「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その3

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


利己的性比歪曲者のうち細胞質遺伝要素の解説はなお続く.


10.2.2.4 細胞質雄性不稔(CMS:Cytoplasmic Male Sterility)


細胞質雄性不稔(CMS)は雌雄同体生物にみられる利己的性比歪曲現象だ.ミトコンドリアなどの細胞質要素はメス系列を通してのみ伝わる.だからホストの雌雄機能をメスに偏らせることができるミトコンドリアがあればそれは素速く広がるだろう.

  • 多くの顕花植物では花粉生産をなくすミトコンドリアによるCMSが見つかっている.これはリソースを種子生産により振り向けること,および自家受粉を減らして近交弱勢を避けることの2点で当該ミトコンドリアの適応度を上げる.
  • 植物でのCMSはよくリサーチされている.多くの場合メカニズムもわかっていて,農業分野への応用(ハイブリッド種子など)が可能になっているものもある.
  • 核遺伝子によるCMS抑制が期待され,実際に多くの植物で見つかっている.どちらもCMSを示さない系列を交配したF1がCMSをを示したり,一部の種でCMSに多様性があることは核遺伝子によるCMS抑制から説明できる.


10.2.2.5 単為発生誘導(Parthenogenesis Induction)


細胞質要素による利己的性比歪曲の別の方法は未受精卵をメスに発生させることだ.

  • 最初にこの単為発生誘導が見つかったのは Trichogramma属の寄生バチに寄生するウォルバキアによるものだ.抗生物質処理するとこのハチは通常の有性生殖に戻る.
  • ウォルバキアは未受精卵の染色体を倍増させることによりメスに発生させる.時にこのウォルバキアは完全に固定し,個体群は無性生殖種のように振る舞うようになる.固定に至らずに感染個体と非感染個体が共存している場合もある.
  • このほか多くの寄生バチやその他の昆虫でウォルバキアの単為発生誘導がみつかっている.カルディニウムバクテリアによるものも見つかっている.


10.2.2.6 半倍数体生物における細胞質不和合性(Cytoplasmic Incompatibility)


細胞質不和合性(CI)はウォルバキアやカルディニウムによって引き起こされる別の現象だ.CIバクテリアに感染しているオスが未感染メスと交尾すると父親由来の染色体はばらばらに壊れて単数体の接合子になる.

  • 倍数体生物ではこの接合子の生存能力は厳しく制限される.
  • しかし半倍数体ではオスに傾いた性比を実現させる.まずこの現象は受精卵でしか生じない.だから未受精オス卵はこれに影響されない.受精卵で父親由来染色体が完全に消失するならそれはオス卵になる.消失が不完全だと,(この本来メスになるはずの)受精卵の生存率が下がる.

本書は性比の本なのでウエストは半倍数体生物の性比歪曲現象から説明している.一般的には細胞質不和合は倍数体生物において感染オスが未感染メスと交尾すると卵が発生しない現象に焦点が当たる説明がなされる.これはバクテリアの包括適応度戦略として記述されることになる.

エストはこれまでのCIが広がるメカニズムの理解について混乱があったことをここで解説している.

  • これまでCIバクテリアに感染したメスには,感染オスと交尾した際に未感染メスに比べてより耐性があるために広がるという(口頭の包括適応度的な)議論がなされていた.
  • 明瞭な集団遺伝学モデルを組んでみるとものごとはそれほど単純ではないことがわかってきた.
  • まずCIが稀である場合にはほとんど中立の影響しか与えない.だから(感染がメスの繁殖価を上げるようなことがない限り)最初はドリフトによってのみ広がる.そしてドリフトで一定程度広がった後は最初の議論が妥当するようになり,急速に広がる.
  • しかしながら,もし個体群が局所リソース競争とともに構造化されていたら,CIは稀なときにも淘汰により広がりうる.リソースが制限されていれば未感染オスを殺すことが感染メスに有利になりうるからだ.これはある意味スパイト行動とも考えられる.
  • 寄生バチなどではオスの方がリソースを食わない.すると半倍数体でメス卵が殺されずにオスとして発生することについても上記と同様な議論ができるだろう.
  • これは後期オス殺しより早期オス殺しの方が有利になるという議論とも似ている.ただし重要な違いがある,オス殺しは当該リソースを競争する幼虫に寄生しているバクテリアが引き起こす.しかしCIは感染メスから見て次世代の部分で生じることになる.

なかなか詳細は複雑だ.ウエストはCIについての集団遺伝学的予測と包括適応度的予測の差異についての理論的な進展が望ましいとコメントしている.包括適応度理論家として特に関心が深いところなのだろう.