「The Evolution of Animal Communication」


The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)



ジョン・クレブスとティム・クラットンブロックがシリーズ編集となっている「Monograghs in Behavior and Ecology」シリーズの一冊.このシリーズは私が知る限りいずれも水準が高く,動物の信号を扱った本書は2005年の出版である.著者はウィリアム・サーシィとスティーヴン・ノウィッキであり,コンビで鳥類の信号システムを研究していることで知られる.
本書は動物の信号システムについての一冊だ,その問題意識は,進化生物学的に考えればなぜ信号システムは安定なのか,すなわちそれを利己的に利用して相手を操作しようとする個体が進化してシステム自体が崩壊しないのかというところにある.これは行動生態学でもっとも興味深い話題,「なぜ一見利己的でない行動が進化できるのか」の1つである.


まず第1章で理論の歴史が振り返られる.ドーキンスとクレブスにより動物が出す信号は相手の操作と考えられるべきことが示され,そもそも信号が正直であることが説明を要することになる.そしてザハヴィのハンディキャップ理論の提案,反発,そして数々の理論モデル構築の試みとグラフェンの記念碑的論文,一般的な受容,さらに「だまし」の帰還につながる.ここはおそらく著者たち自身もこの論争と混迷の時代に身を置いていたこともありなかなか読ませる出来になっている.


第2章から第4章にかけては発信者と受信者の利害により3パターンに分けて解説される.いずれもまず理論モデルが詳しく考察され,そのモデルの実証研究の紹介と考察がきちんと説明されている.


最初は利害が重なる場合で,典型例は鳥類の雛のエサねだり信号.モデルはメイナード=スミスのサー・フィリップ・シドニーモデルが登場する.ここでは特に詳しくモデルが説明されている.(私にはメイナード=スミスとハーパーの本よりわかりやすかった)本書ではさらにその過程をいろいろ変えて発展させた理論的進展も次々に示されていて興味深い読みどころになっている.
実証研究では単に観察ではなく操作実験を行ったものがいろいろと紹介されていて興味深い.コストについては当然捕食リスクの増大だと思っていたのだが,実は調べてみるとそれほど明確ではないというのも実証の世界の難しさをよく示していると思う.このほか,同種個体向け警戒コール,ガゼルの捕食者向けストッティングなどが取り上げられている.(ガゼルのストッティングは闘争能力のあるガゼル個体とライオンの利害が一致していると捉える考え方は意表をついていて面白い)


2番目は利害が相関しない場合として配偶者選択信号が取り上げられている.モデルは真打ちのグラフェンモデルが取り上げられる.本書では枠組みと結論のみ示されている.私にとっては原論文を読んでみる良い機会になった.(読んでみるとグラフェンの巧妙な取り扱いがよくわかって感動的だった)
実証に入る前に,実証するにはオスの質が正確に何であるかを定義しなければそもそも信号が正直かどうかを決められない.ここでメスは何を選んでいるのかという有名な性選択の議論,フィッシャー過程との関連,ハンディキャップの諸類型が整理される.フィッシャー過程と感覚バイアスなら信号の信頼性に意味はなく,直接選択と良い遺伝子説ならハンディキャップコストが重要だという結論は頭の整理に役立つところだ.
実証研究はまさに著者たちの研究に重なる鳥類の様々な信号が取り上げられて,ここも読みどころである.
まず北米に多い真っ赤や真っ黄色の鳥についての研究などが丹念に紹介され,細かな問題点も議論されていて飽きさせない.大まかにいって色の鮮やかさは健康と相関があるというハミルトン=ズックの仮説が支持されているが,コストについてはまだ明確ではないということのようだ.
続くさえずりの研究もやはり力が入っている.やはりここもコストについては難しい問題が残っているようだが,若いときの栄養状態と発達コストが重要らしいことがわかる.著者たちが同じく発達コストが重要だと示唆しているさえずり方言の議論も興味深かった.
そして尾の長さも当然ながら取り上げられている.ここではコストについて飛行コストと考えるときの問題点の議論が興味深かった.


3番目は利害が相反するとき,オスの闘争時の信号が取り上げられる.理論モデルはアンクイストのモデルが取り上げられる.これはハンディキャップコストが強い個体から攻撃されるリスクと仮定しているモデルと捉えることができる.もっともこれは逐次ステップモデルであまり一般性があるようには思えなかった.このあたりのモデルにはまだまだ発展余地がありそうだ.
実証で取り上げられているのは攻撃姿勢ディスプレーや地位のバッジだ.このうち地位のバッジはよく見かけるし,コストがあまりなさそうに思われるので印象的な例だ.いずれもいろいろな研究例が紹介され議論されている.なかなか解釈が難しいが,基本は自分が強いという信号を出すと闘争に巻き込まれるリスクが増えることがコストだと考えないとうまく説明できないようだ.
またこの利害相反状況では特にだましが発生しやすい.この議論もなかなか興味深い.発信者にクラスがあると考えるモデルや,何らかの外側の要因によりだまし発生頻度が抑えられるものなどが議論されている.だましの議論のポイントは何が頻度を抑えているかというところだということがよくわかる.
また甲殻類の武器ディスプレーやカエルのコールの実証研究も紹介されている.カエルのコールは言われているほど体重に相関せざるを得ないものでもないことが示されていて事実の深さを感じることができる.


最後に第3者の受信している場合について考察されている.まだまだ研究はこれからのようだが,受信者が発信者の個体識別できるなら,コストに様々な影響を与えうるので非常に複雑で面白い影響を生じさせることが示唆されている.


全体として理論と実証研究の双方がバランス良く提示されていて,総説としては非常に手堅くまとまった作りだと思う.鳥類のところには力が入っていて読んでいて大変面白かった.





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何度も紹介しているがあわせて読むならこれしかない.


Animal Signals (Oxford Series in Ecology and Evolution)

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