読書中 「Genes in Conflict」 第4章 その8

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日はインプリンティングの最後.インプリンティングはこれまで哺乳類と被子植物で発見されているのだが,それ以外では今度どのような生物で見つかりそうか,その場合どのような問題がありそうかの予測が最後に書かれている.予測であり自由奔放で面白い.半倍数体の社会性昆虫で面白いコンフリクト状況から様々なインプリンティングが予想できるというのは面白かった.昆虫学者さんの奮起を期待してみたい.


第4章 Genomic Imprinting ゲノミックインプリンティング  その8


5. その他の分類群におけるインプリンティング



インプリンティングは哺乳類に限られるわけではない.被子植物の内胚乳(endosperm)は哺乳類の胎盤によく似た機能があり,インプリンティングが見つかっている.


(1) 被子植物
最初に見つかったのはトウモロコシの内胚乳で母由来インプリントされる色素遺伝子だった.その後あわせて5遺伝子が見つかっている.
MEDEAと呼ばれる遺伝子は,シロイヌナズナにおいて母由来のものをノックアウトすると胚が過剰成長する.
しかしトウモロコシでは限られたインブリード系列でしかインプリントされない.仁(kernel)の大きさにかかる淘汰によって,インプリントにかかる淘汰は様々な影響を受けるためかもしれない.大きな仁が有利になれば成長促進は常に歓迎され,インプリントされなくなりうるだろう.

植物のインプリントは,内胚乳において通常の染色体の「母由来:父由来の比」の本来の 2:1 を,異なる倍数体の雑種という手法で変更することにより見つけることができる.多くの場合,母由来の比を高くすると内胚乳の成長が阻害され,父由来の比を高くすると(少なくとも最初は)成長が促進される.

しかしなぜそもそも内胚乳は2:1なのか? Haigはこれ自体が母由来と父由来のインプリント遺伝子同士のコンフリクトの結果だと示唆している.
また内胚乳と胚の大きさの比も植物により様々であるが,これもインプリントと関係している可能性がある.内胚乳が大きな植物は内胚乳においてインプリント遺伝子が発現しているのだろう.内胚乳が大きいと(内胚乳のみ受精して胚が受精しない偽無融合生殖(pseudogamous apomixis)が可能になることにより)より無性生殖が進化しやすいと考えられる.


(2) インプリントが予想されるその他の分類群
インプリントは哺乳類や被子植物以外でも,受精後に母の投資があるものや,後の親の投資にオスメス間で非対称があるなら生じる可能性がある.
たとえば鳥は一般に雛の世話をするので可能性がある.しかし一夫一妻制やペア外交尾がこの問題を複雑にしているだろう.
これまでは見つかっていないが以下の動物では今後見つかる可能性がある.


<胎生の脊椎動物>
いくつかのトカゲ,ヘビ,カエル,魚は(卵)胎生である.また節足動物にも見られる.
胎生であれば哺乳類と同様に受精後母からの投資を巡ってインプリントが進化する可能性がある.
またタツノオトシゴのように複数のメスの卵に対して受精後主にオスが世話をする動物もある.この場合通常と逆転したインプリントが進化する可能性がある.


<半倍数体の社会性昆虫>
アリやハチなどの子育ては血縁個体により性非対称的に行われるのでインプリントが進化しうると予測される.働きアリは常に繁殖的な決定(自分か,姉妹か,兄弟か,女王か,巣全体か)を迫られているので内部のコンフリクトが多いはずである.
また半倍数体では父由来染色体はすべてX染色体と同じになる.単雄性であれば父由来の遺伝子は娘を選り好むはずである.
さらに単雄性の場合,娘同士の相互作用にかかる場合には女王は自分の遺伝子を発現させるより,オスの遺伝子の発現を望むことも起こる.((私見)女王から見た娘の血縁係数は1/2で,オスから見た娘の血縁係数が1ということをいいたいのだろうか? しかしインプリントが問題となる当の遺伝子から見るとそうではない気がする.ここはよくわからなかった)
インプリントはオスの数だけでなく女王の数にも影響を受けるだろう.
またオスは半数体なので,cis-actingのターゲットとtrans-actingのインプリンターのコンフリクトは生じないだろう.
インプリントの可能性をよく考えて取り組めば半倍数体の社会性昆虫から多くのゲノム内コンフリクトのケースが発見されるだろう.


<半数体の上の倍数体>
倍数体が,半数体の上で成長するような生物では,やはり受精後の投資や,投資を巡る性の非対称が生じる.アカパンカビなどの真性子嚢菌類では,受精後二核菌糸(dikaryon)が形成されその後の胞子形成をリードする.すると柄より胞子になろうとする父由来遺伝子があれば広がるだろう.同様な生活史はコケや紅藻類にも見られる.
これまでこのような生活史はまれな受精を受けて母ができるだけ多くの繁殖を行うためと説明されてきた.しかしこれは受精世代が母を搾取しようとしているのかもしれない.もしそうならこのことは父由来インプリント遺伝子がリードしているだろう.