「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その7

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


ケーススタディの2つ目は半倍数体生物のB染色体によるPSRだ.PSRは10.1.2.1で紹介されたもので,オス系列を通じて伝達され,本来メスになる受精卵をオスに変えるものだ.その際には,当該B染色体以外のオス由来の染色体が消失することにより2倍体の卵が半数体になる.


10.3.2 PSR


エストはまずこう問いかけている.「半倍数体生物の個体群に,PSRはどこまで侵入定着できるのだろうか?」

  • PSRは受精卵を通してのみ伝わり,それをオスにする.だから卵のうち受精される割合(以下これをxと置く)が高いほど広がりやすいはずだ.特に一様のランダム交配集団で,PSR成功率が100%だとするとPSRオスの平衡頻度 p は以下の通りとなる.(Werren and Beukeboom 1993)

*1

  • これは卵のうち50%以上が受精されないとPSRは侵入定着できなことを示している.


10.3.2.1 メスに傾いた性比への淘汰とPSR


半倍数体では受精卵がメスになるから,上記条件はPSR侵入前には個体群性比がメスに傾いていることを意味する.

  • 前節で見たようにPSRが個体群に侵入するには,まずその個体群の性比がメスに傾いていなければならない.それが生じそうに思われるのは寄生バチにおけるLMCだ.だからLMCがあるとPSRも広まりやすいようにも思える.
  • しかしLMCはメスに傾いた性比を実現させると同時にPSRオスの適応度を下げる効果がある.
  • なぜなら,PSRが(LMCが生じるような)小さなパッチで生じると,それはメスの数を大きく減らしてしまい,その結果PSRオスは交尾するメスを十分に得られなくなるからだ.PSRが広がるかどうかはこの要因間のバランスで決まる.
  • ウィーレンたちはこれを理論的に分析し,LMCはPSRの侵入を許さないか(N<6のとき),低頻度のみ(3%未満)の定着を許すのかどちらかだと結論づけた.
  • ただしこの結論はすべてのパッチでNが一定という前提に基づいている.Nがパッチごとに多様ならば,Nの大きなパッチでは(Nが一定の場合に比べて)性比がよりメスに傾くのでよりPSRが有利になる.


エストはここでPSRでよくなされる通常の議論についてもコメントしている.

  • 通常PSRでは,「なぜこの遺伝要素が父由来ゲノムの消失を生じさせるのか」が議論される.これを行うからこそPSRを持つ個体がオスになる(そして性比に影響を与える)のだ.
  • これを考えるにはPSRが当該B染色体の拡散にどう影響を与えるかのモデル化が有効だろう.特に性を変更しないB染色体との比較が有効だろう.
  • 性比を偏らせる1つのメリットは,LMCによるメスに傾いた性比を利用できるというものだろう.この潜在的なメリットは,LMC下では,子供から見た進化的に安定な性比は母から見たそれよりもメスに傾いていないことを考えると興味深いものだ.しかしながら先ほど見たように事態はそれほど単純ではない.


LMCは性比をメスに傾ける唯一のメカニズムではない.本書でこれまで議論した,(性比をメスに傾ける)別のメカニズムもPSRの侵入定着を後押ししうる.

  • PSRがこれまでに見つかっている3種のうち1種,ツヤコバチの一種Encarsia pergandiellaは重寄生者(カイガラムシなどの1次ホスト,さらに自種を含むその寄生バチたる2次ホスト両方に寄生する)だ.このハチはまだ寄生されていない1次ホストに寄生したときにはメス卵を,既に産卵されている1次ホストに寄生するときにはオス卵を産み付ける.寄生されていないホストの方が多いのでフィールドでは性比はメスに偏っている.この事情がPSRの侵入定着を可能にしたのではないかと考えられる.
  • これ以外にもLMCでなく性比がメスに偏っているハチを調べるのは有益だろう.


LMCがPSRに有利な側面(メスに偏った性比)と不利な側面(小さなパッチでは交尾すべきメスが少なくなってしまうこと)の両方があるというのはなかなか面白いところだ.



 

*1:本書では p=2x-1/x と表記されているが,括弧が抜けていると思われる