「The Evolution of Desire: Revised and Updated Edition」

The Evolution of Desire: Strategies of Human Mating (English Edition)

The Evolution of Desire: Strategies of Human Mating (English Edition)


本書は進化心理学者ディヴィッド・バスの「The Evolution of Desire」の「Revised and Updated Edition」である.本書については初版刊行が1994年,「Revised Edition」が2003年に出されている.2016年刊行のこの改訂版は,初版から22年後のいわば改訂第三版になる.なお邦訳は初版が「女と男のだましあい」という題*1で2000年に出されているのみになる.
この1994年というのは進化心理学が勃興してきた時期に当たり,本書で示されているヒトの配偶者選択戦略のあらましについてはほとんど世間には知られていない時期だった.だからヒトが男女ともに配偶者選択を行い,それぞれ長期的なパートナーを選ぶ戦略と短期的な行きずりのセックス相手を選ぶ戦略を持ち,その選択心理には様々な性差が見られるという本書で展開された知見は(特にそれまでの伝統的な社会学や心理学,そしてジェンダースタディの立場から見ると)結構衝撃的だった.そしてそこから過激な論争があり,新しいリサーチによる知見の積み重ねを経て,この改訂第三版があるということになる.


この改訂第三版に寄せられた序文においてバスは以下のように本版のスタンスを説明している.

  • 初版が刊行された1994年はこの分野での爆発的な新しい知見の洪水が押し寄せている時期だった.当時はヒトの配偶心理について興味と関心が集まっていた.ヒトの心理が進化によって形作られているなら,そこに配偶者選択についての強い淘汰圧がなかったはずがないからだ.
  • 初版の刊行は好意的な注目も集めたが,一方で強い拒否反応も引き起こした.ヒトは深く個人的な事柄についての客観的科学的な議論を行うようにはデザインされていないらしい.それは社会的な悪影響を与えるので公表すべきでないという意見もあったし,一部の学者は配偶者選択についての性差の存在を受け入れられず,あるいは性差を受け入れてもその進化的起源を受け入れられなかった.幸いなことに本書に向けられる敵意は時とともに減退していった.
  • 初版では多くの謎を解き明かしたが,なお多くの謎,特にヒトの女性のセクシャリティの複雑さについての謎が未解決だった.この改訂第三版ではこれらの謎も取り扱う.なぜ同性愛は存在するのか,男と女は友人になれるのか,短期的配偶戦略を採るヒトはどのようにコミットメントを避けるのか,女性はアンチレイプ戦略を進化させているのか,男女とも相手の心理を読むことについてどうしようもないほどバイアスをもつのか.この改訂第三版では,これらのトピックを初版の章立てに統合し,最初から最後まで全面的に改訂アプデートを行っている.


本書評では特にアプデート部分について詳しく見ていくことにしよう.

第1章 配偶の起源


第1章は全体の見取り図になる.まずヒトの配偶にかかる離婚,浮気,嫉妬などのネガティブな側面はこれまで個人的な未成熟な精神性のためだとされてきたがそうではないとする.配偶におけるコンフリクトはヒトの配偶における標準・基準であって,これらのパターンは容易に説明可能だと宣言する.一般的な読者にとってもっとも食いつきが良さそうなところからはじめているのは,このような題材の本としてはいい戦略だろう.そして読者は進化的な説明の世界に誘われる.


ここからは性淘汰理論についての概説,それを含めた進化理論をヒトについて応用しようとする試みとしての進化心理学という学問分野の説明がある.そして性差が理論的に予測されること,それがユニバーサルであることをこれから説明したいとする.次にヒトの配偶行動を適応としての性的戦略として捉えるフレームワークを説明し,それは様々な条件依存的なものであり意識的である必要がないことに注意を促す.
具体的な配偶戦略としては,配偶相手を選別すること,選別した相手を惹き付けようとすること,同性と競争すること,一旦獲得した配偶相手をつなぎとめること,取り替えることなどがあることを概説し,男性と女性がそれぞれの配偶戦略を追求する中で必然的にコンフリクトが生ずることを指摘する.


ここで改訂第三版に新たに加わった「性的指向」の解説がある.おおむね以下のように記述されている.
性的指向

  • 現在男性の96〜97%,女性の98〜99%は1次異性愛指向(a primary orientation toward heterosexuality)を持つと推測されている.
  • しかし小さなパーセンテージで同性愛指向の男性,女性が存在していることは進化的な謎だ.この謎は「性的指向は中程度の遺伝性を持つ」「同性愛傾向の男性の繁殖成功は異性愛傾向の男性に比べて決定的に低い」という2つの観測事実によってより興味深いものになっている.
  • これから本書でこの問題を取り扱うが,それには「性的指向」の持つ3つの意味に注意しておく必要がある.それは「1次性的指向:どちらの性に性的に惹かれるか」「ジェンダーアイデンティティ:主観的に自分がどちらの性に属していると感じるか」「性的行動:実際にどちらの性を相手にセックスしているか」だ.
  • もう一つ注意しておくべきことは,「男性の同性愛と女性の同性愛は異なる本質と発達過程を持つ」ということだ.男性同性愛傾向は発達の初期に現れ,生涯ほとんど変化しない.女性同性愛傾向はより柔軟で,生涯にわたり流れ動く.男性の性的指向は二極分化して固定的で,女性のそれは柔軟なのだ.
  • これらの問題に注意を払えば,性的指向についての理解はより深まるだろう,そしておそらくこの性的指向の多様性は単一の理論によって説明できなるものではないだろう.以下,第2章から第4章にかけてこのテーマを扱う.


この後,適応形質と進化環境とのミスマッチの問題,戦略は特定の文脈に非常に感受性を持つこと(特に繁殖個体性比は重要であること),文化的な環境も影響を与えることが説明され,最後に理解の障害が「進化時間の理解が難しいこと」「イデオロギー(特に抑圧に利用されかねないという政治的危惧)」「自然主義的誤謬」「ロマンス的誤謬(自然な人間は自然と調和的に共存しているはずであり,攻撃や競争は逸脱である)」「遺伝的決定論の誤謬」としてまとめられている.

第2章 女性が望むもの

まずヒトの配偶戦略について女性がより選り好む傾向があることを指摘し,それには進化生物学的な説明があることを指摘する*2.そして様々な動物の配偶戦略を紹介し,ヒトの性的心理は何百万年にもわたる祖先の適応問題により進化してきたものであり,男性が何千通りもの多様性を見せる中で女性の好みはもっとも適応的に価値のある特徴を選ぶように進化したのだと説明する.

ここからは女性が長期的配偶相手としてどのような男性の特徴を好むのかが解説される.このあたりはほぼ初版のままで,当初からの知見がかなりソリッドであったことが窺える.

  • 自分に向けてリソースを安定的に供給してくれる可能性を示す様々な特徴に敏感になっている.経済力,社会的地位,年齢,独立,安定性,知性(知性については良い遺伝子という要因もある可能性が高い)がこれで説明される.女性のこの心理的傾向は自身に経済力があってもなくならないことも強調されている.また男性のコミットメントのシグナルとして信頼性,感情的サポート,特に愛情が説明される.また親切と誠実性もコミットメント問題と関連して解釈されている.
  • 相性:これには子育てという共同作業遂行力にかかるという要因と,釣り合ったペアでないと相手から見捨てられる可能性が上がるという要因があるとされる.特に価値観,知性(教育程度),グループメンバーシップが問題にされる.
  • 身長,筋力,運動能力,逆三角形の体型:これは別の男性からの襲撃に対する物理的保護という要因で説明される.
  • 健康状態の正直なシグナルとして対称性,(テストステロンによるコストリーシグナルとして)男性的な外見.


この後に改訂三版での追加部分がある.


性的指向と配偶者選好>

  • 同性愛傾向の進化的な謎はまだ解決されていないが,女性同性愛についてはより理解が進んでいる.
  • 2007年の大規模調査によると,異性愛の女性と同性愛の女性の配偶者選好はよく似ており,共に健康,親切,勤勉さ,ユーモアのセンスなどを重視する.ただし同性愛女性は,子供好き,子育て能力,宗教については異性愛女性ほど重視せず,正直,知性についてはより重視する.
  • 「攻め(タチ)」と「受け(ネコ)」の違いを調べたリサーチもある.攻め女性はより男性的で,ドミナントで,積極的だ.受け女性はより感受性に高く,快活で,女性的だ.受け女性の方がより子供を持ちたがり,相手の経済力を重視する.攻め女性は相手の経済力をあまり重視しないが,ライバルの経済力にはより強く嫉妬する.
  • 全体として同性愛女性は異性愛女性に似ているが,個人差はより大きく,単純な一般化には注意が必要だ.


<女性の選好の文脈依存性>

  • 女性の選好は文脈に依存して大きく変わることがある.他の女性が魅力を感じている男性にはより魅力を感じる.魅力的な女性が周りにいるというだけでもその男性に魅力を感じる.
  • 自分自身がどれほど魅力的かという文脈も影響を与える.自分に魅力がある状況ではより選好が厳しくなる.興味深いのはその場合男性的な特徴をより重視するようになることだ.男性的な特徴はより女性を捨てやすい傾向と相関があり,その状況をコントロールできる場合により男性的な特徴が魅力的になると解釈できる.


<女性の選好と実際の行動>

  • 選好は実際の選択行動に結びついていなければ意味がない.そして実際に結びついているという証拠がある.1つはパーソナルアドのクリック数だ.(いくつかのリサーチが紹介されている)


最後にまとめがある.女性の選好は,まずリソース供給能力,そしてそれを自分に向けてくれるというコミットメント,最後に他の男性からの保護に関連する.これらの項目間にはトレードオフがあり,さらに周りの状況に応じて選好はスイッチする.これは複雑で多面的で文脈依存的なものだ.そしてそれは進化史の中で母親たちが直面してきた多数の錯綜した適応問題を反映しているのだ.

第3章 男性が望むもの

第3章の構成は同性愛部分を含めてほぼ初版のままだ.以下のように説明されている.

  • そもそもなぜ男性はただ1人の女性にコミットするのか.1つの考え方は女性の選好が定めたルールに従うほかないからだということだ.しかしそれは結局繁殖機会を増やし子供の生存をより確実にする.
  • 配偶マーケットの構造(女性が男性のコミットを求める)は,男性がコミットを戦略的に使うことを可能にする.男性はコミットを与えることにより,より良い相手と配偶できる.女性は(コミットを求めない)短期的配偶戦略を採れば長期的な戦略を採った場合より質の良い男性と配偶できるのだ.さらに男性はコミットすることにより社会的地位,社会的同盟関係も手に入れることができる.
  • 男性の長期的配偶者の選好は,知性,独立,安定性など女性の選好とかなり重なっている.これは共同作業の効率,そして遺伝子の質と解釈できる.
  • 女性と大きく異なるのは繁殖力への選好だ.これが若さと健康への選好につながる.
  • 自分自身より少し若い女性への好みがユニバーサルに見られる.どのぐらい若い女性を求めるかについては若干の文化差がある.
  • 美しさへの選好も繁殖力のキューだからだと考えられる.傷や瘡のないクリアーでスムーズな肌,シンメトリカルな顔などはこれで説明できる.
  • 腰のくびれた体型は女性の繁殖能力の正直な信号だと解釈できる.
  • 女性の美しさへの選好には美しい女性と配偶することが自身の社会的地位を上げるという効果が要因になっている可能性がある.
  • 同性愛の男性の選好は異性愛の男性と非常によく似ている.若さと美しさを強く求める.特に若さは重要であるようだ.
  • メディアは特別に美しい女性を広く露出させている.これは普通の男性に普通の女性へコミットする気持ちを減少させる効果を持つだろう.(同様な効果は女性側にもある)
  • 女性側に排卵隠蔽があるために男性はそれへの適応を迫られた.このため純潔性と婚姻後の性的貞操への選好が生じる.これは文脈に大きく依存し文化間で大きな差がある.
  • (改訂版追加項目)若さへの好みについて:男性が繁殖力を求めるのだとすると非常に若い男性は自分より少し年上の女性を好むと予測される.実際のリサーチでは15際の男性は17〜18歳の女性を好むという結果が出ている.しかしその年の女性は自分より若い男性には全く興味を示さない.これは「男性の若い女性への好み」を「報酬強化」や「男性が権力とコントロールを求めること」で説明しようとする主張が成り立たないことを示している.
  • (改訂版追加項目)男性がその欲望を実現できた場合に何が起こるかの実例として歴史的な王,皇帝,僭主たちにより作られたハーレムの実態をみると,多数の若くて魅力的な女性を囲っていることがわかる.(このほか人気のスポーツマンやミュージシャンの所業,所得との関係を調べたドイツのリサーチ例などが紹介されている)


この章にも最後にまとめがある.多くの動物と異なりヒトにおいては男性側が配偶相手の身体的な魅力をより追求する.また若さの追求は霊長類の中で独自の特徴だ.これは(長期的な配偶相手においては)選択時以降の生涯にわたる潜在的な繁殖力が重要であるからだ.若さや美しさの追求は西洋文化から来ているのではなくユニバーサルな特徴だ.女性に対する美・魅力の基準は決して恣意的ではない.ただし純潔への選好には文化が大きな影響を与えている.しかし結婚後の貞操を求める心は強くユニバーサルだ.

第4章 カジュアルセックス

第4章は短期的な配偶戦略について.
まず短期配偶戦略では圧倒的に男性の方が積極的であることが強調される.この説明は容易だ.しかし実際にセックスに至るには女性側の同意が必要だ.だから女性側の戦略についても深く検討されている.

  • 男性の心理が短期配偶戦略に向けて調整されている証拠はまず精巣の相対的な大きさ(チンパンジーとゴリラの中間)にある.また射出される精子量の変異にも現れる.カップルがしばらく離れていると精子量は増加する.


ここで女性のオーガズムに関する記述が追加されている.
<オーガズム>

  • オーガズムはヒトの短期配偶戦略のもう一つの証拠となる.オーガズムを感じたときには精子の保持率が上昇する.つまりオーガズムは女性が誰の精子で受精させるかと決める選択デバイスとして機能している.
  • この説には副産物説などの代替説や文化差が大きいことからの懐疑説もある.しかし100%適応産物とは言えなくとも適応的な機能が含まれていると考えるべきだろう.


ここから短期的配偶戦略の心理的特徴と性差が扱われる.

  • 男性はより熱心でない女性とカジュアルセックスの機会を作らなければならない.そのための心理的な適応にはまず性的欲望がある.様々なリサーチにより男性はより多くのセックスパートナーを望んでいることがわかっている.(最新のリサーチがいくつか追加されている.自慰とポルノ消費の性差調査などもある)
  • 別の適応には次のセックスの機会を探し始めるまでの時間の少なさがある.(インターネットサイトにおける調査などが追加されている)
  • さらに別の適応は短期配偶戦略の時には配偶者選択を基準を緩める傾向だ.年齢他様々な選択条件が緩められる.逆にコミットメントを求める女性は避けようとする.
  • クーリッジ効果は哺乳類のオスに広く見られる.ヒトの男性にもある.
  • これらの心理的傾向には顕著な性差がある.
  • セクシャルファンタジーのリサーチも性差の存在を裏付けている.男性のファンタジーは女性の数,新しさが特徴だ.女性のファンタジーはパートナーとの個人的で感情的な絆が特徴になる.
  • (改訂版追加項目)性的な後悔にも性差が現れる.男性は性的な機会を逃したことを悔しがり,女性は間違った相手と性的な関係を持ったことを後悔する傾向がある.
  • シングルズバーで閉店時間が迫ると男性の選択基準はどんどん下がる.似たような認知シフトにはセックスで絶頂に達した後その相手女性の魅力が急速に失せるというものもある.いずれも男性の短期的配偶戦略を反映している.
  • 同性愛男性は同性愛女性よりカジュアルセックスに興味を持つ,レズビアンの女性はより親密で長続きするコミットメントのある関係を望む.
  • この男性の短期配偶戦略は売春の需要を生む.売春市場では男性が消費者(金を払う側)である割合が圧倒的に高い.
  • しかしカジュアルセックスが成立するためには女性側にも何らかの利益がなければならないはずだ.彼女たちは何故時に短期的配偶戦略を採るのか.
  • まずリソースの入手だ.短期的な相手を求める女性は,金遣いの荒さ,ギフトをくれる気前の良さ,派手なライフスタイルなどの特徴に惹かれる傾向がある.売春はその極端なケースとも考えられる.
  • また潜在的な夫の評価をするためという理由もある.相手の性格,自分との相性などの情報が得られる.女性の短期的選択基準として,既に特別な相手がいる男性や複数の相手と乱婚的な関係を持つ男性を避けようとすることはこれで説明できる.女性の選択基準は(男性と比べて)長期と短期でよく似ているのだ.
  • 別の理由として他の男性からの保護もある.狩猟採集社会でのデータではこの効果が裏付けられている.
  • また現在の配偶者の潜在的バックアップ作りという側面もある.現在の関係がうまくいっていないときに短期的な相手を求める傾向はこれで説明できる.
  • そしてより良い遺伝子という理由もある.短期的な相手にはより身体的な魅力を重視する.最大の証拠としてあげられるのは女性は排卵時に好みがより男性らしい方向へシフトすることだ.これには排卵時には自分がより魅力的になるのでより魅力ある男性を惹き付けられるからではないかという対立仮説がある.これについては今後のリサーチの進展を待ちたい.
  • 短期配偶戦略にはコストもある.男性には性病感染リスク,女ったらしという悪評判,嫉妬深い夫からの攻撃などのコストがかかりうる.
  • 女性の側のコストはもっと大きい.ふしだらという悪評判,乱暴されるリスク,妊娠しても子育ての協力を得られないというリスクを持つ.最後のリスクはとりわけ大きく,自身の子殺しの一部はこれで説明できる.
  • 短期的配偶戦略は文脈依存的で,同じ個人でも様々な環境条件によって変わるし,個人間の多様性も大きい.発達段階に応じても変化する.子育てに厳しい環境でより短期的戦略が採られやすいのかどうかは論争になっている.配偶市場での相対的価値も影響する.女性の方が多い環境では男性はコミットを避けて短期的配偶戦略を採り,女性も配偶機会を求めてそれに合わせざるを得なくなる.食料の共有文化など女性がリソースを得やすい環境ではより短期的戦略に傾く.


最後にこの章の記述の意味についてのリマークがある.

  • このような記述には不快感を持つ人もいるだろう.しかしこのように我々の配偶戦略の潜在的な幅がとても広いことの理解はより自分自身の運命をコントロールできることにつながる.現代技術は過去にあった多くのコストを避けることを可能にしている.

第5章 パートナーを惹き付ける

ここまでは男性女性がそれぞれどんな相手を求めるかという配偶選好の問題だった.すると相手から選ばれるためにはその部分をアピールしなければならない.これは古典的な選り好み型の性淘汰状況であり,まさに信号の正直さが問題になる.ここで著者たちはヒト特有の問題として「言葉によってライバルをけなす」という現象の存在,「相手が長期戦略を採っているのか短期戦略を採っているのかを見極める」という課題があることをあげている.短期的な状況では見極めの機会が限られるために騙しが生じやすい.具体的には以下のように説明されている.

  • 男性はリソースがあることを示す.これには様々なやり方がある.またライバルが稼いでいないと貶めようともする.気前の良さを示すのは重要なテクニックだ.男性は女性が見ている前ではチャリティを行いやすい.高価な装いも効果的だ.
  • 男性の次のアピールはコミットメントだ.長期的戦略を採る相手には特に重要だ.女性のために重要な決断をする*3,コートシップにコストをかけ我慢強さを見せる.優しさのアピールは長期的なロマンティックな関心を表示するものでありコミットメントに関連していると考えられる.ライバルに対しては性的な関心があるだけだと貶める.コミットメントは男性側にとって大きなコストを意味するので,これに関する騙しは重大な問題になる.
  • 男性は身体的な強さや運動神経の良さをアピールする.これは短期的戦略を採る女性に有効だ.ライバルに対しては身体的に虚弱だと貶める.
  • 男性は自信があることもアピールする.これは地位とリソースに関連している.
  • いわゆるサテライト戦略を用いる男性もいる.カップルの友人として近づき,ある瞬間に女性を誘惑する.
  • 女性はまず外見的な魅力をアピールする.化粧産業が圧倒的に女性向けであるのはこれによる.ライバルにはまず外見を貶めようとする.なぜ男性は自分で外見を評価できるのにこの貶め戦略が有効かというのは面白い問題だ.おそらく他人の評価が影響を与えるからだ.
  • 次に女性は貞操(他の男性と関係を持たない,その男性に献身する)をアピールする.ライバルにはふしだらな女だと貶める.これに関する語彙は様々な言語で非常に発達している.身持ちの堅さのアピールはこれに関連する.特にこの選択的アピール(他の男たちには厳しいが,あなたには別)は有効だ*4.なお貞操アピールは男性が短期戦略を採っているときには有効ではない.
  • 通常セックスに関しては男性側が積極的なので,女性側から関心があるというシグナルを出せば短期的な状況において非常に効果的になる.これに関しても様々なテクニック*5がある.これに関するライバルへの貶めは「彼女には本当はその気がないのにからかっているだけだ」というものになる.


ここに改訂版の追加部分がある.
<ユーモア,創造性,音楽,モラルのシグナル>

  • 女性はユーモアのある男性を好むので,男性はユーモアを示そうとする(そして自分のジョークに笑ってくれる女性を好む).なぜ女性はユーモアのある男性を好むのだろうか.
  • 仮説には2つある.「ユーモアの提示は配偶関係に入る意思(コミットメント)のシグナルだ」というものと「複雑な認知タスクをこなせることを示すコストのかかる正直なシグナルだ」というものだ.
  • ミラーは後者の仮説を提示し,さらに同様に創造性,芸術性,音楽,知性,モラルのディスプレーはみな「優れた遺伝子を示すコストリーシグナル」だと主張した.これは面白い主張だが批判もある.ピンカーは音楽や芸術については副産物だと主張している(チーズケーキ説).また知性やモラルはそれ自体適応的性質ではないかという批判もある.また検証が難しいという問題もある.またなぜ女性がユーモアのある男性を好み,男性がユーモアを受けてくれる女性を好むという性差があるのかが説明できていないという問題もある.それでもこの仮説は非常に広範囲な関心を巻き起こした.今後さらなるリサーチが進めば,興味深いヒトの配偶選択の説明を追加してくれるものになるかもしれない.


最後に配偶選択の競争的な側面が強調されている.

  • 男性も女性も自分の魅力を強調するだけでなくライバルを貶めようとする.
  • 短期的状況では男性も女性も相手の(騙し)戦略の蟻性になりやすい.シグナルの評価が難しい中で互いに相手の関心を利用しようとするからだ.女性は男性の性的関心を利用しようとする.しかしそれは長期的相手を求めているときには逆に働くこともある.一般的に女性の方が戦略を誤ったときのコストが大きい.
  • 実効性比は戦略の選択に大きな影響を与える.一般的な短期市場ではカジュアルセックスを求めるのは男性の方が多いので女性側に選択権がある.しかし都会の学歴の高い女性にとっては長期市場で見合う(と感じる)男性が非常に少ないという状況になっている.これはこのような女性たちの競争を激化させ,戦略の幅を狭めている.

第6章 共に生きる

互いにコミットした長期的配偶関係が維持できれば男女ともに大きな繁殖的なメリットが得られる.だからヒトにはそのような関係をできるだけ維持するような心的適応があることが期待できる.動物においてはこれらはメイトガード戦略として知られている.動物のメイトガードは物理的なものが多いが,ヒトでは心理的なものが中心になる.ここでは以下のように説明されている.

  • ヒトの配偶ペアにとっても配偶者を寝取ろうとする他者は大いなる脅威になる.ある調査ではかなり大きな割合の人(男性で60%,女性で38%)が他人のパートナーを誘惑しようとしたことがあると答えている.男性の場合パートナーを寝取られると繁殖的な不利益だけでなく,社会的地位や名声を脅かされる.
  • これに対抗するための最大の心的適応が嫉妬だと考えられる.それが導き出す実際の行動は警戒から暴力まで様々だ.
  • 嫉妬には注目すべき性差がある.女性はパートナーのコミットメント(感情)やリソースを失われることに最も嫉妬を感じ,男性は性的な不貞に最も嫉妬を感じる.


ここに改訂版の追加部分がある.
<嫉妬の性差についての競合仮説>

  • 嫉妬の性差についてのこの進化心理学的な説明には代替仮説が提起された.論者は「性的不貞と感情的不貞は相関している.しかしその相関のしかたについての信念に性差があるために嫉妬についての性差が生みだされるのだ」と主張した.女性は,男性が愛情を持てばそれは必ず性的にも結びつくが,愛情なしのセックスもあると信じるのに対して,男性は,女性がセックスするのは愛情も感じたときだけだと信じているからだというのだ.
  • 私のチームは3つの文化圏でこれを実証的に確かめた.それぞれパートナーの浮気について,愛情のみバージョンとセックスのみバージョンを示して嫉妬を感じるかについてアンケートをとった.結果は決定的だった.それでも大きな性差が見られたのだ.
  • この性差は,fMRIを含む様々な多様な方法で,かつ多くの文化圏で調査され,非常に一貫した結果が報告されている.
  • このほかに見いだされた性差もある.男性はリソースや地位を持つライバルにより嫉妬する.女性は外見的に魅力のあるライバルにより嫉妬する.また男性は不貞について過剰認知バイアスを持つ.また病的に嫉妬心の強いグループではこの性差はより大きく検出される.


ここからは嫉妬心が生じた後に採る方法についての解説

  • 配偶維持戦略は非常に幅広い.まず男女ともパートナーの欲望にできるだけ応えるという方法がある.愛を注ぎ,親切にする.
  • 男性は次にリソースをつぎ込む.女性は自分の外見的魅力を上げようとする.
  • 相手を心理的に操作しようという戦略も採られる.女性は泣く.男性は自己卑下や服従の姿勢を見せる.これは自らの配偶価値の低下を自覚した男性が捨てられるのを防ごうとするときによく見られる.なぜ自己卑下に心的操作効果があるのかは謎だ.
  • もう一つの心的操作戦略は意図的に相手の嫉妬心を煽ろうとするものだ.これは女性が採用してうまくいくと効果的だが,危ない方法でもある.
  • ライバルを遠ざけようとする方法も多彩だ.まずパートナーは自分のものだとライバルにシグナルを送るというやり方がある.それは口頭の場合も暴力の場合も,装飾などのシンボルで示す場合もある.パートナーの監視,パートナーをライバルから隠すという方法もある.これらに近いのはパートナーを時間的に束縛するという方法だ.ハーレムはその究極的な形態だ,
  • 別の方法にライバルに対して,あざけりや脅しや暴力などでコストを負荷するというものがある.
  • またパートナーへ脅しや暴力でコストを負荷するという方法もある.これがパートナーアビューズの進化的説明になる.これらは性的不貞の発覚時,配偶者の価値が不釣り合いになったとき,女性が妊娠し父性が疑われたときに生起しやすい.
  • この特別な例が,女性の浮気を抑止しようとして使われる暴力だ.女性器切除,陰核切除,陰門封鎖などの文化的慣習はこれで説明できる.
  • 嫉妬のない文化があるという主張がかつてなされたことがあったが,実際にはそのような文化は見つかっていない.また多くの不貞を巡る法制度はこのヒトの進化心理から理解することができる.
  • 極端なケースでは男性は自分を捨てようとするパートナーを殺害することもある.かつて一部の州では不貞の発覚現場における激情に駆られた夫による間男と妻の殺しは犯罪性を否定されていた.女性による夫殺しも,夫のDVに耐えかねて反撃したというケースが大半だ.
  • パートナー殺しは適応度を下げるように思われるが何故このような反応を見せるのか.1つの説明は嫉妬がミスファイアしたというものだ.しかし適応的にも説明可能だ.まず自分を捨てようとしている女性を殺してももはや繁殖成功は下がらない.それどころが彼女につぎ込んだリソースが別の男との子供に流れるというリスクを避ける効果がある.さらに寝取られ男とされて名声や地位に悪い影響を与えるリスクを避けられる.だから進化環境ではそれが有利だった可能性がある.もちろんこの進化的な理由はこの行為を正当化しない.しかしこのような忌むべき犯罪を抑止するためには,この心的メカニズムの存在と直面する必要があるのだ.
  • うまくいく防衛戦略の特徴には以下のようなものがある.まずリソースが相手にきちんと回されていること,ペアの存在が適切に表示されライバルが足止めされていること,適切な感情操作がなされていること(互いの欲望を満たして親切にしている),適切なコスト負荷が示されている(浮気をしたら失うものが大きいことが示されている)ことだ.
  • 不幸なことに脅しや暴力も時に効果的だ.それは(進化的に見て)賭けられているものがあまりにも重要であるためでもあるのだ.

第7章 性的コンフリクト

男性と女性の配偶戦略は異なっていて互いに補完的調和的ではない.男性はより多く若く美しい女性とセックスして子育て努力をショートカットしたいし,女性はリソースとコミットメントのある男性とペアになりたい.だから当然そこには様々なコンフリクトが生じる.多くの小説や歌や映画はそれを題材にしている.そして進化的にはこのようなコンフリクトのマネジメントにかかる心的傾向が適応としてあることが期待できる.詳細は以下のように説明されている.

  • 性的機会に関する不一致が最もよく見られるコンフリクトのもとになる.男性はより簡単にセックスの機会を持ちたいし,女性はコミットメントを求める.そして自らと相手の配偶価値についての意見の不一致がコンフリクトに結びつく.
  • 男性は性的機会を失うことをできるだけ避けようとするので,より女性が自分に性的関心があるという方向に認知バイアスを持つ.自分に配偶価値があると認識しているほどこのバイアスが高くなる.この認知バイアスはまた男性による性的攻撃性のもとになる.
  • これは女性にとっては心的操作の機会になる.性的関心がある振りをして豪華な食事や高価なプレゼントを受け取り,そのまま去って行くなどが可能になるのだ.これは時に男性の怒りを引き起こすのでリスクフリーではない.
  • 逆サイドにあるのが女性側の性的ガードの高さだ.これはより慎重な選択を可能にし,駆け引きの上で有利になれる.
  • コミットメントを巡ってもコンフリクトがある.コミットメントは男性が出し惜しみする立場になる.女性は男性が愛情や感情をあまり表出しないことに苛立ち,男性が女性が過剰にムーディなこと(それはコミットメントのテストとして時間やリソースを要求することにつながる)に苛立つ.
  • 女性のコミットメント,そしてそのテストとしての時間やリソースの要求は,男性によるネグレクトの不満につながる.男性から見るとそれは依存性や欲深さの不満になる.そしてお金の問題もそこに現れる.互いに相手の使いすぎを非難する傾向があるが,男性の典型的な不満は妻が衣装に金を使うことだ.
  • コンフリクトに操作としての騙しはつきものだ.不貞関係を隠すことの他には,女性は性的関心について騙し,男性はコミットメントに関して騙す傾向がある.だまされないための心的適応として,女性は男性に対してコートシップコストを求める.男性は女性のふしだらさの噂に敏感になる.
  • このほかの操作として心理的身体的暴力がある.心理的なアビューズとして典型的なのは相手を貶めなじることだ.これは相手に自分の配偶価値を低く見積もらせる.そして嫉妬に駆られた暴力の問題がある.男性の暴力は女性による遺棄に結びつくリスクがある.これが暴力をふるった後の男性がしばしば涙ながらに謝ることの説明になる.
  • セクハラもコンフリクトの一形態だ.セクハラは短期的戦略の場面で現れ,被害者は圧倒的に女性側で,若く魅力的な独身女性が多い.女性は自らの選択基準の低い男性からのハラスメントにより動揺する.またハラスメントの動機が性的だったかロマンティックなものだったかによっても被害意識の大きさが異なる.
  • レイプはヒトの配偶戦略のあり方に深く関係した現象だ.ほとんどすべてのレイプの被害者は女性側で,大半のレイプはデートレイプと夫によるレイプだ.そしてこれに関しては激烈な論争がある.


ここからレイプに関する改訂部分がある.初版後の論争を受けて全面的に書き直されている.
<レイプは男性の適応戦略なのか>

  • 2000年にソーンヒルパルマーが「レイプの自然史」(邦題は「人はなぜレイプをするのか」)を出版し,その中でソーンヒルはレイプについて男性には進化したレイプ適応(繁殖戦略として,望まない女性と強制的に性交しようとする特殊化された心理的カニズム)があるという仮説を提示した(パルマーは他の心的メカニズムの副産物だという仮説を提唱している).
  • レイプ適応説は6つのメカニズムを示す.女性のレイプされやすさの評価,文脈依存的な心理的スイッチ,繁殖力の高い女性への好み,精子の増加,精子競争状況下でのマリタルレイプの6つだ.この適応に対する証拠は,あまりなく,あっても曖昧なものだ.
  • しかしその後のリサーチでいくつか不穏な事実が明らかになった.男性は同意の上のセックスの動画とレイプ動画の両方に同じように性的に興奮する(ただし暴力的なレイプ,女性が痛みを訴えるレイプの動画はほとんどの男性の性的興奮を抑制する).とはいえこれだけではレイプ適応仮説が正しいことにはならない.
  • もう一つの知見は,レイプで有罪となる犯罪者は社会経済的下層グループである比率が高いというものだ.これはレイプが通常の性的機会を奪われた場合の戦略だとしたときに予想される状況だ.しかし上層グループの男性はより高額の弁護士を雇うことができ,示談に持ち込んだり,訴追を避けたりでき,あるいは法廷でうまく防衛できるということの結果である可能性もある.
  • 片方でこれと対立する証拠もある.より女性と性的機会を持てる男性の方がより性的に攻撃的であるとするリサーチがあるのだ.少なくとも単純な「機会奪われ説」は正しくなさそうだ.しかしより複雑な適応仮説を排除できるわけではない.例えば「最近の性的機会」と「そのときのコストの小ささ」の両方の文脈に依存するという適応戦略仮説だ.このような仮説に対しては支持証拠も排除証拠も知られていない.
  • レイプの被害者は若い女性であることが圧倒的に多い.これはレイプが男性の進化した性的心理と無関係でないことを強く示唆している.しかしそれは単に一般的な配偶選好の反映かもしれず,レイプ適応仮説の支持証拠になるわけではない.
  • もう一つの関連事項は,レイプに引き続く妊娠確率だ.現代では避妊技術があるので,レイプの場合と同意の場合の真の妊娠確率の差を知るのは難しい.しかしレイプの後の妊娠確率が非常に高いという報告が1件あり注目を集めている.再現性があるのか,年齢や魅力を調整できているのかはまだはっきりしない.しかしこれが正しいとしてもそれだけでレイプ適応説の支持証拠になるわけではない.しかしながらこれは一部のレイプ適応否定説「レイプから妊娠することは稀なのでそれが適応になるはずはない」の主張の反証にはなるだろう.
  • マリタルレイプは夫が妻の不貞を疑っているときに多くなる.これはレイプが精子競争への適応であるという考え方と整合的だ.しかし因果の方向は不確かだ.レイプをするような夫を持つ妻は浮気をしやすくなるのかもしれない.
  • 私はいずれ様々なレイプのパターンに応じた説明がなされるようになるのではないかと考えている.デートレイプ,見知らぬ人からのレイプ,戦争時のレイプ,夫によるレイプ,男性同性愛者のレイプ,継父による娘へのレイプはそれぞれ異なる要因によっている可能性がある.そのうちいくつかは病的なもので,いくつかは副産物で,いくつかは適応ということになるのかもしれない.


<女性にはレイプ防衛戦術が進化しているか>

  • これまでのレイプの進化的な議論はそれは男性の適応心理かどうかに集中している.しかしレイプは被害者の女性に大きなコストを負荷する(乱暴されるだけでなく,その後社会的に非難され,パートナーから捨てられるリスクを負う.そして心理的にも深く傷つく)ので,女性に防衛適応があってもおかしくない.そしてなぜレイプが被害者女性にとってあれほどトラウマ的なのかはその視点から考えることができるだろう.
  • 提示された適応仮説には以下のようなものがある.心理的痛み(将来避けようとする動機付けになる),男性との同盟作り,女性との同盟作り,特殊化された恐れ,排卵時に特に危険を避けようとする傾向.
  • レイプ恐怖仮説への1つの証拠は女性の排卵サイクルとレイプとの関係だ.排卵期であった被害者の比率は小さい.女性は排卵期にはリスク回避的になるのだ.また女性はセックスの話ばかりする男性を避けようとする傾向がある.
  • このようなリスク回避傾向は学習されたものである可能性もある.しかし特殊化されたレイプ恐怖心理によるものかもしれない.これらについての決定的な証拠はない.
  • 女性には見知らぬ人からのレイプ恐怖心理があると主張するものもいる.これは現代の実際のレイプ状況からは説明できない.見知らぬ人への一般的警戒の反映かもしれないし,進化環境での戦争時のレイプなどの状況を反映しているのかもしれない.
  • ボディガードを求める心理も適応仮説として提示されている.実際にパートナーを持つとレイプされるリスクは下がる.単にライフスタイルの変化の影響かもしれないし,夫にはレイプ犯への抑止効果があるのかもしれない.この仮説にはさらなる支持証拠が必要だ.
  • 心理的痛み説はソーンヒルとパーマーが提示している.彼等は心理的に傷つくのが,未成熟な女性より若く繁殖力の高い女性であること,未婚者より既婚者であること,オーラルだけの場合より性器のレイプの被害者であること,暴力的に犯された女性の方が心理的な痛みが小さいこと(同意したのではないかという非難を避けやすい),より配偶価値の低い男性から犯されたときの方が痛みが大きいことなどを支持証拠として挙げている.
  • いずれにせよ女性の防衛適応仮説については,よりしっかりした科学的証拠が必要な状況だ.


最後にこのコンフリクトのアームレース的な状況が強調されている.

  • コンフリクトの元は男性と女性の進化適応としての配偶戦略の違いにある.そしてこれはいわゆるアームレースの状況にあるのだ.

第8章 破局

男女は常に添い遂げるわけではない.ヒトの配偶戦略には条件付きで相手を見限り新しい配偶者を探すという戦略も含まれる.どのようなときにそれが発動するのかが本章のテーマになる.まず総論.

  • 最初は相手の配偶価値の減少だ.まず死別という状況がある.EEAでは男性は戦争や狩猟の際に,女性は産褥期などで,死のリスクと常に隣り合わせだった.それ以外の配偶者としての価値の低下という場合もある.男性は地位を失うかもしれない.女性は不妊と判明したり,他の男との子を孕んだりするかもしれない.さらに病気も大きなリスクだ.
  • また自分自身の配偶価値が上昇し,もっといい配偶相手を得られる可能性が生まれる場合もある.これは男性の地位が急上昇したときに生じやすい.
  • 最後は魅惑的な配偶候補者が現れるという状況だ.
  • このような場合に備えて,意識的にせよ,無意識的にせよ常に潜在的な配偶相手の選択肢を認識しておくことは重要だっただろう.
  • 相手を捨てようとするときには,社会的な考慮が欠かせない.具体的な言い訳を用意できることが好ましい.便利な戦略の1つは相手の期待を裏切り,相手に嫌われるというものになる.


ここから個別の条件の詳細が説明される.

  • 浮気は最も多い破局の原因だ.この詳細には大きな性差がある.男性の方が配偶相手の浮気への許容度が低い.これは男性の方が社会的権力をより持つこと,女性の方が浮気されることのダメージが低く,離婚のコストが高いことによるものだと思われる.
  • また浮気はしばしばペアを解消させたい側からの理由付けとして利用される.
  • 子供のできないペアははるかに離婚しやすい.離婚を厳しく制限している社会でもしばしば子供ができないことが離婚の正当事由として認められている,子供ができるまで完全な結婚の効果を認めない社会も多い.進化的には理解しやすい.
  • 女性によるセックスの拒否も多くの文化で離婚の正当事由として認められている.女性側から破局に持ち込む戦術としても使われる.
  • 男性によるリソース供給の拒否も多くの文化で離婚に結びつく.
  • 一夫多妻が認められている社会では,妻同士の争いはしばしば離婚原因となる.妻を追加しようとすると女性側から破局を迫る可能性が高くなる.
  • 浮気と不妊に次ぐ離婚要因として挙げられるのは相手から乱暴に扱われることだ.これはしばしば上記の要因に付随して生じる現象になるし,破局に持ち込む戦術としてもよく用いられる.


ここで改訂版の追加部分がある.
<配偶者排除戦略>

  • 一部の進化心理学者はヒトには特殊化した配偶者排除適応があると主張している.なおリサーチは始まったばかりだが.いくつかの重要な洞察がなされている.
  • 1つのやり方は,相手に率直に「別れて,やり直しましょう」と提案するものだ.そしてもう一つは(しばしば配偶者の友達など見つかりやすい)別の相手とセックスをはじめるというものだ.3つ目のやり方は相手へのリソース供給を細める(「愛してる」といわなくなる,誰かから攻撃されたときに相手をかばうのをやめるなど)というものだ.その逆に相手にコストを賦課する(文句を言う,ののしる,そして物理的なアビューズまで)というものもある.
  • 現代社会でよく見られるのはゴースティング(すべての連絡手段を立つ)だ.メールやSNSを遮断し,Facebookの「友達」から削除し,ステータスを「独身」に戻す.これらは相手への拒否シグナルになると同時により広い社会ネットワークに関係終了を広報する効果がある.
  • これらの方法には評判の毀損から直接的な報復までいろいろな潜在的なコストがある.男性はよりストーキングなどに走りやすい.「(こうなったのは)君のせいだ」とか「友達でいましょう」とかいうのは報復コストを下げようとする試みだと解釈できる.


破局への対応戦略>

  • ロマンティックな関係の終了は人生で最もトラウマチックなイベントだ.友情ネットワークも毀損されやすいし,社会的地位にも影響が出かねない.その関係によって受けていた経済的社会的メリットも失われる.
  • このような破局的イベントへの対応戦略へのリサーチも始まったばかりだ.
  • 一部の男女は破局の後も友達としての関係を保とうと試みる.一切の関係を断とうとするものもいる.女性の方が,破局に至る経緯を友達に打ち明け,何が悪かったのかについて延々と話し合う傾向がある.別の相手とのセックスを求めるものもいる.
  • 女性はよりショッピングに走る.新しい服や化粧品を買い,自信を回復し,魅力を上げ,配偶マーケットへの再参入を試みるのだ.薬物やアルコールに逃げ込むものもいる.別れた相手の消息をひたすら追うものもいる,その一部はストーキングに走る.
  • しかしいずれ人々はやり直しの道に進む.そして配偶者選択,惹き付け戦略を再開するのだ.


最後に著者は学術的な記述スタンスから離れ,人生への助言のコメントを置いている.

  • 明らかなのは,最も長期的配偶関係にダメージを与えるのは浮気だということだ.うまくいくペアは互いに信頼を守る.一緒に子育てし,十分な経済的基盤を提供し,相手にやさしく親切に振る舞い,互いの希望や要求を理解する.
  • 不幸なことにすべてのイベントや変化を避けることはできない.不妊,老化,性的意欲の減退.病気,社会的地位の喪失は避けられないことがある.そして時に魅力的な相手が現れる.ヒトはこのような場合に配偶者入れ替えに向けた心理的な傾向にスイッチが入ってしまうのだ.これに抵抗することは必ずしも容易ではない.

第9章 時間の経過

ここでは冒頭にドゥ・ヴァールが「政治をするチンパンジー」で描いたアーネムの動物園でのチンパンジーの権力争いの様子を紹介し,ヒトにおいても配偶関係を取り巻く状況は時間の経過とともに変化することを強調する.我々はそのような変化に対応するような適応的心理を持っているはずだとしてその詳細を解説する.

  • 女性の配偶価値は一般的に年齢ともに下がっていく.それは婚資の金額にも反映されている.もちろん多くの例外がある.また男性の環境変化によって彼にとっての同じ女性の配偶価値が変わる.
  • 女性配偶者の観点から適応問題としてみると,年齢を重ねるに従って繁殖成功は(新しい子供の妊娠出産より)今いる子供の世話にかかってくる.その相手の男性から見ると彼女の子育てスキルは代替できない価値として継続する.
  • 配偶年月を重ねると性的意欲は減退してくる.性交頻度は下がり,性的満足も減る.子供の誕生はこれらの傾向を大きく加速する.配偶努力が子育て努力にシフトするのだ.この減退は男性の方が大きく,相手の魅力にも影響される.
  • 愛情表現の減退(コミットメントの低下)に対しては女性の方がより苦しむ.男性は配偶者のコミットメントへの要求の増大にうんざりしがちになる.
  • 女性の浮気頻度は年齢とともに劇的に変化する.非常に若いときには浮気は稀だ.そこから増加しはじめ30代でピークをつける.40歳前後から浮気は減り始める.浮気時のオーガズムを感じる頻度も同じようなカーブを描く.なぜ繁殖期の最後に浮気が上昇するのか.ひとつは配偶者によるガードが減るからであり,もう一つは繁殖の最後のチャンスをつかもうとする行動傾向が生じるからだろう.そして女性の方が浮気相手に感情的に巻き込まれて不幸になりやすい.
  • 男性の浮気の方が頻度が多く,買春まで含めると,年齢的な変動は少なく,より一貫している.
  • 女性は寿命よりはるか前に閉経を迎える.これは進化的な謎になる.EEAにはなかった長寿命へのミスマッチという仮説があるが,妥当しそうにない.祖先環境でも最長寿命は現代とそれほど変わらなかったからだ.年齢とともに孫の世話にリソースをシフトさせる方が有利だったという「おばあちゃん仮説」の方がよりありそうだ.EEAではできるだけ早くに繁殖を集中することと長期にわたって繁殖することに何らかのトレードオフがあり,閉経は前者の戦略の副産物だという仮説もある.この仮説においては前者の戦略がどのような条件で有利になったのかの吟味が不可欠だ.あるいは男性からの膨大なリソース供給がその鍵だったのかもしれない.*6
  • 男性の配偶価値は年齢とそれほど強く結びついてはいない.価値は,知性,協力性,子育て傾向,政治的同盟,血縁ネットワーク,そして何よりリソース供給能力とその意思(コミットメント)にかかる.価値の変動には個人差が大きく,平均すると女性より高い年齢でピークをつける.
  • 女性による男性の価値の評価は女性による適応心理によってなされており,環境条件に非常に感受性が高い.
  • 男性は平均して女性より早く死ぬ.事故や自殺も影響する.これは男性の方が繁殖成功の分散が大きいためにより競争が厳しいことを反映している.
  • このため配偶市場では性比が時間の経過とともに下がる.このほかの配偶市場性比の変動要因としては分散(都会などへの移住,移民)の性差,ベビーブームなどの人口の変動,戦争,離婚と再婚のパターンなどがある.
  • (改訂版での追加項目)現在最もアンバランスになっているのが,北米や欧州における教育程度の高い女性の結婚市場だ.テキサス大学オースチン校(バスの所属校)では2016年の新入生の性比が46:54であり,既に女性の17%が余剰となっている.ほとんどの女性は自分より教育程度が低かったり,より知性的でなかったり,職業的に成功していなかったりする男性を配偶者として好まない一方,男性はあまりこだわらないので,特に成功した女性での配偶市場のスクイーズが厳しくなっている.
  • 男性が過小になると女性間の競争が強まる.男性が余剰になると男性間の競争が高まり,メイトガードが強くなり,女性へのDVなどのリスクが高まる.性比の高い社会で戦争が起きやすいことが観察されている.
  • 一般的な生涯的な条件変化として,男性は若いときにはほとんど振り向いてくれる女性がいない時代を過ごし,30代あたりから相手を見つけやすくなる.女性は若いときには相手を見つけやすいが歳を取るとともに立場が厳しくなる.
  • 長期的な配偶関係を維持している場合にも,女性は一般的により歳を取るとともに配偶者がかまってくれないことに不満を持ち浮気に走りやすくなる傾向がある.男性の場合はより多様だ.

第10章 両性間の調和

最後に,これまでのまとめ,そしてこのような知見を踏まえたアドバイスが書かれている.

  • 男女の配偶戦略は柔軟で文脈依存的であることを理解しておくことは重要だ.男性は浮気を宿命づけられているわけではないし,女性は地位のない男性を必ず軽蔑するわけでもない.
  • 配偶戦略を調べると,そこには大きな性差が存在することがわかる.その一部は不愉快なものだが,だからといって性差がないと主張することは間違っている.
  • (改訂版での追加項目)インターネットサイトのデータには我々の発見した進化心理が現れている.男女は互いに望むものが異なり,異なる事柄に感情をかき立てられる.
  • この性差の進化という事実は,フェミニズムに対して不可避な含意を持つ.フェミニストはこれまで家父長制を(男性から女性へのセクシャリティと繁殖にかかる)権力のコントロールとして理解してきた.ヒトの配偶戦略はこの理解の主要な要因のひとつを裏付けている.実際に男性による女性のコントロールの中心はセクシュアリティと繁殖にかかる部分だ.そして進化的な視点はその起源の理解を可能にする.世界中で見られる男性による強いリソースのコントロールは,ある部分では女性の(地位ある男性を好むという)配偶選択を反映しているのだ.そしてそれはリソース獲得を有利にするための同性間同盟を強く指向する男性心理を説明可能にする.おそらくそれらは女性の選択心理と共進化していて,結果として今日見られるような男性のリソースコントロールの卓越状況を生みだしたのだろう.
  • しかしフェミニストは,しばしばすべての男性が団結して女性を抑圧していると主張する.しかし進化的にはこれはあり得ない.男性も女性も配偶者獲得においてまず同性間で競争しているからだ.
  • 配偶戦略にはそれぞれの性において多様でもある.これは自らの配偶価値,周りの状況などの文脈に依存して決まる部分があるからだ.
  • 西洋社会の生涯単婚を理想とする性的なモラルも進化心理で説明できるだろう.おそらく自らがどうするかはともかく,他者には生涯単婚を強制した方が自分が有利になるという背景があるのだろう.しばしば女性は長期的な相手しか望まないと主張されるが,実際にはそうでないことがわかっている.
  • 配偶戦略における文化的な多様性は興味深い問題だ.進化心理学ではこれまで早期の環境の影響を考えてきた.不安定な環境で育つなら,より早く,より多様な相手とセックスする方が有利になる.これは文化間での純潔の価値の違いを理解することを可能にするかもしれない.またその社会でどのような婚姻制度が主流であるかも影響するだろう.
  • 配偶市場では競争とコンフリクトが大きな影響を与える.特にコンフリクトの理解は重要だ.
  • 生涯続く愛情の条件を考えてみよう.ひとつには子供の存在だ.そしてもう一つは互いに裏切らないことだ.また互いの進化心理的な要求をかなえることも重要だ.相手が何を欲する傾向にあるのかを理解することは重要なツールになるだろう.何故ヒトがこのような戦略を採っているのかを理解することが自らの運命をコントロールすることに大きく役立つのだ.

本書を通読し,改訂部分とオリジナルな部分を読み比べると.この配偶戦略のリサーチというエリアが,いかに90年代初頭に爆発的に進展し,明確な知見はその段階でほぼ出そろったということがわかる.これらの知見は一旦調べれば極めて明確だったということだろう.男女は,それぞれ選り好み型配偶選択を行い,さらにそれには長期と短期の戦略があり,さらにこの配偶戦略には大きな性差があったのだ.これらは生活の知恵としては常識的な事柄でもあったが,アカデミアでは採り上げにくかったということもあり当時としては衝撃的なものだった.そしてそれから20年以上経過し,様々な論争を経て世の中にもある程度受け入れられ,学問はより微妙で難しい問題に取り組み,知見は少しずつ着実に深まりつつあるということだろう.本書は全面的な改訂といいつつ,当初の興奮に満ちた発見部分と後年の落ち着いた知見の積み重ね部分がモザイク的に入り交じり,背景を知るものには感慨深いものになっている.そして改訂を経て,ヒトの配偶戦略についての一般書としては最も充実した一冊であり続けている本だということになるだろう.進化心理学を学ぶ人にとっては得がたい副読本として推薦できる.


関連書籍


初版の訳書

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

「レイプの自然史」.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060805#1154778399

A Natural History of Rape: Biological Bases of Sexual Coercion (Bradford Books)

A Natural History of Rape: Biological Bases of Sexual Coercion (Bradford Books)

同邦訳

人はなぜレイプするのか―進化生物学が解き明かす

人はなぜレイプするのか―進化生物学が解き明かす

*1:きちんとした進化心理学の本が装丁も含めて恋愛指南書みたいにされていて,毎度のことながら残念に思っている.

*2:なおここではその違いの生じる理由について投資量から説明するという1994年の記述を変えていない.この説明にはコンコルド誤謬的な側面があるので,今日的には父性の不確実性,配偶成功の分散,繁殖個体性比などから説明する方が良いと思われるが,一般向けの入門書としてはわかりにくくなるのでそのままということかもしれない.

*3:改宗の例が示されている

*4:この女性は普通なら手に入らないバーゲンであり,さらに貞操だという2つのアピールになっている

*5:様々な仕草,アイコンタクトの他,受け身で愚鈍な様子を見せるというものもあるそうだ.これは男性にこの女性は御しやすいと思わせるそうだ.

*6:この部分についてはその後のリサーチや新しい仮説の提唱について改訂による解説がなされていない.少し残念なところだ.