読書中 「Genes in Conflict」 第4章 その7

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日は性染色体におけるインプリンティングの話.だんだん利害が複雑で整理して考え込まないと訳がわからなくなってくる.もっともこのようなパズルみたいなところが,進化生物学のコンフリクトものの醍醐味である.



第4章 Genomic Imprinting ゲノミックインプリンティング  その7


4. インプリンティングと性染色体


<概説>
これまでの議論は常染色体上の遺伝子について.性染色体上の遺伝子がインプリントされると新たな問題がある.
哺乳類のY染色体上の遺伝子は常に父由来で受け渡されるので,インプリントを取り消す必要のない父由来インプリント遺伝子と考えることができる.同様にオスの体内にあるX染色体上の遺伝子は常に母由来となる.するとオスの体内にいるときのみ発現する場合には,やはり取り消しの必要のない母由来インプリント遺伝子と考えることができる.
哺乳類のメスはXXであり,この上の遺伝子のインプリントはX上の遺伝子の発現量補正に影響を受ける.有袋類のメスでは父由来のX上の遺伝子は不活性化を受け,母由来遺伝子のみ発現する.オスの中ではXはすべて母由来なので,つまり取り消し不要で常に母由来でのみ発現する.
胎盤類ではメスの体内のX上に遺伝子の発現量調節はそれぞれの由来の遺伝子ががモザイク的に不活性化される.この場合にはインプリントは常染色体と同じになる.


<単雄性>
単雄性の場合には別の問題が生じる.すべてのメスが同じオスとのみ交尾するなら,子供の代にすべてのメスは同じ父由来のX染色体の遺伝子を共有し,オスは全く共有しない.すると父由来の時に,兄弟を犠牲にして,姉妹や自分に利益をもたらすX染色体上の遺伝子は集団に広がる.この場合Y染色体上の遺伝子は,逆に姉妹を犠牲にして兄弟や自分に利益をもたらすものが広がることになる.

マウスとアレチネズミの子宮内では,2体のオスの胎児の間に挟まれたメスの胎児は成長を阻害される.これがどこまで性染色体上の遺伝子のインプリント現象なのかはわかっていない.

多雄制から単雄制に転換した哺乳類は,常染色体上の遺伝子のインプリントへの淘汰圧は低くなるが,逆に父由来の性染色体上の遺伝子のインプリントへの淘汰圧は高くなることに注意.


<性的二型>
また別の性染色体上の遺伝子のインプリンティングの問題として,この現象は有胎盤類では性的二型を作るのに使えるということがある.(Iwasa and Pomiankowski 2001)すでにメスの細胞でモザイク的にX染色体上の遺伝子の不活性化が起こっている上に,父由来遺伝子の不活性化が起こると,オスの体ではすべての細胞の当該遺伝子は発現し,メスでは半分の細胞でしか発現しない.性ホルモンの効果が進化するまではこの効果は重要だったかもしれない.


<ヒトの社会性>
ヒトのX染色体の上の,社会性や,社会性の知能に関わる遺伝子/遺伝子群が父由来でインプリントされているらしい.X染色体を一つしか持たない女性(ターナー症候群)について調べたところ,このXが母由来の場合社会性が少なく,父由来だとより社会的であるらしい.父由来のXを持つとより他人の感情がわかるらしい.
((私見)ここはなぜそうなのかの推測でもいいから説明がほしいところ.常染色体のインプリントなら逆の傾向になるはずだと思われる.社会性があることが兄弟を犠牲にして姉妹に利益を与える効果があるということだろうか,しかしヒトは単雄性ではないのだし,よくわからない)


<Xの発現量調節>
胎盤類のメスの体内のX上に遺伝子の発現量調節についても,基本はモザイク的に起こるのだが,マウスの胚盤胞の外細胞塊の栄養膜細胞(trophoblast;将来胎盤となる細胞)では父由来Xが不活性化している.そしてこれはある父由来X染色体上の遺伝子が発現して,その父由来のX上のその他の遺伝子の不活性化を起こしているようだ.
Haig(2000)はこれは血縁コンフリクトにより生じているとしている.X上ではインプリントを受けていない遺伝子は母系びいきになる.父由来インプリントされた遺伝子は父系びいきであり,母系びいき遺伝子に対抗するためにすべての染色体を不活性化しているのではないかという.

しかしこれはコストが大きい.著者はもっと単純に,これはYの矮化に伴って,オスの作るどちらの配偶子も同じ遺伝子発現をするために生じたのではないかと考える.この方がモザイク的な調整よりも劣性の有害遺伝子の発現を抑えやすいと思われる.


モザイク的なランダムな発現量調節がある有胎盤類では,もしX上の遺伝子がともにインプリントされると不活性化を巡って遺伝子間コンフリクトが生じる.そしてXの不活性化に関する遺伝子領域は変異が多く,またどちら由来の遺伝子が不活性化されているかの比は50:50から大きくずれうることが知られている.

メスがモザイク的であるので細胞系列同士のコンフリクトも問題になる.マウスでは父由来細胞系列のほうがより数が増える傾向がある.父由来X染色体の方が少し大きな最適成長率を持っているのだろう.このような同系列細胞同士が脳内で層を作っている.この場合には層同士がコンフリクトしているのかもしれない.