
Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements
- 作者: Austin Burt,Robert Trivers
- 出版社/メーカー: Belknap Press of Harvard University Press
- 発売日: 2006/01/15
- メディア: ハードカバー
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トランスポーザブルエレメントの集団動態.これまでの章と違って,この第7章は話の筋道がわかりにくく読み取りにくい.現在ものすごい勢いで研究が進んでいるのでこのような書きぶりになるのだろうか.
ゲノム中にコピーで増えていくトランスポーザブルエレメントはゲノムの配列を乱すので,他の利己的な遺伝要素と比べて基本的にホストにとり有害になる.当然ながら有害なのでコピーが増えてゲノムに挿入が多くなると自然淘汰で取り除かれる.しかしいったんそれによる淘汰より速くコピーを作れれば,Y染色体ドライブと同じで,このエレメントは広がってしまい,ホスト集団は絶滅してしまうことになる.しかし実際に観察される転移率はきわめて低いことから,何らかのフィードバックがあると理屈としては美しい.というわけでこの章はなかなか説明が複雑ですっきり読みにくい.
私の直感としてはネガティブフィードバックがあるならホスト側の対抗としての転移の抑制だろうという気がするが,エレメント自身による制御というのが著者のお気に入りらしく細かな説明がつづく.まあゆっくり読んでいきましょう.
第7章 トランスポーザブルエレメント(転移因子) その3
2. 集団動態と自然淘汰
(4) ネット繁殖率,転移率の効果,ホストの適応度
トランスポーザブルエレメントがホストの適応度を1から(1-s)に減少させるとする.
あるホストの子孫の合計は1+(1-s)2+(1-s)3+・・・=(1/s)となる.
あるトランスポーザブルエレメントが次世代に伝達される合計値は(1/s)*(1-s)となる.
転移率をtとすると
エレメントのネット繁殖率Rは
R=t*(1/s)*(1-s)=t*(1/s-1)
有害効果が小さく,sが1に比べて小さいなら
R〜t/s
つまり有害効果より転移率が高いならこのエレメントは遺伝子プールの中で頻度が増加する.(ただしホストが絶滅すればともに絶滅する)平衡はR=1であるが,これはエレメントの頻度が高くなるにつれてRが減少(転移率が下がるか有害効果が増える)しないと安定しない.
また有害効果,転移率は平均なので,ある場所のエレメントが致死的でもその他の場所のコピーがそれほど有害でなければこのエレメントは残りうる.
P因子の転移率は0.005と観測されている.もしこれが平衡にあるのなら有害効果は0.5%ということになる.ただしこれは新しい挿入の調和平均であり,ランダムなエレメントに対しては算術平均ということになる.(ここは説明無く,よくわからない)
実際に実験室で観察された新しい挿入の有害効果は1.5-5.5%であり,この差異の一部は算術平均と調和平均の差によるものだと思われる.
0.005が転移率としてゲノムにP因子が50あるとすると,ゲノムあたりでは4世代に1個転移が発生し,適応度は0.875%減少する.これはすべての突然変異による適応度減少予測の数字(1-2%)とそれほど大きく違っていない.
また有害効果sが0.5%として,P因子が50あるとすると,効果が相乗的に効くとしてそのハエの適応度は0.78となる.エピスタティックな相互作用があるとしても適応度減少は10%程度となる.しかしこれらは異常に活性の高いエレメントである.
すべてのトランスポーザブルエレメントをあわせ,大体ゲノムに500ぐらいあるとすると,転移率は10-4,有害効果は全部で2-3%というところだろう.
エレメント間淘汰においてはRが重要である.Rの低いエレメント系統は淘汰され,Rの高いエレメント系統が増えるだろう.
(5) ホストへの害を減らす
上記方程式からトランスポーザブルエレメントはホストへの加害を減少させる方向に進化すると期待される.
一つの方向性は生殖系列への限定である.体組織での転移はホストへの加害を増加させ,エレメントにとってもよいことはない.ショウジョウバエのエレメントの多くはその様な組織特異性を持っている.
体組織でのP因子は転移を抑える仕組みがあり,それを取り除くとホストのライフサイクルに有意な影響を与える.
またI因子とよばれるLINEは別の仕組みにより卵巣内でしか転移しない.gypsyと呼ばれるLTRレトロトランスポゾンもさらに別な仕組みにより卵母細胞でしか転移しない.
このようにショウジョウバエだけですべての種類のトランスポーザブルエレメントで別の仕組みが進化している.
特にP因子の例は,200bpのイントロンを挿入してエレメント側にコストをかけているのが興味深い.
もう一つの方向性はゲノムのうち「安全な」サイトに転移することだ.多くのトランスポーザブルエレメントがそのような領域特異性を持っている.イースト菌のLTRレトロポゾンでそのよい例が観察されている.
3番目の方向性はホストの転写物からスプライスアウトされることだ.これも多くのエレメントで観察される.ただこのスプライスアウトを自分自身で行うエレメントはまだ発見されていない.これが見つかればその挙動には大変興味が持たれる.
(6) 転移率とコピー数の制御
転移率が10-4のオーダーというのは他の利己的遺伝要素や核DNAの操作に比べて低い.これはホスト側が制御しているからかもしれないし,トランスポーザブルエレメントが自己制御しているのかもしれない.
このような自己制御が進化するためには,エレメントの活性の増加により,ホストへの加害の増加が引き起こさる状況になっている必要がある.
ミュータントエレメントが時に野生タイプより高い転移率を持っているのは興味深い.50-1000倍も高くなるものがいくつか発見されている.
何がゲノムあたりのコピー数を決めているのか.もし平衡があるなら,コピー数が増えるにつれて転移率が下がるか,1エレメントあたりの有害効果が下がらなければならない.少なくともどちらかが成り立っていると推測される.
実際にショウジョウバエのI因子をそれを持たない系統に導入すると,数世代に渡ってコピー数は増加し,ゲノムあたり10-15になりその後安定する.これはコピー数が増えると活性が低くなるためであると思われる.
なぜコピー数が増えると転移率が低下するのか.これはエレメントの自己制御なのか,ホストによる抑制なのか.
自己制御である可能性はもちろんある.Himar1は試験管内でトランスポザーゼの濃度とともに,転移率が増加し,その後減少することが観察されている.これはトランスポザーゼの濃度に依存した活性によるものかもしれない.
またホストによる抑制なのかもしれない.真核生物は遺伝子のコピー数に応じてそれを抑制するメカニズムを持っている.線虫C. elegansではRNAiの遺伝子をノックアウトするとトランスポゾンの転移率が上昇する事例が観察されている.
ホストはメチル化によって抑制することもできる.メチル化は通常CGのところで生じる.トウモロコシのAc因子はコーディングエリアにCGを持たないが,インバートした繰り返し領域には保持している.これはメチル化による抑制のためにそうなっているのかもしれない.
バクテリアプラスミドにおけるコピー数制御はよく調べられているので参考になる.大きく分けて2つのメカニズムがある
1.インヒビターの希薄化
このタイプのプラスミドはtrans-actingな転移インヒビターを作り,それの濃度がコピー数に比例するようにする.この比例は(アンチセンスRNAなどの)不安定なインヒビターを構造的に作ることによって得られる.
2.自動抑制
このタイプのプラスミドは,複製率を制限し,自分自身の転写を禁止するようなタンパク質を作る.
(7) 自己認識の淘汰
特定の挿入が転写,翻訳され,その結果作られたタンパク質が別の関連のない挿入のコピーに関わるのであれば,オリジナルの挿入は自分の複製にとって得るものはなく,ホストへの加害により害を受けるだけになる.要するにエレメントは自分を認識するようなタンパク質をコードするように淘汰される.
LINEはコードしたタンパク質と自分が転写されたRNAを結合させることによりこの問題に対応している.ただし,これは完璧ではなく,ヒトのAlu因子とLIから観察されたデータによると効率は50%程度らしい.
DNAトランスポゾンとLTRレトロポゾンではこのようなcis-actingなメカニズムは不可能である.これらの場合,突然変異したエレメントは認識メカニズムもあわせて変異するように淘汰を受ける.(必ずしも同時に変異することは必要ではない,また認識される部分はまず今あるタンパク質に認識してもらうように非特異的に,認識する部分は自分自身のみ認識するように特異的になるように淘汰を受ける)