読書中 「The Stuff of Thought」 第2章 その15

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


第8節はこれまで見たような動詞のマイクロクラスがどのように人の心に入っているかについてだ.


確かに人が何かの動詞の用法をためらったり,聞いて変に思うときには,細かな規則に敏感になっている.しかし誰にも教わらず文法学者さえ理解に何十年もかかった規則になぜ敏感なのだろう.しかもそれによりしゃべれることが減るにもかかわらず.この敏感さはどこからくるのだろう.


ピンカーはこう疑問を提示しているが,後段の究極的な疑問に本節で直接答えるわけではない.本節では至近的な説明が行われる.

そして細かな規則はどのように人の心にインプットされているのかについて同じグループのものがまとまって脳に収められているという説明を提示する.同じマイクロクラスのものが同じ分類群に入っていればこの敏感さは説明できるということだ.


例として以下をあげている.

pour(注ぐ,放出する)を覚えるときには drip(したたらせる,発する) や slosh(たっぷり注ぐ,はねとばす)といっしょに(自然にまかせる)(原因)という概念といっしょに覚える.(content-locative のみとれる)
そしてそれはspray(噴霧する) や squirt(ほとばしらせる)とは別のところ(両方のフレームをとれる動詞)にはいる.
そしてpourとdripの違いを表す心理的な映像はどこかにしまい込み,この2つは何か同じクラスだと感じさせ,同じ変形ルールに従うのだ.
そしてこうなっているならそれは抽象的な分類のはずだ.例えば見える画像から言えば hand, carry, bring はほぼ同じだ.そして throw, kick, roll は異なっている.しかし目的格に関しては逆の分類になる.

別の例を提示したあとこれが人の普遍的な認識フレームだと言うためにほかの言語がどうなっているかの説明になる.

これまであげた構造,変化,マイクロクラスはすべての言語でまったく同じではない.英語の方言によっても異なる.子供はその周りで話されている言葉から言語を学ぶのだ.心が言語に証拠を残しているとすればそれは明確な規則より繊細で微妙なものになるだろう.
しかしそのような証拠は多い.これまで挙げた例は他言語ですべて同じではないが,似た例は関係のないいろいろな言語に顔を出す.あることを表現したいという心が同じ現象を作り出すのだ.


所格(locative)構文(content-locative, container-locative, の両方とれる動詞がある)
英語だけでなくドイツ語,スペイン語,ロシア語,ギリシア語,・・・アラビア語ベルベル語,イグボ語,中国語,日本語,韓国語で見られる


与格構文(二重与格構文のような構文がある)
すべての大陸の非印欧語でそのような言語が発見されている.


使役交替(causative alteration)
百を超える言語で確認されている.そして同じような特徴が探し出されている.



日本語で微妙にマイクロクラスが異なっているが大まかに見ると同じ現象があることは見てきたとおりで,ピンカーの説明と整合的だ.ここまで見たところで最も大きく英語と日本語における表面的な現象が異なっている部分は,二重与格の部分だ.そもそも日本語には二重与格にあたる表現がないようだ.私の解釈では,英語は格マーカーを持たないゼロ格の目的語をとるので,これが二重与格をより誘導しやすいのではないだろうか.


ピンカーの説明はその背後にある考え方に移る.
例えば所格の変化が見られて,コンテナを目的語にするときにはそれを全体として一杯にするという意味が生じる言語が多く発見されているそうだ.
また二重与格構造ではまず「与える」というのがプロトタイプになり,そこからどこまで二重与格ができるかについて言語間でパラメーターが異なっている.次に「送る」さらに「投げる」(英語はここまで)さらに物理的な受身の動詞「壊す.ひらく」まで認める言語があるそうだ.
何が使役変化できるかについてもそれぞれの言語で境界は異なる.


そして文法装置のモグラの穴的性格についてもふれている.いろいろな現象が地下ではつながっている.文法は例えば使役を表す方法をいくつも発達させることがある.ある動詞がそのまま使役の意味を表す,接辞を使う,動詞形を変える,使役を表す特別の動詞,助動詞があるなど.そして言語が二つ以上の使役の型を持つときには常に,より簡単な形が,直接的,意図的な用法を表すのだそうだ.
確かに日本語でも「落とす」の方が「落とさせる」より直接的,意図的だ.


ピンカーはマイクロクラスにかかるコンセプトを一覧表にしている.

  1. 基本的な概念;事件,状態,もの,経路,場所,性質,マナー
  2. 基本概念動詞の関係;act, go, be, have
  3. 存在物の分類;人か人でないか,生物か非生物か,個物か材料か(object vs stuff),個物か集合物か,柔らかいものか固いものか,1次元か2次元か3次元か
  4. 定義された場所と経路に関する空間的な概念システム;上,下,向かって,中になど(on, in, at, under)
  5. 時間軸(事件の順番,連続的な事件の区切り,あるいは区切れない連続など)
  6. 因果関係;引き起こす,(そのものの自由に)させる,できるようにする,防ぐ,妨げる,助長する(cause, let, enable, prevent, impede, encourage)
  7. 目的という概念と,手段と目的の区別

最後に脳のダメージによるこのような基礎的な言語能力の損傷の研究が紹介されている.drip, pour, spillの個別の意味の違いがわからなくなった患者でも所格にかかる動詞構造が区別できる例があり,これと逆の症例もあるのだそうだ.そして別のクラスでの似た事例も多く見つかっているということだ.



第2章 ウサギの穴に


(8)思考の言語?