読書中 「The Evolution of Animal Communication」第4章 その4

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)



第3節の地位のバッジについて(承前)

ここからは具体的な例を吟味していくことになる.まず相手の反応から.
バッジと対戦の結果に何らかの相関があるとしてどう解釈するか.1つの解釈はバッジは攻撃能力の信号で,受信者は引き下がったというものだ.2つ目の解釈はバッジは攻撃能力と相関しているが,別に信号ではないというものだ.ということで信号かどうかを見るにはバッジサイズの操作が必要にになると前ぶりがある,

そして実験例の紹介.

ファグルたち(Fugle et al. 1984
ミヤマシトド(white-crowned sparrow)の若鳥の冠の白と黒の縞模様(若鳥は通常地味目の模様)についてエナメル着色して操作.非常に強い効果が見られ,有意にコントロールとの対戦で有利になった.

ローワー(Rohwer 1985)
カオグロシトド(Harris's sparrow)白髪染めで黒いバッジを強調.やはり非常に強い効果があった.


この2つの実験はその他の条件をコントロールしているので強い結果が出ているが,受信者がバッジに反応しているのは明白だ.
同様の結果はユキヒメドリ( Dark eyed junco),シジュウカライエスズメでも確認されている.


上記の実験のバッジにはメラニン色素着色が含まれている.ではカロチノイドの赤はどうか.

ショウジョウコウカンチョウやメキシコマシコのカロチノイド着色は地位には影響しないという結果だった.しかし最近アカガタホウオウ(Red-shouldered Widowbird (Fan-tailed Widowbird)肩に赤いパッチのあるアフリカのハタオリドリ科の鳥)ではカロチノイド色素のパッチが地位に影響するという実験結果が報告されている.肩の赤いパッチを広げたオスは餌台でのこぜりあいに勝ち,野外ではテリトリーをより獲得した.近縁のアカエリホウオウ(Red-collared Widowbird)でも同様の結果だった.


最後に注意点についてコメントがある.
これらの実験は知らないオス同士の最初の対戦を観測している.これはいったん真の実力が知られるとバッジの効力は薄れるのではないかという考えからだ.しかし実際にはバッジの効果はそれほど薄れないらしい.コウヨウチョウ類(コクホウジャク,アカガタホウオウ,アカガタホウオウなど)バッジを強調されたオスは,たびたび侵入を受けながら獲得した広いテリトリーを何週間も続けて維持できる.


続いて信頼性について


そもそもバッジについての「信頼性」とは何かと言うことが問題になる.
優位性とすると,バッジが優位性に影響を与えるというなら循環論法になってしまう.本書では戦闘能力を示すという解釈をとる.すると戦闘能力をどう計測するかという問題になる.戦闘能力に相関しそうな特徴(年齢,性別,体重など)との相関を調べるしかないというのが本書の立場だ.


観察例

カオグロシトド(Harris's sparrow)では大人と若鳥間,大人のオスメス間でこの相関が得られている.ただし若鳥のオスメス間では差がなかった.身体のサイズとの相関は大人のオスの間でのみ得られた.(ローワーたち 1981)

イエスズメではオスにのみ喉に黒いバッジがある.ヴェイガ(Veiga 1993)はバッジサイズと年齢に強い相関があることを見つけた.特に若い頃は数日,数週間単位で相関が見られる.ゴンザレスたち(Gonzalez et al. 2001)はバッジサイズとテストステロンレベルに相関を見いだした.テストステロンは攻撃性と関連があるのでこれは重要である.


バッジはサイズのみが重要なのではない.ミヤマシトド(white-crowned sparrow)では白と黒のコントラストが重要だ.年齢とコントラストは相関しており,同じ年齢ではオスの方がはっきりしたコントラストを持っている.


ここでバッジが主に年齢と性別により決まるなら,これは信号ではないのではないかという議論について,バッジ操作実験の結果はバッジなしでも年齢性別がわかるということではないと言うことを示しているのでそうではないと主張している.



コストについて

何故バッジの信頼性は保たれているのだろう.何故劣位個体もバッジを表示しようとしないのだろう.
多くの仮説が提示されているが大きく分けると2つある.
1.対戦に勝つことで適応度上昇するわけではない仮説.優位者も劣位者も頻度依存で同じ適応度を持っているという説明.
2.信号にコストがあり,劣位者にとってのコストの方が高いのだという説明.


<同じ適応度説>

1の説明はバッジサイズではなく優位であること自体にコストがあるということになる.
優位であれば,定義より対戦に勝て,そしてリソースが手にはいる.もし優位者と劣位者が同じ適応度を持つなら何らかのコストがあることになる.1つの候補は代謝エナジーだ.確かに優位者の方が代謝エナジーは多い種があるが,そうでない種もある.

ローワーとイーワルド(Rohwer and Ewald 1981)の「羊飼い仮説」優位個体は別の優位個体と争い続けなければならないというコストを持つのに対して,劣位個体は食料の発見者として優位個体から侵入等を許される.優位個体は劣位個体という「羊」を飼っているという説明だ.彼等はカオグロシトドでは優位個体のほうがより争いが多いことを報告している.


著者はこの同じ適応度説には懐疑的だ.
優位個体は結局何かしら表現型として優れているから優位なのだ.それによる適応度上昇があると考える方が論理的に思われる.(これは体格,年齢には当てはまるが性別には当てはまらない)さらに冬期の鳥の適応度を調べたリサーチによれば,優位個体は通常より適応度が高い.
この著者の議論はもっともだと思う.戦闘能力が個体により異なっていることに疑いはなく,にもかかわらず適応度が同じと考えるのは相当無理があるだろう.


<コスト説>

1つのありそうな説明は,バッジには受信者反応依存型のコストがかかるということだ.受信者から闘いを挑まれることが多くなるコストだ.ハード(Hurd 1997)のモデルはこのコストを組み入れている.そして弱い個体にとってよりコストが高いと仮定されている.
このモデルによるとバッジが正直であれば対戦の多くは同じレベルの個体間で争われることになることが予測される.さらによい検証方法は劣位個体のバッジを大きくして何が生じるかを見るものだ.

実験の紹介


優位個体からの攻撃を受けるコスト

ファグルとロステイン(Fugle and Rothstein 1987)はミヤマシトドで実験した.もっとも劣位の当年歳のメスの冠をエナメルでコントラストを強調して,コントロールといっしょにケージに放した.チーターは大人には勝てなかったが,対戦レコードはコントロールよりよかった.予想に反して大人はチーターをより激しく攻撃することはなかった.むしろコントロールは若鳥から攻撃されることが多かった.
コスト説の検証はこの種では失敗した.

イエスズメでも同様に検証に失敗した.(ゴンザレスたち 2002)

ローワー(1977)はカオグロシトドでまったく異なる結果を得ている.バッジをマジックで強調して群れに返すと,チーターはより攻撃を受けた.モラー(1987)はイエスズメで似た結果を報告している.これはゴンザレスの結果と食い違っている

カオグロシトドでは似た大きさのバッジ個体間で争いが多いという証拠がある.(ローワーとイーワルド 1981)これに対してミヤマシトドではより劣位個体へ攻撃する傾向があるようだ.(ケイズとロステイン Keys and Rothstein 1991)
この違いはいくらか実験結果を説明している.似たもの間での争いの多さはユキヒメドリ( Dark eyed junco)でも報告されているのでこの種でも同様のコストが観測される可能性がある.


作成コスト

ヴェイガとプエルタ(Veiga and Puerta 1996)はバッジ作成自体にコストがあるのではないかと主張している.彼等はイエスズメに制限なしにエサを与えると野外の鳥より大きなバッジを作ることを確かめた.
一般にメラニン色素は高価だとは思われていない.野外の鳥は飼われている鳥と多くの条件が異なるのでこの実験の証拠は弱い.
よりコントロールされた実験はバッジ作成のコストを否定している.ゴンザレスたち(1999)はイエスズメの秋の換羽時のエサのタンパク質をコントロールしたがバッジの大きさに差はできなかった.マクグローたち(McGraw et al. 2002)は秋の換羽時に食料に制限をかけたが,コントロールと比べてバッジには差がなかった.

免疫コスト

別のコスト候補はテストステロンとバッジの大きさに関連して,その免疫に対する効果をコストと考えるものだ.最近の証拠によるとテストステロンはイエスズメのバッジのサイズを大きくする効果がある.これに関わる免疫コストがあるのかもしれない.
そもそもテストステロンに免疫抑制効果があるのかどうかについてはまだ論争がある.いくつかのリサーチでは免疫活性や寄生耐性に負の相関が見られる.ポイアーニたち(Poani et al. 2000)は,イエスズメのオスを去勢したりテストステロン投与を行って外部寄生虫との関連を調べた.テストステロンを投与したオスは外部寄生虫を増加させた.別のリサーチではテストステロンと抗体生産量に負の相関が見いだされている.

上記のテストステロンは配偶シーズンに見られるものだが,バッジサイズに効くのは換羽シーズンだ.そして換羽シーズンではテストシテロン量は配偶シーズンの1/20ぐらいにすぎない.換羽シーズンのテストステロン量のリサーチでは免疫活性に相関は見られなかった.(Buchanan et al. 2003)おそらくこのコストも大してかかっていないと考えるべきだろう

被捕食リスクの増大

データは少ないが.ヴェイガ(Veiga 1995)は当年歳のイエスズメのオスでバッジを強調すると死亡率が上がることを見いだしている.

結論としてはバッジは年齢,性別,サイズの相関しており,戦闘能力を正直に表している.そして受信者がそれに反応していることも理解できる.ただし何がだましを防いでいるのかについてはよくわかっていない部分が残っているとしている.カオグロシトドのように優位個体からより攻撃を受けているのならその理解は簡単だが,そうでない鳥についてはなかなかコストの検証は難しそうだ.



第4章 利害が反するときの信号


(3)地位のバッジ