「保全鳥類学」

保全鳥類学

保全鳥類学




何を隠そう,私の趣味の一つはバードウォッチングである.そういうわけで鳥類関係の面白そうな本は一通り目を通すことにしている.というわけでこの本は速攻で購入したものだ.


本書は山科鳥類研究所の編集により,日本における野生鳥類の保全にかかる問題を扱った本である.多角的な視点から様々な著者が様々なトピックを論じている.学術的な内容も含まれているが,むしろ実務的な関心の方が強く現れているのは内容からして当然だろう.純粋に生物学的な部分からはややはなれている部分もあり,知的好奇心を特に刺激するものではないが,バードウォッチャーとしては座して通り過ぎることのできない本となっている.


最初に大御所の山岸先生からレッドリストの実務的な問題点が取り上げられている.まずとりあえず手をつけることから始めたために科学的な客観性に欠ける部分もあるとのことである.ただ追記されているようにこれも改善の方向らしい.


次は何を保全するかという観点から,種,亜種の問題が取り上げられていてなかなか興味深い.読んでいて面白いのは,鳥類の保全と言うときには,ある程度固まりのある亜種レベルで保全するのはむしろ当然と考えられていて,通常の分類学や分岐学において,亜種は主観的なものであり,種の定義こそ一大事という感覚で取り上げられているのと微妙に趣が異なっているところだ.確かに絶滅したはずの亜種ダイトウウグイスが実は沖縄で亜種リュウキュウウグイスとして識別されていたウグイスの一部かもしれないなどという逸話とダイトウウグイス自体保全したいという問題意識からは亜種こそが重大な問題となるのだろう.日本の固有種が解説されているのもうれしい.


続いていろいろなDNAを解析してクマタカの遺伝多様性を調べたもの.クマタカは森林性の鷹でバードウォッチャーからはあこがれの鳥の一つである.分析の結果は日本列島におけるクマタカの遺伝多様性は相応に高く,分断されている様子もないといううれしいものだ.もっとも生態,個体数ともまだよくわかっていないので油断は禁物であるようだが.


第2部では個別事例の紹介となる.
まずアホウドリライチョウについて紹介される.アホウドリは長年の保護活動により個体数は増加の傾向にあるようだ.しかし火山活動や尖閣諸島の政治的な状況からは楽観視はできないようだ.ライチョウについては心配だ.シカの増加による生態的圧迫に加えて温暖化にもっとも弱いと考えられる.最後は野生復帰の例がいろいろと紹介されている.横浜ズーラシアカンムリシロムクとか,兵庫県コウノトリプロジェクトが紹介されている.


第3部は生態系や群集の保全
これは取り組みが始まったばかりの領域のようで,意欲的な基礎研究が紹介されている.続いて日本における外来鳥類.最近私のフィールドでも,新緑の時期のキビタキオオルリ,ウグイスの声が,ガビチョウの間の抜けた声にかき消されがちでとても憂慮している.このほかソウシチョウが21世紀になって顕著に増えてきているようだ.最後に環境指標としての鳥類についての小論がおさめられている.


第4部はハイテク編
ラジオトラッキング人工衛星による渡りの追跡が実務的に解説されている.


第5部は鳥類保全と人間活動と称してその他いろいろなエッセイが収録されている.
鳥類における重金属蓄積,感染症,油汚染が取り上げられている.中では寒帯で油汚染が生じると鳥類は急速に体温を奪われて衰弱することが示されていて衝撃的だ.最後には東京におけるカラスの問題が論じられていた.何もそこまで憎まなくてもという思いと,捕獲作戦よりエサの遮断を重視すべきだという提案の混ざった内容だった.最後にエサをきちんと遮断できればハシブトガラスは森林性の鳥に戻っていくだろう.そうして森林の環境破壊により減少すると今度は保全の対象になるのだろうかと皮肉っぽくコメントしている.




関連書籍 鳥類関係で面白かった本


Cuckoos, Cowbirds and other Cheats (T & AD Poyser)

Cuckoos, Cowbirds and other Cheats (T & AD Poyser)


なんといってもこの本だ.未だにこれより面白い行動生態学の各論を扱った本には出会っていない.カラーイラストも秀麗で,行動生態的な説明がとにかく深い.材料になっている托卵という行動生態自体,托卵鳥と被托卵鳥の軍拡競争が予想でき,いろいろな進化的疑問が浮かぶものだが,それを具体例に即して深く深く解説している.卵擬態についてのアームレース,托卵の拒否行動についての数々の仮説とそれに対しての深い考察(一段二段三段そしてではなぜこういう特質は進化しなかったのかなどなど突っ込みが非常に深い).最後には同種托卵(カモに多いのははじめて知った),さらに鳥類以外の托卵にまで触れている.行動生態学に興味のある人すべてに自信を持ってお勧めできる.



Dunnock Behaviour and Social Evolution (Oxford Series in Ecology and Evolution)

Dunnock Behaviour and Social Evolution (Oxford Series in Ecology and Evolution)


同じ著者の出世作はヨーロッパカヤクグリを扱ったこの本.行動生態学初期の歴史を感じさせる.



これからの鳥類学

これからの鳥類学


日本語ではこの本
鳥類学のさまざまな側面を捉えて日本での最高レベルでの執筆人による意欲的な論文集.いろいろなレベルの論文が混在しているが,高須先生の託卵についての数理解析論文は優れもの.いろいろな話を聞いてなんとなくもやもやしていた部分がすっきりした.この論文だけでも読む価値あり.その他では外来種の問題の総説,農業と生物多様性,カモメ類の卵数,海鳥の採食戦略あたりの論文がなかなか興味深い.



鳥たちに明日はあるか―景観生態学に学ぶ自然保護

鳥たちに明日はあるか―景観生態学に学ぶ自然保護

本書ともちょっと関係のあるのはこの本.景観保全生態学の立場から北アメリカの野鳥保護にとり重要なことを解説している.ただ自然を保護すればよいということではなくまず細分化しないこと,そして遷移途中のいろいろな環境(氾濫原とか野火の後とか)がきわめて重要ということを具体例をあげて力説している.手元に北米のシブレーの野鳥図鑑を置いて一つ一つ野鳥を確認して読むと北米の野鳥の生態像が浮かんでくるようで大変楽しい.


ザ・ビッグイヤー 世界最大のバードウォッチング競技会に挑む男と鳥の狂詩曲

ザ・ビッグイヤー 世界最大のバードウォッチング競技会に挑む男と鳥の狂詩曲

全くの娯楽本としてのバードウォッチャー本としてはこれに勝るものはないだろう.米国の1998年年間バードウォッチング競争のノンフィクション.帯に「バカか?偉業か?」とあるがまさにそのまま.何ら生物学とは関係のない米国におけるオタク生態本だが,バードウォッチャーであれば必ず馬鹿受け間違いなしだと思う.


鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス)

鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス)

これは本書とも関連ある渡りのハイテクトラッキングの本.鳥類学者樋口先生による渡り鳥の衛星追跡物語.1990年頃から渡り鳥の衛星追跡が始まり,これまでにわかったこととその追跡を巡る苦労話,そして見えてくるものについて書かれている.著者の興奮が伝わるいい本だ.



鳥の起源と進化

鳥の起源と進化

鳥類学者による鳥類の起源と系統進化の専門書.
前肢の指の相同問題から鳥類の恐竜起源説に真っ向から反対する.飛行の走行起源説にも批判的,(本書はミクロラプトル・グイの発見前になされているのでそこについての著者の見解は是非知りたいところ)
さらに平胸類の進化についての現在の人気説(平胸類はゴンドワナ大陸が分裂以前,白亜紀に共通祖先をもち大陸の分裂とともに分岐したというもの)に疑問が多いこと,そもそも現在の鳥類は白亜紀に海岸にいた祖渉禽類などホンの少数の系統が白亜紀末の絶滅を生き残って放散したものであることなどが説得的に語られる.(古生物学者は大陸の分裂に沿って系統関係を説明したがることも揶揄しており面白い)そのほかディアトリマは実は草食鳥という説も有力であるとか興味深い総説の嵐である.とにかく鳥類を長年研究してきた迫力が随所に感じられる深い本である.