「アリの巣をめぐる冒険」

アリの巣をめぐる冒険―未踏の調査地は足下に (フィールドの生物学)

アリの巣をめぐる冒険―未踏の調査地は足下に (フィールドの生物学)


本書は東海大学出版会の「フィールドの生物学」シリーズの一冊.ハネカクシの分類を専門とする好蟻性昆虫の研究者丸山宗利*1による研究物語である.


物語は著者が北海道大学修士課程に在籍中のところから始まる.導入部では著者が専門とするハネカクシ類のうちアリと共生しているもの(これを好蟻性と呼ぶ)を説明しつつ,そこで珍しいアリクイエンマムシを見つけた興奮を語っている.この導入はなかなかうまく,読者は不思議な好蟻性昆虫の深い世界に誘い込まれる.


まずハネカクシとは甲虫の一種だが(恥ずかしながらハネカクシについては全く知らなかった.甲虫でありながら鞘翅は小さく,体はやや長い.多くのニッチに適応しているようだ)それが属するハネカクシ科は種数の多いことで知られる甲虫の中でも最大の種数を持つ科なのだそうだ.そして著者が分類を志したのは,そのうち好蟻性の種の多いヒゲブトハネカクシの仲間になる.


この導入部に引き続き,第1章では好蟻性昆虫の研究史分類学の営み(新種記載にまつわるあれこれや作図にかかるうんちくなど細かい),北海道のクサアリと共生するハネカクシのリサーチ,それが旧北区全体の中でどう位置づけられるかという見取り図,ホストであるケアリ(クサアリが含まれる)の系統,スロバキアや極東ロシアでのリサーチが語られる.


第2章はマレー半島のアリとハネカクシの物語だ.ここでは熱帯のフィールドの話がたっぷり語られ,読んでいて大変楽しい.著者の興味は最初は軍隊アリの仲間であるヒメサスライアリとそこに共生する好蟻性ハネカクシに集中するが,だんだん興味は広がり,ハネカクシ以外の共生者(特に幼虫にのみ擬態しているノミバエのメスは不思議だ)軍隊アリ的な特性に収斂進化したヨコヅナアリの仲間,ハシリハリアリの仲間,南米の軍隊アリなどの話にどんどん広がっていく.


第3章では,アリスアブ,アリヅカコオロギ,ヒゲブトオサムシ,アリノスハナムグリ,ミツギリゾウムシなどの好蟻性昆虫,ツノゼミ,マンマルコガネなどの昆虫類に話は飛び,著者の興味がさらに広がっていく様子が語られている.


第4章では子供時代から北海道大学の大学院入学までの半生が語られ,第1章につながるという構成になっている.虫好きの少年が紆余曲折の上に分類学者として独り立ちできるという物語だが,節目節目での出来事の重みや,理学部系研究者の就職の厳しい現実も語られていて味わい深い.


というわけで本書では様々なことが語られているのだが,やはりなんといっても熱帯のフィールドでの体験談とそこで観察できる昆虫の説明が圧倒的に面白い.聞いたこともない動物の長い和名がカタカナで延々と続く文章がこんなに楽しく感じられることはまれだと思う.それは虫好きの著者の情熱と興奮が乗り移ってくるからなのだろう.



関連書籍


丸山の本.本書の中でそれぞれ執筆にいたった経緯が描かれている.


こちらは甲虫の自然史.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061129

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こちらは楽しいツノゼミの写真集.眺めているだけで飽きない本だ.

ツノゼミ ありえない虫

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*1:丸山はブログ「斷蟲亭日乘」http://d.hatena.ne.jp/dantyutei/を主催していて,本書に関連する話題も多く投稿されている.美しい写真も多く掲載されていて楽しい.