読書中 「Narrow Roads of Geneland Vol.3」第7章 第9論文その2

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W.D. Hamilton: Last Words (Narrow Roads of Geneland: The Collected Papers of W.D. Hamil)

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W.D. Hamilton: Last Words (Narrow Roads of Geneland: The Collected Papers of W.D. Hamil)

第9論文 Haploid Dynamic Polymorphism in a Host with Matching Parasites: Effects of Mutation/ Subdivision, Linkage, and Patterns of Selection (1993)


論文の続き.
この論文ではシミュレーションの一般モデルを先に説明して,さらに個別のシミュレーションのパラメーター設定について説明するという2段の構成になっている.


一般モデルの説明
ホストとパラサイトのゲノタイプの頻度をトラックしていく.
パラメーターとしては
遺伝子座;L (うち性遺伝子1,パラサイトとのマッチングに関する遺伝子(L-1))
対立遺伝子数;A
組み替えの頻度;rj これは母親の性遺伝子座の対立遺伝子jにより影響を受ける,性遺伝子については固定
突然変異発生率(メタ集団からの移入率);m
ホスト一世代にかかるパラサイト世代;p

するとゲノタイプの数はA^Lになり調べる表はA^L*A^Lとなる


主シミュレーション
遺伝子座は4,マッチング対象となる遺伝子座は3,対立遺伝子はそれぞれ2,ホストの組み替え率は一定のr(性遺伝子の影響を受けない)パラサイトは0
性遺伝子はすべて同じなので8*8の調査となる.

淘汰について3種類
ハードセレクション;通常のそれぞれの適応度を計算するモデル.マッチングは0,1,2,3の4種類,最大適応度は1+s,最小適応度は1-s,ここからがひねっていてあと2種類のマッチングについてより最大適応度よりに寄せるもの"pitty"(3種類の適応度はほぼ同じで1種類だけ大きく劣後するもの)線形のもの"direct",逆にするもの"peaky"を設定するパラメーターを作る;b
この寄せ方について弧を使った説明があるのだが,簡略化していて(それに辞書にもネットにもないような用語で説明されていて)ずいぶん粘って読んだが,正確な定義はよくわからなかった.(いずれにしても本論文ではマッチング数が4であり,とりあえずpeakyかpittyかがわかっていればよく,この詳細についてはあとの結果には大きな影響はない)


そしてハミルトンがこだわるソフトセレクション(もっとも劣後するものから順番に刈られていく形の淘汰)
この中にホストが生涯ランダムに1回パラサイトと出会うとして計算するSISと頻度に応じてパラサイトに出会うとするMISの2通りを作る.ここでもクローのインデックスを用いてハードセレクションと同じ強さにする計算が述べられる.


つづいてシミュレーションの結果
遺伝子が6つあるので3次元に落として色を付けて動態を眺める.(相互作用等はわからない)多型維持できなくて脱落する結果や循環する結果の他,カオス状になる結果が多く得られる.これをよく見て次のように分析を進める
パラメーターの設定はいろいろあって合計2592通り
4000世代を回して,6つの対立遺伝子の頻度がどうなるかを記録していき,いずれも0.0001を下回らなければ多型維持P,さらに中心から0.35以内に軌道が収まっていれば,多型維持かつ中心維持P&Cとする.


2592のうち,Pが1351通り,P&Cが1167通り
もっとも効くパラメーターは,突然変異率.当然ながら変異があると多型維持しやすい.


つづいて淘汰圧は弱い方が多型維持しやすい
組み替え率は0.02と0.5の間のどこかにより多型維持的なパラメーターがある.これは興味深い結果で後にさらに分析する.
パラサイト世代は大きい方が多型維持しやすい,1か2かで大きく異なっており,解釈は難しく保留.


ハミルトンがこだわる淘汰様式について
まずハードセレクションの中の単純分析では差はあまりない.
Pitty, direct, peakyの関係を見るとpitty-pittyやpeaky-peakyの組み合わせではあまり多型は現れず,pitty-peaky, peaky-pittyでは多型が維持されやすいことがわかる.なかなか解釈が難しいが自然界ではホストがpitty淘汰を受けK淘汰的,パラサイトがpeaky淘汰を受け,r淘汰的なことが多いのではないかとの解説.



ソフトセレクションも単純な回数でははっきりした結果が出ない.
他のパラメーターが同じハード,SIS,MISの組で調べるとハードセレクションのほうがより多型維持的な結果が得られた.これは予備的なシミュレーションや過去の知見から矛盾しており非常に興味深い.ハミルトンはこの結果は集団サイズが非常に大きいためにこうなっているのであって,最小頻度の対立遺伝子が最小の頻度でどこまで減ったかをいうのを見てみると,ハードセレクションよりMISのほうがより最小頻度が大きくなっており多型維持的になっていると説明している.(ハードセレクションでは一部の遺伝子頻度が非常に小さくなりそこから復活してくることがある,集団サイズが小さいとそこで集団から脱落したはず)


つづいて別のシミュレーション
性遺伝子で決定される組み替え率を持つとしてそれがどういうときにもっとも多型維持的になるかを調べる.解析モデルであればESSを微分で解析的に求めるところであるが,これはシミュレーションなのでrを0.019,0.02にする性遺伝子座の対立遺伝子の組と,0.475,0.5の組を作ってそれぞれシミュレーションしてどちらの対立遺伝子の頻度が増加するかを見る.その結果は0.02近辺ではより大きい変異率を与える対立遺伝子優位で,0.5近辺ではより小さい対立遺伝子優位という結果になった.


さらに別のシミュレーション
突然変異,メタ集団からの移入ない場合の影響
分析すると淘汰圧が低くパラサイト世代が多く,組み替え率が低い方がソフトセレクションでも多型維持しやすい傾向があることがわかった.これも解釈は難しいが,おそらく連鎖がきついとそのときの環境下で有利でない対立遺伝子も保持される確率が高まり,突然変異やメタ集団からの移入と同じような遺伝子のリザーブとなると思われる.


最後にまとめとして
集団遺伝学で以前から謎とされ議論されている,連鎖価に多様性があったり,エピソディックな淘汰があったり,適応価が遺伝率を持ったり,遺伝的変異が広範囲に見られたり,非常に複雑で多型の対立遺伝子があったりすることは,パラサイトがあるために多型が維持されているために起こると考えるとうまく説明できるように思われる.そしてこのようなパラサイトに対する,認識・防御システムは「種」や「属」よりも起源が古いのではないかと思われる.その傍証としては血液型の存在や種を越えた接ぎ木の適合性があげられる.
また生物は無性となるとこの認識・防御システムを失ってしまうと考えられる.つまりこれが無性の大きなコストと考えられる.


ここから感想
なかなか重い論文でした.基本は遺伝の多型に関するものですが,ハミルトンの性に関する強い問題意識が引き続き大きな主題となっています.第2巻からつづいているソフトな淘汰に関する部分はこれまでのハミルトンの主張と矛盾するような結果になっていて,割とあっさりその結果を公表しているのもちょっと驚き.このtruncateあるいはソフトな淘汰に関する他の研究者の意見はどうなっているのだろうか.ここのところ集団遺伝学については重い本は読んでいないのでよくわからない.うーむお勉強しないとだめかな.
シミュレーションの論文なので結果の示し方はやはり難しい部分がある.動的な振る舞いについてはやはり実際に動いているところを見たいというのが読者としてのわがままな感想である.