「飛び道具の人類史」

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで


原書の出版が2002年,本書は2006年の出版で,ちょっと前の本だ.原題は「Throwing Fire」で,飛び道具だけでなく火器も対象だ.著者は歴史家で,本書は基本的には歴史書なのだが,「人類史」とあるように最初の1/5ほどが人類の進化過程,次の1/5ほどが農業文明の勃興前の部分を扱っている.


まずアウストラロピテクス時代の二足歩行にふれ,次に捕食者としての人類の進化にとって投擲能力が重要であったのではないかという仮説を検討している.二足歩行,両眼視,ブラキエーションによる肩関節の自由度が前適応として効いているという主張だ.投擲がいかに精密な適応であるかを強調しているところはなかなか良い.面白いのは投石の殺傷能力を示す歴史的事実をいろいろと示しているところで,いかにも歴史家の手による本だ.著者はハンドアックスも投擲武器だったのではないかと示唆している.(円盤だって投げるには技術が必要だと言っているがここはちょっと勇み足かも)


そこからは現生人類にかかる技術史になる.歴史以前の発明として投げ槍の補助道具であるアトゥラトゥル,弓矢,そして火の利用と進む.この部分で面白いのはオーストラリアアボリジニの燃え木農業の解説部分,細かく制御された火を放つことにより環境の生態的な多様性をあげてうまく利用していたという説明だ.このあと新大陸の大型動物の絶滅についての議論がある.新たに侵入してきた現生人類による狩猟圧によって絶滅したというのがメインシナリオだが,著者はその他の要因(環境,病原体)なども複合的に作用した可能性があると留保していて,いかにも歴史家らしい感じだ.


このあとは本書の中心,農業以降の飛び道具,火器の技術史だ.弓の改良,クロスボウ,カタパルト,トレビュシェット(大型投石機),ギリシアの火,火薬,大砲,銃,イタリア式築城術,機関銃,ロケット,原子爆弾と続く.中世から近世の攻城を巡る争いやナチスのV兵器あたりが詳しくてなかなか興味深い.


本書はその飛び道具と火器に限った視点と,人類進化から大陸弾道弾までの範囲の広さがうまくかみ合って面白い企画になっている. 最も焦点が当たっていて面白いのは技術史の部分だが,人類進化上の適応という前段の振りがうまく効いている.その人類の進化過程の部分も歴史家の手になるものとしては資料の読み込みがきちんとなされており,あまり破綻もなくうまくまとめている.兵器,技術史に興味のある読者にとっては通読して楽しい本に仕上がっていると思う.