「Spent」第1章 ダーウィン,モールへ行く その2

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


ミラーはまず,現代文明による誇示的消費は私達を幸せにしているだろうかと問いかけている.
ここでもしあなたがタイムマシンに乗って3万年前のクロマニヨン人の集落に行けたとして,彼等を「現代の消費社会の方がヒトを幸せにできる」と説得できるかどうかを考えてみようといっている.


ミラーによるその仮想的なやりとりは大変面白い.


ちょっと紹介してみよう.あなたが未来では素晴らしい暮らしができると力説した後,彼等から質問される.

ジェラルドはまずこう聞くだろう.
「未来人よ,そうするとそのお金で私は子を産んでくれる若い女の子を20人買えるというわけだね」
「いや奴隷制はもうやめたんだ,売春婦を買うことはできるけど避妊してるから子は産まないよ」
「とにかく私は子を産んでくれる女を魅了しなきゃならん.そのお金で知性やカリスマを手に入れたり,面白い話やジョークをいうようになったり,身長や筋肉を手に入れられるのかい?」
「そういうわけにはいかないけど,プラセボ効果のある本を買ったり,ステロイド剤で筋肉と怒りっぽさを30%ましにすることはできるよ」
「よし,じゃあライバルが死ぬのを待とう.お金で寿命を100年延ばせるのか」
「いや,でもヘルスケアで寿命を70歳から78歳に伸ばすことは可能だよ」
「なんだそれは.よし,じゃあライバルを皆殺しにするための武器を買ったり,彼等から武器を盗んだりはできるのか?」
「それは可能だ.良い自動小銃があるよ.でもライバルもそれを買うかもしれないね」
「じゃあ結局対立状況は同じで,よりけんかによる殺人が増えるって訳か.じゃあ今のカミさんで我慢するほかなしって訳だ.お金で彼女の献身や愛を買えるのか?」
「えーと,愛については資本主義は無力だし,浮気も引き続きあるよ」
「じゃあカミさんの親戚連中はどうだ,あいつらをやさしくできるかい?」
「いや,それも無理だ」

この後ジェラルドのカミさんを説得しようとするが,やはり金で愛人は買えないし,子育てやベリー積みを手伝ってくれる頼りになる妹を買うこともできない.ティーンエイジャーの子供たちの尊敬も買えないということで失敗する.


ではもう少し実利的な道具はどうか.サングラス,サバイバルナイフ,バックパックなどのキャンピング用品は確かに集落の女性たちの興味を引く.ではそのようなものを手に入れるにはどうしたらいいのかと彼女たちから質問される.

「それを手に入れるためにはどうするの」
「16年間学校に通って反直感的な技術を学ぶんだ.そのあと週50時間40年間,非人道的な会社で友達や家族と離れた場所で働くことになる.そこには子育て支援はないし,共同体感覚もなく,政治的な権力獲得機会や自然とのふれあいもない.あと自殺をしかねない鬱病から逃れるために薬は飲まなきゃならない.子供は通常二人までだ.でも良いこともいっぱいあるよ.スウォッシュのついた靴とか」
「あんた,気が狂ってるんじゃないの」


ミラーの過去との比較は,全般的な生活の質の比較という意味では,やや公正さを欠いているだろう.ミラーは医療の発達による乳幼児死亡率の劇的な減少や産褥による死亡の減少について説得材料に使っていない.また近くの集落との恒常的な戦争状態から来る悲劇についても説得材料にはしていない.
恐らくこの2点において現代の生活は3万年前の暮らしに比べて遙かによいものだと思われる.しかしこれはいずれも物資的な消費というのとはちょっと異なる.幸福は物質的な消費によって得られるものでないというのがミラーの主張したいことだ.
(ミラーも後の部分で「クロマニヨン人の生活は一方で無知で孤立して乱暴で,信じられないぐらい退屈だ.私は貿易,通貨,文学,医療,本,自転車,映画,ガムテープ,貨物コンテナ,コンピュータのない生活は望まない.特に通貨と市場とメディアは偉大な発明だ.」と述べている.ここで強調したいのはこの素晴らしい現代の生活のコアの部分には誇示的消費はあまり関係ないということだろう.)


ミラーは,大金持ちなら現代の方がいいかもしれないが平均的な人の場合にはどうなるか比べてみようと比較をしている.ここも面白いので紹介してみよう.

3万年前,平均的な人は血縁や友達の中で暮らしていた.
健康な30歳の女性は週平均20時間採集に当て,時に肉をくれる男と暮らしている.多くの時間を友達とのゴシップと子供の授乳に当て,夜ごとに家族や友達と談笑して楽しんでいる.男は会話も気が利いていてユーモアもあり楽しいし,セックスも上手だ.時には浮気もする.毎朝テリトリーにある海岸を歩いてリフレッシュできる.幼児期をくぐり抜けた彼女はあと40年ぐらい生きる可能性が高い.

現代アメリカではどうだろう.彼女は30歳でシングルだ.毎朝フォードに乗って通勤し,ロチェスターに住んでいる.Cばかりの成績でコミュニティカレッジに進んだあと小売業で働いている.週40時間モールのお店で店員をやっているのだ.両親や兄弟とは50マイル離れて暮らしている.何人か友達はいるが,恋人はいない.避妊していて時に出会う男性とセックスはするがまた会うことはない.ロチェスターの冬は暗く,鬱にならないためにプロザックは欠かせない.毎朝目覚まし時計で起き,一人でテレビを見て,毎晩ジョニー・デップと恋人であるファンタジーに浸る.彼女はあと45年ぐらい生きることができるだろう.ともかくもiPodは持っている.


ミラーは,私達は「消費者中心主義」によって何かを得た代わりに何かを失っていることをしめしているのだ.ミラーの次の問題意識は「消費者中心主義」は私達にとって「自然」なものかということだ.