読書中 「The Evolution of Animal Communication」第4章 その5

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)



利害が相反するときの信号の3番目の例は甲殻類の武器ディスプレーだ.本書の説明によると

甲殻類では巨大な武器の付属肢を持つものがいる.口脚類(シャコ類)では胸部前方の第2顎脚が「猛禽様付属肢」(これはメリと呼ばれる)として捕食や闘いのための武器になっている.シャコは「メラルスプレッド」というディスプレーを行う.「猛禽様付属肢」を外側にひらき,その表面にあるスポット模様のサイズを強調する.住居穴を巡る対戦でよく使われる.
テッポウエビでは,一番前の第1歩脚が大きな鋏脚に変化しており,さらにこの鋏脚は左右で大きさや形が違い,どちらか片方の鋏脚が太くなっている.この太い方のはさみを一旦直角まで開いてかち合わせ,「パチン」という破裂音を出すことができる.この破裂音の衝撃により対戦相手の同種個体に怪我を与えることができる.

ということだ.よく見かけるシオマネキのオスの巨大なハサミもこれに類するものなのだろう.

この武器を伸ばしたり振ったりするディスプレーは攻撃意図や攻撃能力の信号となっているのかということが本節の議論だ.


<相手の反応>

ディングル(Dingle 1969)

Gonodactylus bredini でメラルスプレッドが相手の行動に影響を与えるかどうかを調べた.相手は明らかに対戦を避けた.


ヒュー(Hughes 1996)

実験的にいろいろな大きさの鋏でディスプレーを行った.相手の反応はそれ自身が持つ鋏の大きさによって異なっていた.相手自身の鋏と信号者の鋏の大きさの比率が高いほどよりディスプレーを見せた.鋏が閉じられているときにはそのような反応はなかった.


相手が反応しているのは確かなようだ.



<信頼性>

これまでのところでは,シャコの「メラルスプレッド」は,攻撃能力というより攻撃意図の信号と考えられている.逆にテッポウエビの「鋏開きディスプレー」は攻撃能力の信号だと考えられている.両方とも両方の情報を与えている可能性はあるということだ.

ディングル(Dingle 1969)

攻撃反応ではメラルスプレッドのあとでは「突き」の可能性が高く,攻撃・追跡,メラルスプレッド,の順になる.
もし「突き」が相手にとって,メラルスプレッドよりは危険であり,攻撃・追跡より危険でないなら,メラルスプレッドはマイルドな攻撃エスカレーション戦略の信号だといえる.ただし攻撃以外のデータがないことに注意しなければならない.


ヒュー(Hughes 1996, 2000)

テッポウエビの「鋏開きディスプレー」を攻撃能力の信号だと解釈した.彼女の研究によると実際に対戦させると勝負は身体の大きさによって決まった.相対的な身体の大きさと鋏の大きさが異なるペアの対戦では,身体の大きさのほうがより重要だった.彼女は鋏の大きさは身体の大きさと相関しているのでこれが身体の大きさを表す,ある程度信頼できるディスプレーだろうといっている.


このテッポウエビの話は,微妙によくわからない.相対的な身体の大きさと鋏の大きさが異なるペアなるものが存在すること自体が説明できないような気がする.


<コストとだまし>

コストとしては武器の作成コストや代謝コストがかかるだろうし,接触や捕食を避けるのにも有害かもしれないと前置きしつつ,最も重要なのは受信者の反応によるコストだろうとしている.前節の地位のバッジを見てもおそらくそうなのだろうが,別のコストも結構ありそうな気がするがどうだろうか.シオマネキのオスは明らかにメスに比べて摂食効率が低いような気がする.


しかし実は甲殻類の武器ディスプレーには面白い問題があることが示される.彼等は脱皮するので脱皮直後には戦闘能力がない.だからここでブラフの問題が生じるのだ.

ステージャーとカルドウェル(Steger and Caldwell 1983)

脱皮直後のシャコに巣穴を与えて,そうでないシャコに侵入させてみた.60個体の多くは逃げるか隠れるかしたが,17個体は防衛行動をとった.うち2個体は攻撃し,15個体はメラルスプレッドを見せた.(脱皮直後でなければもっと多く防衛し,うち多くは攻撃に及ぶ)そしてこのようなディスプレーは相手が自分より小さいときにより見られた.
ブラフを受けた相手は攻撃確率を下げた.つまりブラフは巣穴の防衛に有効だった.


では何がコストになっているのだろうか.


アダムズとカルドウェル(1990)

脱皮直後のシャコは侵入されると殺される可能性が高いだろうと考えた.メラルスプレッドをすると,逃げるよりリスクは高いが,隠れるよりはリスクが低くなる.この意味ではメラルスプレッドにコストはある.しかし何故隠れるという選択肢が残っているのかは定かでない.おそらく発見されないという可能性があるためだろう.


しかしここも微妙に難しい.これはコストといえるのだろうか?本来弱いものがディスプレーをしても攻撃にあってしまうから信頼性が保たれるのではないだろうか?この場合逃げるよりコストが高いとして,メリットも高いのだから,単に合理的にだましを行っているだけではないか?という気がする.


だましにより信号システムが崩壊しないのは脱皮という状況から頻度が一定以下に保たれるからだと考えればと納得できる.実際には大体85%が脱皮直後でない個体だと推定されるとしている.


カルドウェルはさらにシャコは普段,脱皮直後のためにディスプレーと攻撃を組み合わせて相手に強さを印象づけていると示唆している.シャコは臭いで個体識別し,強い相手は避けているというのだ.実際に脱皮直前には攻撃性が増して,組み合わせディスプレーを行っているというデータがある.

だとするとシステム全体が脱皮と深くむすびついた問題だということになる.であれば,脱皮直後かそうでないかをじっくり調べる個体が有利になりそうだが,これは難しいのだろうか.ここについての解説はない.


本書では攻撃能力を少しづつ誇張するというタイプのだましはあるのだろうかということを議論している.

ヒューはテッポウエビでこのタイプのだましがあると主張している.身体と鋏の大きさには強い相関があるが,完全ではない.そして回帰直線より鋏が大きな個体はより多く,より長く鋏開きディスプレーを行うというデータがあるという.


ここも疑問はつきない.なぜ身体の大きさを直接見るという性質は進化できないのだろう.また逆に何がこのような相関からの揺れを許しているのだろうか?身体の大きさ以外の戦闘能力が効いているならだましではなくなるだろう.結局淘汰によってはぴったり回帰するものが,偶然の結果大きさに差が生じ,大きかった個体がだますということだろうか?



本書では,脱皮直後のシャコのメラルスプレッドは,もっとも明確なだましの例であり,これはだましの定義にぴたり当てはまると結論づけ,理論的にはアダムズとメスタートン=ギボンズ(1995)のゲーム理論モデルによりうまく説明できるとしている.
信号コストは受信者依存型で,弱い個体はよりこのようなコストを払わなければならないリスクが高い.このモデルでは信号は強い個体と,もっとも弱い個体の2極で生じるということのようだ.


この脱皮直後の弱い個体に特に利益が大きい(ディスプレーが唯一の防衛手段)ので大きなコストにもかかわらず発信するようになる,またこのモデルによると頻度が少ないためにだましがあるのではなく,利益が脱皮直後個体というクラスにとって特別に高いのでだましが生じていることになる.だましがなぜ低頻度に保たれているかが明確な面白い例なのだろう.



第4章 利害が反するときの信号


(4)甲殻類の武器ディスプレー