもたらした.
  • 「gene」自体がミームだとすると,それはそれほど興味深いものではない.真に興味深いのは「gene」とラベルが貼られた遺伝についての概念の変遷だ.このミーム歴史が興味深いのは,このような曖昧なアイデアとコンセプトが再定義を繰り返しながらその増殖マーケットを見いだし続けたことだ.
  • 「gene」が単一の意味だけだったことはない.文脈や使う人により異なる意味を持った.自分の語彙に「gene」を加える人は皆聞いたり読んだりした定義からその使われ方を推論し自分自身の概念にしていった.そしてこの個人的な定義はさらに新しい定義に翻訳され,会話や書き物によって他の人の心に新しい意味を付け加えていった.アイデアの伝搬において意味の連続性はあったが,正確な信頼性はなかった.
  • ヨハンセン自身にも個人的な「gene」概念があった.彼にとって遺伝型は表現型からのみ調べることができるもので,その物理的実態やどこにあるかを調べることは無駄なことだと考えていた.
  • このヨハンセンの「使いやすい短い語」はすぐに遺伝学者たちの間でよく使われるようになった.特に遺伝子は染色体にある物理的実体だと信じる学者たちに広まった.「gene」が遺伝に関する代替的な概念のラベルになったことは,ミーム的な組換えがあったといってもいいのかもしれない.しかし染色体理論の支持者達は表現型の違いから知ることのできる操作的な概念としても「gene」を使い続けた.(遺伝学者スターティバントのコメントが引用されている)

 
‘gene’のミームとしての成功はあまり中身がなく,どのような概念でも包摂し得たこと,そして単音節で使いやすかったことによるということになる.そして実際にミームは複数の意味で使われるようになる.
 

  • ほとんどの20世紀の実験遺伝学者たちは生物の物理的な性質の違いから遺伝子の物理的な性質を推測しようとした.これらの探索は,遺伝子について「タンパク質のアミノ酸配列を決めるDNA配列」という定義に結びついた.これにより遺伝子の操作的な定義は化学的な特性により直接感知できる要素にシフトした.遺伝子の存在は今や,表現型の違いではなく,DNA配列から直接結論づけられるようになった.しかしこの新しい定義が古い(表現型の違いからの)操作的な定義を駆逐してしまったわけではない.
  • 実験遺伝学者たちは観察される表現型の違いについて遺伝子を使って説明しようとした.ピンクの眼をしたショウジョウバエと赤い眼をしたショウジョウバエの違いは両親から受け継いだ遺伝子の違いで説明された.同様に進化生物学者たちも自然淘汰産物についての仮説的な表現型の違いを遺伝子を使って説明しようとした.鳥類学者はなぜ一部の鳥の種は父親が子育てを手伝い,別の鳥の種はそうしないのかについて,子育て行動の差を引き起こす遺伝子を想定して自然淘汰がどう働いたのかを説明しようとする.この遺伝子は子育て行動を生じさせる遺伝子群のことではなく,この行動の違いの要因となる遺伝子を指す.

 
私たちは現代の生物学の文章を読むときにそれぞれの遺伝子概念を文脈に合わせて解釈しているのだろう.それはほとんど無意識に行われるように感じられる.ヘイグに指摘されると確かにそこでは異なる概念が同じ単語で表現されているのがわかる.最後の「行動の違いの要因となる遺伝子」という概念は行動生態学(そしてその流れをくむ進化心理学)で用いられるものだ*2.社会生物学論争ではこのあたりの混同が,進化生物学を遺伝決定主義だとする誤解に結びつくことになる.

*1:戦前の古書にはあるが入手困難

*2:もっとも現在ではそれをゲノム分析して物理的実体としてのDNA配列まで突きとめようとするリサーチも増えている

From Darwin to Derrida その19

 
ヘイグによる「利己的な遺伝子」思考を突き詰める本書は第3章に入り,「ミーム」を論じることになる.ミームはドーキンスが「利己的な遺伝子」の最終章で提示した概念だ.ドーキンスはそこで自然淘汰の原理は非常に強力であり,その前提条件(変異が存在する,変異により生存や繁殖に差がある.それが次世代に承継される,複製子同士が競争している)を満たしていればDNAベースの遺伝子以外でも自然淘汰が生じることを強調し,その例として「ミーム」を提唱したのだ.


  

第3章 「遺伝子」ミーム

 

  • 「利己的な遺伝子」の最終章では遺伝的進化と文化的進化のアナロジーが探られている.ドーキンスは文化的な特徴も自然淘汰により進化すると示唆した.文化的特徴の中にはその伝達を増強するような特性をもつものがあり,それにより選択的な複製が生じるというのだ.ドーキンスはこの新しい自己複製子を「ミーム(meme)」と名づけた.
  • ギリシア語の語根から考えるとmimemeがふさわしい.しかし私はちょうどgeneと同じように響く単音節の語の方がよいと思った.私がこのmimemeを省略してmemeとすることについて私の古典学者の友人達が許してくれると嬉しく思う.

利己的な遺伝子 40周年記念版

利己的な遺伝子 40周年記念版

 

  • ドーキンスは最後にこう結論づけている.
  • 私のミームについての理論がとんでもなく推測的だとしても,ここで再度強調しておきたい重要なポイントがある.この文化的特徴の進化を適応度的に考えるときに,誰にとっての適応度かをはっきりさせておかなければならないということだ.
  • 文化的特徴は,それ自体(の複製)にとって有利であるという理由でそのように進化しうるのだ.

 

  • 「ミーム」は誕生以来30年にわたり,見事な複製と存続の能力を見せつけてきた.しかしその広がりは(理論的な鋭さよりも)単音節語を選んだことによる方が大きいのかもしれない.
  • 本章の前半で,私は「遺伝子」という単純なミームの多様な意味を考察する.科学者が「遺伝子」というときにそれは全て同じ意味で用いるわけではない.特にドーキンスの「利己的な遺伝子」の定義と,それを戦略遺伝子と考えたときの暗黙の意味を考察する.私たちは「遺伝子」の意味の多様さと変化についてミーム進化の例として考察できる.
  • 本章の後半では,前半の遺伝子についての議論を踏まえて,文化進化の仮想的複製子としての「ミーム」の地位に焦点を当てる.

 

ミーム概念は一部の学者から熱狂的に受け入れられ,一時的に様々な展開を見せたが批判も多く,次第に学会の主流からは退潮していき,現在では文化の進化的な研究はボイドとリチャーソンの「遺伝子と文化の共進化」的な取り扱いやスペルベルによる文化疫学的な取り扱いが主流となっている.
私としては,そもそもミームがどのようにデザインされているかの本質を追求するため,また文化的要素(ミーム)とホストの進化的利害が相反することがありうること,そしてホストを操作してミームの利益の追求が生じうることをうまく取り扱うためには共進化モデルや文化疫学モデル(そこで感染力として処理する)よりミーム的な視点をとった方がよりクリアに分析できるのではないかと常々感じており,これについては残念に思っていた.(ミームが主流になりきれなかったのは,(ボイドやリチャーソン達の)ドーキンスへの感情的な反発のほかに,当時のミーム学が理念先行でフィールドリサーチが少なかったということもあるのだと思う)
しかし最近デネットがミームを大いに擁護する議論を行い,また進化心理学者のスチュワート=ウィリアムズによる擁護論も出されており,少し進展があるのかと期待しているところだ.ヘイグの取り扱いに興味が持たれる.


関連書籍

デネットによる意識に関する最新刊.ミームの議論が詳しく扱われている.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2018/11/06/104020

 
同原書 
スチュワート=ウィリアムズによる進化心理学啓蒙書.最終第6章でミームが論じられている.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2018/12/16/185247,また反ミーム学派との論争に勝つ方法という付録もパンチが効いていて面白い.付録についての私のエントリーはhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2018/12/22/084010

From Darwin to Derrida その18

 
個体内の遺伝子要素間コンフリクトを扱う第2章「社会的遺伝子」.ここで最終のまとめがおかれている.
 

レプリーズ

 

  • 生物体の遺伝的境界についての私たちの直感的な概念は,ほぼ1つのコレプリコンのメンバーシップ(同じルールに基づいて伝達される遺伝子の組)と一致する.コレプリコンは,メンバーの利益が同じ結果に依存するので,同じ目的を持つユニットとして進化する.これに対して別のコレプリコンの遺伝子は相反する利益を持つ.
  • だからバクテリアの染色体にインサートされたウイルス由来の遺伝子は,その伝達モードが異なることにより,「真のバクテリア遺伝子」とは区別される.そういう遺伝子は,自分たちをウイルス粒子の中に包み込んでホストの死と共に外にあふれ出させることにより,同じ染色体の「真のバクテリア遺伝子」より素速く増殖できる.
  • コレプリコン間の関係はこのような対立的なものでない場合もある.(ウイルスのように)盗みによらずに,価格交渉の余地ある取引によってリソースを得るようなコレプリコンもあり得る.
  • 1つのコレプリコンが内部市場を持たず,共有財産として機能することもある.このメンバーは買い手を探すコスト,価格や質の学習コスト,詐欺リスクを避けることができる.

 

  • バクテリア細胞は通常少ない数のコレプリコンしか持たない(それはしばしば1つだけだ).組換えは稀で,生じたときには勝者と敗者に分かれる.
  • これに対して真核生物では組換えは非常に頻繁だ.そしてそれは勝者や敗者のない分離プロセスを持つ.この場合コレプリコンは,長期的な運命共同体としての組換えのない仲間として協力するわけではない.それは同じルールに従う暫定的なチームメイトとして協力するのだ.高い頻度の組換えは成功するチームプレイヤーの市場を創り出すのだ.

 

  • 真核生物において.配偶子の接合,組換え,減数分裂の性サイクルがなぜあるのかの理由ははっきりわかっているわけではない.しかしそのプロセスは長期的な変動する環境下での個別の遺伝子の生存チャンスを増やしているのだろう.
  • 組換えは(遺伝的に一部を共有する)血縁者を創り出す.血縁者との相互作用は,その一部の遺伝子と別の一部の遺伝子の利益が一致しないために内部的なコンフリクトを創り出す.高いレベルにおける組換えは,内部の秘密結社をばらばらにすることで,低いレベルにおける組換えによるコンフリクトの解決策になり得る.

 
長年この問題を考え抜いてきたヘイグによる枝葉をそぎ落とした本質の解説ということになる.コレプリコン同士の関係は対立,取引,共有財産のどれでも取り得るというのも深い.組換えと性についての究極的な説明を留保しているところも,この問題の一筋縄ではいかないところをよく示しているというところだろう.

From Darwin to Derrida その17

 
個体内の遺伝子要素間コンフリクト.性染色体の問題を説明した後,いよいよヘイグの名をたからしめたゲノミックインプリンティングの解説に入る.

 

ゲノミックインプリンティングと世代間の抗争

 

  • 血縁者というのは,一部を共有し一部を共有しない遺伝子集合体だ.遺伝子は血縁者が自分と同じ遺伝子を持つ確率に応じた条件依存戦略を採ることにより利益を得ることができる.なお本節では,遺伝子のこの確率についての情報源は,血統(メンデル分離による確率)および父方由来あるいは母方由来にかかる情報,父性の不確実性のみだという前提を置くことにする.(ここでは緑髭効果を考えないということ)

 

  • 二倍体の母とその有性生殖による二倍体の子どもの最も単純な関係は,母が卵を作り受精させばらまく(その後の母親の子育て投資なし)というものだ.
  • この場合,母にあるすべての遺伝子は(減数分裂のコイントスにより)それぞれの子どもに同じ確率で承継される.(この場合卵に投資される栄養は減数分裂前に決められるので子どもの遺伝子の影響を受けない)母にある遺伝子が繁殖成功を高めるためにできるのは卵のサイズと数を決めることだけだ.
  • 一定量のリソースを用いて卵が逐次的に生産されるという単純なモデルの場合,母の適応度は,ある卵に追加投資する場合のその子どもへの限界利益(δB)が最後に作られる別の卵にとっての追加コスト(δC)に等しくなるような投資において最大化される.ある子どもへの限界利益と別の子どもへの限界コストが一致するのは,母の遺伝子から見てどちらの子どもにも自分のコピーがある確率が等しいからだ.

ヘイグによる解説はまず最も単純な例として子育て投資が減数分裂前に決定済みという条件をおくところから始まっている.投資決定がいつかというのが極めて本質的な条件になることがわかって面白い.
 

  • 受精後に母親が子育て投資する場合には関係は複雑になる.なぜなら母の子育て投資量は(母親だけでなく)子どもの遺伝子の影響も受けるからだ.子どもにある遺伝子は母親の受精後の子育て投資の利益をフルに享受するが,別の子どもへのコストは同祖的遺伝子を持つ確率rをかけた分しか負担しない.つまり子どもの遺伝子にとっては δB > rδC である限り子育て投資を受けた方が有利になるが,母にとっては δB > δC が子育て投資が有利になる条件になる.だから δC > δB > rδC のときには母と子の間でコンフリクトが生じる.このコンフリクトは遺伝子間の協約によって解決できない.母の遺伝子達は δB > δC を条件とする協約を結べるが,この協約は遺伝子が一旦子の身体に入ったあとでは一般的に強制力を持たない.すべての遺伝子は協約により利益を得られるが,しかし片務的な制限は搾取されてしまうのだ.

 
この母子間のコンフリクトはトリヴァースによる親子コンフリクトの解説になる.トリヴァースの理論はこのコンフリクトによって,哺乳類の最適離乳時期が母から見た場合と子から見た場合が異なること(そしてしばしば離乳時期には親子間で葛藤が観察されること)をうまく説明できる.
 

  • この確率rは母からの遺伝子については0.5だが,父からの遺伝子については一般的に0.5より小さい.これは子ども達は別の父親を持つかもしれないからだ.だから父からの遺伝子はより多くの母の子育て投資を要求すると予測される.このような条件付き戦略はゲノミックインプリンティング(遺伝子が母方か父方かによって表現型パターンを変えること)によって可能になる.(例としてマウスのIgf2, Igf2rの発現の例が解説されている)

 
ここからがヘイグの唱えたゲノミックインプリンティングの議論になる.子どもの個体内には父由来の遺伝子とは母由来の遺伝子があり,父性の不確実性から,この個体内の由来に基づく遺伝子間には母親からの最適投資量をめぐってコンフリクト状態になる.
このような由来に基づくコンフリクトは母親からの受精後の投資において最も現出しやすいだろう.だからこれまで見つかっているゲノミックインプリンティングの例は哺乳類による母親からの投資(胎盤における栄養供給),種子植物の胚乳が中心になっている.
 

  • この父方と母方遺伝子の非対称性は父違いの兄弟の間で最大になる.そしてほとんどの血縁関係において父方と母方で様々に異なった父方と母方の非対称性がある.群れを作り,オスが分散し,メスが群れにとどまる生物を考えてみよう.ここでもしある群れの中のある時期の受精はよそから来た単一のオスにより,それがどんどん交代していくとするなら,その群れの中の年齢の異なるメスメンバーは母方を通じてより近い血縁関係にあり,同年齢のメンバーは両親の同じ兄弟か,父親違いの兄弟ということになるだろう.ただしこのようなパターンまで含めた条件付き戦略を遺伝子が進化させられるかどうかはわかっていない.

 

  • これまでよくリサーチされたゲノミックインプリンティングはすべて「自分が母から来たらこれを,父から来たら別のことをせよ」という単純な条件付き戦略だ.論理的にはより複雑な条件付き戦略も可能なはずだ.たとえば「卵由来ならAを,母と一緒に住んでいるオスの精子から来たらBを,別の浮気オスの精子から来たときはCを行え」という戦略も考えられる.しかしこのような論理的可能性が実現可能かどうかはコスト,メリット,そして適当なメカニズムが存在するかに依存する.
  • 先ほどのメスが群れにとどまる生物の場合,連続して母由来であれば,群れの他のメスに自分と同じ遺伝子がある確率は上がっていくだろう.この場合母由来効果が蓄積していき,一度でも父由来になればリセットされるような戦略を持つ遺伝子を想像することができる.

 
この複雑な条件付き戦略の可能性の考察はいかにもヘイグらしく面白い.
 
関連書籍
 
ゲノミックインプリンティングならまず読むべき本.ヘイグの自撰論文集になる.

Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)

Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)

  • 作者:Haig, David
  • 発売日: 2002/02/20
  • メディア: ペーパーバック