読書中 「Genes in Conflict」 第10章 その4

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



きょうはPGLの進化について
まずPGLはある個体内で父親由来のゲノムが排除されるわけだから,母親由来のゲノムにとってはドライブの効果がある.だから母親由来のインプリンティングとして成立するだろう.では単純なインプリントと何が違うのか?これはその個体がオスでなければならないということであり,Y染色体という識別マーカーがないと機能できない.だからオスがXY型であることが究極的に重要だと著者は主張している.また単純なXリンク遺伝子(かつY染色体を識別できる)でもよいだろうといっている.識別マーカーはY染色体しかないのだろうか,ちょっと疑問の残るところだ.


続いて予告十分のインブリーディングの重要性について
まずインブリーディングがあると有害な劣性遺伝子が淘汰を受けてなくなりやすいのでオスが半数体になっても生存しやすくなることがあるといっている.これは半倍数体の進化にも同じことがいえるのだろうか?
2番目に父母の間がより近縁なので,ドライブドラッグを巡る重要性がより小さいだろうといっている.しかしここは言葉の微妙な意味が難しいところだ.少しでもヘテロになっていればその部分の遺伝要素同士にとっては非常に重要な現象のはずだが,そのような遺伝子座が相対的に少ないということだろうか.
3番目にインブリーディングは局所的配偶競争状況を作り出し,性比をメスに傾けた方が有利になる.だからメスを増やす効果のあるPGLが有利になるというのだ.(PGLのオス(発現している染色体は母のもの)はメスになる精子(X精子)のみを生産する.)
つまり,由来にかかわらず,Yを持つ父由来ゲノムを攻撃する常染色体上の遺伝子は,メスに傾いた性比バイアスがあるために広がることができるという.そして父由来の場合にのみ父由来ゲノムを排除する「自殺的な」遺伝子すらインブリーディングがきついと広がることができると説明している.
しかしここもよく考えるとなかなか難しい.PGLより先にもっと効果のある性比調節ができてしまえば,乱暴なPGLはコストが高いのではないだろうか.そもそもドライブがあれば(そして半数体の有害効果がでなければ)母由来遺伝子はそれだけで広がるはずだから,ここは父由来であっても働く場合を指しているのだろう.しかし父由来のときのみ効果のある「自殺的な」遺伝子まで,インブリーディングがきついと広がる理由は,それが性比をメスに傾ける手段となるためといいたいのだろうか.確かにそれ以外に性比をコントロールする方法がないのならそうなのかもしれない.しかしこれは結構「大きなif」ではないだろうか.


と考えながら読んでいくと,PGLが性比コントロールのために進化したかどうかにかかわらず,実際に性比を傾けるという事実があるのでPGLの遺伝子は頻度依存淘汰を受けるだろうという説明が続いている.さらに,「PGLが広がると集団がメスに傾き,どこかでPGLはこれ以上増えると不利になる平衡頻度を持つだろう.この平衡点はこの遺伝子がX染色体にあるのか常染色体にあるのか,どのような由来で働くのか,多面発現効果,インブリーディングの強さなどによるだろう.平衡頻度があればオスは2つのタイプに分かれていることになる.またメスは自分で性比をコントロールするように強い淘汰を受けるだろう」とつづく.どうやらまず性比コントロールのためにPGLが広がり,メスのよりすぐれたコントロールが別途進化するというシナリオのようだ.


次にPGLの起源については母親経由で垂直感染する体内共生バクテリア起源ではないかと推測している.
理由としてオス体内の寄生体はどん詰まりなので少しでも近縁個体のためになることを行う.インブリード集団では配偶相手は集団平均より近縁であるので,配偶相手にあるバクテリアは集団平均より近縁になる.そしてその配偶相手のホストの子孫をできるだけメスに傾ければその中にいるバクテリアにも利益になるとする.アウトクロス種ではオスを殺せば,場所的に近いホスト個体にリソースが回って有利になるだろう.そして近い個体は近縁だろうという.どっちにしてもオスは殺した方が少しでもその体内共生筋に利益になるというなんだかうまい説明だ.
実際にPGLのよく見られるカブリダニやカイガラムシで体内共生菌はよくあるということなので説得力がある.


先ほど疑問に感じた半倍数体との関連についても議論してくれている.
PGLから半倍数体はメカニズム的に進化しやすいだろう,また前提条件も共通しているので両者はいろいろな意味で関連し,しばしばPGLから半倍数体が進化しただろうと説明している.実際にトゲダニの分子的な系統分析ではPGL系統から真の半倍数体が生じていることが示されているらしい.



第10章 ゲノミックエクスクルージョン その4


1. PGL,準半倍数体


(5) PGLの進化


どのようにしてPGLが進化したのかについては著名な進化生物学者が推測している(Brown 1964, Bull 1979, Haig 1993, Hamilton 1993, Normark 2004)が,まだコンセンサスは得られていない.しかしいくつかの要因は重要だと考えられている.


a. ドライブ

もし父由来染色体を不活性にして排除する母由来効果の変異が生じれば,これは伝達アドバンテージを持ち広がるだろう.その遺伝子はRNAかタンパク質を作り,卵の中にY染色体を含むゲノムが侵入するのを防げばよい.
このようなメカニズムに究極的に重要なのはPGLの祖先型がオスのヘテロ型であることだ.

b. インブリーディング

インブリーディングはいくつかの点でPGLの進化に影響を与える.
まずインブリーディングは接合子をホモ構造にさせ,有害な劣性変異を表面化させる.
2番目に父母の間がより近縁なので,ドライブドラッグを巡る重要性がより小さいだろう.
3番目にインブリーディングは局所的配偶競争状況を作り出し,性比をメスに傾けた方が有利になる.これは実際にPGLのオスが行っていることだ.唯一これに抵抗するのはY染色体だけだろう.

PGLが性比コントロールのために進化したかどうかにかかわらず,実際に性比を傾けるという事実があるのでPGLの遺伝子は頻度依存淘汰を受けるだろう.またメスは自分で性比をコントロールするように強い淘汰を受けるだろう.
PGLのみられる分類群のインブリーディングの証拠は示唆的だ.多くは典型的な局所的配偶競争を示している.


c. 卵を経由するバクテリア

おそらく最初のPGLは染色体上の遺伝子ではなく,母経由で垂直感染する体内共生バクテリアによるものだっただろう.体内共生バクテリアはカブリダニやカイガラムシでよく見られるものだ.幼虫は集団的である.


d. オスにおけるキアズマなしの減数分裂

キアズマができて交叉を生じると,その後は父由来ゲノムと母由来ゲノムは分離できない.すると別の理由により交叉が生じなくなればよりPGLが進化しやすいだろう.
キアズマなしの減数分裂はほとんどいつも片方の,それもヘテロ側の性で生じる.このため多くのハエは雄がヘテロでキアズマを作らず,多くのチョウやガははメスがヘテロでキアズマを作らない.


e. 活動時期

PGLにおいて父由来ゲノムは受精直後ではなく,何回か有糸分裂を経た後に不活性化される.PGLのタイミングはおそらく発生個体の遺伝子が発現するタイミングと関わっているのだろう.


(6) PGLと半倍数体


PGLは遺伝様式が半倍数体と同じになるので,準半倍数体(parahaplodiploid)と呼ばれることがある.場合によっては準半倍数体から真の半倍数体が進化したと考えられるいくつかの理由がある.