The Company of Strangers

The Company of Strangers: A Natural History of Economic Life

The Company of Strangers: A Natural History of Economic Life


2004年に読み始めて2/3ほど読んだところでなぜか中断していたのだが先月思い立って再開,何とか読み切った.

フランス在住の経済学者が,狩猟採集経済で進化したヒトの心理をふまえて,農業革命以降のヒトの経済行為,そしてその中心にある見知らぬ人たちと分業を行いながら生活していくことの意味,課題,その解答を語ったもの.

本書の概略は大体以下の通り
ヒトは農業革命以降,特に産業革命以後,生活水準を非常に向上させた.その中心にあるのは個人が,他人が何をしているのか,自分の行為が他人にどういう意味を持つのかを知ることなく,非常に巨大な社会の中で見知らぬ他人を信頼することで分業が可能になり,そして生産を効率化させていることである.これ自体は人間の進化心理から見ると新しい試みであり,抽象的シンボルを扱う能力によりこの試みの意味(他人を信じることはリスクもあるが見返りも大きい)を知り,他人を「名誉友人」として扱うことで可能になっている.信じることの重要さとそのリスクはいろいろな面に現れる.コミットメントから生まれる信頼,笑いやいっしょに食事をすることによる効果,貨幣・交換,財を秘蔵せずに銀行システムを信用することと金融,分業システムの中の個人の役割と疎外感,などが説明される.
そしてこの他人を信じることによる分業は非常にいいことなのだが,経済学者が「外部性」「公共財」と呼ぶ問題が常について回る.都市には大きな繁栄があるが,同時に混雑,汚染,伝染病の問題がある.治水の問題は各社会で様々に解決されてきた.価格についても明示されない贈り物や臓器売買などのいろいろな外部性がある.企業の中はコマンドシステムであるが,資本とガバナンス(創設者と追加資本の争いになることが多い),後継者などいろいろな課題がある.知識と文化には知的所有権の問題がある.経済にはバブル,そしていったん資本集積が始まるまでの離陸の難しさなどの問題がある.いずれもこれらは「他人への信頼」をどう構築するかということでくくれる.
現代最大の問題は9.11以降明らかになった防衛の外部性.防衛の歴史が教えることは「まず繁栄してから防御力を高める方法」が常に「まず強くなろうとする」より長期的に成功するということ.外部とは交易を基本に行う方が成功する.しかしこの方法にもいろいろな課題は残る.グローバル化は農業革命以来の人類の課題,進化心理を別に用いてより広い視野を持って見知らぬ人との信頼を構築することの優位性を理解し,実践し続けるべきだ.


副題は「経済の自然史」と名打たれているが,「見知らぬ人との信頼による分業と繁栄」という切り口で様々な経済現象,現代の課題を扱い,統一感のある書きぶりである.進化心理もきちんと押さえてあって好感が持てる.過去と現代の解説は明快で読んでいて楽しく,快感ですらある.現代の課題の解決のところは,ある意味問題の難しさの表れかもしれないが,やや焦点が拡散した記述になっており惜しい.