「コンフリクト」


コンフリクト

コンフリクト



これは第20回ダーウィンカレッジレクチャーにおいてなされた一般市民向け連続講演を元に作られた読み物であり,統一テーマは「コンフリクト」ということになる.いろいろな講演者がそれぞれの視点から行っている講演で,取り上げ方のバラエティが面白いが,内容に緊密した一体感があるわけではない.興味深く肩の凝らないオムニバスとして楽しむのがよいと思う.


それぞれの話もなかなか面白い.例えば最初に登場するヘイグだが,話の中心は当然ながら個体内のコンフリクトとしてのゲノミックインプリンティングなのだが,前振りとして,脳のサブシステム間のコンフリクトとしての葛藤と理性の解説をして見せていて面白い.報酬の共通通貨がないためという至近因の分析などエインズリーの考えとも重なっていて興味深い.また究極因的な考察ではミームと遺伝子的な考察もされていてなかなか深い.
2番目のバロン=コーエンは女性の共感脳と男性のシステム脳という自説を簡単にまとめている.面白いのは,超システム脳としての自閉症に対応する超共感脳的な症状もあるはず(当然女性に多いはず)だが,恐らく社会的に問題にされていないのだろうという指摘だった.
3番目のランガムは(本書ではロングハムと表記されている)チンパンジーの雄集団による同種個体殺しについて説明している.そしてこれが単純な暴力傾向でなく,条件付け戦略として適応価がありそうな行動であること,近代的な人の戦争行為はこれとは相当異なっていることを強調している.


ここまでが自然科学系の話,ここからは歴史,社会科学系の分野からの話が主体になる.
4番目のカンリフは,考古学,古代歴史から見える人の戦争の態様の歴史を語ってくれる.社会システムのなかで戦争がだんだん制度化されてきたというのが要点で,古代ローマをその典型として説明してくれる.
5番目のアンダーソンは中東の紛争の歴史を解説してくれる.ここは私にあまり知識がない分野であり興味深かった.そもそも中東地域に近代西洋的な国家が人工的に作られていることや宗教の問題などが語られている.
6番目も面白くて,ジャーナリストから見た戦争.娯楽ショーとしての戦争報道,技術の進展がもたらすことなどの問題が提示されている.最後に女性兵士の問題もちょっと取り上げられている.最近キングズレー・ブラウンの話を聞いたばかりだったので興味深かった.
7番目は労働紛争.20世紀中盤の労働争議の時代から,経営者のマネージメント向上による争議の沈静化,そして労働運動が国境を越えて広がらないことからグローバル化の時代になって曲がり角を迎えていることを解説している.


最後にまったくこれまでと異なる宇宙論の話題が入っているところがこの本の小粋なところだ.ポール・デイヴィスによって小惑星の衝突,超新星爆発,ビッグバンと多元宇宙などが解説されて,人類の争いなど小さい小さいという感想で本書は閉じられることになる.



関連書籍


ヘイグによるゲノミックインプリンティングならこの本.素晴らしくエキサイティングな論文集だ.

Genomic Imprinting and Kinship (Rutgers Series on Human Evolution)

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個体内葛藤と理性についてはこの本が示唆的.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20071123

誘惑される意志 人はなぜ自滅的行動をするのか

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バロン=コーエンの男性脳と女性脳の話は基本的にこの本に書かれているのだろう.私は恥ずかしながら未読.

共感する女脳、システム化する男脳

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ランガムの男の暴力についてならちょっと古いがこの本だろう.

男の凶暴性はどこからきたか

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キングズレー・ブラウンのこの本ももう一度紹介しておこう

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars

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労働争議の歴史的な動向について最近面白かったのはこのクルーグマンの分析.1980年以降の共和党の成功を戦略的に分析して見せている.

格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略

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ポール・デイヴィスの新刊.未読

幸運な宇宙

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