「猫はこうして地球を征服した」

猫はこうして地球を征服した: 人の脳からインターネット、生態系まで

猫はこうして地球を征服した: 人の脳からインターネット、生態系まで


本書は(もちろん)ネコ好きで,子供時代からネコを飼い続けているサイエンスライターアビゲイル・タッカーによるネコについての科学啓蒙書だ.私はどちらかといえばイヌ派だが,そういえばネコについてはきちんと読んだことがないなと思って手に取った一冊になる.原題は「The Lion in the Living Room: How House Cats Tamed Us and Took Over the World」.


序章では本書の中心テーマが提示される.それは「ネコは我々の役に立っているようには見えないし,最近では野鳥殺しの侵略的外来種としての悪評も高いのに,なぜこんなに愛されているのか」というものだ.

第1章 滅亡と繁栄

第1章ではネコ族の自然史が語られる.最初はロサンゼルスにある氷河期の動物がトラップされていることで有名なタールピットから物語が始まる.人類がこの地の大型哺乳類を大規模に絶滅させるまで,南カリフォルニアにはサーベルタイガー,巨大チータなど7種のネコ科動物が暮らしていた.しかし彼等は皆姿を消し,中東の小型ヤマネコの子孫が我が物顔で街を歩いている.そして大型ネコ類の苦難とイエネコの繁栄は人類を介した裏腹の関係になることが語られる.

  • ネコ科動物は哺乳類の中で食物について圧倒的に肉に頼っている「超肉食動物」だ.ネコの食物にはイヌの食物の3倍のタンパク質が必要になる.
  • 肉食に特化しているためにネコ科動物の形態は皆非常によく似ている.顎と歯はほとんど差が無く,捕食方法も忍び寄り不意打ち襲撃型が基本であり(チータは例外になる)体型もイヌ科動物などに比べて互いに似通っている.
  • 地上の野生哺乳動物で最も分布が広かったのはライオンだと考えられている.南極とオーストラリアを除く大陸にはほとんどどこにでもライオンが住んでいた.
  • 人類とネコ科動物の進化的な関係性は,ごく最近までは人類が捕食される側だった.我々が見晴らしのよい風景を好むのはネコ科動物からの忍び寄られリスクに対する適応ではないかと考えられる.ホモ・サピエンスが道具を用いて狩猟採集生活を行うようになってはじめて力関係は均衡したのだろう.
  • 農業が始まると力関係は逆転した.ネコ科動物は狩りのための広いテリトリーを必要とするが,農業以降生息地は大幅に縮小し,様々な狩猟道具,最近では農業用毒物が大型ネコ類を苦境に落とし入れた.
  • その大きな例外がイエネコになる.世界で最もペットとしてネコの人気がないのがインドであり,そこではなお大型ネコ類による捕食リスクが残存しているというのは偶然ではないだろう.

第2章 なついても野生を残す

ではイエネコはどうやってヒトの家に入り込んでうまくやれるようになったのだろうか.著者は自分の飼いネコとの出合いや11600年前の中東の遺跡訪問記を交えながら語る.そのネコによる世界征服ストーリーの第1話は以下のようなものになる.

  • DNA分析では現在のイエネコはきれいな単系統で,ユーラシアに分布するヤマネコの1亜種リビアヤマネコが起源種である.(野生との交雑もあったため)分岐時点の特定は難しいが,様々な状況から家畜化は1万年前〜1万2千年前頃に生じたと考えられる.
  • 農業開始によりヒトは定住生活を行うようになる.それは生ゴミを集中的に排出し,中型の雑食や肉食の哺乳類にとって格好のニッチになる.これは現代の市街地でもしばしばアライグマ,アナグマ,イタチ,キツネなどが過剰になっているように一般的な現象のようだ.
  • では何故今リビングルームアナグマやキツネではなくネコがいるのか.ほかの家畜は家畜化が進むと大きくその姿や性質を変えているが,ネコはその大きな例外になる.実際にイヌなどのほかの家畜に比べてネコと起源種(リビアヤマネコ)との遺伝的な距離はわずかしかない.ロシアの家畜化実験のキツネやイヌと違ってネコは人なつこくなって耳が垂れたりブチになったりしなかった.毛皮の色や模様の様々な変化もわずか1000年前から見られるようになったに過ぎないようだ.
  • そしてネコは単独性の動物であり飼い慣らし候補としては最悪な動物の1つになる.ただ1つネコが家畜化の過程で得た性質はおそらく「ヒトへの敵意のなさ」あるいは「恐怖心のなさ,大胆さ,向こう見ず」だろう.
  • おそらくネコはヒトが意図的に飼い慣らそうとしたのではなく,ネコの方から積極的に飼い慣らされたのだろう.

第3章 ネコに魔法をかけられて

ネコの方から積極的に飼い慣らされたとはどういう意味か.著者の語るネコによる世界征服ストーリーの第2話は,そもそもネコは何の役に立っているのかというところから始まる.

  • ネコは(特に室内飼いの場合)1日の大半何もせずに過ごしている.ネコが人類社会に何か役に立っているということを示すのは難しい.しばしばネズミ取り(とそれによる穀物倉庫の防衛)が挙げられるがリサーチによるとその効果は怪しい.ネコがネズミのいる場所をよくうろついているのはどうやらそういう場所にはネコの餌も多いかららしい.確かにネズミを捕獲することもあるが,穀物倉庫を防衛することは難しい*1.ペスト感染の防衛効果もほとんどなかったと考えられる.
  • 要するにネコは実用を超越しているのだ.ある意味でネコは人間に魔法をかけたといってよい.
  • ネコの成功の中心はヒト側の気まぐれと好みにある.ネコは,そのヒトの赤ん坊と同じような大きさ,ニャーという鳴き声,両眼視可能なとても大きな目によってヒトの「ベビー・リリーサー」を刺激する.彼等は私たちに社会寄生しているのだ.

第4章 エイリアンになったネコたち

第4章では現代の生態系の中でのネコの位置,つまり多くの生物を絶滅に追い込む侵略的外来種としての側面が語られる.フロリダのキーラーゴ島のモリネズミ*2保全活動,その他多くの島の固有種,オーストラリアの有袋類に迫る危機,船に乗って世界各地に拡散する恐るべき分散力などが詳しく解説されている.被害を受けるのは直接補食される動物だけではなく,それを餌としていた固有の捕食動物,さらにはそれに送粉を助けてもらっていた植物にも及ぶ.そして著者はいくつかのネコ撲滅作戦の顛末も紹介し,この問題の厄介さを強調している.

第5章 ネコから人間の脳へ感染する

第5章では,トキソプラズマの問題が解説されている.冒頭では著者自身がアフリカの草原でライオンの子供を見たときに無性に彼等に近づきたくなり,どこかにいるかも知れない母ライオンの危険を感じなかったという不気味な経験を語っていて迫力がある*3.そして現在わかっていることをまとめている.

  • トキソプラズマの最終宿主がネコであることがわかったのは1960年代と新しい.
  • ただし室内飼いをしてキャットフードを与えていればほとんど感染リスクはない.ネコの飼い主の方がよりトキソプラズマに感染しているわけでもない.
  • トキソプラズマに感染したネコは大便とともそのにオーシストを排出する.感染ネコがオーシストを排出するのは生涯で1回限り数週間だが,野外に出ているネコの感染率が高いので,おおむねすべてのネコの1%が常に大量のオーシストを野外にばらまいていることになる.感染ネコの飼い主がトイレ掃除の時に不用意にさわったり,何らかの機会に野外の土壌をいじったりして,それを吸い込むとヒトにも感染する.感染力は高い.
  • 1990年代以降,齧歯類への操作仮説に触発され,感染したヒトにも影響があるかどうかが熱心に調べられ,いくつかの影響があることが報告されている.感染すると自殺リスク,自動車事故に遭うリスクが上昇する.免疫系に影響を与えるために多くの免疫系の関連する疾病のリスクが高くなる(例えばAIDS患者ではトキソプラズマの暴走状態が生じることがある).感染男性は疑い深く独善的になり,感染女性は社交的で身なりに気を配るようになる傾向がある.
  • 近時注目を集めているのは統合失調症との関係だ.トキソプラズマの感染率と統合失調症の発症率に相関関係があると主張されているが,これには反論もある.

女性が社交的になるほかは基本的に感染していいことはないようだ.これらの知見,そして侵略的外来種であることを考えると,ネコの室内飼いはもっと強力に推進されるべきものかも知れない.

第6章 人間はネコに手なづけられている

ここで著者はネコによる世界征服ストーリー第3話に戻る.冒頭は現代アメリカのネコ事情から始まる.

  • 1960年代にはネコ用品の市場はペット用品市場全体の8%程度に過ぎなかった.現代では首位を走るイヌ用品(40%)に肉薄している.
  • ネコを室内で飼うようになったのはごく最近でしかない.しかし今や室内飼いの割合は60%を超えているようだ.これは去勢によって可能になった.
  • ネコを飼うことがヒトの健康にとって良い影響があるのではないかということは1980年頃から随分調べられたが,結局ポジティブな証拠はほとんど見つけられなかった.「心臓発作の予後を見るとイヌの飼い主では生存率が高まるが,ネコの飼い主では少し低くなる」「運動をする頻度が低い人ほどネコを飼っている割合が高い」などの結果しか出てこないのだ.我々は家族や友人との関わりを求める社会的な生物だが,その代替的存在としてはネコよりもイヌの方がはるかに向いているようだ.
  • ネコがヒトに近づくときには人間と同じような方法でかかわるわけではない.初めての環境におかれてもネコはイヌのように安全を求めて飼い主に頼ったりしない.
  • ネコは単独性の生物だ.同種個体間の協力も順位関係も基本的にはない.顔の表情によるコミュニケーションも発達していない(基本的な同種個体間のコミュニケーションは臭いによるもので,これはヒトには理解できない).ネコが求めるのは仲間でも褒め言葉でもなく,場所とタンパク質なのだ.
  • 室内にいるネコはヒトである飼い主とコミュニケーションが取れず(だから罰せられても傷つかない),しかし餌を自分で捕ることはできないので不安定な立場におかれる.そこで主導権を取って私たちを操作しようとするのだ.じっくり「石頭の人間を手なずける」という気の遠くなるような仕事に取りかかる.私たちがネコの愛情表現だと思っているのは,試行錯誤の末に見つけた飼い主操作のためのキーシグナルに過ぎない.だからネコのニャーという鳴き声が何を意味するかは個々のネコによって異なっている.
  • 室内飼いのネコが最も不快に感じているのはおそらく同居の同種個体だ.またストレスをうまく裁けないと行動障害を起こして転嫁攻撃を始めることがある.そして最も深刻な病気はやはりストレス性の障害でパンドラ症候群と呼ばれる.これは突発性膀胱炎から始まり,胃腸,皮膚,神経系の一連の問題を引き起こす.
  • ネコたちと和解するには,規則正しい取り扱い,テリトリーの譲歩が有効だ.


私はネコを飼っていないのでよくわからないが,飼い主にとっては結構衝撃的な内容なのかも知れない.

第7章 次世代のネコたち

第7章では現代のペット業界の姿が描かれる.冒頭ではキャットショーでのコンテストの様子(イヌのそれとは随分趣が異なるようだ)が詳しく語られている.

  • コンテストに出場するネコは(飼い主の手に包帯があったりするほかには)肉食動物(carnivore)というよりも漫画的(cartoon)な印象だ.これはついにヒトがネコを好みに合わせて淘汰しはじめたのかも知れないと思わせる.
  • しかしそれでもこのようなネコでも通りをうろつくネコと遺伝的には大差ない.
  • ネコの「純血腫」という概念が生まれたのは19世紀ヴィクトリア朝時代と新しい.世界初のキャットショーは1871年にロンドンの水晶宮で開かれた.
  • 「純血腫」という概念はネコについては微妙な問題が多い.1つには繁殖相手に気むずかしく計画的な育種が難しいからだ.ダーウィンは夜行性で放浪性があることから見境のない自由交尾を防ぐことが難しいとして純血腫概念を疑問視していた.
  • ネコを分類するのは難しい.通常「品種」の定義は毛の長さや模様でなされているが,それは表面的な特徴に過ぎず,それぞれの「品種」もその輪郭はほとんど同じだ.これはイヌの品種と大きく異なる.1960年代になってもシャムやペルシャなどわずか数品種しか認められていなかった.現在ある50以上の品種のほとんどはここ20〜30年に生まれたものだ.
  • これまでのほとんどの育種努力はその外観に基づくものだ.性格に基づいて育種すれば今より扱いやすいペットになった可能性もあるが,ヒトもネコもそうしたことは望んでいなかったのだろう.
  • 現代の育種家たちはなじみのある農場などで見つけた変異を元に品種を創り出そうとする.マンチカンルイジアナ州レイビルのトラックの下で見つかった突然変異個体から育種されたものだ.ライコイはバージニア州の保護施設にいた「醜い」ネコが元になっている.
  • イエネコと野生のヤマネコのハイブリッド作りに励む育種家もいる.見た目のワイルドさから人気があるが,攻撃的だったり,トイレットトレーニングを受け付けなかったりなどの問題が生じる可能性が高いようだ.


タッカーは最後にこれらのネコたちの将来を夢想している.

  • マダガスカルの奥地の野生化したイエネコは灰褐色の縞模様で身体が大きく攻撃的になっている.そういう環境ではカモフラージュ体色の大型の個体が有利になるからだろう.数百万年後彼等は剣歯虎になるのかもしれない.逆に都会のネコ密度が高い場所では,大型のオスネコは配偶競争を戦いで勝ち抜くことが難しく,侵入者を無視しできるだけ交尾数を稼ぐスニーカー的なオスネコの方が有利になり,小柄でおとなしいネコが増える.片方で室内のネコは私たちが操作され続けた結果肥満傾向を増している.これは将来的な環境負荷を増大させるリスクがある.

現代的な様々な環境におけるネコへの自然淘汰圧の状況は面白い.ほかに大型ネコがいなければそこはニッチ的に空白になり,まず大型化淘汰圧がかかるということだろう*4

第8章 なぜインターネットで大人気なのか

最後は猫の与える文化的な影響,特にインターネットでのネコ現象を取り扱う.ツイッターとインスタグラムにアカウントを持つ超人気ネコ,ネコ画像やネコミームの様々なインターネット解析などが紹介されている.ネコ好きにとっては楽しい章だろう.

  • ネコミームの盛衰の形は(ほかの一般的なミームと比べると)独特の形を持つ.ピークが長く尻尾が短いのだ.なぜそうなのかについて納得のいく説明はない.
  • 文学的な形式(物語)においてはイヌの方がネコよりはるかに多く登場する.ネコは登場しても役柄を持たず曖昧な存在に終始する.逆に詩においてはネコの独壇場になる.インターネットは物語より詩に似ているのだ.オンラインではネコの不可解さが利点になるようだ.

そして著者のスコープはさらに広がり,ハロー・キティ,エジプト文化におけるネコを扱い,ヒトとネコの関係性について様々な考察を書き付けて本書を終えている.

本書はネコの家畜化の過程とその結果成立したネコの生物としてのあり方,ヒトとの関係をうまく解きほぐし,上手に読みやすいストーリーに仕上げた上質のネコ科学啓蒙書だ.著者のネコ好きが行間からにじみ出ているし,語られる様々なエピソードは楽しい.私としてもネコとは何かについてより深く理解できたような気がする.生物学とネコが好きなすべての読者に推薦できる良書だと思う.


関連書籍


原書

The Lion in the Living Room: How House Cats Tamed Us and Took Over the World (English Edition)

The Lion in the Living Room: How House Cats Tamed Us and Took Over the World (English Edition)

*1:ここではリサーチの文言が引用されている.それによると「齧歯類の集団に対するネコの影響は,それらの種の繁殖能力と,(彼等が)ネコが簡単には近づけない下水道や建物の空洞部分に生息していることを考慮すれば,重大なものではないようだ」ということのようだ.

*2:枝を集めて巨大なビザンチン様式の巣を作るので有名な動物なのだそうだ

*3:著者はこれは自分がトキソプラズマに操られたのではないかと疑いを抱くが,後に検査したら陰性だったそうだ

*4:なお著者はこの大型化について期間が短すぎるので進化的変化ではなく,ライフスタイルの選択の結果だと考えているようだが,これはまさに進化現象だと考えるべきだろう.