「鳥・人・自然」

鳥・人・自然: いのちのにぎわいを求めて

鳥・人・自然: いのちのにぎわいを求めて


本書は鳥類学者樋口広芳による一般向けの本だ.樋口は昨年の3月に東大を定年退職し,それに当たって一般にも公開した最終講義を行った.本書はその内容を中心にいくつ関連する事項を付け加えて構成されている.


冒頭では長い鳥の観察歴の中でも特に印象に残った鳥たちを紹介している.まず東京のど真ん中,本郷キャンパスで美しくさえずるオオルリ,人の釣りをじっくり観察している中国のササゴイ,中国奥地で初めて見たキンケイなどの思い出が語られている.次に面白い行動を調べてみた結果として,スズメが人に慣れて手乗りする行動*1ヤマガラの貯食,カラスの様々な行動(ビワの種子分散,自動車を使ったクルミ割り,地域食文化*2)などが扱われている.このあたりは読んでいて楽しいところだ.


次の大きなテーマは著者のライフワークの一つ,三宅島の鳥たちだ.著者が最初に三宅島を訪れたのは1960年代で,バードウォッチャーは誰一人訪れることもなく,信じられないほど多くの鳥が観察できたそうだ*3.そこはまさに島の生物学の素材の宝庫であり,植物相や鳥相に本土にはないギャップがある.その中で鳥たちの行動が異なっていること*4を発見していくてあたりの楽しさが語られている.
そして40年に渡る観察において経時的な変化が生じたことも解説されている.70年代末から80年代始めにかけてのイタチの放獣*5,2000年の噴火*6が生態系に与えた影響などが解説されている.
なお噴火の影響に関連して,福島原発事故の生態系への影響については長期的に観測していくべきであることが強調され,メラー(Anders P. Møller)によるチェルノブイリのリサーチが紹介されている.メラーはツバメの性淘汰形質の研究で有名な進化生態学者だが,このチェルノブイリのツバメのリサーチ自体いろいろ論争や批判の対象になっているようだし,データの不正疑惑が取りざたされるなど毀誉褒貶のある人物*7と理解していたので,ここでの著者による好意的な取り上げ方は印象的だ.


続いて著者のもう一つのライフワークである衛星追跡による渡り鳥の渡りコースのリサーチが紹介されている.これについてはすでにいくつかの著作になっているが,その後のリサーチの進展や,昨年行った「鳥の渡り衛星追跡公開プロジェクト」の顛末*8も加えて大変面白い読み物に仕上がっている.


最後にこれまでの研究生活を振り返ったちょっぴり自伝的なエッセイ,理論上の師にあたるエルンスト・マイヤーについてのエッセイなどいくつかの小文が収録されている.


というわけで本書は著者がリサーチ人生を振り返って綴ったなかなか味のある書物になっている.中心テーマ2つを軽いエッセイ群で挟んであるという趣向も小粋だし,何より肩の凝らない楽しい読み物にうまくまとまっている.鳥好きの方にはお薦めだ.




関連書籍


渡り鳥の衛星追跡に関する本.

鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス)

鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス)




 

*1:スズメは人の近くにすむ鳥だが,通常は決して一定以上近寄らせてくれない.実は少し前までは手乗りなどは考えられもしない行動だったのだ.

*2:タケノコ,石鹸,ろうそくを食べる地域個体群がいるそうだ.文化の伝播過程も調べられている.

*3:バードウォッチャーの端くれとしてはなんと羨ましいことかと思ってしまうところだ.60年代の日本ではまだ鳥を見るためだけに三宅島に渡るような酔狂な人は圧倒的に少なかったのだろう

*4:ヤマガラの一腹卵数の違い,托卵習性の変化が説明されている.伊豆諸島で繁殖する托卵鳥はホトトギスだけなのでウグイスだけでなくそのほかのムシクイ類にも托卵する.

*5:アカコッココジュケイ,ヤマシギが大きく減少したほか,オオミズナギドリサシバの繁殖は消滅したそうだ.巣内でのヒナの補食のほか,(サシバの)餌となるトカゲの絶滅などによる.

*6:著者は噴火時に島に滞在中だったそうだ.そのときの様子が臨場感たっぷりに語られている.この噴火は規模が大きく三宅島として2000年から3000年に一度のものだったようだ.生態系は様々な影響を受けている.まず森林や草原の減少によりそこを住処とする鳥は減少したようだ.山頂部ではなおガスの放出が続いているために,ガスが流れてくる東部ではガスに強い植物が優先している.植物相が変化すると昆虫相も変化し,それに伴う影響もあるようだ.興味深い変化としては,島民の全島退避の結果スズメがいなくなったこと,朽ち木につく昆虫が大発生し,それを餌とするイイジマムシクイが,本来なら居着かない開放的な空間で生息していること,マイマイガの大発生によりツツドリが増加したことだと指摘している.

*7:この不正疑惑についてはいろいろと報じられているようだ.例えばhttp://www.nature.com/nature/journal/v427/n6973/full/427381a.html

*8:4羽のハチクマが日本からインドネシアに渡る様子をリアルタイムで公開するプロジェクト,コース上の様々な国の人たちからも大きな反響があったそうだ.その様子が詳しく書かれている.