読書中 「Genes in Conflict」 第7章 その6

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



トランスポーザブルエレメントの集団動態.
ここまではトランスポーザブルエレメントはホストにとり有害として扱ってきた.これはゲノム中に挿入を入れまくるのである意味当然の仮定だが.しかし中には有益なものも生じるだろう.この場合にはこのエレメントは非常に固定されやすくなる.「他の遺伝子の変異率に影響を与える遺伝子」の説明と有益エレメントとの関連についての説明は非常に興味深い理論的な問題だ.具体的な研究はこれからのようなので期待しよう.


第7章 トランスポーザブルエレメント(転移因子)  その6


2. 集団動態と自然淘汰


(12) 有益な挿入


ここまで挿入はホストにとり基本的に有害と仮定してきた.実際にショウジョウバエではこの仮定は合理的であった.
ショウジョウバエにみられる挿入サイトの非常に小さい頻度データからは,ほとんど有益な挿入はないことがわかる.(有害という前提とt, s 値から挿入頻度値を予想して実測値にあわせるとよくフィットする.もし有益な挿入があれば挿入頻度が大きく増加する)
(しかし実験室の実験では特定の挿入は有益であるかもしれないというデータが得られている.これは実験の集団サイズが小さいために得られたものかもしれない.)

ショウジョウバエを離れると挿入頻度は高いものがある.ヒトゲノムでは4百万の固定された挿入がある.このうちどれだけが有益なため固定され,どれだけが中立でドリフトのため固定され,どれだけが連鎖している遺伝子の効果により固定されたのかというのは未解決問題である.
いくつかのケースではホスト遺伝子の一部(特に多いのはコントロール領域)はトランスポーザブルエレメント起源であり,有益なものがあったことを示唆している.これはMITEでよく見られる.
このような有益なものがあればトランスポーザブルエレメントの集団動態は大きな影響を受ける.有益なトランスポーザブルエレメントは非常に高い確率で固定する.きわめて低い確率で有益になるだけでRは大幅に上昇するだろう.


この効果はLeigh(1970)の主張した「他の遺伝子の変異率に影響を与える遺伝子」の概念と関連する.
もし集団が有性生殖を行うならこの遺伝子座への淘汰は変異を減らすように働くだろう.(変異は平均して有害であり,その有害効果が小さい方が有利であるため)一部に有益な変異があっても組み替えにより平均2世代でバラバラになるために変異を増やす対立遺伝子は有利にならない.
しかし無性生殖なら,変異率を増加させる対立遺伝子は有益な変異遺伝子とともに連鎖し続け,固定される.環境が変わりやすく,一定以上の確率で有益な変異が生じるなら,平均して変異が有害であっても,変異を増加させる遺伝子は有利になるだろう.


有性生殖種におけるトランスポーザブルエレメントは,この無性生殖種における変異率増加遺伝子を同じ様に振る舞う.なぜならエレメントとそれが挿入によって生じさせるホスト遺伝子への効果は当然ながら強く連鎖するからだ.
理論的にはコピーを増やさない転移のみを行う因子であっても,挿入により有益なホスト遺伝子変異を作れれば,(挿入自体は平均して有害であっても,)それにヒッチハイクして広がっていくことができる.これは有益変異作り因子とみることもできる.これまでにはそのようなものは知られていない.しかしこの様な因子がコピーを増やすのであればもっと有利になるだろう.
このようなものがあったとして挿入自体が平均して有害であれば,ホスト遺伝子はこれを抑制しようとするだろう.つまり変異率についてコンフリクトが生じ,このような因子は引き続き利己的な遺伝要素と呼ばれるべきだろう.


完全な無性生殖種では突然変異率を巡るコンフリクトは生じない.もし有益変異とトランスポーザブルエレメントが同居していたとしてもその他の遺伝子からの抑制は生じない.また無性生殖種ではトランスポーザブルエレメントの複製数増加への淘汰圧は低いだろう.無性生殖の真核生物では非常に保守的なエレメントが見つかる可能性がある.また無性生殖種ではトランスポザーゼはトランスポーザブルエレメントにコードされている必要が無くなる.無性生殖の歴史が長いとされているワムシにはDNAトランスポゾンとLTRレトロトランスポゾンが見つかっている.今後の研究が期待される.


少しでも有益な変異が生じればRは劇的に上昇するので,変異を有益化しやすくする方向に淘汰が働くだろう.そのような適応はほんとにあるのだろうか,あるとすれば寄生的なMITEやSINE(これらはタンパク質をコードする必要が無く,ホストにとりコストが小さいので固定しやすいため)に見つかりそうだ.
興味深いことにマウスのB2SINEとヒトのL1LINEは両方ともアンチセンスRNAポリメラーゼII転写プロモーターを持っている.これはこれら自身の転移にとって役に立たないが,ホストの上流遺伝子の転写をドライブする.おそらく有益変異をまれに作るために選択されたのだろう.


BCGによるトランスポーザブルエレメントの増殖についても同様に考察すべきだろう.BCGが起こりやすいトランスポーザブルエレメントは劇的に増加しそうである.ただこれについてはまだよく調べられていない.
イースト菌Ty因子のクロマチン構造がコンパクトであることが,Ty因子同士の異所的な交換頻度を減少させており,これはホストとエレメントの両方にとって適応かもしれない.またこれはDNAの二重鎖からのブレイクを防いでおりBCG上のアドバンテージかもしれない,後者であればエレメントにとっては適応でもホストにとってはそうでないことになる.
著者はトランスポーザブルエレメントの広がりについての種間の多様性の一部はBCGと関連していると考えている.


(13) 固定レート


いろいろなゲノムプロジェクトによりエレメント挿入の固定についての情報が蓄積されつつある.


<哺乳類>
ヒトゲノムにはトランスポーザブルエレメントの4百万の挿入があり,ゲノムの半分を占めている.これに対してタンパク質をコードしている遺伝子は3万ほどでゲノムの1.5%を占めるにすぎない.ほとんどの挿入は不活性の化石的なものでもっと古いものは1億5千万年から2億年前のものまでさかのぼる.さらに古くて認知できないものもあるのだろう.挿入のうち半分はマウスとの共通祖先(75百万年前)以前にさかのぼれる.1000年ごとに10kbの挿入が起こっていることになる.
共通祖先以降,マウスの系統ではエレメントの活動はわずかだがより活発でターンオーバーもより多い.世代間隔が短いことによるのかもしれない.
LINEでは系統ごとに大きく違っている活性値が得られている.特にマウスでの活性が高い.理由はいろいろ考えられるがよくわかっていない.

ヒトゲノム中の要素 挿入数 % of genome 同75百万年以降
DNAトランスポゾン 400,000 3 1
LINE 1,000,000 21 8
SINE 2,000,000 14 11
LTRレトロ要素 600,000 9 4
合計 4,000,000 46 24


<トウモロコシ>
トウモロコシのうちmaizeとsorghumは15-20百万年前に分岐した植物である.ゲノムサイズは3.5倍ほど異なる.maizeのゲノムにはsorghumにはみられないネストしたLTRレトロトランスポゾンのファミリーが短い領域に集中している部分がある.ここ3百万年前以降に集積したもののようだ.