読書中 「Genes in Conflict」 第11章 その1

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements





今日からは利己的な細胞系列.多細胞生物の各細胞は基本的に単一の接合子から分裂してできたクローンだが,様々な理由でそうでない場合にはその系列同士でコンフリクトが生じる.本章はこれが主題ということだ.メンデル比を歪めることとはちょっと別次元のコンフリクトで,本書の利己的遺伝要素という範囲を飛び出しているような気もするが,生物個体内の遺伝型の違いによるコンフリクトだから広い意味では同じ現象ということなのだろう.

突然変異によるものは長命で大型の生物で問題になりやすい,これはまさにガンの話になる.またキメラの場合にも問題になる.キメラというのはよほど特別な場合にのみ生じるのかと思っていたら,人でも母親と胎児で細胞が混じり合うことは珍しくないようだし,驚いたことにタマリンやマーモセットでは双子間は通常キメラらしい.双子をキメラにする適応的意義などあり得るのだろうか?コンフリクトによるネガティブな問題を考えると信じがたい気分だ.読んでいくのが楽しみだ.


まずキメラ以外の説明から.
ヒトには1013の細胞があり,一日あたり1012細胞分裂が生じている.するとヌクレオチドあたりの突然変異率は10-9なので1日あたり数百のヌクレオチド変異が生じていることになる.という中立的な説明から始まる.生涯には何個かの細胞で何度かメンデル型遺伝病の遺伝子型が発生するだろうということなのだ.
このうち細胞自体にとって増殖アドバンテージを持つものはガンということになる.


というわけで最初はガンから

ガンは細胞を個体としてみると古典的なダーウィニアンプロセスとみればいいと説明される.確かにより繁殖率の高いガン細胞がより増えるわけだ.分裂の多い組織でリスクが高いし,制ガン剤に対する耐性も進化する.ガンの効果(血管を作る,体内に分散するなど)の中には細胞の視点から見て適応的なものも多いと考えると納得だ.
ホスト側には当然対抗進化が生じる.人はマウスと比べて大型で長命なので,これがより進化しているということだ.マウスのガン発生率をもしヒトが持つとほとんどの個体は子宮内でガンで死亡してしまうという.
ガンへの対応は主に3つ.突然変異率を下げること,ガンに有利な状況を減らすこと.細胞増殖のコントロールを増やすこと.この中で2番目の体組織と幹細胞系列のアーキテクチャーの話は面白い.結局発生の進化を考えるときにはここの設計にかかる淘汰圧は非常に重要なのかもしれない.

最後に細胞系列淘汰はホストにとり常に有害であるわけではない.欠陥のある細胞は健康な細胞に取って代わられる.免疫系に遺伝的な欠陥のある患者が戻り突然変異を生じて回復することがある.と説明しているが,これは驚きだ.しかし突然変異はほとんどの場合有害なのだから,ほんとにこのようなことが時々生じるのだろうか?

さらにつづけてそもそも脊椎動物の免疫系を考えると,このシステム全体が細胞系列淘汰の原理で機能していると考えることができると説明している.ヒトにある2×1012のリンパ球(B細胞とT細胞)はより病原体を認識したものがより増えるという形で淘汰を受けるのだというのだ.納得.


続いてイヌにみられる感染性のガンについて
これは口絵のカラー写真が衝撃的にグロテスク.通常のガンは個体の死亡とともに消滅するが,このガンは性行為を通じた感染形式で,イヌ集団に蔓延するらしい.これは一度だけイヌ集団において進化して全世界に広がったのだろうと説明されている.うーん,これはいったいガンと呼ぶべきなのか,ホスト種細胞起源の新たな病原体と呼ぶべきなのか.(呼び方は本質には影響しないのだろうけど)
著者はこのような性病にとりつかれたイヌ集団をHighly degenerate mammal と表現している.Highly degenerate mammal といってる意味はよくわからない.単に堕落したということではなく,なんかの聖書の関連だろうか?




第11章 利己的な細胞系列 その1


さらに別の個体なコンフリクトが多細胞生物の細胞はすべて遺伝的に同じではないことから引き起こされる.ガンや免疫系は基本的にこの細胞増殖の差別性に立脚している.このような系列間の淘汰が実際に発生の進化では重要なのかもしれない.

また細胞系列間の淘汰はキメラの場合に生じる.ヒトでも母親と子供の低いレベルのキメラはそれほど珍しいことではないし,タマリンやマーモセットで双子間のキメラはむしろ通常だ.群集性の無脊椎動物ではよく遺伝的に異なる集団が融合する.



1. モザイク


突然変異による個体内の遺伝的な多様性は多細胞生物の宿命であり,長命で大型の生物で顕著である.
多くの場合このような遺伝的な相違は何も影響を持たない.しかし細胞増殖に有益なものは個体にとってガンのリスクとなる.


(1) 体組織系列淘汰 ガンと適応的免疫システム

ガンは利己的な細胞系列である.ホストの適応度を犠牲にして他の細胞系列より速い増殖速度を持つ.それらは古典的なダーウィニアンプロセスで変異と淘汰を繰り返す.

細胞系列淘汰はホスト個体にとり常に有害であるわけではない.
脊椎動物の免疫系は細胞系列淘汰の原理で機能している.


ボックス11.1 イヌ性的伝達肉腫 (CTVS) :堕落した哺乳類の起源


哺乳類は継続的に細胞を身体から脱落させる.(皮膚など)しかしそのような細胞は脱落後普通すぐ死滅する.もっとも激しいガン細胞でも体組織から離れるとすぐ死滅する.
しかしこれには興味をそそられる例外がある.Canine transmissible venereal sarcoma (CTVS) はイヌにおけるガン化した細胞による伝染病だ.これはイヌ同士の間を,通常交尾により伝達する.いったん新しいホスト犬にはいると性器の周りに腫瘍を形成し,交尾でまた次のホスト犬に伝わる.ウィルスではなくこのガン細胞自身が伝わるところが他のウィルス性ガンと異なる.
CTVSは世界の多くの地域にみられる.地域によってはイヌの最も多い腫瘍である.おそらくそれは一度だけ進化して全世界に広がったのだろう.c-MYC腫瘍遺伝子の上流にLINEが挿入されたことが起源に大きく関わっているらしい.
感染率はどの犬種にも変わりなく,キツネにも伝わりうる.治療しなくとも腫瘍は1-3ヶ月で小さくなる.完全に縮小するとそのイヌは免疫を持つようになる.この自然の「同種移植片」は真の感染体になった.