読書中 「Genes in Conflict」 第3章 その2

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



第3章 Selfish Sex Chromosomes 利己的性染色体 その2


読み進めるにつれて面白くなってきました.結構いろいろなことが濃密に書かれていて,かつ深いので魅力たっぷりです.
では要約



1. 双翅目(ハエ目)における性染色体ドライブ
(1)殺戮X染色体
<集団生物学と防衛無しの絶滅> 
(a)まず防衛のない場合


(b)防衛サプレッサーがY染色体や常染色体上にある場合  結論を出すにはきちんとしたモデルが必要だが,おそらく二つの正反対の結果が起こりうるだろう.
まずXKの頻度が主にメスへの有害効果によって抑えられているなら,このような効果はサプレッサーの存在の中でも継続する.そしてサプレッサーが固定すると,XKはオスの中では歪比によるメリットが無く,メスでは有害効果があるので集団から消えるだろう.これがD. simulansでXKはきわめてまれであるのにもかかわらずサプレッサーが普遍的である理由だと思われる.
逆にXKの頻度が主に精子不足により抑えられているなら,サプレッサーは性比を正常化に近づけることにより精子競争を緩和し,XKに有利に働きうる.すると双方とも集団に固定するだろう.いくつかの種ではサプレッサーがあるにもかかわらずXKの頻度が高いことが知られている.
もし双方とも完全に固定すると,殺戮作用は集団間や種間のハイブリッドでしか検知できない.D. pseudoobscuraの地域亜種のうちボゴタと北アメリカ亜種の雑種の雌が生む子孫の性比は90-95%メスに傾いている.おそらくXKボゴタでは固定しているが,北アメリカではそうでないのだろう.またD. simulansのXKは通常抑えられているが,D. sechelliaとの交配でXKが発現するようになる.
Frank(1991), Hurst and Pomiankowski(1991)はこのように集団間で殺戮X染色体やサプレッサーの頻度や固定状況が異なっているのが,雑種の異型接合の性(ショウジョウバエの場合オス)が不妊や致死になりやすいこと( ホールデンの規則:系統の異なる動物の雑種で一方の性にのみ現れない、少ない、あるいは不妊といった異常が見られる場合、そちらの性が異型接合である)の原因ではないかとしている.しかし双翅目以外の殺戮X染色体があまり見られないグループでもこのような現象が見られるので一般的な重要性はないと思われる.


(2)殺戮Y染色体

Xのある精子を殺戮するY染色体上の遺伝子座は2種の蚊Aedes aegypti, Culex pipiensで知られている.この2種では(通常みれらる矮化したY染色体ではなく)Y染色体はX染色体とあまり形状が変わっていない.Aedes aegyptiでは等椀染色体であり,性決定領域(オスでM/m, メスでm/m)は組み替えしない.YにはD対立遺伝子もあり,MD/mdオスは性比をゆがめる.(90%以上)MとDは1.2cM離れている(交叉確率が1世代あたり1.2%)
カニズム X染色体は第1減数分裂時に高い確率で壊れる.壊れる部分は交叉を起こさない領域であり,交叉の失敗により壊れると思われる.この際に低い確率ではあるがY染色体も壊れることがある.つまりこれもスパイトである.歪比オスは通常オスより少ない精子しか作れない.奇妙なことに歪比オスは幼虫時の発達や成虫時の寿命において通常オスより優れている.
Aedes aegyptiでは地域によってDの頻度に変異がある.またレジスタンスも大きく,集団の性比が大きくゆがんでいることは少ない.
Xの抵抗には変異がある,いくつかのXはMDを強く抑えるため,(おそらくYが壊れることにより)性比が逆にメスに傾くこともある.
殺戮Y染色体は殺戮X染色体より集団を絶滅に導きやすい.(Hamilton 1967)オスが増えるために集団は単調減少する.またオスが増えるので精子競争が減少し,これによる抑制が起こらない.




(3)殺戮性染色体の分類上の分布

なぜ双翅目昆虫に多いのか,双翅目昆虫の中でもXとYで違う分類群にわかれるのか.

まず哺乳類との違いでいえば,哺乳類のオスの減数分裂時には性染色体は不活性化させられているということがある.減数分裂の前期の早い時期にタンパク質合成を行わなくなる.このとき性染色体はsex bodyと呼ばれる異質染色質の状態(heterochromatic)になる.この結果,一つにはX上のタンパク質合成遺伝子は常染色体上にバックアップを持つように淘汰圧を受けるだろう,またもうひとつとして性染色体上の接合子殺戮遺伝子は進化しにくいだろう.ショウジョウバエではこのような抑制は起こらない.

このような哺乳類での性染色体発現抑制はなぜ進化したのか.これは接合子殺戮遺伝子を抑制するために進化したのかもしれない.(Haig and Grafen 1991)だとするとなぜショウジョウバエではこれは生じなかったのか.McKee and Handel (1993) は性染色体発現抑制は異型的な性染色体を組み替えから守るためのクロマチンの改造の副作用ではないかとしている.
確かにショウジョウバエではオスの減数分裂で組み替えはそもそも生じないし,AedesではXとYとで実際に組み替えを行っている.これまで見てきた性染色体が不活性化しない双翅目昆虫のオスではキアズマ不成の減数分裂(交叉が起こらない)を行うのに対し,不活性化するオスの減数分裂はキアズマ形成を行う(交叉が生じる)
この考えだと殺戮性染色体が哺乳類に見られないのは減数分裂時の発現抑制のためということになる.そして双翅目昆虫ではXとYが交叉を行わない種,広範囲に交叉を行う種はこのような発現抑制が起こらす,そのため接合子殺戮性染色体が観察されるということになる.

ショウジョウバエにYよりXが殺戮性染色体となるのは,このX染色体にはYに比べてより多くの遺伝子があり,より殺戮遺伝子が進化しやすいという理由だと思われる.AedesではXとYは同じ大きさであり,同じぐらいの数の遺伝子が乗っている.するとX染色体はメスの減数分裂時に交叉の影響を受けるため,よりYの殺戮遺伝子が進化しやすいのだと思われる.また殺戮X染色体はメスに有害効果があると広がりにくいという効果もある.

関連するトピックは性染色体が起源してからの時間である.もし性染色体の年代が古いものなら,進化可能な突然変異はとっくの昔に現れ,抑制されていると考えられる.また性決定遺伝子の移動等により性染色体の歴史が浅いのなら,なお突然変異の可能性は手つかずで残っていることになる.
D. persimilisD. pseudoobscuraのXドライブ遺伝子は他のほとんどのショウジョウバエの常染色体の一部と相同な性染色体の右腕に乗っているのは,この点から見て興味深い.そして殺戮Y染色体を持つ2種の蚊はそれぞれ同じような大きさの性染色体を持っており,これはこの性染色体の起源が新しいことを示唆している.
またあとで見ていくが,レミングのドライブ性染色体も新しい移動があったように見える.


(4)性決定の進化サイクル
双翅目の殺戮染色体の話を終えるに当たって,殺戮性染色体が性決定メカニズムの変化の上で重要なエージェントであったのではないかという推測を記しておきたい.
殺戮性染色体は性比をゆがめ,ゲノムの残りはそれを抑えようとする.この共進化はD. affinisにXOの受精能力のあるオスを作り出した.また実験的に殺戮Y染色体を持つように作られたD. melanogasterは多数の性染色体システムを作り出した.
淘汰は性決定メカニズムの変化に変化を促すこともある.
ここに殺戮X染色体があり,性比がメスに傾いているとする.するとそうでない場合メスになるものをオスに変更する遺伝子は淘汰上有利になる.ショウジョウバエではY染色体上に受精可能になるために必須の遺伝子があるためにこのような変更遺伝子は生じなかった.(XXオスを作っても不妊になってしまう)
同様に殺戮Y染色体を持つ蚊においてもXYをメスにする変更遺伝子が生じるかもしれず,そうするとYYという遺伝子型を持つ子孫が生まれる.もしYが完全に矮化しているとその個体は不妊か致死になる.そうするとXYのメスは1/4のコストを払うことになる.このような形で異型的な性染色体は性決定システムの変更を抑制する効果を持つ.確かにショウジョウバエでは60百万年前に分かれた2種が相同な性染色体を持っているなどこの性決定システムは安定しているように見える.
しかし異型的性染色体による性決定システムとその安定性は双翅目昆虫すべてで観察されるわけではない.性が主男性化遺伝子(dominant musculinizar: M)で決定される種では,Mがきわめて近縁な別種(あるいは同種でも)で違う染色体に乗っていることがある.さらにいくつかの種ではMがまるでトランスポーザブルエレメントに乗っているように相当な頻度で染色体間を動いている.


おそらくこれらの多様性は殺戮性染色体の広がりに反応して生じている.いったんオスが異型接合である性決定システムが生じたあとはXとYは多様化を始める.
いくつかの種ではXY間で組み替えが無くなり,すぐに多様化を始める.またいくつかの種では性特異的に有利不利が生じる遺伝子のために少しずつ組み替え率が減少していく.これは殺戮複合体の形成を容易にする.


もし殺戮X染色体が広まれば性比はメスに傾き,オスの性決定遺伝子Mがある場合にはこの遺伝子は別の染色体上にコピーを作るように淘汰を受ける.するとこれは殺戮X染色体に有害効果をなくすので,殺戮X染色体は固定する.Mが別の染色体上にあれば,それが性染色体ということになり,新しいオスが異型接合的である性決定システムとなる.その後はすべての過程がまた始まる.
もし次に殺戮Y染色体が広まり性比がオスに傾けば,今度は女性化推進遺伝子が生まれる.すると性比は正常化し,殺戮染色体は固定する.そして今度はメスが異型接合的である性決定システムが進化する.
この進化の輪廻はYがXにない重要な必須遺伝子を持ち,性決定システムの変更が難しくなるまでつづく.
なお性決定システムの進化については,ここで説明したゲノム内コンフリクトの他,パラサイトとの共進化,母子の親子コンフリクトも重要である.