読書中 「The Stuff of Thought」 第2章 その9

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


前置詞与格構文と二重与格構文の続き
なぜ子供はどの動詞がどの構文をとるかを覚えられるのか.ピンカーの答えはこれも視点の転換により説明できるというものだ.これは行くこと(go)を生じさせたのか,所有させること(have)を生じさせたのかの違いだという.


 Give a muffin to a moose. はマフィンをムースのところに行かせている.
 Give a moose a muffin. はムースにマフィンを所有させているのだ.


この2つは同じように見えるが,認知的には異なっている.そしてある種の状況では行くことを生じさせるのは持つことを生じさせない.


 Annette sent a package to the boarder.(下宿人)
 Annette sent a package to the border.(国境)

前者は二重目的与格をとれるが,後者はとれない.なぜなら国境は生きている主体ではなく,所有することがないからだ.所有するのは生きているものだけだ.これで drive が二重目的与格をとれない理由は理解できる.




日本語では移動と所有について格で明確に区別することはないようだ.移動の意味か,所有の意味かで「動詞」自体が異なっているということだろうか.「与える」「渡す」のような動詞は「ヲ格」「ニ格」をとって所有の意味しか表せないし,「投げる」「送る」のような動詞は同じ「ヲ格」「ニ格」で移動しか表せない.これに対して英語では構文を変えることによって,所有の意味を持たせたり,持たせなかったりできるということだろうか.


前回killhiguchiさんに教えていただいた「ニ格」と「へ格」はkillhiguchiさんのご指摘では近接性/到着性/密接性/収斂性において差があり,「へ格」は「ニ格」のうち移動についての部分を奪っているということだ.あるいは,「帰着点」のほかに,「ニ格」は「場所」を「へ格」は「経路,方向」を表す格という性格があるとも説明できそうだ.しかしkillhiguchiさんのご指摘通り,方向だからといって「へ格」がはっきり優先する例はあまり思いつけない.
 「美しい雲が東の方角「へ/に」たなびいている.」で私の語感ではかろうじて「へ格」の方が自然だがどうだろうか.
(もっとも複合助詞「へと」「への」になると「に」ではできない表現がある.「数学者への手紙」これはまた別の話だろう)
いずれにせよこの英語のように「移動」と「所有」というはっきりした区別にまでは至っていないように思われる.





さらにピンカーの説明は続く.
逆に所有させることが行くことを意味しない場合もある.

 Cherie gave Jim a headache.

というときに,シェリーのふざけた行為がジムに頭痛を起こすのであって,頭痛がシェリーからジムのところに移動するわけではない.だから不可能ではないにしても Cherie gave a headache to Jim. というのは不自然な言い方になる.



また私たちは前置詞与格の文と二重目的与格の文の意味の違いを感じることができる.野球の一塁手に対して
 Pedro threw him the ball, but a bird got in the way. というのは何か不自然だ.
しかし Pedro threw the ball to him, but a bird got in the way. なら完全に自然な言い方になる.
これは二重目的与格の場合,受取人は実際にものを受け取ったという意味が含まれるからだ.

同様に
 Senor Jones taught the students Spanish. というと生徒は何かしらスペイン語を会得したという意味になる.



しかしなお前置詞与格しかとれない動詞 lift と mutter は謎のまま残っている.なぜ移動はさせられても,所有させられないのだろうか.ピンカーはさらに動詞の意味を深く見ていく.そしてすぐに移動させるか,連続的に移動させるかの違いが大きいのだと言い,「相」aspect の解説になる.もっともここでピンカーが言っているのはいわゆる進行形や完了形の話ではなく,動詞自体の持つ固有の「相」のことだ.
連続的に動かすような動詞は,動かすことに力点があるので,所有関係になりにくい.またしゃべる態様に力点がある動詞はやはり所有関係になりにくいという説明のようだ.


<移動に関して>

1.移動させることと所有させることどちらの意味もまったく問題ない動詞(二重目的与格をとれる)
feed, give, hand, lend, loan, pay, sell, serve, trade

2.あるものをすぐに移動させる,その移動させる強制力を意味している動詞(二重目的与格をとれる)
slap, bash, bat, bounce, bunt, chuck, flick, fling, flip, heave, hit, hurl, kick, lob, pass, pitch, punt, roll, shoot, shove, slam, slide, sling, throw, tip, toss

3.連続的な力をかけて移動させ続ける動詞(これは二重目的与格をとりにくい)
carry, drag, haul, hoist, lift, lower, lug, pull, push, schlep, tote, tow, tug


<コミュニケートに関して>

1.動詞の意味がその伝えるアイデアの中身に関しているもの
ask(質問), cite, pose, preach, quote, read(書かれた文字), show, teach, tell, write

2.しゃべる態様に関しているもの(これは二重目的与格をとりにくい)
babble, bark, bawl, below, bleat, boom, bray, burble, cackle, call, carol, chant, chatter, chirp, cluck, coo, croak, croon, crow, cry, drawl, drone, gabble, gibber, groan, growl, grumble, grunt, hiss, holler, hoot, howl, jabber, lilt, lisp, moan, mumble, murmur, mutter, purr, rage, rasp, roar, rumble, scream, screech, shout, shriek, squeal, stammer, stutter, thunder, trill trumpet, tsk, twitter, wail, warble, wheeze, whimper, whine, whisper, whistle, whoop, yammer, yap, yell, yelp, yodel


ピンカーは英語の語義的な「相」のごく一部分を取り上げて説明しているようだ.ここでお勉強したのでちょっとメモしておこう.


<英語の語義的「相」>


大きく状態動詞と動態動詞に分かれる
状態動詞 無限状態動詞 be belong exist
     有限状態動詞 believe have know live
動態動詞 結果動詞 到達動詞 arrive come go meet
          達成動詞 build make
     活動動詞 瞬間動詞 hit kick blink
          継続動詞 push run eat

ピンカーの言う<移動>の2は瞬間動詞,<移動>の3は継続動詞ということらしい.


<日本語の語義的な「相」>


状態動詞 (無限状態のみ) ある 要る
動態動詞 状態生起動詞 そびえる 似る 優れる
     結果動詞 到達動詞 着く 終わる 死ぬ 届く 決まる
          起居動詞 起きる 座る 立つ 止まる 閉まる
          達成動詞 着替える 貯める 染める 掘る
     活動動詞 瞬間動詞 蹴る はねる 打つ
          継続動詞 走る 読む 働く 降りる 押す 書く


日本語では状態動詞がきわめて少なくほとんど「テイル」のような助動詞を使った「相」表現になるようだ.


第2章 ウサギの穴に


(5)having, knowing, helping についての思考