読書中 「The Evolution of Animal Communication」第3章 その3

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)


今日はオスの質が関係ありそうなメスの選好について
この候補は2つ直接選択説と,間接選択のうち良い遺伝子説ということになる.



まず直接選択
グラフェンの論文のうちもうひとつ‘Sexual selection unhandicapped by the Fisher process’ ではこれまで読んできたもうひとつの論文のESSモデルとは異なり,集団遺伝学モデルを扱っている.そしてこのモデルは直接選択仮説が組み込まれているのだ.

前提としてオスの質は環境によってのみ定まり遺伝的基盤はない.
1つの遺伝子座が,オスの広告戦略A(q) と メスの繁殖戦略D(a) の両方の戦略を決定している.
広告にはコストがかかり,質の低いオスにとってそのコストは大きい.
質の高いオスと配偶すると子孫の数が直接増えるので,メスは質の高いオスを選好する.(これがモデルに組み込まれている部分だ)

グラフェンはこの条件下でESSである A*(q) と D*(a) をさがした.2つの平衡が見つかった.1つは信号なしのもの.もうひとつは正直な信号システムだった.グラフェンによるとこの平衡下ではフィッシャーのプロセスは何の機能も果たしていないという.なぜなら平衡下では遺伝的な変異はなくなる.この結果メスの選好とオスの質に相関が生じなくなるからだと説明されている.


原論文(http://users.ox.ac.uk/~grafen/cv/hcapss.pdf)に当たってみると,ESSモデルとの差は遺伝モデルにした以外に,メスはオスの質について選好があるはずだからそれをモデルに組み込んであると説明されている.
オスはまず環境決定による質を持っていて,それに依存した広告戦略A(q)を持つ.生存ステージではオスは質に依存した死亡率を賦課される.繁殖ステージではメスはオスとポワソン分布的に出会い,繁殖期の残り時間とオスの広告ににあわせた繁殖戦略D(a,t)をもつ.繁殖価はいつ交尾したかとオスの質に依存する.
単一の遺伝子座がA(q) と D(a) の両方の戦略を決定していることについては,別の遺伝子座でも結論は同じになるとしてある
オスの質を遺伝的に決めるモデルは複雑になるのでここでは環境決定にしてある.これも組み込んだものはシミュレーションによって解析することになるとある.(つまりことさら直接選択説のみを念頭に置いているわけではないらしい)
フィッシャーのプロセスが存在するためにはメスの選好とオスの質に変異があってそれが相関していなければならない.しかしこのモデルの平衡ではメスの繁殖戦略は単一の戦略になり,この変異自体が無くなるのだと説明されている.(本論文が書かれた時代にはまだハンディキャップが正しいのかフィッシャーが正しいのかという論争の枠組みがあったのだ)
モデルの証明の部分はなかなか手強そうな数式が並んでいる.これはまたいずれじっくり取り組むことにしよう.



本書に戻って,次はよい遺伝子説
良い遺伝子モデルではオスは自分の「生存能力」を広告している.(これは配偶関係の成功以外の適応度上昇を意味している;これによりフィッシャー型の過程を除外できる)



この説の基本的な理屈はこうなる

まずオスの生存能力と何らかの特徴(広告)がそれぞれ遺伝的基盤を持つとする.そしてこれらが相関しているとすると,広告をもとにオスを選好する遺伝的基盤を持つメスは高い適応度を得る.結果的に3つとも正に相関する.


これがうまくいくためにはそもそもの生存能力と広告の相関がどのようにして生じ,どのように保たれるかがうまくいかなければならない.
ハンディキャップ理論によると,信号が正直になるためにはそれにはコストが必要だ.そしてコストがどのように発生するかについていろいろな説がある.


<<純粋エピスタシスモデル>>
広告に,オスの質に応じて生存コストがかかるためには,質の低いオスが配偶関係になるまでの生存確率が低ければよい.その年齢まで生き残ることが,ハンディキャップを持つオスがよい生存能力を持っている証拠になる.(ハンディキャップとオスの生存能力は生存力のあるオスがハンディキャップに耐えて生き残れるから相関する)これは純粋エピスタシスモデルと呼ばれる.(あるいはザハヴィのオリジナルの文章に近いのでザハヴィモデルとも呼ばれる)

しかしこれを表現する集団遺伝学的なモデルはこのようなエピスタシス型の場合に,メスの選好は進化しそうもないことを示した.(メイナード=スミス 1976b,1991b,巌佐たち 1991)
このような場合には信号と生存能力の相関が間接的すぎるのだ.またメスはハンディキャップを持っているオスを選ぶが,その場合に子孫にあらわれる生存能力の利点がハンディキャップによって薄まってしまうのだ.


<<条件付きハンディキャップ>>
これに変わるモデルとして「条件付きハンディキャップモデル」があらわれた.これはよい生存能力の遺伝子を持つオスだけがよい広告を打つというモデルだ.モデルは条件付きハンディキャップのほうがよりメスの選好性を進化させやすいことを示していた.これは広告と生存能力の結びつきが直接的で,広告のコストがメスのすべての子孫にかかるわけではないためだ.(巌佐たち 1991,ポミヤンコフスキーと巌佐 1998)



<<生存力露呈ハンディキャップ>>
3番目の説明として「生存力露呈ハンディキャップモデル」がある.広告はハンディキャップ遺伝子を持つすべてのオスに発現するが,よりよい生存能力遺伝子を持つオスにより派手に発現するというモデルだ.(メイナード=スミス 1985,1991b,アンダーソン 1994)このモデルでも広告と生存能力の結びつきは直接的だが,ハンディキャップ遺伝子を持つ子孫にはすべてそのコストがかかる.モデルによれはこの型のハンディキャップでもメスの選好性は進化する.


本書ではこの2つのハンディキャップは一括して,条件付きハンディキャップ,あるいはインディケーターとして扱う.(これはグラフェンが露呈型ハンディキャップはそもそも信号ではないと扱っているのと対照的だ,もっとも実務的には微妙なのだろう.)
また本書では直接選択と良い遺伝子説とで理論的枠組みが大きく異なるような記述ぶりになっているが,グラフェンの主張ではどちらでも同じフレームワークで説明できるということなのでそこもちょっと微妙なところだ.


本書ではいったんここでまとめが入っている.

1.もしメスの選好が,感覚バイアスやフィッシャー過程によるものなら,オスの特徴は生存能力とは関係ない.この場合信号の正直さを議論する意味がない.
2.もしメスの選好が直接選択や,良い遺伝子仮説によるものなら,選ばれるオスの特徴はオスの質を反映している.そして信号の信頼性やだましが問題になる.


ここから実務的に見て微妙な問題が整理されている.

ではどのようにこの2つを区別すればよいのだろう.
現在のところ理論からわかるのは後者なら広告とオスの質が相関しており,前者なら相関していないということだけだ.つまり相関していればそれは信頼でき,相関してなければそれは信頼できない(同義反復)ということしかいえないということだ.
また別の問題は「オスの質」は通常多元的だということだ.良い遺伝子,リソース,子育て投資すべて含まれる.


理論編の最後に「だまし」の問題がふれられている.

メスはオスの遺伝的な質に興味を持っているとしよう.そしてオスは広告し,広告のコストは質の低いオスの方が高いとしよう.であれば信号は正直になる,ここにだましの余地はあるだろうか?

ここでだましを理論的に生じさせたモデルが紹介されている.
コッコ (Kokko 1997)の年齢依存型広告モデル.
オスには2種類の質しかない.この質によりオスの条件が定まり,オスは限られたリソースを広告と生存に振り分ける.広告及び条件のうち一部は翌年に持ち越せるため,年齢に依存して広告量が変わる.オスの繁殖価は相対的な広告量とメスの選好の強さにより決まる.
このモデルの挙動はパラメーター(メスの選好の強さ,2つの質のオスの違い,何年分広告を持ち越せるか)による定まる.信号システムは常に保たれるわけではない.(例えばメスの選好が弱い場合など)
そして信号システムが安定するときも常に厳密に正直なわけではない.(つまりすべての年齢で常に高い質のオスがより強く広告しているわけではない)ただし広告は平均すれば常に正直だ.(ある年齢で不正直だとしても別の年齢群でより補正されており,メスは広告量に応じて選好する)
このモデルの面白いところは,適応的な信号戦略の中で一部不正直な信号が生じうるところを示したところだ.

コッコの2番目のモデルでは,不正直な広告はリソースの振り分けに閾値があるとき(一定以下のリソース配分では翌期までに死んでしまうなど)に起こりやすいことを示している.一定以下のリソースであれば,翌年まで生き残ろうとせずにすべてを広告につぎ込もうとしやすくなる.コッコはこの場合には質の低いオスのほうがより広告にコストがかかるという条件を満たしていないのだろうとコメントしている.しかしこの場合でも平均的には広告は正直だ.


最後に実務の難しさにふれている.

理論はメスが選好しているものについてオスのコストある広告は正直になりうることを示している.しかし実務的にはメスが何に興味を持っているのかを知るのは難しい.理論は一部だましの生じうることを示しているが,やはり,そもそもオスの質が何かがわかっていなければそれを調べることも難しいだろう.

なかなか実証するのは難しいらしい.


第3章 利害が相関しないときの信号


(1)配偶信号:理論