進化生物学への道 ドリトル先生から利己的遺伝子へ

長谷川眞理子先生の新刊.新刊のニュースを入手後速攻で購入.早速読み切った.岩波書店グーテンベルクの森シリーズの一冊で自伝的な書物案内の本である.
著者が子供の頃から行動生態学者として活躍している現在までを振り返りながら,そのときそのときに出会った書物を紹介していくものとなっている.子供の頃の図鑑,少女時代に読んだドリトル先生シリーズの思い出がまず語られる.

ドリトル先生シリーズでは今読んでみて面白い英国式のユーモアの紹介とかが楽しい.また航海記でクモサル島の王様になったドリトル先生が研究生活に戻るのか王様を続けるべきなのか悩む場面を振り返りつつ,現在(小泉政権の女性優遇政策で)各種審議委員を務めているために研究の時間がとれない悩みをダブらせて,自分の”オオガラスウミカタツムリ”を見つけなければとぼやくところも味がある.
東大理科二類に入学し分子生物学に惹かれていくが,最後に退官間近の菅原先生から「今もっとも面白いと思う分野」の講義で動物の行動と進化について目を開く.しかし当時行動生態を学べる教室はどこにもなく,霊長類研究ができるということで人類学教室へ,そしてグドールの本に出会いアフリカへ旅立つ.アフリカではあまりいい思い出もなかったようでグドールと違ってチンパンジーは嫌いになったとのぼやきが入る.
そして衝撃的なドーキンスの「利己的な遺伝子」との出会い.行動生態学者としてのスタートである.私がこの本に衝撃を受けて一気に進化生物学に傾倒するようになったときのわずか5年前には,日本の霊長類学界でも,この考え方が全く理解受容されていなかったというのは今更ながら驚きである.そして霊長類学界に幻滅を感じ,ロンドンに旅立つ.ここでダーウィンとの出会い.
性淘汰の研究に明け暮れ,人間の進化,進化心理学に踏み出していく.ロンドンから戻っても全く就職先がないあたりの記述には胸がふさがれる思いである.これほど明晰な行動生態学者にもかかわらず理学博士の就職は非常に困難で(まだ露骨に女性差別も残っていたのだ),パプアニューギニアの職を夫に止められる話まで出てくる.ようやく見つけた専修大学の仕事は教養課程の文系の学生に一般教養として科学を教える職であった.そこで科学と人文・社会との関わりを真剣に考えるようになる.最後についに著者は自分の”オオガラスウミカタツムリ”を見つけたとして本書は終わっている.
なかなか進化生物学の研究を一生の仕事にするのは大変だ.著者が体当たりで好きな生物と進化について研究したいと切り開いてきた人生模様と所々の本音のぼやきがなかなかいい味を出している.