「眠れない一族」


眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎


プリオン説はほんとうか?」を読んだ勢いで本書も読んでみた.著者はジャーナリスト.科学的な読み物というよりはよくできたノンフィクション,ドキュメンタリーという作りで,ローリー・ギャレットの本などとよく雰囲気が似ている.


本書は18世紀以降おおむね時系列的に複数の事件を語る形で進行する.まずイタリアにおける,おそらく遺伝性と思われるプリオン病を持つ一族の話.そして羊のスクレイピー.いったんイタリアに戻ったあと,ニューギニアのクールーとそれを調べる学者たち.ここで本書の第一のトリックスター,ガイジュシェックが登場し,クールーの謎を追い求める.またイタリアでの一族の苦悩が語られたあと,アメリカではスクレイピーの謎を追う第二のトリックスター,プルジナーが登場し,強烈にプリオン説を展開する.そして有名なBSE騒動が描かれるという順番だ.


ガイジュシェックとプルジナーの扱われ方は結構強烈だ.両者とも個性豊かで毀誉褒貶が激しいが,どのような行為がそういう評判を生み出しているのか赤裸々に語られる.常人の常識と少し違うゴーギャン的な奇行癖のガイジュシェック,どこまでも世俗的で上昇志向のプルジナー,ともに興味深いエピソードが満開だし,BSEの際の英国政府当局の頑迷固陋ぶりも辛辣に批判的に描かれていてジャーナリスティック的には興味深いところだろう.


BSEは英国政府の後手後手の対応にもかかわらず,牛から人にほんとうに感染しにくいことが結果的に幸いして,なお発症者は200人以内に収まっているが,もしそうでなければ数百万人を超えていてもおかしくなかったというのは衝撃的だし,現在のいろいろな政治的な動きの裏に巨額な研究マネーの動きがあるのも(当然とはいえ)不気味な影を落としているようだ.その中では,英国の当時の担当大臣ジョン・ガマーがなおこの問題についての当時の自分の判断を自分自身に問い続けているという部分は印象的だった.(彼は最初の騒動の時に牛肉の安全性を訴えるために自分の娘にハンバーグを食べさせるところをメディアに公表したことで有名だ)


生物学的な観点では,なおプリオン病にはわからないことがあまりにも多いのだということがよくわかった.なぜ同じ病気が,遺伝性でも,感染症でも,弧発症でもあり得るのか.症例に型があり,そして免疫反応がないのか,種を超える感染にいろいろな多様性が生じるのはなぜか,いずれもありそうもない仮説の中でプリオンタンパク質の折りたたみ感染というのがもっとも説得力があるだろうということも理解できるが,そうでなくともまったくおかしくはないというというのが私の印象だ.いずれにせよ,何か共通の現象が生物界に広がっているのは間違いない.今後ともプリオンにはいろいろな驚きの発見が待っていそうだ.



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私の書評はこちら
http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080109


カミング・プレイグ―迫りくる病原体の恐怖〈上〉

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ローリー・ギャレットの本.新興感染症に関する迫力のノンフィクションだ.