「Man the Hunted」


Man the Hunted: Primates, Predators, and Human Evolution

Man the Hunted: Primates, Predators, and Human Evolution




人類学者ハートとサスマンによる人類進化についての新たな視点を描いた本だ.基本的にはこれまでの人類進化仮説が,ヒトの進化的特徴を説明するためには,ヒトがハンターとして適応してきたことが非常に重要だとしているのに対して,実は狩猟が本当に重要になったのは人類進化の最後の最後だけであり,それまではむしろ被食動物として進化してきたのだ,そして脳の増大や社会性の獲得は被食動物の適応として理解すべきだと主張する.


これまでの狩猟適応仮説が,西洋社会の価値観に影響されすぎていると力説するところは,ややポストモダニズム的でどうなのかなという印象だし,肝心の被食動物としての適応仮説についてもあまり詳しく展開されず,説得力がない気もするが,中間の展開や事実の提示はとても具体的で面白く,読むに足る.


まずこれまでの狩猟仮説「ハンターとしてのヒト」が説明として単なる作り話の域を出ていないことを見せるために,「ダンサーとしてのヒト」という楽しい対立仮説を提示して楽しませてくれる.そしてダートのアウストラロピテクス狩猟仮説の根拠となる頭蓋骨の穴が実はヒョウの歯形に一致していることを示して,いかに当時の人類学者が先入観にとらわれていたか,そして初期人類がどのような生態的地位にあったのか詳しく見なければならないと力説する.


ここからの現代の霊長類についての生態の紹介はとても面白い.まず霊長類は実は多様な捕食動物の主要食糧になっており,基本的に被食動物であることが示される.大型のゴリラでも観察群が次々に捕食されて減っていくことがあるのだ.そして次々に霊長類が補食される例が紹介される.特に霊長類補食のスペシャリストとされる捕食動物だけでも11種もあるというのは驚きだった.その中でもヒョウ,オウギワシ,カンムリクマタカ,フォッサは特に重要な捕食者らしい.そして通常の霊長類にとっては捕食が最も重要な淘汰圧になっているという.


続いて捕食動物群ごとに詳細が描かれる.まず大型ネコ類,人食いライオンや人食いトラの話に続いて,絶滅した剣歯トラ類について,それがいかに獲物を出血多量になるように特殊適応していたかが解説される.そして真打ちのヒョウ.サバンナの霊長類,特にアウストラロピテクスにとっては恐ろしい敵だったようだ.


続いてオオカミ.アメリカ大陸のオオカミは人を襲わないが,ヨーロッパのオオカミは明らかに人を襲っていた.そしてやはりアウストラロピテクスの脅威であっただろうハイエナ.北京原人もハイエナに補食されていた証拠があるらしい.そしてサルやヒトに生得的な恐怖感を与えることで有名なヘビ.霊長類の子供にとって脅威のようだし,大型のヘビはよくサルを補食するらしい.ワニ,サメと来てもっとも面白いのが霊長類専門の猛禽類だ.カンムリクマタカとオウギワシはサルに対する完全な専門家で,サルにとってはもっとも大きな脅威だし,ヒトの子供を捕食した例もあるようだ.鉤爪の素晴らしい図も掲載されている.


続いて霊長類の対補食戦略の紹介.
パタスモンキーの戦略として,予測できない動き,広い分散,睡眠パターンの隠蔽,日中の出産などを紹介し,ヒトの身体の大型化,群れを作る社会性,認知能力,逆襲攻撃などがヒトになる前から,すでに進化していた対捕食者戦略だろう,そして二足歩行や言語はヒトとなってから進化した対捕食者戦略だろうという.
まず二足歩行についての従来説を並べ,すべての説明に反駁し,そもそも前適応があった上に対補食で逆襲や警戒に有利だったという.ここは私見ではあまり説得力があるとはいえないという気がする.さらに脳の増大も対捕食者戦略,言語は警戒音起源だと言うが,これはさらに根拠が小さい気がする.


ここからはポストモダニズム的に,ヒトの狩猟仮説が有力だったのはキリスト教の原罪の概念を引きずっているからだとか,1970年代のE. O. ウィルソンのヒューマンユニバーサルの整理が間違っているとかかみついている.ここは著者の印象からの単なる決めつけや,何で1970年代の本を今更,という感じが強くて本書の残念なところだ.またチンパンジーの攻撃性の観察例についても少ない観察例で疑問があるものも有り余り引きずられるべきではないと主張している.これもそうであって欲しいという思いに引きずられている様に読める.


最後に化石や考古学的な証拠によるとはっきりした狩猟道具の例は,最も速いもので40万年前,はっきりしたものは6-8万年前以降であり,エレクトゥス以前は臼歯の形状から考えても植物食が主体だったと強調し,被食動物としての生態をより考えるべきだとまとめている.確かに進化の大部分の段階ではそこもよく考えていった方がよいのだろう.


被食動物というと,テレビのドキュメンタリーの影響もあるのか,通常草原の草食動物が念頭に浮かぶが,もちろんそれだけではないわけで,被食動物側から見た生態,特に霊長類について非常に興味深い本に仕上がっている.人類進化については,ややこれまでの主流が狩猟仮説だと決めつけすぎているし,本書の被食適応仮説もジャストソーストーリー度としては同じようなもののように感じられる.ただこれまで強調されていない点もよく考えようという指摘はもっともで,そしてその背後のいろいろな事実については大変説得的で面白い本というのが本書の感想である.