ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第14章


ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

The Descent of Man

The Descent of Man


第14章 鳥類(続き


この鳥についての2番目の章では,メスは本当に選り好みをするのか,性淘汰形質には淘汰のもとになる変異があるのか,淘汰の産物としての連続性はあるかというトピックを取り扱う.


<メスは本当に選り好みをするのか,間接的な証拠>
当時ダーウィンの性淘汰が受け入れられなかったのは,誰もメスが選り好みをするということを信じなかったからだ.(それはヴィクトリアン的なジェンダー観念からそうだといわれるが,後にウォーレスが書いた「ダーウィニズム」を読むと,少なくともウォーレスは不利になるような飾りを選り好むのはそのメスにとって不利になるはずだということから反対していたようだ)
ダーウィンもメスの選り好みという考えが受け入れられるかどうかについては懸念していたようで,ここで間接,直接の証拠を示そうと丁寧に論じている.

  • まず求愛の期間が長いことをあげている.ある種のレックは2ヶ月も続くのだ.ダーウィンは,「強いものが勝つならすぐに決着がつくはずだ.メスが選ばないのならなぜさっさと決着がつかないのか」と議論している.メスが選ぶのだってなぜそんなに時間がかかるのかは明らかではなく,珍しくダーウィンの議論は説得力を欠いている.ダーウィンはメスを喜ばせるには長い時間がかかるといっているのみだ.捕食リスクを考えるとメスにとっても素速く選んだ方が有利なように思われるところであり,実際になぜレックが2ヶ月も続かなければならないのかは興味ある問題だ.
  • 次にダーウィンが持ち出すのはつがいになっていない個体がオスもメスもたくさんいるということだ.ダーウィンはメスが気むずかしいからつがいになれずに残される個体があるのだと考えているようだ.ダーウィンがあげる観察は,つがいの鳥の片方が取り除かれてもすぐに別の鳥とつがいになるという現象であるが,これは営巣に適したサイトが希少資源になっているから生じる現象だろう.ここでは珍しくダーウィンは完全に誤っている.
  • 鳥に心的能力があるということもダーウィンは強調している.ダーウィンの懸念は,ほかの人には動物のメスに審美眼のような高度な能力がないと思われる可能性が高いというものであったようだ.このメスの心的能力の問題は本書でも繰り返し取り上げられる.今から考えるとメスは信号を区別して反応を変えれば良いだけなのだが,なぜそんなに高い心的能力が必要だと考えたかはよくわからない.ここも現代的にいえばダーウィンはややピント外れだ.とりあえずダーウィンは,鳥にも,愛着,鋭い感覚,美への好みがあると力説している.ダーウィンは美の理解の直接の証拠を示すことは難しいが,もっとも良い例としてアズマヤドリのあずまやの装飾を示している.これは信号を区別できることを示しているものに過ぎず,しかしそれで性淘汰の議論には十分だというべきあろう.


<メスは本当に選り好みをするのか,直接の証拠>
ダーウィンは,飼育下の鳥がまったくわけのわからない好みを示すこと,ある特定のオスをどうしても受け入れようとしないことなどについて様々な事例あげている.ただしここで示される例は,同種識別の例と,魅力あるオスの選り好みの例がごちゃごちゃに取り扱われていて明瞭さを欠いている.それでもメスがどんなオスでも受け入れるわけではないことは十分示されていると評価できるだろう.


全体としてメスがオスを選り好んでいることをある程度示しているにしても,十分説得力を持って説明するには成功しているとは言えないだろう.ダーウィンは最後にメスに好みがあることを判断するには想像力が必要だといっている.田舎の若者たちが市場で若い女の子に求愛して彼等同士でけんかしているところをどこかの異星人が観察していると考えてみようとコメントしているところはなかなか面白い.
そしてオスがこれほど誇示しているのはなぜかをよく考えてみて欲しいと強調している.恐らくその部分がメスの選り好みの事実を示すもっとも説得力がある指摘だろう.
ここからメスの選り好みの事実を認め,では次になぜメスはそんな「審美眼」を進化させたのかというところにダーウィンが進まなかったのは残念というほかない.しかしこの問題は結局1990年まで解決されなかったのだからやむを得ないというべきだろうか.


<性淘汰の基盤となる変異はあるのか>
ダーウィンは,性淘汰形質について連続的な変異,離散的な変異が,それぞれ自然界にたくさん見られることを指摘している.離散的な形質については,ワタリガラスの一部の個体に白い模様があること,ウミガラスの目の周りに白い個体がいることなどを取り上げている.そしてもしこれが繁殖において有利になればクジャクの羽のように簡単に固定されるだろうと述べている.つまりまだ性淘汰は効いていないが,その材料になる変異は十分観察されると主張しているのだ.

ダーウィンはオスメスの性差が小さくて微妙な例があることも認めている.例えば目の色がオスとメスで異なること,クチバシの縞模様が異なること,地味な色の肉垂れなどだ.ダーウィンは,しかし何がメスにとって魅力があるのかを判断するのには慎重でなければならないと留保している.

こはちょっと惜しいところだ.この部分を進めるとメスには別に審美眼は必要なく,単に何らかのシグナルに反応しているだけで十分という洞察に行き着いた可能性がある.


<美しい形質が漸進的に生まれたものであること>
ダーウィンはここでまた視点を変えて,「このような完全に美しいものが漸進的な進化で得られるのか」という創造論的な懐疑に答えている.ダーウィンの答えはもちろんYESであるが,特に目立つ模様についてその中間形と思われるものを示すという戦略をとっている.
ここで例として取り上げられているのはクジャクの上尾筒の羽根の目玉模様とセイランの次列風切羽根に見られる窪みにボールがはまり込んだような模様だ.それぞれ図入りで,最初の形態,その中間形と見られる例,さらに完成形一歩手前と,いかに連続しているかを丁寧に見せている.クジャクの目玉模様の中心の下部に切れ込みがある起源などなかなか観察も細かくて面白い部分だ.


ダーウィンは本章で,メスの選り好みという淘汰圧があること,そのもとになる変異があること,そしてそれが漸進的に変化してきたと考えられることを示していることになる.