読書中 「Genes in Conflict」 第7章 その4

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



トランスポーザブルエレメントの集団動態.
ゲノムの中をよく調べると機能していないトランスポーザブルエレメントが山のように見つかるらしい.なぜこのようなことになっているのだろう.今日の説明はエレメント同士のただ乗り競争である.DNAトランスポゾンのように転移について酵素タンパク質の助けを借りるものは,他のトランスポゾンが合成してくれた酵素を利用できればより効率的に転移することができる.このためゲノム中にどんどんタンパク質合成を行わない寄生エレメントが増えるというのだ.そしてこのようなただ乗り競争の果てにエレメントは絶滅しやすいのだという.
話は面白いのだが,詳細はなかなか難解である.


第7章 トランスポーザブルエレメント(転移因子)  その4


2. 集団動態と自然淘汰


(8) 「欠陥のある」エレメントと抑制エレメント


ある特定のトランスポーザブルエレメントがR>1であって,それがまれなときに遺伝子プールに侵入できたとすれば,それは「生態的に」安定だが,別の突然変異体に対して「進化的に」安定とは限らない.トランスポザーゼがどのDNA配列を挿入するかについて寄生の機会(自分自身はトランスポザーゼをコードしていないが,それにcis-actingに認識されるDNA配列)が残されている.
するとゲノムの中には「欠陥のある」あるいは「別のtrans-acting な補完を必要とする」トランスポーザブルエレメントが蓄積されていくことになる.
このような寄生的なエレメントは実際ありふれている.ショウジョウバエP因子でも約1/3のものだけが十分な長さを持ち機能する.2/3は欠陥があり,認識されるcis-actingな部分のみ機能している.トウモロコシではオリジナルなエレメントから派生しているのではない寄生エレメントも見つかっている.
このような寄生エレメントはMITE(miniature inverted-repeat transposable elements)と呼ばれることもある.
C. elegansの小さなゲノムの中だけでも27のMITEの系統があり,7200ほどのコピーが見つかっている.

LTRレトロ要素でも,認識部分だけをcis-actingで持つ寄生体が存在する.
トウモロコシのBs1 LTRレトロ要素はpol遺伝子を持っておらず,ホストの遺伝子の断片を持っている.これはやはりホストの遺伝子の断片を保持している脊椎動物の腫瘍ウィルスやレトロウィルスに似ている.


寄生体とは別に転移を抑制するエレメントも存在する.単にDNA配列に結合するだけで,切り離しを行わない変異体のトランスポザーゼがあれば,これはレプレッサーとなるだろう.またもしトランスポザーゼが二量体や多量体として機能するのであれば,通常のトランスポザーゼと結合する欠陥トランスポザーゼがあればこれもレプレッサーとなるだろう.("multimer poisoning")
ホストにかかる自然選択はこのようなレプレッサーを選択する.実際にショウジョウバエP因子ではいくつかの欠陥因子がレプレッサーとして機能している.
よく似た話として,マウスのゲノムには外からのレトロウィルスからの感染を抑えるという理由で固定されているように見える内生的なレトロウィルスの挿入が見つかっている.
このような抑制エレメントに対しては,この抑制を逃れるような進化がエレメント側に起こるだろう.


(9) ホスト種におけるエレメントの絶滅


広がりやすい性質にもかかわらず,活性のあるトランスポーザブルエレメントのホスト種の遺伝子プールからの絶滅の証拠は多い.
ヒトゲノムには,現在全く活性のない63グループに及ぶ数十万の化石的DNAトランスポゾンが存在する.系統分析からは活性のあった時間は比較的短く,その後不活性のまま遺伝子プールに残存していることがわかっている.
同様に少なくとも20グループの内生的なレトロウィルスの痕跡があり,1億年以上前に侵入したものとみられている.

よくなされる説明は,DNAトランスポゾンやLTRレトロトランスポゾンは,trans-actingに補完の必要な欠陥のある寄生体が非常に多く蓄積され,最終的に機能するものが絶滅するというものだ.

ヒトゲノムの中にあるL1LINEは転移についてcis-actingに行うため,欠陥エレメントとの淘汰の問題が生じにくい,そして1億5千万年前から機能し続けているというのはこの説と整合的だ.L1LINEの抑制エレメントが進化しにくいのはこのLINEのタンパク質は多量体をとらないし,trans-actingにDNAやRNAに結合しないためである.
また節足動物におけるrDNA特異的なR1,R2LINEは5億年前から継続的に活性があったと思われる.
(ここのrDNA特異的であることの意味はよくわからない.rDNAとはリボソーム遺伝子のことでリボソームを構成するRNAの鋳型DNA配列で生物間で非常に類似しているらしい,あるいはrDNA特異的というのは特に強調したいことではなく,LINEはcis-actingであるため絶滅しにくいという主張の一例か)

しかしこれはLINEが絶滅しないということではない.ヒトゲノムにはL2と呼ばれるものやその他の機能しないLINEの痕跡がみられる.またL1LINEも南アメリカ齧歯類などで不活性になっているものが見つかっている.興味深いことにはこのような動物では核型が非常に多型になっている.これはL1LINEの染色体修復機能に関連があるのかもしれない.
昆虫でもLINEの絶滅は生じている.

欠陥エレメントと抑制エレメントの数理モデルによると,寄生エレメントと抑制エレメントは広い条件下で広がり,機能するエレメントを絶滅させることができる.

  • 条件1 ホストにとっての転移コストが大きいこと.
  • DNAトランスポゾンの場合,ホストへのコストは3つの構成要素からなる.(i)DNA遺伝子の中に挿入がされることによるコスト,(ii)エレメントがトランスポザーゼの基質であり,ゲノムの中に二重鎖のギャップやトランスポゾンの挿入を作ることにより生じるコスト,(iii)挿入により作られることになったタンパク質により生じるコスト
  • 寄生エレメントや抑制エレメントはこのコストを減少させたり逆にメリットに変えたりする.もし後者2つのコストが大きいならより寄生エレメントや抑制エレメントが選択される.
  • 実際にこの3つのコストのどれが大きいのかはわかっていない.いろいろなエレメントを作って観察できれば興味深いだろう.

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  • 条件2 変異エレメントが機能エレメントに対して転移についてのアドバンテージを持っている
  • 基質になりやすいエレメントはより有利だろう.

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  • 条件3 変異が機能→寄生・抑制の方向により起こりやすい.
  • 欠陥が生じることによりこの方向性は容易に生じるだろう.


もしLTRレトロエレメントが高いgRNA:mRNA比に進化するなら,これはすべてgRNAを作ろうとする寄生的なエレメントの広がりを遅らせるだろう.このような寄生エレメントは最適比から離れているので淘汰されるだろう.
このようなことからLTRレトロ要素はDNAトランスポゾンに比べて絶滅しにくいと予想される.
ヒトゲノムにある内生的レトロウィルスでは,DNAの変異はタンパク質コードについて同義な変異の方が高い比率でみられる.これは,このタンパク質が豊富にあるために,このタンパク質の機能について淘汰が効き,転移率が抑えられている証拠である.


このほかに他のエレメントとの競争,あるいはホストの抑制によってLINEが絶滅することも生じうるだろう.


ボックス7.2 LTRレトロ要素の2つの運命

LTRレトロ要素の特定のRNA転写物は,同時にタンパク質の翻訳のテンプレートとなること(mRNA)と逆転写のためにそのタンパク質のカプセルに包まれていること(gRNA)はできない.ときにこのRNAは別の構造を作る.
このmRNA:gRNAの比はRNAにあるcis-actingなコントロール領域に依存する.(これによりスプライシオソームやリボソームgagタンパク質の親和性が影響を受ける.(注)gag (group specific antigen)は、ウイルスの構造タンパク質)

この最適比はどのように決まるのか.
NeeとMaynard SmithはmRNAの最適比pについて以下のように主張している.
p=1/(n+1),ただしnは当該エレメントのゲノム中の平均コピー数

コピー数が多いほどタンパク質合成のための転写RNA比率は少なくなる.これはエレメントが他のエレメントが作ったタンパク質に寄生しようとするからである.
内生レトロウィルスと外生レトロウィルスを脊椎動物で比較すれば興味深いことがわかるだろう.外生レトロウィルスは事実上n=1なのでmRNA比率が高くなることが予想される.