「カメのきた道」

カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化 (NHKブックス)

カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化 (NHKブックス)



カメ専門の古生物学者によるカメの本.著者は数年前平凡社新書で「最新恐竜学」を出していて,なかなか良い本だった.ということで本書も速攻で入手したものだ.


本書の構成はまずカメの解剖学的特徴を示し,現生のカメを概説したあと進化の道筋について考察する.その後中生代のリクガメ,ウミガメ,新生代のリクガメを順番に取り上げて,最後にヒトとの関わりについて触れている.


解剖学的特徴ではやはり甲羅と首の仕組みが興味深い.甲羅は骨格による甲板と皮膚の変形した鱗板が境界をずらしながら重なり合って強度を高めているのだ.首の仕組みは曲頚類と潜頚類に大きく分かれ,南半球では首が横になって甲羅にしまわれる曲頚類が主流らしい,この横に格納される仕組みの詳細解説がないのは残念なところだ.生理的には非常に低い代謝で生きることができ,寿命は実際に非常に長いそうだ.


現生のカメの解説ではオサガメの解説が面白い.オサガメは世界中に分布するウミガメだが,なかなか実際に見ることは難しく,薄い甲羅,長大な食道など非常に特殊な解剖的な特徴を持っている.著者の解説ではこれらはクラゲを食べるための適応であり,低代謝のカメならではの特殊なニッチへの適応だと評価できるという.


進化的系統的起源については,これまでカメはトカゲや恐竜と異なり単弓類起源とされてきたが,ここ10年の研究の進展で,実は頭蓋の2番目の穴は二次的に消失したものと考えるのが妥当であり,分岐分析では双弓類の仲間で,トカゲよりさらに恐竜に近い仲間だということがほぼ明らかになりつつあるそうだ.著者はここで,トカゲの胴体をくねらせるロコモーション様式と,恐竜の体幹がまっすぐなままのロコモーション様式を対比し,トカゲのような動物が胴体に甲羅を発達させるのは難しいだろうと論じている.なかなか説得的だ.


中生代にはカメはある時期からほぼ甲羅を完成させたかたちで現れるようになる.初期タイプのカメはまだ首を甲羅に引っ込められないので,頭部にも保護版がついている.この放散の様子と大陸の分裂などの話題が解説されている.さらに日本における化石の産出状況(かなり良い状態の化石が多く産出される)が発掘経験とともに熱く語られている.
ウミガメの進化については著者自身が入手し,論文がネイチャーに掲載された初期ウミガメの化石がやはり熱く語られる.やはり日本で産出するウミガメ化石,世界最大のカメの話題なども取り上げられている.この章では白亜期末の大絶滅にカメがあまり影響を受けていないことが謎として提示されている.しかし隕石衝突シナリオであればむしろうまく説明できる現象のようにも思われ,このあたりの解説はやや舌足らずで物足りない.


新生代のカメの話題としては甲羅が可動式になる進化,巨大リクガメの進化,そしてオーストラリアの遺存種の話題が取り上げられる.
最後のヒトとの関わりでは,ウミガメの保護運動の話題にあわせて,過去の絶滅に関する話題,現代の侵入種の問題が取り上げられる.


本書は小川隆によるイラストが見事なできばえであり,魅力を倍加させている.カメへの愛にあふれた本であり,大変楽しい読書時間であった.




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同じ著者による恐竜本.竜脚類の長い首について,それは高い梢の葉を食べるためではなく,採餌のための口器の水平移動をエネルギー効率的に行うための適応だと言うことを説得的に説明している.ちょっと古くなったがなかなか良い本だと思う.



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