読書中 「Moral Minds」 第3章 その5

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong



第4節の続きは名誉の殺人から激情による殺人に議論を移す.

まずアメリカでは許される殺人の基準が各州でバラバラであることをあげ,英米法の故殺と謀殺の区別の歴史を解説する.それによるとまず許される殺人として正当防衛の概念が成立し,さらに激情による殺人の刑を軽くするために故殺の概念が生まれたらしい.さらに故殺の定義を巡って「挑発」の概念が生まれ,侮辱,友人・縁戚への攻撃,同胞の自由の迫害,配偶者の浮気の目撃という4類型が成立したらしい.
これは制定法でなく判例法主義をとり,陪審主義による量刑の揺れを警戒しなければならない法体系が陥った泥沼のような印象を受ける.あっさり情状酌量の余地として,その代わりに殺人の量刑を広く決めてある日本刑法方式のほうがより柔軟だ.(逆に言えば裁判官の恣意性を排除しにくいとも言える)


ハウザーはこの後殺人における性差について触れている.進化心理学で良く取り上げられる性差を解説した後,ハウザーは女性が所有されるものではなく合理的判断ができるという認識が広まると(!)(嫉妬により)夫が妻を,(DVの果てに)妻が夫を殺すケースが増えてきていると述べている.そういう因果関係なのだろうか?いずれにせよ法は女性に激情による殺人類型を認めにくいということだ.
また中国では貧富の差の拡大,適齢期の男女比の不均衡から,激情による殺人を中心に殺人率が急上昇しているそうだ.ハウザーは中国の女性は浮気や売春の処罰を望んでいるが,果たされず,女性は伝統に反対し,その怒りは夫への暴力に結びつくと述べている.一人っ子政策から男女比が崩れあぶれやすくなった男性が暴力化しやすいという予測は進化心理学的に良く聞くが,女性も政策の近代化の遅れから暴力化しているというのは初めて聞く話だ.そしてこれも因果的にそうなのだろうか?


英米法の激情による殺人類型の構成要件はその場ですぐに殺害行為に至るということだ.これを巡る興味深い判例もいろいろ紹介されている.
またもともと激情犯罪の取り扱いは論理は感情に勝てないという認識から来ている.すると合理的な人は感情を抑制できると考えるようになるとこれは成り立たないことになる.実際に英米では19世紀にそのような認識になったものだから,裁判では被告が不正義(浮気)を認識していたか,そして,その挑発によって自制と激情のバランスはどうなっていたかというところを探ることになるという.さらに一般的には浮気を知ったことは自制を失う理由として認められていて,それが目撃される必要があるか伝聞でもよいかについては判例は割れているらしい.何となく違和感があるのは日本に故殺と謀殺の区別がないからだろうが,そもそも日本では英米に比べて浮気を知ったことで逆上した男による殺人は比率としてすくないのだろうか.もしそうなら,それはこのような法的な区別があることと関連があるかもしれず(つまり,男性が意識的あるいは無意識的にこれは謀殺でないことを知り,より抑制が弱くなる),ハウザーも示唆しているように刑事政策上も重大な問題となるだろう.


ハウザーがこの節で示したのは,社会規範が,道徳原則とパラメーターの設定に与える影響力の大きさだ.
男性の性的自由が大きく女性の自由が小さい社会で,寛大な法制度があれば,より女性の自由は抑制されるだろう.またこれらは,殺人というのが,個人の問題だけでなく,社会,文化的信念の問題でもあることを示している.



第3章 暴力の文法


(4)自分の愛するものを殺せ (承前)



関連書籍


Bare Branches: The Security Implications of Asia's Surplus Male Population (Belfer Center Studies in International Security)

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性比がゆがむことについての進化心理学的知見をふまえた本だ.
特に中国とインドにおける男性に偏った性比とそれが世界平和に与えるインプリケーションについて詳しく書かれている.


女児の嬰児殺しについての歴史についてまず詳しく説かれる.ここがまずなかなか凄惨.インドにおいてはカースト制が投げかける背景とともにシビアな現実になっている.現代においては妊娠中に性判定できることから,あまり罪の意識無く選択的に中絶できるようになり,一時よりさらに性比がゆがんでいるというのにも考えさせられる.
この状況は実際の政治状況と合わさって,中国では外敵に対する敵意となり,インドにおいては内部的なマイノリティ(イスラムなど)に対する敵意となって現れているらしい.また女性の数が少ないと希少になり価値が増すので女性にとっていいことのようにも思えるが,事実は逆で男性がより女性をコントロールしようとするので女性抑圧的になりやすいというのもなかなか厳しい結論である.