「チャールズ・ダーウィン,200年目の誕生会」

2月12日はチャールズ・ダーウィンの200回目の誕生日だ.世界各地(特に英連邦たるコモンウェルス諸国)で様々な催し物が開かれているそうだ.日本でもお祝いをするということで開かれたサイエンスカフェに参加してきた.


開宴は6時半ということで,東大駒場キャンパスはとっぷりと日も暮れているが,最近できたコミュニケーションプラザには灯りがともり,イタリアントマトなんかがあってなかなかおしゃれな雰囲気だ.3階の交流ラウンジで50人限定のこじんまりしたお祝い会となった.サイエンスカフェとなっていて,500円の参加費でちょっとした軽食をつまみながら,リラックスしていろいろなトークを楽しもうという趣向だ.なお参加申込者には前もって質問とダーウィン先生へのファンレターが募集されており,ファンレターは12人が寄稿していて当日冊子として配られた.(不肖私も一通したためました)


トークの最初は矢島道子先生.ミジンコの化石の研究者で本日はダーウィンオタクとして参加しようとしたのだが,何故かトーク側に入ってしまいましたと自己紹介されていた.ダーウィンオタクを自称するだけあってなかなか深い.
まずは英国で今回発行されたダーウィン生誕200周年記念コインのご紹介(というより持っていますというご自慢).額面2ポンドだということだが,パンフがついていてなかなか美麗だ.これはかなり欲しいかも.
ご自身が化石の研究者ということもあり,今日はあまり知られていない地質学者としてのダーウィンを紹介したいというご趣旨.Sandra Herbertによる "Charles Darwin, Geologist" というご本を紹介されたあとハンマー.クリノメーターなどのスライドが登場,ビーグル号の航海でも地質学者として貝殻や鉱物を集めていたこと,英国に戻ってからすぐに地質学会の名誉会員になったが,地質学者としての活動はしばらくして休止してしまったこと,しかし地質学でもっとも権威あるWollaston Medalはなんと(地質学における)師のライエルより早く1859年(種の起源の出版直前)に受賞していることなどが次々と紹介された.


次のトーク長谷川眞理子先生によるダーウィンを巡る旅のスライド紹介.これはちょうど「ダーウィンの足跡を訪ねて」という本のダイジェスト版だ.ウェッジウッドの屋敷のとんでもない金持ちぶり,ガラパゴスには行くっきゃないでしょという言い切りぶり,ガラパゴスの観光客はみんなイグアナやゾウガメ狙いでフィンチの写真を撮ろうとしている人などいないのだが,先生はちょうど木の実を食べるフィンチの写真が撮れて嬉しかったことなど,ところどころくだけた話があってなかなか楽しかった.


ここで主催の長谷川寿一先生から本日の趣旨のご説明.ダーウィンの誕生日は是非日本でもなんかやりたいと思ったこと,時差の関係で世界で一番早い誕生会かもしれないことなどを話された.(もっともコモンウェルスでいえばニュージーランドの方が早いかもしれないが)


最後のトーク三中信宏先生.
本職は統計学者なのですがといいながら,なんと「人間の進化と性淘汰」の初版本をお持ちになり会場の方々に回された.これには大感激.モスグリーンの初版本にさわれるなど有り難いことだ.そのほかにも2月25日発売予定の日経サイエンスの三中先生と茂木先生の対談記事のゲラも配られた.


ここから事前に寄せられた質問に答えるセッションとなる.いくつかはしょって紹介すると以下のような感じだ.

  1. ダーウィンは進化が聖書の記述と異なることに悩んでいたのか:そもそも矛盾があってはならないとは思っていなかっただろう.アニーの死後神への信仰を捨てたかどうかについては議論がある
  2. 何故進化は誤解されるのか,それに対してどうすべきなのか:ダーウィンの考えは非常に昔からある主流の理論であり少しづつ知見が増えている.過去の一時点での理解に現代的につっこむ筋悪の議論もある.誤解はある意味有名税のようなもの.(三中)日本の場合教育にも問題がある.教科書にもあまり記述がないし,そもそも文部科学省教科書検定官が進化をわかっていない.(長谷川寿一)人間の普通の物事のとらえ方(目的と意思を持ったエージェントが意図を持って選択する,世の中は進歩していく)が進化と相容れないということが大きい.(長谷川眞理子
  3. 科学者による進化の誤解にどうすべきか:確かに科学者も誤解している人が多い.ケンブリッジの有名な分子生物学者や生化学者ですらまったくわかっていないということを目の当たりにしたことがある.どうすべきかは難しい.制度的な仕組みはない.偉い先生に対して「いやー今のはちょっと」といってみてもなかなか相手にはしてもらえないという現実もある.それでも努力はしていきたいと思っている.
  4. 何故「種の起源」では人間の問題について論じなかったのか:確かにキリスト教などを巡る社会的な状況はあっただろう.しかしもっとも大きな問題は1859年の段階でダーウィンは「人種」が何故あるのかを自分自身で納得できる説明をまだ見つけていなかったからではないかと思う.当時「人種」は非常に重要な問題だった.そしてそれに対する答えが「人間の進化と性淘汰」ということになる.
  5. ダーウィンエンゲルスの論稿についてどう感じただろうか:ダーウィンマルクスエンゲルスも読んでいなかった.信奉者から多くの本を献本,寄贈されているが,全部読んでいるわけではない.
  6. ビーグル号について:ビーグル号は英国の南米の権益を確保するための調査船.測量だけでなく,その土地の資源も調査していた.ダーウィンはフィッツロイ船長の話し相手として乗船した.だから費用はすべてダーウィン家が払っていて,その結果収集した標本はダーウィンが自由に処分できた.
  7. 種の起源」は当時の社会の中でどのような本だったのか:11/23発売と同時に500冊完売といわれているが,実は販売はもう少し前から行われておりじわじわ売れていたという感じだっただろう.当時の英国の中流階級で現在のテレビに当たる家庭内娯楽は「博物学」だった.だからこの本は(結構難解な文章表現もあるが)そのような層には相当真剣に読まれたと言っていいと思う.値段はやや高めと言っていい.
  8. ダーウィンのおもしろエピソードを:ダウンハウスにはダーウィン自身が自分の収入を計算するために作った「種の起源」の年ごとの売上表があって面白い.ダーウィンは科学的な数学的直感能力はなかった人だが(言語で表現された論理で詰めるタイプ)日常的な計算は非常に細かくやる人だった.父親からどのぐらい相続できて,どのように運用すれば一生働かないで喰っていけるかとか,子どもにどう分けたらいいかなどいろいろな計算が残っている.当時のブームだった鉄道株で随分もうけた記録も残っている.有名な結婚を巡るメモも,書いてあることはまさにその通りだと思う.(結婚すれば親戚づきあいが煩わしいとか,子どもには金がかかるが楽しいだろうとか)
  9. ダーウィンの頃と比べて現在の生物学の細分化をどう思うか:研究者のキャリアとしてある時期専門馬鹿のようにがむしゃらにつっこむのは必要なこと.しかしどこかで視野を広げた方がいいこともある.今まで見てきた種と異なる種を見てみるとか.(長谷川先生は最初サルの研究から始め,それはとても面白かったのでもう少しでサル屋になりそうになった.そこでふとトリやテナガエビを調べ始め視野が広がったという)その際に「進化」という視点を持っていると裾野が広がると思う.


最後はダーウィンオタク自慢大会になり,レアもののダーウィンの石膏像,ダウンハウスの修復の際出てきたダーウィン家のワインボトルの底,ウェッジウッド製のダーウィンレリーフのついた壺の話なども飛び出した.ここではっと,「そうかここはダーウィンオタク自慢大会なのだから,それを引き出すような質問をすればいいのか」と気づいたがちょっと遅かったようだ.さらに「Darwin's Path」という名のおいしいチリ産のスパークリングワインがあるのだが,本日は手に入れられなかったとか,今年はダーウィン年で次々とダーウィンにちなんだ本や記念出版物が出るが,今年買わなくてどうするという気合いでがんがん購入しているとかの話も飛び出し大変なごやかなうちにお開きになった.


大変楽しかった上に,やはり今年は少し散財してもがんばるかという決意も新たになったよい催しであった.改めて主催者の方々に感謝申し上げたい.



関連書籍


地質学者としてのダーウィンを紹介している本だそうだ.

Charles Darwin, Geologist

Charles Darwin, Geologist


矢島先生の本.

化石の記憶―古生物学の歴史をさかのぼる (Natural History)

化石の記憶―古生物学の歴史をさかのぼる (Natural History)

地球からの手紙

地球からの手紙

メアリー・アニングの冒険 恐竜学をひらいた女化石屋 (朝日選書)

メアリー・アニングの冒険 恐竜学をひらいた女化石屋 (朝日選書)



長谷川先生のトークの元ネタ本

ダーウィンの足跡を訪ねて (集英社新書)

ダーウィンの足跡を訪ねて (集英社新書)