読書中 「Genes in Conflict」 第6章 その6

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements


今日はホーミングを利用したペストコントロールのアイデアについて.確かに病害を媒介する昆虫などのコントロールに利己的な遺伝要素が使えれば,燎原の火のようにこれがはびこってペスト集団を絶滅させることも可能だろう.しかも耐性遺伝子と組み合わせるとリバースをかけることもできるというアイデアがエレガントだ.ただし,有害効果がある遺伝要素は淘汰上取り除かれるし,耐性遺伝子が生じるリスクもあるので,まずホモにのみ有害になる劣性のノックアウトを考え,さらにメスのみを狙う,あるいは同時に複数の遺伝子座を狙うなどの工夫が実務上は必要になるらしい.


第6章 遺伝子変換(gene conversion)とホーミング(homing)  その6


3. 集団遺伝学のツールとしての人工的なHEG


このような利己的な遺伝要素を研究することの楽しみは,いつの日か人の健康や福祉のために役立てる可能性があることだ.1970年代にはインドでシマカのコントロールのためにキラーY染色体が使われた.
HEGやグループ II 型イントロンは単純な構造で分子的にもよくわかっており,有望である.そして狙ったDNAを認識し,切断するかについて非常に多くの研究がなされている.グループ II 型イントロンではこの問題はほとんど解決している.このような劣化させた利己的遺伝子は遺伝子エンジニアリング,機能的ゲノム学,遺伝子治療において有用である.
まずはペストの集団サイズのコントロールからみていこう.


(1) 基礎的な構造


以下の条件を満たす人工的なHEGを考えよう.
まず本質的遺伝子の真ん中を認識して切断する.そしてそこにHEGの配列を挿入し,その後認識されて切断されることから免れる.切断されたホストの遺伝子は乱される.
ターゲットとなるホスト遺伝子はノックアウトされてもヘテロではホストの表現型に大きな影響を与えないが,ホモでは有害になる.
このHEGは減数分裂特異的なプロモーターのコントロール下にある.このためヘテロの接合子は通常に発生するが,作られる配偶子は圧倒的にHEGを含んでいる.(もしターゲット遺伝子が特定ステージでのみ発現するタイプなら,この制限はもっと緩めてもよい.たとえば幼虫の時のみ発現するターゲット遺伝子ならプロモーターはその後の成虫のステージで活性を持ってもよい)

このような構造が集団に低い頻度で導入されると,まずヘテロとして現れ,有害効果は低く抑えられる.するとこのHEGはドライブにより頻度を増し,ホモが出現して有害効果によって淘汰を受け始めてからドライブとバランスし,一定頻度で平衡に達するだろう.

HEG+の平衡頻度qは,ヘテロにあるHEG-対立遺伝子がHEG+に変更される確率cと同じになる.集団にかかる負荷(繁殖努力のうち繁殖に結びつかない部分の割合)はHEG+のホモ頻度q2と同じになる.そして集団の平均適応度は1-c2となる.

イースト菌のあるものはc=0.99に達するような強いドライブ効果を持つ.
うまく人工的なHEGでc=0.9のものを作れれば,これを導入した集団の平均適応度を0.19に低下させることができる.またこの効果は素早く現れる.第一世代に1%HEGを導入すれば,平衡頻度の90%になるまでに12世代しか要しない.当初が0.01%でも19世代で平衡に達する.

この構造のポイントはこれが進化的に安定していることだ.つまり認識したり切断したりする効果を劣化させる変異体はこれに侵入できない.
またこの操作はリバーシブルである.もしノックアウトした場合に強く有害な遺伝子をターゲットにした場合,このターゲットは機能を持ちつつ切断されないような強い淘汰圧にさらされる.このような耐性遺伝子を(たとえばアミノ酸配列は同じで,別のDNA配列を持つ遺伝子を作ることにより)エンジニアすることができる.これを導入すれば速やかにHEGを駆除できるだろう.


(2) 負荷の増強


通常のペストにとっては,接合子の4/5が死亡するという事態というのは,集団への密度効果はあっても,集団動態にそれほど大きな影響は与えない.このため負荷をいかにあげるかが課題になる.
まずドライブ効率を上げる方法がある.c=0.999まで作れれば平衡適応度は0.002まで落とせる.99.8%の繁殖努力が無に帰するのであればほとんどのペスト集団を絶滅にまで持って行けるだろう.しかしこのような高いドライブ率を達成するのは困難だと思われる.

ほとんどの種に対してはオスを殺戮するのはうまい方法ではない.HEGを減らすだけで集団の成長にはほとんど影響を与えない.ノックアウトするとメスのみを殺戮するような遺伝子をターゲットにするのは一つの方法だ.c=0.9を前提にすると,この場合には平衡適応度は0.055になる.単純な劣性致死ノックアウトに比べて3倍も有効だ.
ノックアウトでメスを不妊化するのも同じぐらい効率的だ.実はノックアウトでオスを不妊化するのも同じ効果を持つ.

また多くの遺伝子座を同時にターゲットにするのもいい方法になる.ノックアウトでメスを不妊化するn遺伝子座でc=0.9を達成できれば,平均適応度は0.055nになる,たとえば5遺伝子座であれば5*(10-5)というきわめて小さい値になる.これであれば十分集団を絶滅に追い込めるだろう.ショウジョウバエ不妊化遺伝子は100以上あると見込まれる.


(3) 耐性の発生,水平伝達の阻止


(1)の操作のリバースのところで示したように耐性遺伝子が導入されるとHEGはすみやかに駆除される.ペスト集団のコントロールにはこのような耐性遺伝子が自然に生じないような注意が必要とされる.変異が生じにくいターゲット遺伝子やサイトを選ぶために遺伝子の変異実験などが望まれる.
「コンビネーションセラピー」(同時に複数の薬剤を処方すること)は病原体の耐性獲得を遅らせる効果があることが知られている.HEGについても同様な効果が見込める.
たとえば1個のターゲット遺伝子に対して10カ所の別々のシークエンスを認識する10個のHEGを同時に放つ.HEGが多いほどこのすべてに対しての耐性が進化する可能性は低くなる.仮にすべて進化しても,これらが組み替えによって一つの耐性遺伝子にまとまるには時間がかかる.
また複数の遺伝子座に対して同時に攻撃を仕掛けてもよい.それぞれに耐性が進化するにしても,負荷が大きければ十分絶滅にまで持って行けるだろう.

もっとも難しいのは大きなゲノムによるドライブの抑制への対処であろう.もしホストにホーミングを抑える変異が生じるとそれは素早く固定するだろう.そしてこの変異は特定のHEGに対するだけかどうかが重要になる.もし特定されているのなら,多重HEG攻撃が引き続き有効だろう.しかし一般的なホーミング抑制なら別の対処が必要になる.
耐性遺伝子そのものへのターゲット,耐性にコストをかけるようなターゲットなどが考えられる.
HEG導入後,ある程度広がり,その後耐性遺伝子に出会い,殲滅されていくことになると思われる.この過程の実験,分析も重要である.

水平伝達をどのように抑えるかも課題の一つである.
進化的なタイムスケールの中で何度も起こっているということが,10年単位のペストコントロールの中でそれほど生じやすいということではないし,メカニズムからみても難しいと思われる.
抑制方法としては,近縁種の相同遺伝子を認識しにくくなるようにHEGをデザインすることが考えられる.そもそも近縁種で変異が大きい領域をターゲットにすることも有効だろう.