「行動・生態の進化」

行動・生態の進化 (シリーズ進化学 (6))

行動・生態の進化 (シリーズ進化学 (6))



これは岩波書店のシリーズ進化学の第6巻.行動生態の中級向けの日本語で書かれた専門書籍は実はあまり多くない.90年代の半ばまでには海外の教科書の訳書も含めて数冊出され,その後は総括的なものはあまり出版されていないように思う.本書はその空白を埋める書物であり,最新の研究内容も紹介されており内容も充実している.


シリーズの他書と同じく,トピックごとに分担して執筆されており,序章を長谷川眞理子先生,結びを長谷川寿一先生が執筆して締めている.これがなかなか味があって面白い.特に結びは秀逸で,それぞれの章についての鋭い批評ともなっている.読みながら,あれっと思ったところにはきちんと「個人的には素直にうなずけない部分もある」などと断りがあり,読者に各章で書かれていることが,通説なのか執筆者の個人的見解なのか微妙な部分についてわかるようになっている.これは大変親切な作りだと思う.


第1章は河田雅圭先生による個体の行動の進化.まず形態の進化についてそれが遺伝子頻度の変化として現れることを説明し,キイロショウジョウバエやハタネズミで見られる行動に影響を与えている遺伝子が解説される.自然選択について解説があり,集団選択についてすこしふれる.最後に中立的な行動,様々な制約などについて説明があり,やや遺伝子を巡る最新の研究結果に焦点を当てた入門部となっている.


第2章は本書の白眉ともいえるほど気合いが入った章で,辻和希先生による血縁淘汰・包括適応度と社会性の進化である.この章には 最近の様々な研究成果が盛り込まれていて非常にうれしいのだが,何より素晴らしいのは血縁淘汰の説明について執筆者がいったん難しい議論をすべて自分でこなしてから,オリジナルに説明を工夫しているところである.これはなかなか労力のかかるやり方だが,その成果としてきわめて独創的かつ高水準に仕上がっている.プライス則からきちんとはいり,血縁淘汰モデルと群淘汰モデルを同じ枠組みに入れて整理し,血縁度の理解が難しい部分も回帰についてグラフを用いて丁寧に解説してある.この回帰グラフは実に誤解しやすいところを明瞭に説明できていて素晴らしい説明の仕方だと思う.初心者にとってはやや難しいかもしれないが,是非味わって欲しい本書の魅力である.
理論編の後は検証編で,まずこれまでに取り上げられた鳥のヘルパーやハダカデバネズミの紹介の後,性比を用いた定量的な検証方法が紹介される.この性比を用いた定量的な検証というのは行動生態学の宝石とも呼べる美しい部分だと思うが,社会性昆虫の専門家である執筆者により詳しく描かれている.研究に対する情熱を感じることができ,ここも本章の読みどころのひとつである.


第3章は長谷川眞理子先生による性淘汰.性淘汰については優れた解説書が他にも多く出ていると言うことでさらっと書かれている.ちょっと残念なところだ.最後でここ20年に生じた性淘汰のとらえ方の変遷がふれられていて参考になる.


第4章は田中嘉成先生によるコミュニケーションと信号の進化.この部分も日本語で読める総説は限られており,そういう意味では貴重な章だ.最初にダーウィンのイヌの信号がでていたり,最後にまだ定説のない様な部分についてもふれていて意欲的だ.ただ理論的に深い部分にはあまりふれられておらずやや物足りなかった.


最後の第5章は佐々木顕先生による共進化.これも力のこもった章である.病原体の毒性の進化の分析,形質置換のシミュレーションあたりもエレガントな解説だし,托卵を巡るトピックも理論的に興味深い.さらに送粉共生系,植物の共生系,ベーツ擬態とミュラー擬態の共進化動態,植食者と植物の化学的共進化と面白い話題満載である.最後に遺伝暗号の進化が実は共進化を関わっているという興味深い話題にまでふれている.ページの制限があるのがとても残念で,せめてこの倍のページ数があればと思わずにはいられない話題満載の章である.


通してみて,水準が高く最新の知見が豊富に取り入れられており,お勧めできる.何より第2章だけでも本書を購入するに値すると思う.



関連書籍


最近加筆された日本語で書かれた教科書の第二版



動物生態学

動物生態学



今でも日本語ではこの本が一番深いかもしれない.


行動生態学入門

行動生態学入門



動物の信号なら原書ではこれがもっともお勧め
書評はこちらのページをどうぞ


Animal Signals (Oxford Series in Ecology and Evolution)

Animal Signals (Oxford Series in Ecology and Evolution)