「顔は口ほどに嘘をつく」


顔は口ほどに嘘をつく

顔は口ほどに嘘をつく


ダーウィンの「人及び動物の感情表現」を読んだ勢いで,この本にも手を出してみた.著者のポール・エクマンは感情表現の研究の第一人者であり,上記原書であるThe Expression of the Emotions in Man and Animals の definitive edition 1998(第三版)で序言,解説,あとがきを執筆している.この第三版のあとがきにもあるように,もとは文化相対主義行動主義心理学から出発し,表情が文化により異なることを立証しようとして感情表現の他民族データを扱ううちに,実は感情表現の多くがヒューマンユニバーサルであることに気づくに至ったという研究者である.


本書は2003年に出版された Emotions Revealed を訳したもので,著者の感情研究の成果をまとめたもの.感情表現の中でも特に顔の表情がテーマになっている.

面白いのは巻頭に顔の表情を読み取るテスト問題が付いているところだ.著者の娘さんのイブの微妙な表情の顔写真が14枚つけられていて,それぞれがどのような感情を表しているか答えさせる形式になっている.まじめに本書にあるとおりの解答用紙を作って試してみたが,まず本書を読む前の正答はたった3問,本書を一通り読んだあともう一度やってみると,なんとか今度は8問正解となった.これは結構読者の興味を引きつける面白い仕掛けだ.


テストの後はまず,冒頭にも述べた感情表現がヒューマンユニバーサルであることの説明と,著者がそれをどう調べたかが述べられる.ハリウッド映画の影響でないことを証明するためにニューギアナで苦労してデータを集める話や,日本人とアメリカ人では感情表現は共通だが,他人の前でどこまで抑制が求められるかのルールが文化差としてあることなどが興味深いところだ.


第2章では,現在著者が考えている感情表出のメカニズムが述べられる.著者によると,私たちは自分の安全など重大な事態については意識的に認識する前に自動評価機構によって認識し,そしてとても素早く,かつ無意識のうちに感情を引き起こす.これは意識が脳のプロセッサーではなく,脳内処理のごく一部についてのディスプレーだという最近の一部認知科学者の認識と整合的に感じられる.
そして第二にある特定の記憶がその自動評価機構を呼び出す引き金になる.そしてその引き金には普遍的なもの,学習によるものがあり,普遍的なものはおそらく進化により獲得されたのだろうという.また具体的な体験だけでなく内省的な評価,過去体験の記憶,想像などからも感情は生じる.面白いのは特定の感情表現を表す表情を作ることからも感情は生まれることである.


第3章では,ややハウツウ的に,どのようにすれば感情を制御できるかということが述べられている.


第4章では感情的になることの意味をもう少し深く議論する.
その特徴は感情は意図によりコントロールされにくいところだ.そもそも感情的になるかどうか,いつ感情的になるか,そしてそれが顔や声に出るかどうかを意図的にコントロールできない.著者はその究極因について感情がわき起こったときに顔にその表情が表れるのは,進化的にその方が有利だったからだろうと説明している.ここは是非深く議論して欲しかったところだ.どうしてその方が有利だと考えられるのだろう.確かにコミットメント問題の解決からはフェイクできない信号であることが求められるが,もし一人だけフェイクできる突然変異にが生じたらその方が有利になり得るのではないだろうか?

続いて著者は感情の抑制についても議論する.生じてしまった感情を意図的に抑えようとすることは可能だ.著者はこれは学習できるとしている.著者は,これは一種の環境条件に対してオープンにひらかれている情動プログラムであり(条件付き戦略という意味と思われる)育児期間の長い動物でこれが進化しやすいと議論している.著者のひとつの問題意識はいかにうまく,不要な感情を抑えて社会生活をうまくこなせるかということだから,ここには注目せざるを得ないのだろう.自分や他人の感情に注意深くなるように勧めている.

第5章以下は個別の感情とその表現について.それぞれ素晴らしい例示写真と,イブの微妙な表現のいくつもの顔写真が添付されて詳しく説明される.悲しみ,怒り,驚きと恐怖,嫌悪と軽蔑,喜びが解説されている.それぞれの感情の引き金を何が引いているか,それぞれを表す顔の表情の特徴にについて具体的に説明されている.非常に丁寧に説明され,大変興味深い記述が連続している.本書の価値の中心部分である.感情表現に興味のある人(また俳優希望の人)には宝の山だろう.


全体を読み終わって感じることは,21世紀になってもこの分野の知見はまだダーウィンからさして遠くに行けていないということである.個別の感情のカギや,感情表現の特徴はダーウィンの観察とかなり重なっているし,究極因的な理解はほとんど進んでいない.まだまだ遙かな未知が残されているのだ.



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原書はこれ このカバー絵にあるのが著者の娘さんイブの顔写真だ.

Emotions Revealed: Recognizing Faces and Feelings to Improve Communication and Emotional Life

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