「生物と無生物のあいだ」


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)



本書は大変よく売れているらしい.これまで「生物とは動的平衡だ」というキャッチは,ある意味当然だし,だからなんだという感じもして,買わずにいたのだが,「プリオン説は本当か?」がかなりよかったので,ベストセラーの本書にも手を出してみた.動的平衡だという主張自体はそれほど目新しいわけでも興味深いわけでもなかったが,詳細は大変面白く,一気に読ませる力を持つ本だった.


本書は雑誌の連載記事を新書に仕立てたもので,1話1話の切れがよい.中身的には前半は微生物学から分子生物学の発展の歴史がエピソード的に語られる.ここは様々な研究者の著者から見た独自の視点からの話が著者自身の研究歴と重なるように取り上げられていて,読ませる出来になっている.
冒頭には野口英世が取り上げられ,彼の日本ではあまり知られていない面や,彼の研究は現代的にはすべて否定されていることなどが語られて読者はぐっと引き込まれる.続いて遺伝物質の本体が核酸であることを突き止めたエイブリー,AT・GC比率を発見したシャルガフなど今ではあまり取り上げられない学者も登場する.続いてPCRのマリス(著者はマリスのこれまた面白い自伝の訳者でもあるのだ)この幕間には著者の研究歴とあわせ,ポスドクの悲哀とラボテクニシャンの生き様なども語られ,ほろりと味がある.
さらにワトソンとクリックのDNAの発見の裏にはロザリンド・フランクリンの研究報告をクリックが見ていたのではないかというダークサイドストーリーが語られる. 


本書の後半はいよいよ著者の言う「生命とは動的平衡である」という話に移っていく.ここで著者は自分の経験を交えつつ,生物の身体を構成する物質がどんどん入れ替わっていること,ランダムな変異と自然淘汰の下のレベルで様々な物理化学的な機構と制約があること,特にタンパク質の表面分子構造がジグソーパズルのようにお互いにぴたりとはまることがその働きの鍵であること,そして生物の発生の仕組みは冗長性を持っていることなどを説いていく.この経験に裏打ちされた部分は生き生きとした描写でなかなか読ませる.細胞内の小胞形成の機構を台形のタンパク質が組み合わさって球面を作るのだと解明していくくだり,ノックアウトマウスの実験の予想外の結果などは,研究者が自分の経験を語るとき独特の良さがあり,とても興味深い話に仕上がっている.


著者のストーリーテリングの才能はやはりなかなかのものだ.生命を支える分子的な仕組みの本質的な部分を生き生きと書いてくれていてなかなか楽しく読める本だった.




関連書籍



マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)

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PCRの発明者マリス博士の自伝.型破りでとても面白い自伝だ.訳者は本書の著者福岡伸一先生だ.





ちょっと前に読んだ著者の本.本としての完成度はこちらの方が上だと思う.
私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080109