日本生物地理学会参加日誌2007


日本生物地理学会は例年4月の桜の咲く週末に立教大学で開かれる.今年は7-8日の両日.桜も散り気味であったが,新入生で華やぐ雰囲気の良いキャンパスであった.この学会は分類学者さんたちのとてもこだわった発表,分類学を巡るトピック,また結構一般的なホットトピックを取り上げるシンポジウムなどがちりばめられてなかなか楽しい.


初日は一般発表から.


まず外来魚のブルーギルに対するイカリムシの寄生を調べた研究.イカリムシがカイアシ類だという知識から新鮮.なるほど,金魚についていたあいつはこういう生物だったのかと思いながらスライドを眺めて楽しめた.
続いて御牧村におけるオオルリシジミの復元に関する発表,復元も実務レベルではなかなか大変そうだ.
次は富山市の科学博物館の展示について.聞いていると富山の自然はなかなか面白そうだ.まだいってみたことがないので興味深い.
次の発表は島の生物地理学の寄生生物版.アカネズミに寄生する蠕虫類,特に線虫類について多くの島での定量データをとり,それを分析したもの.そのデータ集めはさぞ大変だっただろう.寄生性線虫類については種数と島の面積,最寄りの大陸(大きな島)までの距離の関係が成り立たないということが示されていた.ホスト側の人口変動幅が大きいことによるボトルネック効果とかについていろいろ議論されていて面白かった.


休憩の後はライラック類に寄生する二種のうどんこ病菌についての発表.これはなかなか面白かった.ヨーロッパのライラックうどんこ病菌の中に東洋種が発見されたり,それが実は昔の標本にもあったのではないか,あるいはそもそも別種ではないのではないか,また近年ヨーロッパのうどんこ病菌の有性生殖と無性生殖の振る舞いが異なってきたのは何故かという疑問に対して,DNAの解析から,やはり別種であり,近年ヨーロッパに広がったことが示されていた.発表時にはライラックの日本移植と二種の菌の分岐時間についての説明がなく結構パズルであったが,Q&Aで質問が出て,もともと近縁のハイドイ属植物に適応していた菌が移植されたライラックに広がったのだろうという説明があり納得した.

次はゼゼラの地理的文化と人為的分布攪乱について.そもそもゼゼラというコイ科の魚がいること自体知らなかった.この発表の問題意識はゼゼラの日本列島の分布には,琵琶湖産のアユの稚魚放流による人為分布の影響が相当あるのではないかということだ.DNA分析の結果はかなりクリアーで見事な系統樹とともに明らかに琵琶湖産のゼゼラが九州土着ゼゼラとともに九州の河川に分布していることを示していた.



続いて「種」概念にかかるセッション.学会長森中先生自らの発表で,サンバワナカザリシロチョウについては側系統としかいえないような種が現れることを示して,種の系統樹と個体群の系統樹はそもそも異なる概念を表すものであることが説明された.生物地理業界ではヒグマとホッキョクグマのケースが良く取り上げられるようだ.ホッキョクグマがアラスカの南の小島のヒグマの個体群にもっとも近縁であり,ヒグマは側系統になってしまうらしい.チョウを巡るお話は聞いていて大変楽しい.
第一日目最後は種と個体群にこだわったやはり「種」概念についての発表だった.三中先生もいらっしゃったが特につっこみはなく終了した.



二日目の午前セッション.


日本産フナにおける倍数体と形態差についての詳細なデータを発表される.これまでフナについては3倍体がギンブナとして形態に特徴があるとして一括りにされていたようだが,実際に測ってみるとそうでもないということだった.予備的なデータということか,地域差については捨象して倍数体差のみ表示されていたので,解釈はやや難しいように思うが,初めての試みだということだった.

続いてミズヒキゴカイについての発表.こちらはスライドが見事で,そもそもミズヒキゴカイについてはよく知らなかったが,わかりやすい発表だった.開発企業によるアセスメント調査で役所に指定されている参照図鑑が古いためにデータがゆがんでいるのではないかということだった.なかなかゴカイの図鑑は売れないだろうから難しいところなのだろう.


午後はシンポジウムが2つ開催された.


まずは三中先生オーガナイズによる「進化と系譜:ツリー,ネットワーク,視覚言語リテラシー
リテラシーをキーワードにいろいろな発表がなされた.
まずはオーガナイザーの三中先生の発表「ツリーとネットワーク:系図言語とそのリテラシー」から.いろいろな系統樹が次々に表示されて楽しい発表だ.系統樹を読むにもそれが何をどう表現しているかのリテラシーが必要だ.そしてコンピューターパワーが上がり,系統樹がネットワークで表される局面ではすでに理解が難しくなっているという趣旨だった.確かに一定以上複雑な物事は「理解」するのが難しい.しかしそれは図のリテラシーの問題なのか,それともそもそも対象の複雑さがすでに人の認知を越えているのかという問題なのかについてはよくわからなかった.スライドの中では中世の系図の表現の仕方が非常に興味深かった.

つづいては中村雄祐先生による「現代社会におけるリテラシーと生存」.発展途上国における社会開発の現場からの問題意識で,リテラシーについて語られた.世界の現実についてなかなか重みのあるお話だった.リテラシーと社会の成熟,人々の幸福について相関関係は確かにあるのだが,因果関係や交絡はどうなっているのだろう.そのあたりについての言及が薄いのが残念だった.

続いては細馬先生による絵はがきのはなし.漱石のネコから始まってつかみもばっちりで楽しいお話だった.

最後は田中先生によるワールブルグの図像アトラス「ムネモシュネ」の読み解きのお話.いかにも人文系解釈学という風情で詳細にこった発表だった.このムネモシュネが現代文化においてどう意味や影響を持っているのかについてあまり触れられてないのがちょっと残念だった.

テーマは統一されているがバラバラの話の後,どのように討論されるかと思って楽しみにしていたが,時間がおしてしまったので討論はなくなってしまった.大変残念だった.


2番目のシンポジウムは「次世代にどのような社会を贈るのか?」

このミニシンポジウムは森中会長の「科学が社会に役に立って欲しい」という願いにより毎年ひらかれているもので,生物地理とは関係がなくとも良いという割り切りが大胆で,あまり聞く機会のない話が聞けたりしてなかなかよいと思う.

最初は上田恵介先生による「いじめ,差別,戦争は何故なくならないのか」と題された進化心理学の入門講座.その歴史的発展から説いていた.ちょっと面白かったのはダーウィンの次にユクスキュル,ジュリアン・ハックスレーをもってきたところと.利己的な遺伝子観が世界に広まったことについてハミルトンよりE. O. ウィルソンの貢献を大きく評価しているところだった.実際にそれが始まったときに大学院にいらしたという体験的にはそのような受け止め方だったのだろうか.内容的には進化心理学の適応を巡る知見はあまり取り上げられずに,動物と人の心の連続性と,チンパンジーの集団殺戮事例がヒトについて示していると考えられること,そしてヒトの心にある内集団と外集団を区別する傾向に関する話が中心だった.メッセージの中心はこのような問題はヒトの心にある傾向を理解した上で対策を考えていくことが望ましいというもの.いじめについては,子供間のいじめは子供の発達過程における行動の一部で,政治的なかけひきの練習に当たるだろう.そして本来ならその属する子供集団,周りの兄弟,大人による介入により深刻化しないはずのものが,少子化により周りの介入がなくなり,兄弟げんかの経験が少なくなっていること等により深刻化しやすくなっているのでないかと指摘していた.


最後の講演は国立環境研究所の西岡先生による地球温暖化防止に関するもの.地球温暖化に関する知見,状況の説明と,現在の国の政策方向についてわかりやすく説明された.空気中に二酸化炭素が増えた場合の植物の光合成の増大による固定化炭素の蓄積はあまり期待できないとされていた.いろいろな政策方向が示されていたが,こうすればこうできるという話はあったが,経済的なインセンティブをどうつくるかという話はなく,今後はそこが重要な問題になるような感想を持った.実際に化石燃料使用を減らしたいなら国際的に協調して税金をかけて原油1バレルあたり200ドルぐらいにするようなことをしないと実現は難しいのではないだろうか.利害関係者のパワーを考えるとそれも短期的には現実性はないのだろうか.


熱演が続いて予定時間を約1時間オーバーして学会は終了した.例年通りアットホームで雰囲気の良い会だった.