読書中 「Genes in Conflict」 第4章 その1

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



第4章 Genomic Imprinting ゲノミックインプリンティング  その1


今日からはゲノミックインプリンティング.これも最初に聴いたときには非常に刺激的で,Haigの論文集を読んでみるとまたまた超刺激的で面白かったのが思い出される.あれからもう4年もたっているのだと思うと感慨深い.このトピックはあれからどこまで深くなっているのだろう.


Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)

Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)





ゲノミックインプリンティングはどちらの親から由来したかに依存する遺伝子の発現現象である.
片方からきた遺伝子はサイレントになり,片方からきた遺伝子が発現するというのが典型的な例.ある特定の組織で生じることもあり,また量的な違いだけの場合もある.
たとえばマウスのMeg/Grb10はほとんどの組織では母親由来の場合に発現するが,脳内では父親由来の場合に発現する.(ヒトでは脳内で父親由来で発現するが,その他の組織では両方の場合ともに発現する.)これはDNAのシークエンスではない何らかの化学的シグナルに反応しているので,定義的には「エビジェネティック」な発現ということになる.これをインプリントと呼ぶ


このような現象があり得るということは,遺伝子同士の血縁度に関して重大な含意がある.
子供にある遺伝子からみた母親に対する血縁度を考えてみよう.インプリントされていなければ,それは(確率的な)0.5である.インプリントされていれば,それは0か1かで確定できる.
これは2種類のコンフリクトを引き起こす.
1)進化的タイムスケールの中で,父親由来の利己的遺伝子は,母親由来の利己的遺伝子の作用に抵抗するように淘汰圧を受ける.そして逆も同じ.
2)そしてある子孫個体の中で双方から由来した遺伝子は直接コンフリクトする.
ゲノミックインプリンティングでは(この本のその他のコンフリクトと異なり)遺伝子の複製効率や頻度上昇が問題になるのではなく,ある個体がある血縁個体をどのように助けるか(妨害するか)ということが問題になる.


特によく問題となるのが,親による子供への投資である.血縁度が異なるためどれだけ投資するかが問題となる.特に哺乳類の胎児と母体の間でのリソースを巡るコンフリクトが舞台になりやすい.胎児にある母親由来遺伝子(母との血縁度=1)は父親由来遺伝子(母との血縁度=0)よりリソースを巡ってのコンフリクトが小さい.母親が多数オスと交尾するのであれば,父親由来遺伝子は母親とより強いコンフリクト状況にあり,胎児にリソースを渡そうとする.(リソースは兄弟との取り合いなので,母親が多数オスと交尾するのであればコンフリクト状況は大きくなる.もし完全な生涯一夫一妻制であれば父親由来遺伝子と母親由来遺伝子で利害のコンフリクトはなくなる)


((私見)ここの説明は少しわかりにくい.補足すれば
1.まずインプリンティングで親の投資を変更させるには子供において当該遺伝子が発現してから親の投資が影響されなければならない.つまり卵で投資配分が決まってしまう生物ではこの現象は起こらず,胎生や,子供が生まれてから投資が起こる生物で問題になる
2.血縁係数は

  母親由来遺伝子  父親由来遺伝子  インプリントのない遺伝子
母親    1    0    0.5
父親    0    1    0.5
乱婚性の場合の兄弟    0.5    0    0.25
生涯一夫一妻の場合の兄弟    0.5    0.5    0.5

となるため,母親と子でリソースを分け合う場合に実はそれは兄弟と取り合っているのであって,生涯一夫一妻ではコンフリクトが起こらないということになる)



この現象はHaigにより紹介され,研究が進んだ.そしてこのようなインプリンティングの可能性がある以上,メンデルの遺伝法則は簡単には仮定できなくなる.父親由来遺伝子は常に父系系列個体にひいきするし,母親由来遺伝子は逆になる.
我々ヒト自身のいくつかの発達障害がこのゲノミックインプリンティングに関連していることがわかり,研究(特にマウスを使ったもの)は非常に熱心になされている.


本章では,親による投資の母子のコンフリクト状況,分子生物学的なメカニズムの詳細,社会行動,性染色体のゲノミックインプリンティング,そして哺乳類以外でのゲノミックインプリンティングをそれぞれレビューしていく.