「Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think」

Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think

Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think

  • 発売日: 2006/03/09
  • メディア: ハードカバー

 
ドーキンスの「利己的な遺伝子」出版30周年で企画された本で,直弟子ともいえるアラン・グラフェンとマーク・リドレーが企画したもの.25人の生物学者,哲学者,ライターがそれぞれエッセイを寄稿してできあがっている.エッセイの中身も,ドーキンスが学問に与えた影響を讃えたものから,ドーキンスと関連のある自分の研究について述べたものまでいろいろであり,肩のこらない中身である.

ドーキンスの「利己的な遺伝子」という本はその当時進みつつあった進化生物学の潮流を一般向けに説明した本であり,ある意味,ハミルトン,トリヴァース,メイナードスミスたちの業績の紹介である.しかし,この本は単なる紹介ではなく,独自の視点と,それを説明するレトリック,そして書き手の力量により,独創的で強力な知的生産物になっており,進化生物学に大きな影響を与えたことがわかる.


最初のエッセイ群は,「生物学」.
純粋に生物学的なトピックと結びついたものを集めており,冒頭のものは若手生物学者のリードによるもの.「利己的な遺伝子」を小脇に抱えながら,マラリア原虫のホスト体内での性比予測研究を仕上げたときの満足感が語られるという小粋なエッセイ.続くヘレナ・クローニンのものは性の争いについての概念整理という学術的な内容,次は動物の信号についての共同研究者であるクレブスによるドーキンスの動物の信号に対する深い読みを語ったもの.次はハンセルが「延長された表現型」が研究者の研究プログラムに与える深さについて語る.このように各寄稿者バラバラな視点でいろいろな事柄について述べられているのだが,それぞれ味があって面白い.これはこの本の最後まで続く特徴である.


つづいてのエッセイ群は「利己的な遺伝子」について
まずマリアン・ドーキンスが「利己的な遺伝子」がいかに学生の教育に役に立つかを述べる.つづいてデイヴィット・ヘイグが「遺伝子」について,物質的遺伝子,情報としての遺伝子,そしてその戦略の区別と概念整理,単細胞,多細胞,社会性集団への拡張について解説し,さらにミームについても踏み込む.表現者の意図と,ミームの意図,遺伝子型と表現型,さらにミームは利己的になりうるかなど簡潔に書かれていながら面白い.グラフェンはお得意のテーマで,まず複製子の概念整理をした上で,ハミルトン,ドーキンスの考え方とフィッシャーの基本定理との関連と,それがいかに集団遺伝学者に受け入れられなかったかについて.セーゲルストローレはドーキンスの「利己的な遺伝子」とウィルソンの「社会生物学」を比較し,実際の進化生物学の思考的な革命はドーキンスによってこそ明確に伝えられていることを書いている.もちろん後半は社会生物学論争におけるドーキンスの役割についてたっぷり書いている.


三つ目のエッセイ群は「論理」と称して哲学者たちの登場
最初はダニエル・デネット.「利己的な遺伝子」がどのぐらいいい本だったかを確かめるためにガラパゴス諸島へのツアーに持って行ってみたら,この本に対する賞賛の思いはむしろ強まったと始まる.そして自分の意識,心,志向性,ミームに対する考え方とドーキンスとの関わりを(いつものことながら)明晰に語っている.次はビュロック.ドーキンスのアルゴリズムに関するもの.バベッジ,チューリング,ノイマンの歴史に始まり,「盲目の時計師」におけるバイオモルフ,evolvabilityという概念,さらにその応用の世界の広がりを説明してくれる.(言語学,経済学,心理学などに加えてなんと絵画芸術に進化アルゴリズムを取り入れたものがあるのだ)続いてドイツによる,進化について真に説明されるべき現象は情報,知識の増大だというエッセイ,最後にピンカーがドーキンスの特徴は曖昧な記述でごまかすことへの嫌悪とともにある主張の深さ,そして進化の本質を情報面からとらえたことだとし,自分が研究しているヒトの心理へのアプローチとドーキンスの進化へのアプローチが似ていることを語る.


ここで「Antiphonal Voice(交唱)」と題されてドーキンスにはやや批判的ないろいろなエッセイが取り上げられる.
まずマイケル・ルースによりドーキンス・グールド論争のひとつの対立軸であった進化と進歩についてのエッセイ.確かに進化においてメイナードスミスとサトマーリがみたようなブレイクスルーによる進歩はあるのかもしれないが,これについてドーキンスはなお説明不足ではないかとしている.次はパトリック・ベイトソンよる選択の単位についてのエッセイ.そしてアウンジャーによるミーム学の敗北宣言ともとれるエッセイが収録されている.(こんなに悲観的になってしまったのというちょっとした驚きがある)


次は「ヒト」について
まずデイリーとウィルソンのコンビが,利己的な遺伝子の概念がヒトの行動の進化の研究に対して与えた影響について述べる.ヒトの血縁認識の研究,においによる識別,赤ちゃんの父親における血縁認識を巡る進化状況,配偶外交尾とヒトへの当てはめなどが取り上げられている.続いてネシーによる人々がなぜ「利己的な遺伝子」という概念をこれほどまでに嫌うのかについてのエッセイ.ヒトの協力行動の裏にある進化的なロジックは,そのロジックを表に出されると壊れてしまう性格を持つがために人々はそのロジックを嫌うのではないかとしている.続いてストレルニー.ヒトの認知が非常に鋭いところを持つと同時にいかに鈍いか,そして何故そうなのかを説く.ヒトの心は特定目的用のモジュールであり,背後にあるコンフリクトが与える影響が,ヒトの認知の非合理性の理由だとする.ひとつには自己欺瞞と楽観主義がヒトをより有利にするからであり,ひとつには共有地の悲劇を避けるためのバイアスがかかっているからだとする.そして宗教をいかに考えるかについて,ダン・スペルベル,パスカル・ボイヤーの新しい環境に対するヒトの適応不全とする考え方とドーキンスのミーム的なウィルス説を検討している.ボイヤーの本も評判が高いようだし,デネットは新著を書いているし,ドーキンスの次の新刊も宗教についてのようだし,これからのトピックは「宗教」なのかもしれません.お勉強しなければ.


次は「論争」
まずシャーマーが,ドーキンスが論争の際にいかに冷静で頼りになるか,そして創造説との諍いについてふれる.つづいてリチャード・ハリスとグレイリングがそれぞれがドーキンスの宗教に対する姿勢について語る.マレク・コーンは,ドーキンスはネオ保守主義の思想源泉と誤解されるがそうではないこと,そしてドーキンスの価値観について解説する.最後にバラッシュがドーキンスの世界が見せる「意味」について.ダグラス・アダムズの銀河ヒッチハイクガイドに出てくるクジラの話を引きつつ,ドーキンスの考え方は「意味のない世界において人は人生を選べる」というところにあるのではないかと締めている.


最後は「Writing」
マット・リドレーがドーキンスの散文のすばらしさを讃えつつ,ここ30年のサイエンス読み物の出版事情について解説してくれる.そしてプルマンがベストセラーの秘密について,キャッチになる語句,さりげない書き手のパーソナリティの開示,そして物語だとしてドーキンスの著作について解説する.


いずれも何かしら進化生物学やドーキンスに関連した楽しいエッセイばかりである.このような話題が好きな人にとっては珠玉の一冊となるだろう.
 


関連書籍

ドーキンスの近刊 先日「祖先の物語」が邦訳出版されたばかりだが,英米では次の新作が予告されている.
これは宗教についてだ.「悪魔に仕える牧師」でかいま見せたような,宗教が事実の主張を行うことに対して非常に厳しい彼の姿勢が大著で示されると思うと,手にするのが楽しみだ.


The God Delusion

The God Delusion



その場合にはこの辺もお勉強しておかなくては


まずはボイヤーによるこの本.ヒトの進化的な心理と農業以降の現代環境への非適応が説明の主体らしい

Religion Explained: The Evolutionary Origins of Religious Thought

Religion Explained: The Evolutionary Origins of Religious Thought

  • 作者:Boyer, Pascal
  • 発売日: 2002/05/01
  • メディア: ペーパーバック



そしてこの本
デネットが何を言っているかははずせないだろう.ドーキンスの近刊もこれをふまえていることが予想される.

Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon

Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon




最近出たのでこれももう一度 原書の書評はこちら
先日購入してきたが,大判で重い.原著の厚さからいうと当然こうなってしまうのか.もう一度気楽に少しづつ読むのが楽しみだ.




最後にドーキンスと親交があったというダグラス・アダムズ,バラッシュのエッセイでふれられていたスラップスティックSFの名著といわれる「銀河ヒッチハイクガイド」
最近ついにシリーズ5巻とも邦訳出版された.カバーにある青いマッコウクジラが問題のクジラだ.