- 作者: Nick Davies
- 出版社/メーカー: Bloomsbury Publishing
- 発売日: 2015/03/12
- メディア: Kindle版
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本書は行動生態学者ニック・デイビスの手によるカッコウの本である.デイビスは行動生態学勃興時から活躍する著名な行動生態学者であり,最近日本でもその第4版が邦訳出版された定評ある行動生態学の教科書「An Introduction to Behavioural Ecology」(邦題:デイビス・クレブス・ウェスト 行動生態学 原著第4版)の執筆者の1人でもある.特にヨーロッパカヤクグリの配偶システムの先駆的なリサーチで名高く,その後カッコウをはじめとする托卵鳥についても深くリサーチし,2000年にはそれを集大成した本「Cuckoos, Cowbirds and other Cheats」を出している.
本書はその後の15年にわたるリサーチのさらなる進展を踏まえて,托卵鳥の中で特にデイビスの思い入れの深いカッコウ(Common Cuckoo Cuculus canorus)について焦点を絞り,そして少し一般向けも意識した解説本になっている.
托卵という習性は考えてみると非常に興味深い現象だ.最初は(遺伝子の担い手たる最も大事な)我が子を育てるのに(とても信用のおけなさそうな)他種を利用するという常識が逆転したような現象に息をのむが,よく考えてみると,(もしホストがちゃんと育ててくれるのなら)それは(自らの子育てコストを節約できて)実は非常に有利になるはずだということに思い至る.であればなぜごく限られた種にしか托卵という現象は見られないのだろうか.疑問を詰めていけば,その奥にはホストとパラサイト間の深いアームレースがあるに違いないのだ.デイビスは本書でその何重にも隠された秘密について一枚一枚ベールをはぐように解説してくれる.
序言においてデイビスは西洋におけるカッコウの認識の歴史から始めている.既に紀元前700年にはギリシアの文献にカッコウが登場する.カッコウは旧世界に広く分布し,そのオスのコールは春を告げるシンボルとして人々に愛され,多くのユーラシア言語でそのコール音にちなんだ名がつけられていて,そしてもちろん日本語の「カッコウ(郭公)」も例外ではない.しかし托卵を行うメスの鳴き声は人々にあまり知られてはいない.デイビスによると彼女たちは卵をホストの巣に産み付けるたびに「勝利のチャックル音」を出すのだそうだ.そしてそれは多くの謎とともにあるのだ.
第1章では,まずデイビスのフィールドであるウィッケンフェンが紹介される.それは英国ケンブリッジのそばの広大な芦原のある自然保護地区*1で,そこでカッコウはヨーロッパヨシキリに托卵するのだ.この托卵習性はどのように説明されてきたのだろうか.托卵の記述自体はアリストテレスが既に行っているし,ミルトンやシェイクスピアも詩や劇において取り上げている.そしてその理由の説明は18世紀から始まる.最初の科学的説明は「何らかの理由があってカッコウは自分でヒナを育てられないのであり,ホストの托卵受け入れはその博愛や名誉のためである」というものであったようだ.自分で子育てできない理由についてギルバート・ホワイトは18世紀後半に「解剖学的にカッコウは抱卵できない」と論じ,エドワード・ジェンナーは「カッコウは南に早く戻らなければならないから」とした.これらにはもちろん進化的視点からの考察がなく,因果は逆転している.そしてここでもこの問題に初めてまともに取り組んだのはダーウィンだった.ダーウィンは「寄生的な托卵にはメリットがある」とまず指摘した.そして「そのような習性は祖先的形質から漸進的に進化しうる」,さらに「ホストは操作されて托卵を受け入れているのだろう」と説明した.デイビスはこのダーウィンの3番目の説明こそ自分を30年以上にわたって魅惑し続けているアイデアなのだと述懐している.そこにはアームレースがあり操作は完璧にはなり得ないのだ.
第2章から第5章にかけては,このウィッケンフェンにおけるカッコウとヨーロッパヨシキリのアームレースが中心に語られる.
カッコウのメスはどのようにヨーロッパヨシキリの巣に卵を産み付けるのだろうか.托卵は実に素速く行われるので,この観察は非常に難しい.デイビスはカッコウの大家エドガー・チャンスの20世紀前半の執念の観察*2とその成果を詳しく語り,さらに自分の観察エッセイを重ね合わせている.このあたりはデイビスの湿地のカッコウに対する思い入れたっぷりの文章が連ねられていて読んでいて楽しいところだ*3.
メスのカッコウは,ホストの営巣地域を托卵ナワバリとし,その中の托卵可能な巣を茂みの中から見張り,産卵を開始したホストのちょっとした留守を狙ってさっと忍びより,わずか数秒のうちにホスト卵を1つ咥え上げて,ホスト卵に擬態した自分の卵を産み落として去って行く.
最初のテーマは「なぜ卵擬態があるのか」だ.いかにもありそうな説明としてヨーロッパヨシキリは自分の卵とあまり似ていない卵を拒否しているのだろうか,デイビスはこれを直接確かめるために様々な大きさや色や模様の擬卵をヨシキリの巣に入れるという実験を行う.そして確かにヨーロッパヨシキリは似ていない卵を拒否するのだ.デイビスはこのほか様々な仮説を擬卵実験で確かめている.「カッコウの卵擬態は捕食圧を下げるためだ」という(ウォレスが唱えたとされる)仮説,「(ホストではなく)別のカッコウに咥え出されないためだ」という仮説は両方とも否定される.後者はなかなか驚くべき結果だ.なぜ後から来たカッコウは既にあるカッコウの卵を選択的に咥え出そうとしないのだろうか.デイビスは未だにこれは謎だとコメントしている.このあたりの詳細*4や様々なエピソード*5もなかなか面白い.
素速い産卵行動はホストの攻撃や卵拒否閾値調節に対する適応だ.デイビスはヨーロッパヨシキリはコクマルガラスの剥製よりもカッコウの剥製に激しく攻撃することを確かめている.また後で詳しく解説されるようにカッコウを目撃したホストはより卵を拒否しやすくなることもわかっている.
ではホスト卵を咥え出す行動はどのような適応なのか.通常1卵咥え出すが,2卵のこともある.これまた驚いたことに,実験によると1卵咥え出すことはホストの卵拒否行動に影響を与えない.デイビスは,実験の結果は単に「産卵場所およびホストによる抱卵を確保するためにやっている」という仮説に整合的だとコメントしている.*6
第6章から第10章ではより一般的なホストとの関係が扱われる.
英国のカッコウはヨーロッパヨシキリの他,マキバタヒバリ,ハクセキレイ,ヨーロッパカヤクグリなどにも托卵する*7.マキバタヒバリもハクセキレイも自分の卵に似ていない卵は拒否する.デイビスは鳥類の色覚システムや共進化のアームレースの解説を前振りにしてから,このような卵拒否行動はカッコウとのアームレースの結果なのかという問題をまず扱う.カッコウのヒナは昆虫食なので,植物の種でヒナを育てる鳥類には寄生できない.また巣の形状によっては産みつけやヒナによるホスト卵排除が困難になるためにやはり寄生できない.ではそのような鳥類は托卵経験が無いので卵拒否をしないだろうか.擬卵実験を行うとその通りなのだ.そして例外的に卵拒否しないヨーロッパカヤクグリはカッコウとの托卵の歴史が浅いのではないかと推測できる*8.このアームレースの歴史と生態の関係や現在の状況が平衡なのか動的なものかなどの議論については前著ではかなり詳しく扱われていたところだが,本書ではやや淡泊な記述振りだ.
次の問題は,このアームレースはホスト種に自分の卵に署名を行わせるようになるかということだ.種内で卵模様に多様性があればカッコウはそのすべてに対応できなくなるので,ホスト個体はより独特な個体別の模様に基づいて卵識別することにより有利になりうる.これは早くも1938年にスワイナートンがアイデアを出したものだそうだ.デイビスは,卵の色や模様がどのようにして決まるのかの至近的メカニズムを前振りにしてから解説を行う.まず比較リサーチで,カッコウに托卵される種の方がそうでない種に比べて,卵模様や色の多様性が高いことが示されている.またアフリカのカッコウフィンチのホスト種Tawny-flanked prinia(ムシクイの一種)には,明瞭な卵の色や模様の個体差があり,自分の卵の色や模様に似ていない卵を拒否する.カッコウフィンチも多様性を持たせて対抗しているが,結局うまくマッチしたもの以外は拒否されているようだ.さらにカッコウフィンチとホストの40年分の卵コレクションから見ると,たった40年の間にもホスト卵の多様性は変化しているそうだ.これはアームレースの末に生みだされた見事な防衛と言えるだろう.デイビスはこのほかブロンズミドリカッコウとハタオリドリのアームレースが大陸から島への移入とともに変化した自然実験の実例なども解説している.この署名の問題は前著より詳しく記述されている.
では卵拒否するホストはどのように自分の卵の色や模様を知るのか.実験は彼等が最初に産卵したときに学習することを示している.これは誤学習によるリスクがあることを意味しておりアームレースにも影響を与える.個体間の卵多様性はよい防衛になるが,同じ個体の産む卵多様性は誤学習リスクを高めてしまう.そしてヨーロッパヨシキリは最初の1卵で学習するのではなく,最初のブルードの平均を学習することが明らかになっているが,これはこのリスクを下げようとしているものだと理解できる.そしてカッコウを目撃したホストがより卵拒否するというのは,様々な手がかりから托卵事前確率を予想して,卵拒否の判断閾値を変更しているリスクマネジメント戦略なのだと理解できる.
カッコウはホストの警戒に対して見つからないように素速く忍び寄る.さらにカッコウは単に隠密行動するだけではないのかもしれない.カッコウの姿自体が擬態である可能性が高いのだ.カッコウの姿がタカ類(特にハイタカ属のタカ)の擬態であるという考えはウォレスに始まるらしい.灰色の背中,腹の横縞模様は確かにハイタカに似ている.デイビスは「このカッコウの姿はベイツ型擬態としてホストの攻撃を弱める効果がありそうであり,ウォレスはおそらく正しい」とコメントしている.しかしカッコウがハイタカとしてホストに認知されると警戒音を出され,それが周りにいる別のホスト個体の注意を引き,カッコウだと認知されるかもしれない.そしてもちろんデイビスは実験して調べる.確かに周りのヨーロッパヨシキリは警戒音が響くと寄ってきて敵の正体を確かめようとする.これは擬態に対する対抗進化だろうとデイビスは指摘している.そしてこの擬態と対抗進化というアイデアが,カッコウのメスの体色の二型性(カッコウのメスにはオスと同じ普通の灰色型の他に稀な赤型が存在する.)を説明する.灰色型が警戒されているときには赤型は警戒されにくいためにここに頻度依存効果が生じる.そして警戒度が同じなら擬態型の灰色の方が有利なので赤型が稀ということになるのだ*9 *10.このあたりは前著では触れられていなかったところでなかなか面白い.
カッコウのヒナが孵化するとホストの巣にある卵やヒナを巣から押し出すことは有名だ.カッコウビナはホストビナより早く孵化するための適応として抱卵開始からの孵化期間が短くなっている.これは母親の産卵前の卵管内で発生を始めるという方法で可能になっている.この排除行動はおそらく兄弟間競争における兄弟排除行動が前適応としてあったのだろうとデイビスは推測している.なお同じく托卵鳥として知られるアフリカのミツオシエはホスト種のヒナを突き殺すためのフックがクチバシについているそうだ*11.
このようなカッコウのヒナの行動に関してホスト親は全く干渉しない.「なぜホストはカッコウの卵は拒否するのに,自種のヒナと外観が全く異なるカッコウのヒナを排除しないのか」という問題は托卵についての最大の行動生態学上の謎とされた.デイビスは丁寧にこれを扱っている.ドーキンスとクレブスはこれはカッコウのヒナによる操作だと考えた.しかし操作実験するとヨーロッパヨシキリは托卵鳥でない他種のヒナも容易に受け入れる.操作する必要など最初からないようだ.次に考えられたのはヒナの識別は難しいのではないかということだ.しかしそれは難しそうではない.1993年,ここにロッテムが卓抜なアイデアを提示する.「ホスト親がヒナを識別するのは学習によるしかない.卵なら托卵されていても自分の卵を見る機会が必ずあるが,カッコウのヒナはホストの卵を排除してしまうので托卵されていると自分のヒナを学習できずにカッコウのヒナを自種のヒナと誤学習してしまうリスクがある.そしてこの誤学習は生涯適応度をゼロにしてしまうほどコストが大きい.だからホストはそもそも学習してヒナ排除しようとしない方が合理的なのだ.」ここまでは前著でも解説されていた.デイビスは本書で,これは美しく説得的な説明だったが,2003年にオーストラリアでテリカッコウ類の托卵に対して卵排除せずにヒナ排除するホスト種とこれに対抗するテリカッコウ類のヒナ擬態が見つかったことで再考が必要になったとしている.ホストのオーストラリアムシクイはどうやらヒナの外観についてある程度生得的なイメージを持っていて,これで誤学習リスクを軽減しているようだ.デイビスはユーラシアのカッコウ托卵との違いについて,「オーストラリアではこのアームレースの歴史が長く,卵ステージでの擬態がカッコウ側の完全勝利になっていて,ホスト側のより洗練された防衛が進化したのだろう.また熱帯では繁殖シーズンが長いのでより後のステージでも托卵ビナ排除が効果的なのだろう」と推測している.ここでは「托卵率,托卵ビナの巣独占確率,ブルードサイズによっては卵拒否しない方が適応的になりうる」という数理モデルをめぐる議論についての解説は行われていない.本書では例外的に少し物足りないところだ.
続いてカッコウのヒナの餌ねだり適応が詳しく解説されている.カッコウのヒナは1羽でヨーロッパヨシキリのヒナ4羽分の餌を給餌させる.どのようにホスト親を操作しているのだろうか.デイビスはここでも実験により,口内の赤味はあまり関係ないこと,ヒナの大きさもあまり効果が無いこと,そしてベギングコールの単位時間あたりの頻度で操作していることを明らかにする.ヨーロッパヨシキリの親は口内模様の数とベギングコールの頻度で餌を調節するので,カッコウのヒナは口内模様の少なさをコールの頻度をさらに上げて補正している.またここではマダラカンムリカッコウの口内模様超刺激,ジュウイチのヒナの翼にある口内模様擬態なども紹介されている.
デイビスはところどころに「ホストの人生は厳しい:A host’s life is not easy!」というコメントを挿入している.「何とか托卵を避けようとするといつもカッコウに対抗される.変な卵を拒否すれば,擬態される.複雑な署名をすれば,さらに精巧な偽サインをつかまされる.」「あなたの宿命の敵は恐ろしいタカの姿で現れる.しかし時に全く異なる姿になっている.それは秘密裏にそして信じられないほど素速くあなたの家に侵入し,跡を残さない.卵の数も様子も何ら変わらないのだ.」「卵を温めると時にとんでもないことが生じる.孵ったヒナの1羽があなたの子供をすべて惨殺し,あなた自身の8倍の大きさになるまで餌をねだるのだ」確かにこれはなかなか厳しい.
第11章ではカッコウのホスト選択の問題が取り上げられている.
カッコウは様々なホストを利用する.基本的に普通種で托卵可能な形の巣を持ちヒナを昆虫で育てるやや小さな鳥が狙われる.しかし実際の利用はこの一般原則にすべて従っているわけではない.例えば英国ではカッコウは上記すべての条件を満たしているがクロウタドリにもウタツグミにも托卵しない.操作実験を行うと,クロウタドリはカッコウのヒナに給餌しないし*12,ウタツグミの場合には巣の壁の勾配がきつくてヒナはホスト卵を排除できない*13.このほかオオジュリン,ズグロムシクイ,ヨーロッパビンズイ,ズアオアトリなどは通常のホスト種よりも強い卵拒否を示す.デイビスはこれらは過去のアームレースでの勝利者たちだろうと推測している.
ともあれ現在カッコウはヨーロッパヨシキリ以外のホスト種も利用している.ではこの複数のホスト種の異なる卵に対して,カッコウの卵の擬態はどう決まっているのだろうか.どのホスト種の擬態卵を産むかは個別のメスによって決まっていて,メスは自分の卵模様に適したホストの巣を主に利用する(このようなメス系列をジェンツ,あるいはレースと呼ぶ*14 *15).まず自分がどの種に托卵すべきかをメスはどのようにして知るのか.これはおそらく自分が育てられたホスト種に対するインプリントが生じるためだろう.これを確かめるためにはホストを入れ替える操作実験が望ましいが,実験室ではうまく巣立ち時期後のカッコウを育てるのは難しく,野外実験も試みられたが翌年帰ってくる個体を見つけられなかったということだ.このあたりのデイビスの書きぶりはいかにも口惜しそうで面白い.
次に卵擬態の遺伝はどのように可能になっているのかという問題がある.異なるホストを利用するカッコウ同士が交雑するなら(日本のDNAを利用したリサーチではオスには特にメスのジェンツに対する選択的な交尾相関がなく,交雑していることが示されている),なぜホスト卵擬態は遺伝的に失われてしまわないのか.デイビスは,前著では最終的に決着はついていないとしながらも「鳥類はZW型の性決定を行うので,メスにのみあるW性染色体上に擬態に関連する遺伝子座があるのではないか」といういかにもエレガントな説明に傾いていたが,本書ではその後の(別種での)鳥類の卵模様遺伝決定様式の解明と合わせ,むしろ「オスは自分の育ったホストの生息場所で主に交尾するようにインプリントされていて,交雑はあまり生じない(日本でのリサーチは近時の人為的な生態環境破壊の影響と理解する)」*16という説明に好意的なようだ.いずれにせよ決着するには誰かがカッコウそのものの卵模様の遺伝決定様式を解明する必要があるとコメントしている.
この章の最後でデイビスは「托卵鳥の人生も厳しい:Life as a brood parasite is not easy」という先ほどと対になるコメントを置いている.「確かに,托卵すれば子育ての重荷から解放されてたくさん卵を産める.ホストがナイーブなうちはこのメリットを享受できるだろう.しかしホストは逆襲する.そしてカッコウは騙しのための複雑な道具セットを用意しなければならなくなる.ヒト社会で詐欺常習犯が結局捕まるのと同じように,ホストの防衛は托卵鳥の進化的成功を厳しく制限しているのだろう.だから托卵鳥は全鳥類の1%しかいないのだ.私はホストの巣を延々と探し続けたリサーチ作業のあとで,『もし自分が鳥なら,自分で巣作りして自分の子を育てる方が托卵なんかするよりよほどましだと思うだろう』とよく考えたものだ.」確かに托卵鳥側もなかなか厳しい状況にあるのだ.
最後に托卵の進化的起源が扱われている.デイビスは同じウィッケンフェンのバンの同種托卵生態を紹介しながら,托卵はそもそも同種托卵から始まったのだろうと推測している.この同種托卵をめぐる行動生態も大変興味深い.確かに卵やヒナの拒否が難しそうな同種托卵は試みるに足る戦略だろう.機会があれば同種托卵を行う鳥は既に200種以上見つかっているのだ.
そしてデイビスはこのあとタナゴと二枚貝,カゲロウとハヤブサ,アメンボやイトトンボの性コンフリクトなど興味深い行動生態を紹介してアームレースの面白さを振り返り,最近のカッコウの絶滅危惧問題(渡りルートを紹介し,特に温暖化に対する適応が追いつかない懸念を強調している)を取り上げて本書を終えている.
と言うわけで本書はデイビスの30年以上にわたるカッコウオブセッションの集大成となるべき本になっている.時にどこまでも興味深い行動生態の問題を深く考察し,ここまでやるかというほど徹底的に実施した操作実験を披露し,時に30年間のリサーチの間に体験した様々なエピソードを紹介し,時に歴史を大きく俯瞰したエッセイとなり,様々な風味を味わえ,かつ内容的にも充実した本だ.行動生態に興味のある読者には前著と合わせて強く推薦できる.
関連書籍
まずはなんといってもデイビスのこの本.カッコウ類だけでなくコウウチョウ,ミツオシエ,カッコウフィンチ,ズグロガモなどの托卵鳥も扱っている.コウウチョウは日和見托卵者であり,その生態はカッコウともかなり異なっていて,これはこれで大変興味深い.
Cuckoos, Cowbirds and Other Cheats (Poyser Monographs)
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*1:少し後でこのウィッケンフェン周辺の歴史的な生態条件遷移も紹介されている,氷河時代の終了の直後は森林地帯であったものが海水面の上昇とともに広大な氾濫原湿地に変わり,歴史時代以降は人の手による灌漑がなされ牧草地になる.ウィッケンフェンはその灌漑を免れた部分なのだ
*2:チャンスは1羽のカッコウから1シーズンにどれだけ卵を収集できるかの世界記録更新に執念を燃やしていた.そのためにホストの産卵タイミングを操作することまで行っている
*3:カッコウの托卵の観察のためにはまずヨーロッパヨシキリの巣を探し出しておくことが必要になる.これは実は大変な作業であり,デイビスは男性リサーチャーと共同研究するときには担当地域を分けて競争した方が効率がいいが,女性リサーチャーには全く理解されなかったと語っている
*4:ヨーロッパヨシキリのオスとメスで判断が異なることがあるそうだ.オスが抱卵を続けようとする中,メスはその巣の上に新しい巣を作ろうとする.オスはメスが巣材を咥えて戻ってくるたびに巣の端に追いやられ「一体全体何が起こっているんだ」という風情なのだそうだ.数時間後にオスは最終的にメスの判断を受け入れざるを得なくなる.
*5: 著名な鳥類学者を擬卵でだませた話を得意そうに語っている.
*6:もちろんホスト卵を食べることにより得られる栄養自体にメリットがある.しかし残りが2卵になるまで咥え出して食べてしまうとホストの卵拒否確率が上昇するのですべて食べてはしまわないらしい
*7:日本ではオオヨシキリ,ホオジロ,モズ,オナガなどがホストになる.
*8:ここでデイビスはシェイクスピアやチョーサーにもヨーロッパカヤクグリが托卵されるという記述があるが,これらは托卵頻度から見た淘汰圧を考えると進化的には十分新しいと考えられるというコメントをわざわざ行っている.英国の教室ではこのような反応が多いのだろうか
*9:ただしヨーロッパの一部地域では赤型の方が多いところもあるそうだ.デイビスはその仕組みは謎だとしている.
*10:なおこのメスの稀な赤型は同じく托卵鳥であるホトトギスやツツドリにも見られる.共通の頻度依存要因があることを強く示唆しているように思われ,この議論は説得的だ.
*11:ホストであるハチクイの巣の中での殺戮は2012年に初めて動画としてとられたそうだ.ハチクイは奥行きの深い穴の中で営巣するので闇の中での殺戮になる.デイビスはこれを「A stub in the dark」と形容している
*12:これが何故だかはわかっていないそうだ
*13:デイビスは解説していないが,なぜ他のホストも巣の縁をより高くして托卵を避けないのだろうかというのは面白い問題だ.カッコウビナが卵排除に失敗した場合には自分の卵も残るので巣の縁が高い巣を作る変異の適応度は上がりそうな気がする.托卵率が低いとそのような巣の形の何らかのデメリットの方が大きくなるということだろうか
*14:前著では主にジェンツという用語を使っていたが,本書ではレースと呼んでいる.おそらくこの後述べるように性染色体説よりオスメスインプリント説に好意的になったために変更したのだろう
*15:また日本でのカッコウのオナガ托卵ジェンツの創設のリサーチも詳しく紹介されている
*16:さらにメスが自分と同じジェンツのオスを見分けることができるという可能性も検討されている.これまでのところそれを支持するデータは得られていないようだ