「The Creation」

The Creation: An Appeal to Save Life on Earth

The Creation: An Appeal to Save Life on Earth




本書はE. O. Wilsonによる環境保護を訴える啓蒙書だ.ウィルソンは社会生物学論争の後,種の多様性を訴え続けており,もう何冊も本を出しているが,本書はコンパクトな170ページ弱の小品である.
本書の主張の特徴はメインターゲットを宗教関係者におく体裁をとっていることだ.ウィルソン自身はアラバマの生まれで信心深いバプティスト派のクリスチャンの家庭に生まれているので,アメリカ南部の宗教的な文化への理解も深いのだろう.本文はDear Pastor(牧師さん)という呼びかけで始まっている.


ウィルソンの呼びかけは次の一点だ.「私たち進化生物学者バプティストキリスト教信者は確かに「進化」については見解を異にしているでしょう.しかし環境保護そして生物多様性保護については合意できるはずです.「神」が作ったこの自然と生物界の多様性を捨て去って良いはずはないでしょう.進化についての見解の違いを超えて環境保護生物多様性の保護については連帯しましょう」というものだ.一部キリスト教徒の中には終末は近いとして環境保護に無関心な層がいるらしい.そして宗教界はそうではないというべきだという主張だ.いつものようにウィルソンは新しいキャッチフレーズを掲げている.「Creation」という言葉について,進化生物学者から見れば進化によって,キリスト教徒から見れば神によって作られた生物多様性を象徴するものとして扱っているのだ.


第2章では,何故人間にとっていかに自然が大切かということが人々に浸透していないかについて触れている.ウィルソンによればそれは人々が環境について無知なこと,そして科学教育が不足であること,最後に生物学がものすごい速さで進展していて人々がついて行けないことにあるとしている.


第3章以降ではウィルソンの自然,生物多様性の賛歌が収められている.
ウィルソンがいう自然とは昆虫やネマトーダやバクテリアのすむ極小自然も含まれている.その多様性,ボストン湾周辺の島の自然の再生が語られる.そして種の多様性による応用科学面での有用性を述べ,移入種による破壊の恐ろしさを,ヒアリのオレンジ樹への被害説と意外な真犯人さらにアメリカ南部のヒアリについての魅力的な物語として訴える.ここはウィルソンのアリ学者としての面目躍如たるチャーミングなエピソードだ.続いてクズリとミツマタアリの物語.さらに環境心理学,保全心理学とともにバイオフィリアについてもう一度訴える.そしてヒトによる現在の絶滅の様相が語られる.


第9章以降では自然保護に無関心なイデオロギー,宗教への批判がなされる.動物園や植物園のように人工的に生物多様性を保護するのは技術的に不可能なこと,種を絶滅から救えた例はまれであること,大絶滅から自然環境が復活するには10百万年かかること,自然環境の保護は経済的に見ても十分引き合うことが力説される.


つづいて科学の方法論のすばらしさと,知識の統一への野望,生物学の原則(物理化学の法則に従うが創発現象がある,すべての生物学的現象は進化によって作られたものである)記載の重要性とまだまだなされていないこと,教育の方法(まず原則から教えよ,生物学の外側まで広げよ,問題解決の焦点を当てよ,あるところは深く,そして浅く幅広く,自分もコミットせよ)ナチュラリストの育て方,そして市民として科学に貢献しよう(最近の興味ある動きとしてバイオブリッツが紹介される)と,ウィルソンの『最後にこれだけはいっておきたいこと』が,ひとつひとつ,きらきらと輝くエピソードを混ぜながら語られる.ウィルソンもすでに77歳.これはウィルソンの後世代に伝えたい遺言だなあと感じさせる部分だ.


最後にもう一度宗教界に訴えて本書は終わっている.IDのような筋の悪い議論には関わらずに,共通の関心について協力し合おうと訴えている.ひとつひとつの章は短く,しかし素敵なエピソードや最近の発見にも満ちあふれていて,とても77歳の筆によるものとは思えない若々しさだ.しかし続けて読んでいくと,だんだんその自然を慈しむようなまなざしと,どうしてもそれを保全すべきだという静かな熱意が伝わってくる.つい最近ウィルソンはSelected Writings 1949-2006として半世紀以上の自分の文章をまとめた本を出版している.本書はそれとは対照的な小品だ.そしてこれが最後の著書になるかもしれないという思いで書かれているのだろうか,気品ある良い本だと感じられた.




E. O. Wilsonの本



原書出版順で主要な本を紹介してみたい.



The Theory of Island Biogeography (Princeton Landmarks in Biology)

The Theory of Island Biogeography (Princeton Landmarks in Biology)


1967年.まずこれ,マッカーサーとの共著.生物地理生態学の古典.未読.


地理生態学―種の分布にみられるパターン

地理生態学―種の分布にみられるパターン

関連してこの本.
今はなき蒼樹書房から翻訳出版されていたので随分前に読んだが,生物学をよりハードサイエンスにするのだという気迫の感じられる良い本だった.残念ながら入手困難と思われる





Sociobiology: The New Synthesis, Twenty-Fifth Anniversary Edition

Sociobiology: The New Synthesis, Twenty-Fifth Anniversary Edition


1975年.次はこれだろう.あまりに有名な社会生物学.これは出版25周年記念バージョンだ.



社会生物学

社会生物学


訳本はこちら.結構なヴォリュームで読みでがある.理論を統一しようというものすごい意欲に圧倒される.最終章の人間のところが問題になったとされているものだが,今日的に読むと何のことはない記述だ.むしろ生物学が社会科学を包括するのだという前半部分の方が挑発的だ.




On Human Nature: With a new Preface, Revised Edition

On Human Nature: With a new Preface, Revised Edition

人間の本性について (ちくま学芸文庫)

人間の本性について (ちくま学芸文庫)


1979年.次はこれ.「人間の本性について」は思索社からでているが,文庫になって筑摩書房からもだされている.社会生物学の最終章が問題となった後にもう少し詳しく人間を論じているものとして出版された.当時としては意欲的な書物であるが,現代的に見ると適応についての理屈の詰めは甘い部分が多い.




Genes, Mind, And Culture: The Coevolutionary Process

Genes, Mind, And Culture: The Coevolutionary Process

1981年.人間についての次作は,文化との共進化を扱ったもの.理論的に難解な意欲作という評判を聞いているが未読.最近の文化進化を扱っている書物ではあまり引用されることはない.私の知る限り訳されていないように思う.



Promethean Fire: Reflections on the Origin of Mind

Promethean Fire: Reflections on the Origin of Mind

精神の起源について

精神の起源について

1983年.文化との共進化第2弾.こちらは訳本がある.いずれも未読.




Biophilia

Biophilia

バイオフィリア―人間と生物の絆

バイオフィリア―人間と生物の絆

1984年.ウィルソンは一転して,環境保護に執筆活動の重点を移す.Creationでも取り上げられているが,人には自然を愛する本性があり,環境保護には人類にとって非常に重要な価値があることを力説している.



The Ants

The Ants

1990年.ピューリッツァー賞受賞のこの本はものすごく巨大だ.アリ学者ウィルソンの同業者向けの専門書.そのデータ量の多さにウィルソンの学者としての特質がよく現れていると思う.私も入手しているが,さすがに時々美しい図版を眺めるだけで通読はしていない.


The Diversity of Life

The Diversity of Life

生命の多様性 (1) (Questions of science)

生命の多様性 (1) (Questions of science)

1992年.生命の多様性という言葉は本書を契機によく使われるようになったのだろう.このあたりからのウィルソンの本のまなざしは限りなく優しくなってくる.



Journey to the Ants: A Story of Scientific Exploration

Journey to the Ants: A Story of Scientific Exploration

蟻の自然誌

蟻の自然誌

1994年.The Antsを一般向けにおろしたような本.これはさらに美しい図版が満載で,とてもとても楽しいアリの物語にあふれている.私の読んだ昆虫の本では一番の出来だと思う.訳本は入手困難らしい.(今見たら松本先生に並んで辻和希先生が訳者だった)アマゾンのマーケットプレイスに古本が18000円の値段で出されていた.



Naturalist

Naturalist

ナチュラリスト (上)

ナチュラリスト (上)

1994年.自伝.とても良い味を出していると思う.


In Search of Nature

In Search of Nature

生き物たちの神秘生活 (Natura‐eye Science)

生き物たちの神秘生活 (Natura‐eye Science)

1996年.自伝の後はエッセー集だ.書き下ろしではなく,長年にわたり書かれたものを集めたもの.



Consilience: The Unity of Knowledge

Consilience: The Unity of Knowledge

知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合

知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合

1999年.自伝を1996年に出して枯れたかと思われたウィルソンだが,コンシリエンスで,またも学問の統一に向かって挑戦の姿勢を新たにした.最新の知見を十分に取り入れた本書は渾身の一冊だ.




The Future of Life

The Future of Life

生命の未来

生命の未来

2002年.これも環境保護を訴えた一冊.



Nature Revealed: Selected Writings, 1949-2006

Nature Revealed: Selected Writings, 1949-2006

2006年.そしてこれが40年以上に渡る執筆活動を記録したセレクティッド・ライティングズだ.




3/5追記

ウィルソンの重要著作の追加


The Insect Societies (Harvard paperbacks)

The Insect Societies (Harvard paperbacks)

1971年.青木先生のご指摘によると日本の社会性昆虫研究者に大きな影響を与えた一冊ということだ.



<i>Pheidole</i> in the New World: A Dominant, Hyperdiverse Ant Genus

Pheidole in the New World: A Dominant, Hyperdiverse Ant Genus

2003年.とにかくものすごそうな818ページの専門書.ついでに追加しておこう