"Chimerism in Callitrichid Primates" by David Haig


American Journal of Primatology 49:285-296 (1999)

http://www.oeb.harvard.edu/faculty/haig/pdfs/99Marmoset.pdf



これはマーモセット類のキメラに関する考察だ.ほとんどは推論だけであり,データはなく,仮説の提示のみをおこなっている.
まず仕組みとして杯盤胞の融合から共通の胎盤が形成され,血管網が連結して,骨髄,血液,リンパ球にキメラが生じることが説明される.哺乳類の通常の一腹複数仔についてはキメラは生じないので進化的な説明が必要だとしているが,その回答自体は提示されない.

また生殖細胞系列がキメラかどうかについてはそう反する研究がありわかっていないとする.この後の議論は生殖系列はキメラではない前提で話が進む(もっともキメラであってもあまり要点は変わらない)


続いてマーモセットはグループ内で優位メスしか繁殖しないという特徴があり,これまでの環境要因から説明する説を紹介した後,キメラの観点から面白い指摘ができるとする.

ここからが面白くて,双子それぞれの生殖系列,体組織系列の遺伝子型,表現型,母の遺伝子型が混在して話が複雑になるので,ギリシア神話からレダとカスターとポラックスを引き出して説明している.

ギリシア神話ではレダはカスターとポラックスの双子の兄弟の母である.ヘッズHeadsとテイルズTailsが入り混ざったという話を現代的に解釈すると,この双子は体組織はキメラで,生殖系列はそうでないということになろう.すると遺伝子型ヘッズのヴィークルは表現型カスターで,遺伝子型テイルズのヴィークルが表現型ポラックスということになる.これらの双子は自分自身や兄弟の繁殖と母の繁殖についてどのような利害を持つだろうか.
ヘッズの母(レダ)由来アレルはレダの配偶子に1/2の確率で,またカスターの配偶子に1/2の確率で入り込む.テイルズの母由来アレルはレダの配偶子には1/2の確率で入るが,カスターの配偶子には1/4の確率でしか入らない.
するとレダのアレルでヘッズに発現したものは(レダの利益B)>(カスターのコストC)であれば広がるが,テイルズに発現したものは(レダの利益B)*(2)>(カスターのコストC) でないと広がらない.
するとカスターが自分自身の繁殖か母の繁殖を手伝うかを選択しているとするなら,カスターの中にあるテイルズの細胞たちはより母の繁殖を手伝うことを望むだろう.

同様に推測すると,もしカスターにある細胞が,自分が属する個体の生殖系列が自分と同じ系列なのか,兄弟の系列なのかを知り得ないとすると,(レダの利益B)*(4/3) >(カスターのコストC)であれば広がることになろう.

このようにしてカスターにあるヘッズとテイルズの利益は以下の条件の場合に利害が共通になる.1)カスターの生殖系列がどちらのものかわからないとき,2)発現する利益,コストがカスターにかかるかポラックスにかかるかわからないとき,3)生殖系列もキメラであるとき
父親の不確かさはこの問題に複雑さを与えるが,本質的には同じ傾向(テイルズの遺伝子型はより母親の繁殖を指向する)を示す.


さらに遺伝子の利害だけでは生じる現象は説明できず,その遺伝子のパワーと情報が重要だと解説し,実際にキメラが生じるのは骨髄と血液,リンパ液なので,情報はあまり得られないが,排卵抑制などは可能だと指摘する.また情報を得られないことから逆に双子間でコンフリクトが減少するのだという鋭い指摘がなされる.では何故他の社会性生物でキメラが見られないのかという疑問が心に浮かぶがこの点にはふれられていない.(もちろんHaigは協力を促すことが有利だからキメラが適応として進化したと主張しているわけではない)


このほかに本論文では免疫系についても考察される.骨髄のキメラは双子が免疫的に異物だと認識されないことに淘汰圧をかけただろう.このためマーモセットは他の霊長類に比べてクラス1のMHC多様性が少ないのだと思われる.このためマーモセットはウィルス感染を起こしやすいというのだ.
このことの説明としては,短期的な進化的な歴史の経緯としての説明のみがなされる.長期的には最適とは言い難いということだろう.つまり血管が複雑に連結していたために,互いに免疫攻撃が可能になり,短期的な進化的解決として子宮内でいったん異物と認識されそうになったときに,(後のコストにもかかわらずに)双方が双方の骨髄にはいるという解決策をとってしまったというシナリオだというのだ.

今後はキメラになっていない個体と通常のキメラ個体を比較することにより,キメラの影響がわかるだろうと結んでいる.