「ふしぎな生きもの カビ・キノコ」

ふしぎな生きものカビ・キノコ―菌学入門

ふしぎな生きものカビ・キノコ―菌学入門





菌類学者の書いた菌類の本だ.主に菌類と菌類学者の生態について淡々と書かれているのだが,とても風変わりで味のある書物に仕上がっている.特に英国人特有のとぼけた味わいのジョークがちりばめられていて楽しい.訳者も菌類の専門家のようで,邦書のイラストも手がけているようだ.訳者あとがきでは日本の読者になじみのないジョークはカットしたとあるが,それはちょっと残念だ.


菌類についての記述は主にその生態,適応形質の仕組みについてが主体となっている.まず腹菌類とそのキノコの胞子散布戦略で,胞子散布のメカニカルな仕組みを解説し,人の感染症たる数々の真菌症の病原菌を次々と紹介して読者を恐怖に陥れる.それにしても免疫が弱ったときの日和見感染の恐ろしさは格別だ.

続いて菌糸とは何かについて詳しく語られる.読んでいくと,光合成を行う植物とは異なって,菌類が何か栄養のあるものに取りついてそこから栄養を引き出すための仕掛けが菌糸であり,取りつく表面を突破するための化学的な仕組みと潜り込むための物理的な仕掛けが重要であることがわかってくる.化学的な仕組みは強力で動物の皮膚でも岩石でも侵入してしまうのだ.これを読んでしまっては,しばらく使っていないカメラやら双眼鏡のレンズの掃除をあわてて行わざるをえない.
このあと酵母から冬虫夏草まで含む子嚢菌類の様々な生態を使用してくれる.昆虫との化学的な軍拡競争,同じ菌が酵母型になったり菌糸型になったりする戦略とそれを巡る学会での論争.トリュフの構造の進化などが次々と紹介される.


ここで話は一転,過去の偉大な菌類学者の変人振りがたっぷり語られる.菌類への愛に生きた独身主義の学者ブラーや過激なアマチュア学者ロイド達の逸話は秀逸だ.


後半は,水中で落ち葉をはじめ様々なものを栄養源として繁殖する菌類,水中を泳ぐ胞子の仕組み,有性生殖世代の様々な戦略が語られる.ちょっと面白いのは著者はキノコ狩りは菌類へ過大な負担をかける恐れがあると反対しているところだ.
続いてキノコの毒についての蘊蓄.人に対して遅効性の効力がある毒は哺乳類の食害に対する防御適応とは考えにくく,昆虫への防御物質の副産物ではないかとの主張.そのほかいろいろな毒キノコの逸話が楽しく語られている.最後に農作物に対する病原菌としての菌類が紹介されている.


どのページも菌類に対する愛であふれている.究極因を巡る記述はそれほど多くないが,適応形質のメカニズムについては詳しく語られていて飽きさせない.冒頭にも書いたがとぼけたジョークも秀逸で読んでいて楽しい本だ.