「Missing the Revolution」第1章　その1 - shorebird　進化心理学中心の書評など

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

作者: Jerome H. Barkow
出版社/メーカー: Oxford Univ Pr on Demand
発売日: 2005/12/01
メディア: ハードカバー
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今回読んでいるのはMissing the Revolution．これは社会科学へ進化心理学を応用していこうという試みを紹介しているもので，いわば社会科学者への招待状という性質のものだ．このような試みでもっとも有名なものはE. O. ウィルソンの「Consilience」だろう．本書は「Consilience」とは違って複数の学者によるエッセイ集という体裁になっている．よりバランスのとれた内容を期待しよう．主編者はジェームズ・バーコー．裏表紙の推薦の辞にはバラシュ，バスらが名を連ねている．

第1章　「時にバスは待ってくれる」

さて第1章はジェローム・バーコーによるイントロダクション．標題は「Sometimes the Bus Does Wait」という面白いものだ．バーコーは進化心理学創設時のモニュメント的書籍「Adapted Mind」の3人のエディターの１人で進化心理学創設者の１人といってよいだろう．

バーコーはヒトに関する科学が現在盛んになっているがダーウィン革命をふまえていないものが大半だとまず切って捨てる．現在の社会科学が取り扱っているのは平等，権力，マイノリティ，女性，グローバル化，社会アイデンティティなどだが，いまや人類学の「文化」社会学の「経験主義」というコアな概念は疑問をもたれ始めている．社会構築物は実体ではなく合意の上に構築されたものだという理解が広がっているというのだ．そして社会科学者は「解釈学」「視点　gazes」「ナレイティブ」「論説」「テキスト」などのジャーゴンを使っているが，ダーウィン革命に関して理解できていないという．だから本書の題は「Missing the Revolution」ということだ．

これはよくある進化生物学からの社会科学批判のエッセンスだ．通常は文化相対主義者から「自然科学も１つの社会的構築物に過ぎない」などと攻撃されたときの反撃としてよく用いられる．いずれにしても招待状にしてはいきなり辛辣だ．Adapted Mind冒頭のSSSM（標準的社会科学モデル）批判もそうだが，結局社会科学者が自分たちと進化生物学の関係についてどこまで自覚しているのかがなかなか難しいところのように思う．無自覚に生物学・進化を避けているだけの社会科学者にとっては「ありもしないかかしを仕立ててぶん殴っている」批判のように受け取られてしまうのではないだろうか．結局上段に振りかぶるだけではなく，個別の問題を通して説得していくほかはなく，それが本書のできあがった動機なのかもしれない．とりあえず本書も冒頭では振りかぶらざるを得なかったというところだろう．

ここからよくある社会科学者の誤解「進化生物学=遺伝的決定論」を解きほぐしつつ，社会構築主義者こそ進化心理学的な視点を持つべきだと提示する．

ではこれまでにそのような試みがなかったのか．そういうわけではないとしてバーコーは例を挙げる．

政治学　マスター，ルービン
経済学　ラリー・サミュエルソン，ウェイブル，ハーバート・ギンタス
法学　マーガレット・グルーター，ジョン・ベックストロム，キングズレイ・ブラウン
精神医学，医学　スティーブンス，プライス，トロイシ．ネシー，トレバサン，・・・・
人文科学，哲学　ハル，ルース，デネット，・・・・・
マネージメント　ニコルソン

この中でギンタス，グルーター，ブラウン，ネシー，トレバサン，ルース，デネットなどはおなじみだが，まだまだ私の知らない先人達がたくさんいるようだ．政治学，マネージメントあたりはなかなか面白そうだ．

さて実はこれらの人たちはメインストリームではない．社会科学者は進化を無視する学者が多いという．そして「人類学」を例にとって状況を説明している．

これまで人類の研究は，社会文化人類学，考古学，言語学，生物的人類学で四角形を作ってきた．しかしこれが分裂し，社会文化人類学者は生物学的なものは自分と関係ないと考えるようになっているのだそうだ．逆に社会文化人類学が抜け落ちた中では人類行動生態学：HBE，認知科学親和派，文化遺伝子共進化などの新しい動き・分野が生じてきている．

なぜ社会文化人類学は進化を無視し孤立の道へ進むのかについてのバーコーの整理は以下の通り．

不幸な歴史：優生学

デカルト的二分法：ヒトと動物は別，魂と身体は別：心は進化の産物ではない（生物=固定的反応，心が進化の産物と言うことを認めると心が引き起こした犯罪に免罪を与えてしまうという誤解）

ダークハイム的な誤謬：集団心理は個別の心理と別：過去にこれが社会科学を社会ダーウィニズムなどのニセ生物学から守った．周辺科学から社会学を隔離する効果があった（還元主義へのバリア）

マルクス：生産システムを変革すれば何でもできる

社会科学はモラルミッションがある．不平等と闘うことこそ自分たちのミッションという考え方．：しかし基礎理論を学ぶことは逆に必要ではないか．

上の２つはよく耳にするものだが，それ以下には面白いものもある．「集団心理が個別の心理とは別」という考えが，過去，社会ダーウィニズムや優生学から社会科学を守ったと考えられているというのはなかなか面白い．そしてそれが社会科学が孤立化する原因になっているというなら，わたしたちはなお社会ダーウィニズムの影響を受けているのであり，その罪はまことに重いといわざるを得ないのだろう．
社会科学のモラルミッションというのは難しい問題だろう．それがもっとも先鋭に現れているのがフェミニズムを巡る状況ということになるのだろう．確かに社会を研究する動機にモラルがあることは当然だし，そうするとどうしても自然主義的誤謬や道徳主義的誤謬が生じてしまうのだということだろうか．

関連書籍

Consilience: The Unity of Knowledge

作者: Edward O. Wilson
出版社/メーカー: Vintage
発売日: 1999/03/30
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知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合

作者: エドワード・オズボーンウィルソン,Edward O. Wilson,山下篤子
出版社/メーカー: 角川書店
発売日: 2002/12
メディア: 単行本
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邦訳．E. O. ウィルソン渾身の著作．社会生物学論争以降の執念と信念を押し包んで冷静に語りかける名著だと思う．

The Adapted Mind: Evolutionary Psychology and the Generation of Culture

作者: Jerome H. Barkow,Leda Cosmides,John Tooby
出版社/メーカー: Oxford University Press
発売日: 1995/10/19
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モニュメント的著作．冒頭のコスミデスとトゥービイのSSSM批判はあまりにも有名．

ちょっと長くなるが本文中で紹介されているこれまでの進化心理学を取り入れようとした試みにあげられている本を並べてみる．さすがに読んだことのない本が半分以上だ．読んだ中ではやはり精神医学のところが問題意識も高く進んでいる．あとチャレンジとして印象深かったのはDarwinian Politics．文学や芸術周りにも興味深い話が多いような気がする．