「Riddled with Life」

Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites That Make Us Who We Are

Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites That Make Us Who We Are



ハミルトンとズックの性淘汰のパラサイト仮説で有名なマーレーン・ズックの本である.ズックの本は5年ほど前に出版された「Sexual Selection: What We Can and Can't Learn about Sex from Animals」に続いて2冊目である.この前作は性淘汰の解説本というよりも,フェミニズムをはじめとする論客たちが,動物の進化モデルに対してまったく勘違いした理解をしていることについて,女性進化生物学研究者としての立場から書かれたもので,本人の悩みもあわせて書きつづったようなちょっと異色の本だった.


本書「Riddled with Life: Friendly Worms, Ladybug Sex, and the Parasites that Makes Us Who We Are」はパラサイトや感染症について進化生物学的な観点から見た魅力的かつ水準の高い啓蒙書に仕上がっている.


まず最初に我々の生活が病原体や感染症と本来切り離せないほど密接に絡み合っていることを具体的に示し,共進化してきた歴史と性との関連そして薬剤耐性の深刻さをほのめかして本書は始まる.


第1章はダーウィニアン医学についての紹介.
トレヴァサンのお産についての進化的な解説,ウィリアムズの多面発現遺伝子による老化の説明にふれたあと,熱が感染症に対する身体の防御反応であることを力説する.これまでの本では,そう解説しながら実際に熱が出たときには医者に相談するようにという断り書きが入っているのだが,本書は結構過激に切り込んでいる.梅毒のマラリア治療やバクテリア感染したトカゲがより高い体温を好むことなどを引きつつ,ヒトの場合熱病はほとんどの場合感染に対する防御反応であること.熱中症ときちんと区別して扱えばよいことを力説している.現在では熱を怖がるという習慣が変わりつつあるし,子供の解熱剤は親を安心させるという効用があるだけだと切って捨てている.なかなか素敵だ.
一般に身体の反応を止めようとするのはリスクが大きいことを,咳,下痢,眠り,倦怠感,食欲減退,さらには肥満まで議論している.
続いて狩猟採集民の生活が,無条件に健康に良いと考えるべきでないこと,遺伝的な疾患の多くは過去の何らかの感染症への適応である可能性があることなどを解説している.


第2章はヒトと寄生虫,病原体との抗争の歴史から始まる.ありふれていた腸内寄生虫マラリア,住血吸虫に対して18世紀から衛生環境の改善で対抗し,バクテリア感染に対しては20世紀に抗生物質が切り札となった.現代はその反作用としてのアレルギー等の自己免疫疾患の時代になり,さらに薬剤耐性菌の登場というステージである.
アトピーや小児ぜんそくの増加に対して衛生仮説を推し,たとえば7歳以下のアレルギーには風邪を引くのがもっとも効果があるという知見を紹介している.免疫系のT細胞の働きや仕組みを解説し,結局ヒトはあまたの病原体や腸内細菌と共進化しているのであり,トレードオフも多いことを強調,病原体の根絶を目指すのではなく,コントロールしながら共存していくのがよいのではと議論している.最後には現代の清潔志向を,ばかばかしいCMを例にとって皮肉っている.


第3章は鳥インフルエンザをはじめとする現代の新興感染症についての進化的な視点からの解説.まずイーワルドによる病原体の毒性の進化についての理論を解説.感染形態(ヴェクター感染はより有毒に,母子感染はより無毒に,接触感染はその中間)の違い,1918年のインフルエンザの毒性は第一次大戦塹壕戦が主因だというイーワルドの仮説などを例に引きながらうまくイーワルド説のエッセンスを紹介している.そしてこれを実際に政策にしていくためには何が必要か(定量的なリサーチ,ヒト集団の構造データなど)を議論している.


第4章は性の存在とパラサイトの関係について.まずより変異があるために進化スピードは速まるという説を「種のため」議論だと切って捨て,多様性の真の説明はパラサイトと赤の女王仮説がすぐれていると力説する.ニュージーランドの陸貝の有性生殖と無性生殖が寄生する吸虫の多寡により異なるなどの例を挙げていて修正説ではこのような事例を説明できないだろうと議論している.


第5章は性感染症について
性感染症は厳密にセックスだけではないが,一般にセックスにより感染するものを言う.イーワルド説からは,ホストは同種のみに感染し,ホストにセックスしてもらわないと伝染できないわけだから,特殊化した捕食者と同じでホスト種に適応し,毒性は弱くなることになる.
ここからが本書の面白いところで,より性感染の特徴を議論していく.パラサイトにとってはホストが「みだら」になると利益を受ける,さらに通常感染は大人のみなので,常に未感染のホスト個体が連続的に供給されるという特質を持つ.
鳥がペニスを持たないのは鳥に性感染症が多いためそれを避けるために進化したという説,(今のところ検証不能だそうだ)繁殖と感染のトレードオフを巡っての性交回数の最適化の可能性があること,また配偶システムとの関連.(もっともモデルではスーパースプリッターが存在するかどうかの方が,一般的な配偶システムよりはるかに大きな影響を与えるらしい)避妊が性感染症の毒性に与える影響,配偶者選択に与える影響,(性感染症があるとより選り好むようにになるのか,魅力あるオスは感染リスクも高くなるのでトレードオフがある)病原体には選り好みで排除されないように目立たなくなるように淘汰圧がかかるのか,などが次々と議論される.興味深い議論がてんこ盛りで楽しめる.最後に今後の毒性進化について,AIDSは感染リスクの高い非感染者が今後枯渇してくるので毒性の進化については楽観視できないと警告している.


第6章はオスがより病気に弱いこと.
女性が圧倒的により長命であることは生態要因もあるが,テストステロンの免疫コストを払ってでも繁殖に注力するような適応があること,そして逆に女性は自己免疫疾患についてよりリスクが高いことになること,性的二型が大きい種はパラサイト負荷の性差も大きいことなどを説明している.


第7章はハミルトン=ズック仮説のポイントであった性選択とパラサイトの関係について.
ここはズック自身の研究に絡むところで結構力が入っている.メスがなぜオスを選り好むのかの学説についてダーウィンから振り返り,メスの利益は何か,そしてなぜオスの変異は無くならないのかが問題だと整理し,メスはパラサイト耐性を選んでいるのだというハミルトンとの共同研究を説明している.ハミルトンのエッセーで(Narrow Roads to the Gene Land)でもふれられていたが,ズックがバードウォッチャーであったことが,この「よりパラサイト負荷が高い種が派手かどうか」の種間比較研究に役だったというような研究の裏話が述べられていて面白い.鳥を派手かどうか主観的に分類していく作業が必要になるのだが,ハミルトンエッセーではホシムクドリが派手かどうか難しいと書かれていたが,本書ではマネシツグミが例にとられている.マネシツグミはわりと単彩色の鳥だが,飛び立つと羽根の白いパッチが目にはいるのだ.結構細かなところまで気を配っていことが窺える.この研究は当時でも議論を産んでいるが,その後の展開について,追試ではいろいろな結果が出ているが,系統誤差を修正すればおおむね支持されていると書かれている.
その後ズックはポスドクとしてランディ・ソーンヒルのもとに移りセキショクヤケイの研究を指示されるが,そこでニワトリのために博士になったのかと落ち込むくだりも面白い.しかしニワトリには獣医学からの研究の蓄積がありとても有益な研究対象であったのだ.そして回虫の注入したオスがメスに好まれるか,とさかや色は変化するかなどの研究が紹介され,メスはパラサイト耐性の遺伝子を選んでいるという結果が支持されたとしている.
本書はさらにヒトについてどう考えるべきか議論していて面白い.ヒトはオスも子育てに参加するので単純に当てはめるのは危険だが,身体に毛がないことはパラサイト耐性選好の影響かもしれないという仮説を少なくともアクア説と同じぐらいの説得力はあるだろうと紹介している.
ここからテストステロンと免疫の議論がなされる.テストステロンが2次性徴に必要でかつ免疫にダメージを与えるなら,それはハンディキャップシグナルと考えることができるだろうという考え方だ.鳥はより免疫系がT細胞優位なので派手さと免疫レベルの関連が深いかもしれない.また鳥のさえずりについてライチョウ類で細胞免疫が歌の数,抗体免疫が歌の長さと相関しているというデータも紹介される.またズック自身のヤケイのとさかと免疫のトレードオフの研究も詳しく紹介されている.そしてこれは車と家は所得代替的だが,いい車に乗っている人はいい家に住んでいるという関係と同じだと述べている.
また社会性昆虫の女王の交尾回数とパラサイト耐性の関連とか,オスがメスを突き刺して交尾におよぶトコジラミの生態とメスの感染防御とか,交尾中のオスの血液を吸うコオロギの生態と免疫の関連とかの興味深い話題も多数取り上げられている.


第8章は美について
多くの性淘汰形質は栄養依存しており,美と食と健康はリンクしていることが述べられる.そしてカロチノイド色素と抗酸化剤と免疫の関係が議論されている.コンドルの皮膚の露出がカロチノイド色素の広告と関連があるという説が紹介されている.草食動物の糞にカロチノイドが多く含まれていて,コンドルはそれを摂取するというのだ.
雛のエサねだりの口内のカロチノイドについては,親はもっとも健康な雛に給餌するという観点から解説されている(これは親がもっとも栄養を必要としている雛に給餌するというモデルとはちょっと異なっている)
多くの鳥のカロチノイド広告は前章のテストステロンと同じく免疫とのトレードオフになっていることが説明され,さらにヤケイではとさかの大きさとカロチノイドの相関が,細胞免疫と抗体免疫で異なる方向にあることが紹介されている.なかなか深い.結局摂食するものと免疫は複数のトレードオフがあって複雑だということらしい.
ヒトにおいてはカロチノイドは性の広告になっていないが,皮膚のなめらかさはそうなっている可能性があると議論している.私たちには皮膚に傷を残す病気に対する恐怖が生得的にあるらしいこと,ニキビをどう考えるべきかなどが取り上げられている.また皮膚とともに髪の毛が伸びることも病気に対する耐性の広告である可能性にもふれている.若者,特に女性がヘアスタイルに対して持つ関心はここから来ているのだ.
最後にヒトの配偶者選択はいろいろな手がかりを使っていろいろな特徴に気を配っていることからいって,単一の美の基準はないだろうとコメントしている.美とは配偶者選択から派生しているという立場からの説得的な議論だ.


第9章は健康について
病原体のへの私たちの防御について.ここで土食の習慣,スパイス,調理の持つ意味についていろいろ考察されている.加熱の持つ殺菌効能の説明のところで,魚の生食とアニサキスリスクについてふれている.アニサキスはイルカなどが本来の最終ホストで,おそらくヒトと共進化はしていない.このため本来のホストよりも毒性が高くなるらしい.著者は生食はしないスタンスだそうだ.日本では年2000件ほどアニサキス中毒があるらしい.刺身とアニサキスリスクについては時々読むことがあるが,日本人としては微妙だ.
このほか植物の持つ殺菌・殺虫作用の利用,毛づくろい,群れを作ること,ヒトのよそ者嫌い,汚物嫌悪などにふれ,動物の様々な行動で対パラサイト防御の点から考えるべき例を多く挙げている.
ここで面白いリサーチが紹介されている.誰と歯ブラシを共有したくないかを点数付けすると,郵便配達人>上司>お天気キャスター>兄弟>親友・配偶者という順序になるそうだ.ズックも最初の3つの順序は謎だといっている.また動物の薬草利用などの話には,動物を賢者と見過ぎている解釈が多いことに注意を喚起しているところも面白い.動物はしばしばばかげたことを行うし,そもそもパラサイトとの共進化による行動特性に知性はそれほど必要ないと説明している.


第10章は現在恐れるべき病気について
感染症の歴史を振り返り,現在良く話題になるSARS, HIV, エヴォラ,鳥インフルエンザなどの新興感染症をむやみに恐れる必要の無いことを説明している.それより薬剤耐性菌の方が問題が大きいと警鐘を鳴らし,家畜用の抗生物質の大量投与や,一般人の抗生物質への対処がリスクが大きいことを憂いている.殺菌ならアルコールか石鹸で十分という部分には笑ってしまった.また大都市の新規環境(混雑,ジェット機による人口移動,下水道が麻痺した場合のリスク,など)にも注意が必要だとしている.侵入種の問題はそれに付随するパラサイトも危険だとしてカエルのツボカビの例を挙げている.
最後にイーワルドの力説している,慢性疾患が感染症である可能性について動脈硬化症から先進疾患まで肯定的に紹介している.


第11章はパラサイトによるホストの操作
まずドーキンスの「延長された表現型」の考え方を紹介.操作とその対抗進化の面から感染症の症状を考えることが重要だという議論がされている.ハリガネムシによるバッタの操作,ハチによるクモの操作などの例を挙げる.十分疑うべきなのは中間ホストを最終ホストに捕食されるように操作する例だ.これは脳に干渉している可能性があると示唆している.条虫とシカ,魚とその寄生虫マラリア原虫,リーシュマニア,ノミとヒト,狂犬病ウィルスとイヌ,トキソプラズマとネズミなどが考察されている.ネズミのトキソプラズマはネコに食べられやすく操作されるみたいだが,ヒトに入った場合にもその神経操作がなされている可能性があるとするなら結構衝撃的だ.実際に自動車事故の加害者,被害者はトキソプラズマ感染と有意に正の相関があるというデータがあるそうだ.トキソプラズマの効果は抗うつ剤に似たところがあるという議論もある.この議論を進めると行動操作は性格を変えているとも考えることができる.私たちのパーソナリティはパラサイトに影響されているかもしれないのだ.ここは結構衝撃的.
別の操作としては,ホストのリソースを繁殖から成長等に回すというものがある.甲殻類のパラサイトにはホストを去勢してしまう例が多い.逆にホスト側の対抗進化として,血縁淘汰的に自殺するようになる可能性も考察されている.ハチに寄生されたアリマキには群れのクローン個体に悪影響を与えないように自殺していると考えられる例があるそうだ.これは社会性昆虫一般に理論的な可能性があるだろう.
最後にはヒトの文化も感染症への被爆の歴史により影響を受けてきた可能性にふれて本書は終わっている.


ダーウィニアン医学関連の本としては久々に非常に面白い本だと思う.一般向けとしてはネッシーとウィリアムズの「Why We Get Sick」以来の名著といってもよいように思う.翻訳されて多くの方に読まれることを望みたい.



関連書籍


Sexual Selections: What We Can and Can't Learn About Sex from Animals

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ズックの前著
未邦訳.
前半は行動生態学研究者から見た,世の中の動物行動に対する広範囲な誤解についてその違和感と真実を正直に語っている.「動物は平和的で,オスはこういう行動をとって,そしてそれは善の源であり,ヒトのみが明らかにそこから逸脱している」みたいないわゆる自然主義的誤謬の言説に対して,事実とそういう言説への困惑が丁寧に述べられている.たとえばボノボは今やイルカに次ぐ平和主義のシンボルになりつつあるとかの話題がその例だ.なかにはフェミニズム学者の明らかな勘違いと,(女性である)著者にナイーブに同意を求められて困惑する姿などが語られて面白い.解説の背後にいろいろな(当然ながら鳥類が多いが)行動生態的知見も語られていて飽きさせない作りになっている.
後半はヒトについて,特にオーガズム,生理,性交について行動生態的にはどう考えるべきかについて,いろいろな説と著者の考えがまとめられている.ここもまず大御所の説を紹介して,それに対しての著書の正直な感想(特に女性からの視点)が淡々と語られていて味がある.



Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine

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何度も紹介しているが,やはりこの本に勝る本はなかなか現れない.



病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解

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邦訳