「数学で犯罪を解決する」

数学で犯罪を解決する

数学で犯罪を解決する



これはキース・デブリン,ゲーリー・ローデンという2人の数学者が,アメリカの人気テレビシリーズNUMB3RSを題材に,主に犯罪捜査で使われる数学を解説した本である.著者の一人キース・デブリンは「数学する遺伝子」も出しているなど,進化的な方法論についてもいろいろと興味があるようでもあるし,面白そうだと思って購入したもの.

NUMB3RSとは,「ロサンゼルスのFBI捜査官の弟の天才数学者が,その応用数学で犯罪捜査に協力する」というプロットで人気のいわば「刑事物」ドラマである.何故か日本ではまだDVD化されていないが,私が契約しているCATVのFOX-HDチャンネルでは今年の夏にシーズン1を連続放映し,現在シーズン2を放映中である.なかなか面白いシリーズだ.


さてこのドラマでは天才数学者のチャーリーが様々な数学手法を披露していて,本書ではそれを解説するというのがふれこみなのだが,実はドラマにおける数学手法自体を詳しく解説しているのは2,3話分ほどで,あとは一般的な犯罪捜査における数学の応用を紹介している本になっている.(というわけであまりネタバレを心配してとっておくほどの本でもないと思う,とはいえ2,3話分のネタバレは確かにあるが)本書に飛びついた人はどちらかといえば,まさにドラマで使われた数学の解説を期待している人が多いだろうから,そこはちょっと期待はずれだ.(ドラマの中では意味深な数式があまり深い解説もされずに流れることが結構あり,好奇心をかき立てる作りになっているだけになおさらだ)


扱われているのはデータマイニング,画像エンハンスメント,ベイス推論,DNAプロファイリング,暗号,ネットワーク分析,ゲーム理論,オペレーショナルリサーチ,確率論の応用,博打の数学(ブラックジャックのカードカウンティング)などだ.数学的な解説として面白かったのは,地理的プロファイリング(ここはもっとも詳しく数学的な手法が解説されている),予兆点検出の解説あたりだ.


犯罪にかかる人間模様が面白いのは,まず統計確率の裁判所での応用を巡る難しさだ.アメリカは陪審制であり,(日本でもこれから裁判員制度が導入されるのだが)如何に普通の人々に確率として提示されている数字の意味をわかってもらうかというのは重要な問題になるだろう.また統計を利用して犯罪があったか無かったかを検定した実話(看護婦が受持患者に心臓発作を起こさせて自分が救出に活躍する)は結構衝撃的だし,このような検定というアイデアは発見されにくい繰り返される犯罪の感知手段として広範囲に有用だと思われる.
また別の話題としては,DNAプロファイリングに要求される厳密性に対して指紋についてはそういう要求がないということが取り上げられているが,これも考えてみるとなかなか深い問題のような気がする.文句なく楽しいのはブラックジャック(カジノで唯一客が確率的に勝てる可能性があるゲーム)を巡る歴史とその人間模様だ.


全体としては数学の応用に興味がある人向けの肩の凝らない楽しい読み物として書かれていて,その狙いは成功していると言えるだろう.訳者の1人山形氏の踏み込んだ解説や.NUMB3RSのシーズン3までのあらすじもサービスとしてついていて,そのあたりも評価できる.
ただし,本書はところどころ数式が出てくるにもかかわらず縦書きであり,参照しながら読もうとすると大変読みにくい.さらに5ページ目で出てくる(ドラマで実際に使われた数式の解説という意味で貴重な解説であるシーズン1の第1話にかかる)最初の数式が実は間違っている.(原書にあたってみると原書では正しい数式になっている.邦書にする際の誤植だと思われる.本来はその10ページ後にある数式と同じものが入るべきだ.)というわけで,邦書としては画竜点睛を欠く作りであると最後に言っておこう.



関連書籍


The Numbers Behind NUMB3RS: Solving Crime with Mathematics

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原書




数学する遺伝子―あなたが数を使いこなし、論理的に考えられるわけ

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キース・デブリンの本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070504